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第四章 水曜

36 王都の聖堂

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「王都の聖堂には、休みの日に、祈りを捧げに行っているのですよ」

 侍女のマーキュリーさんは、実家は上級貴族だと思うのだが、王都の聖堂での奉仕活動に、生涯を捧げようとした女性である。

 『聖なる水』を積んで、彼女の出身である北側の聖堂に向かう馬車に、私も同乗した。

 他の侍女たちも、それぞれの出身聖堂に向かっている。

 王都は、残念ながら不衛生である。馬車から見える表通りは奇麗だが、裏に回れば、ネズミが、はいかいしているほど汚い。

 ◇

 到着した小さな聖堂は、意外にも清潔に保たれていた。

「祈りを捧げた時に、クリーン魔法で清潔にしているのです」

「驚きました、クリーン魔法で街を清潔に出来るのですね」

 衣服や身体を清潔にする程度かと思っていたら、建物も清潔にできるんだ。

「人間の持つ魔力では、小さな建物を清潔にするのがやっとです」

 マーキュリーさんは、もっと大きな魔力があればと、聖堂の外を見た。


「この絵画は?」

 正面奥に女性の絵画が飾られていた。

「聖女様のお姿です。彫像は高価なので、絵画で代用しているのです」

 上等な写実的絵画ではないが、心のこもった絵である。これでも、けっこうな値段だったと思う……あれ? 聖女の顔がマーキュリーさんに似ているような。


「フランソワーズ様、『聖なる水』の配布を聖堂の職員にお願いしました」

「でも、大ダルの数が足りないかもしれません」

 マーキュリーさんから報告があった。これでも足りないのか……流行り病の広がりは、王宮で感じるよりも、深刻なようだ。


「水のレシピを教えてやって下さい」

「はい、ありがとうございます」

 水のレシピは、商売のネタにされるので、できれば秘密にしておきたかったけど、そんな場合ではない。

「最後の『早く元気になぁれ』を祈ることが出来る方はいますか?」

「はい、まだ未熟ではありますが、治癒魔法を使える職員が常駐しています」

 良かった……ん? ここで働いている人って王宮の職員なんだ。ボランティア活動かと思っていた。


「でも、塩と砂糖は高価なので、聖堂の資金では購入できないですよね?」

 街中では、王宮のように調味料をゼイタクには使えないだろう。どうしようか。

「はい、高価な調味料の購入は無理なので、切り札を使います」

 マーキュリーさんが、見たことのある皮袋を取り出した。サクラが、第一王子から巻き上げた、いや証拠品として押収した革袋だ。

「これを預かっています。聖堂に寄付しますね」

 袋の膨らみ具合から、相当の金貨が入っているようだ。職員が、彼女に頭を下げている。
 資金の問題は、解決した……


 王宮から、もっと運営資金を出してあげればいいのに。予算を付けるには、私が第一王子と婚約して、貴族院での力を付ける必要がある。
 王都の安定のために、私は身をささげるか……

 聖堂の外へと視線を移した。街は不衛生で、ネズミもいる。なんとかしたい……


 あれ? なんだか、聖堂の中が騒がしい。

「マーキュリー様、いつも、ありがとうございます」

 街の人たちが、マーキュリーさんの周りに集まって、感謝の祈りを捧げている。
 彼女は、皆さんの顔を覚えているようで、ひとり一人に握手している。


「マーキュリーさんは有名人……いや、街の皆さんのアイドルなんだ」


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