上 下
6 / 80
第一章 日曜日

06 兄さまの夢

しおりを挟む

「フラン?」

 目が覚めると、目の前に、黒髪で黒い瞳の兄さまの顔が見えた。

 幼い私は、王宮のベッドで寝ていた。小さい人間の体だ……私は、猫から女の子へと生まれ変わった。

 これは……夢だ。


「兄さま……」

「フラン、水遊びはダメって言っただろ!」

 そっか、私は王宮の聖女の泉で遊んでいて、王子二人から水の中に落とされたんだ。


「ただいま。留学から帰って来たよ」

 兄さまが笑った。私は飛び起きて、兄さまに抱きついた。胸の中が温かい……

 王弟殿下が留学先の友好国から帰国し、王宮の泉の前で出会った。幼い頃から可愛がってもらい、ずっと、兄さまと呼んでいる。

 兄さまも、私を愛称のフランと呼んでくれる。この愛称は、特別な人にしか呼ぶのを許していない。

 特別な人とは……心から信頼している人だ。
 幼いながら、兄さまに愛を感じている。


「兄さま、おかえりなさい、あいたかった」

 再会は久しぶりで、うれしい。

「……俺もだ」

 兄さまは、少し元気がない。


「フランは、兄さまのお嫁さんになりたい!」

 兄さまは、私の突然の告白に、優しく抱きしめてくれた。

 でも、兄さまは哀しそうだ。
 留学先で何かあったのだろうか。私の気持ちが不安定になる。


「私ね、タロスと婚約しなさいと言われたの。でも、クロガネ兄さまがいい」

「私が初等部になったら、第一王子と婚約しなくてはならないなんて、いや」

 第一王子や第二王子ともよく遊ぶが、あの二人は嫌いだ。子供っぽいから。


 兄さまは留学先で聖女と婚約するんだと聞かされ、絶望していた。けど、婚約できたとの話は聞こえてこないので、私は婚約できるかも。


「俺は、王族として国と婚約する覚悟ができた……」

「国と婚約するの?」

 幼い私には理解できない。


「……俺は誰とも婚約しない。この王国のために身をささげる」

 留学の目的は、友好国との交流を深めることと、婚約者を探すことだった。

「じゃ、私も婚約しない。この王国のために身をささげる」

「……そっか、フランは強いな」

 どういう意味なのか、解らなかった。


「そしたら、私と兄さまは、ずっと一緒」

「フランには……自由に、幸せになってほしい」

 自由? 兄さまは自由じゃないの?

「私が、兄さまを自由にして、幸せにする」

 王弟殿下として、国王を支えていることは知っている。


「まずは、素質ある令嬢を侍女にするところから始める」

「フランも兄さまの侍女になって、結婚する」

 なんとなく、王族は大変なんだなと、軽く理解した。


「俺は、フランを護るため、独身を貫く」

「私を護ってくれるの、ありがとう兄さま」

 これが愛の告白だと思っていた。


「フランも、王国と婚約する!」


 これで何度目か……幼いころの、はかなく、おぼろげな夢だ。


「ほら、涙を拭け。フランには……愛を捨てないでほしい」

 私は涙をこぼしていた。兄さまがハンカチを貸してくれた。

「私……家族に、領民に可愛がられている。それが愛なの?」

「そうだな……フランには、国王としての素質があるようだ」

 え、愛ってなぁに?

「愛よりも、クロガネ兄さまがいい!」

 不器用な告白だ……私の想いは、伝わっていないだろう……


 幼い頃の哀しい夢……あの時、もっと大人の告白が出来ていれば……


 ◇◇◇


「ん……?」

 体が重く、気だるい……少し硬いベッドに、軽く薄い毛布……
 目を開けると、ベッドの周囲は、薄水色のカーテンで、個室として仕切られていた。

 夢から覚めた。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】「私は善意に殺された」

まほりろ
恋愛
筆頭公爵家の娘である私が、母親は身分が低い王太子殿下の後ろ盾になるため、彼の婚約者になるのは自然な流れだった。 誰もが私が王太子妃になると信じて疑わなかった。 私も殿下と婚約してから一度も、彼との結婚を疑ったことはない。 だが殿下が病に倒れ、その治療のため異世界から聖女が召喚され二人が愛し合ったことで……全ての運命が狂い出す。 どなたにも悪意はなかった……私が不運な星の下に生まれた……ただそれだけ。 ※無断転載を禁止します。 ※朗読動画の無断配信も禁止します。 ※他サイトにも投稿中。 ※表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。 「Copyright(C)2022-九頭竜坂まほろん」 ※小説家になろうにて2022年11月19日昼、日間異世界恋愛ランキング38位、総合59位まで上がった作品です!

