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第一章 日曜日
06 兄さまの夢
しおりを挟む「フラン?」
目が覚めると、目の前に、黒髪で黒い瞳の兄さまの顔が見えた。
幼い私は、王宮のベッドで寝ていた。小さい人間の体だ……私は、猫から女の子へと生まれ変わった。
これは……夢だ。
「兄さま……」
「フラン、水遊びはダメって言っただろ!」
そっか、私は王宮の聖女の泉で遊んでいて、王子二人から水の中に落とされたんだ。
「ただいま。留学から帰って来たよ」
兄さまが笑った。私は飛び起きて、兄さまに抱きついた。胸の中が温かい……
王弟殿下が留学先の友好国から帰国し、王宮の泉の前で出会った。幼い頃から可愛がってもらい、ずっと、兄さまと呼んでいる。
兄さまも、私を愛称のフランと呼んでくれる。この愛称は、特別な人にしか呼ぶのを許していない。
特別な人とは……心から信頼している人だ。
幼いながら、兄さまに愛を感じている。
「兄さま、おかえりなさい、あいたかった」
再会は久しぶりで、うれしい。
「……俺もだ」
兄さまは、少し元気がない。
「フランは、兄さまのお嫁さんになりたい!」
兄さまは、私の突然の告白に、優しく抱きしめてくれた。
でも、兄さまは哀しそうだ。
留学先で何かあったのだろうか。私の気持ちが不安定になる。
「私ね、タロスと婚約しなさいと言われたの。でも、クロガネ兄さまがいい」
「私が初等部になったら、第一王子と婚約しなくてはならないなんて、いや」
第一王子や第二王子ともよく遊ぶが、あの二人は嫌いだ。子供っぽいから。
兄さまは留学先で聖女と婚約するんだと聞かされ、絶望していた。けど、婚約できたとの話は聞こえてこないので、私は婚約できるかも。
「俺は、王族として国と婚約する覚悟ができた……」
「国と婚約するの?」
幼い私には理解できない。
「……俺は誰とも婚約しない。この王国のために身をささげる」
留学の目的は、友好国との交流を深めることと、婚約者を探すことだった。
「じゃ、私も婚約しない。この王国のために身をささげる」
「……そっか、フランは強いな」
どういう意味なのか、解らなかった。
「そしたら、私と兄さまは、ずっと一緒」
「フランには……自由に、幸せになってほしい」
自由? 兄さまは自由じゃないの?
「私が、兄さまを自由にして、幸せにする」
王弟殿下として、国王を支えていることは知っている。
「まずは、素質ある令嬢を侍女にするところから始める」
「フランも兄さまの侍女になって、結婚する」
なんとなく、王族は大変なんだなと、軽く理解した。
「俺は、フランを護るため、独身を貫く」
「私を護ってくれるの、ありがとう兄さま」
これが愛の告白だと思っていた。
「フランも、王国と婚約する!」
これで何度目か……幼いころの、はかなく、おぼろげな夢だ。
「ほら、涙を拭け。フランには……愛を捨てないでほしい」
私は涙をこぼしていた。兄さまがハンカチを貸してくれた。
「私……家族に、領民に可愛がられている。それが愛なの?」
「そうだな……フランには、国王としての素質があるようだ」
え、愛ってなぁに?
「愛よりも、クロガネ兄さまがいい!」
不器用な告白だ……私の想いは、伝わっていないだろう……
幼い頃の哀しい夢……あの時、もっと大人の告白が出来ていれば……
◇◇◇
「ん……?」
体が重く、気だるい……少し硬いベッドに、軽く薄い毛布……
目を開けると、ベッドの周囲は、薄水色のカーテンで、個室として仕切られていた。
夢から覚めた。
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