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第一章 日曜日

07 王弟殿下の侍女

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「クロガネ様、フランソワーズ様が目を覚まされました」

 ベッドの横に立つ女性が、カーテンの外に報告した。


 クロガネ様?……誰だっけ、ご主人様の名前ではない……記憶が混濁している。

 ここは? ベッドの周囲が薄水色のカーテンで仕切られた個室の中だ。

「入っても良いか?」

 カーテンの外から、男性の渋い声。

「まだです」

 ベッドの横に立つ濃紺色のブレザーとベスト姿の女性、エリには大きな赤いスカーフ、金髪で青い瞳の美人、白い手袋にゴリラの刺しゅう……
 あ、キャビンアテンダントという前世の記憶が落ちてきた……

 違う、王弟殿下の侍女だ。侍女がいるということは、カーテンの外の男性は、王弟殿下のクロガネ様だ!


「フランソワーズ様、パジャマを正しましょう」

 そう言いながら、侍女は、私にハンカチを渡してくれた。

 あれ? 私は、夢を見て、泣いていた。


 ベッドで上半身を起こし、自分の衣服を見ると、ライトブラウン色の救護用パジャマだ。胸元が少し見えているので、慌ててエリの重ねを合わせた。

「ここは、王宮の救護室です」

 救護室? 私は、なぜ救護室で横になっているんだろう。

 メトロポリテーヌ王国の王宮には、ゆうに一万を超える人たちが働いている。その体調を管理するため、十か所に救護室が置かれている。ここは、中庭から一番近い救護室だった。


 侍女が、優しく、私の銀髪をクシでとかしてくれた。なめらかなクシどおりは、クシがよく手入れされている証だ。髪に潤いと艶が戻り、個室の中の優しい光に包まれ、七色に輝き、私は気持ちが落ち着いた。

 これが大人の配慮なのか……完璧を目指す私の、お手本にしよう。


「水の中に落とされたことは、覚えていらっしゃいますか?」

 そうだ思い出した……私は、第一王子から婚約を拒否されて、聖女の泉に突き落とされたんだ。

 もし、私が溺れたなら、国を揺るがす大スキャンダルになったはずだ。彼は、愚かな行動を反省しているだろうか?

 いや、それができる男なら、正妃が仲立ちした私たちの婚約を、拒否なんかしなかっただろう。期待するだけ……
 でも、もし、私を救ったのが第一王子だったら……


「救い上げてくれたのはクロガネ様です」

 え、第一王子じゃなかったのか……良かった。

 王弟殿下が、自ら水の中に入って、また、私を助けてくれたんだ……うれしいけど、悲しい、不器用で複雑な気持ち。

 兄さまは、いつだって、私を助けてくれる、ヒーローだった。


「クロガネ様を中に入れてもよろしいですか?」

 クロガネ様とは、王弟殿下のことである。侍女は、王弟殿下を名前で呼ぶことを許可されていた。

 その関係性を、うらやましく思う。私は、デビュタントを終えた日から、彼を名前で呼んだことはない。


「私が挨拶に伺います」

 横になったまま王族に会うなんて、不敬だと言われる。私は、完璧な令嬢になるんだ。

「ベッドの上でかまいません。まだ、体調が回復していないようですから」

 ベッドから起き上がろうとしたところを、侍女から止められた。

「クロガネ様は、フランソワーズ様が目を覚ますまではと、ずっと待っていらっしゃいました。その心配している想いを尊重して下さい。

 申し訳ない気持ちと、うれしい気持ちでいっぱいになる。
 王弟殿下が、まだ、私の兄さまのままなら、こんなうれしい事はない。


「はい……」

 私は、救護室に備え付けられたライトブラウン色のパジャマ姿だ。恥ずかしいが、相手は王族であり、帰れとは言えない。

 ビシッと気合を入れて、目を覚ます。


「フランソワーズ様の許可が下りました」

 侍女が話し終わる前に、薄水色のカーテンが乱暴に開かれた。

 立っていたのは、ゴリラのような体型で、黒髪、黒い瞳、幼い頃から慣れ親しんだイケメン顔、私を妹のように可愛がってくれた王弟殿下だ。

 え? 筋肉……服を着ていない!


「クロガネ様!」

 侍女が、声を荒げた。


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