神のいとし子は追放された私でした〜異母妹を選んだ王太子様、今のお気持ちは如何ですか?〜

星里有乃
恋愛
「アメリアお姉様は、私達の幸せを考えて、自ら身を引いてくださいました」 「オレは……王太子としてではなく、一人の男としてアメリアの妹、聖女レティアへの真実の愛に目覚めたのだ!」 (レティアったら、何を血迷っているの……だって貴女本当は、霊感なんてこれっぽっちも無いじゃない!)  美貌の聖女レティアとは対照的に、とにかく目立たない姉のアメリア。しかし、地味に装っているアメリアこそが、この国の神のいとし子なのだが、悪魔と契約した妹レティアはついに姉を追放してしまう。  やがて、神のいとし子の祈りが届かなくなった国は災いが増え、聖女の力を隠さなくなったアメリアに救いの手を求めるが……。 * 2023年01月15日、連載完結しました。 * ヒロインアメリアの相手役が第1章は精霊ラルド、第2章からは隣国の王子アッシュに切り替わります。最終章に該当する黄昏の章で、それぞれの関係性を決着させています。お読みくださった読者様、ありがとうございました! * 初期投稿ではショートショート作品の予定で始まった本作ですが、途中から長編版に路線を変更して完結させました。 * この作品は小説家になろうさんとアルファポリスさんに投稿しております。 * ブクマ、感想、ありがとうございます。

愚か者の話をしよう

鈴宮(すずみや)
恋愛
 シェイマスは、婚約者であるエーファを心から愛している。けれど、控えめな性格のエーファは、聖女ミランダがシェイマスにちょっかいを掛けても、穏やかに微笑むばかり。  そんな彼女の反応に物足りなさを感じつつも、シェイマスはエーファとの幸せな未来を夢見ていた。  けれどある日、シェイマスは父親である国王から「エーファとの婚約は破棄する」と告げられて――――?

【完結】捨ててください

仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
ずっと貴方の側にいた。 でも、あの人と再会してから貴方は私ではなく、あの人を見つめるようになった。 分かっている。 貴方は私の事を愛していない。 私は貴方の側にいるだけで良かったのに。 貴方が、あの人の側へ行きたいと悩んでいる事が私に伝わってくる。 もういいの。 ありがとう貴方。 もう私の事は、、、 捨ててください。 続編投稿しました。 初回完結6月25日 第2回目完結7月18日

「 この国を出て行け!」と婚約者に怒鳴られました。さっさと出て行きますわ喜んで。

十条沙良
恋愛
この国の幸せの為に頑張ってきた私ですが、もう我慢しません。

番から逃げる事にしました

みん
恋愛
リュシエンヌには前世の記憶がある。 前世で人間だった彼女は、結婚を目前に控えたある日、熊族の獣人の番だと判明し、そのまま熊族の領地へ連れ去られてしまった。それからの彼女の人生は大変なもので、最期は番だった自分を恨むように生涯を閉じた。 彼女は200年後、今度は自分が豹の獣人として生まれ変わっていた。そして、そんな記憶を持ったリュシエンヌが番と出会ってしまい、そこから、色んな事に巻き込まれる事になる─と、言うお話です。 ❋相変わらずのゆるふわ設定で、メンタルも豆腐並なので、軽い気持ちで読んで下さい。 ❋独自設定有りです。 ❋他視点の話もあります。 ❋誤字脱字は気を付けていますが、あると思います。すみません。

聖女に負けた侯爵令嬢 (よくある婚約解消もののおはなし)

蒼あかり
恋愛
ティアナは女王主催の茶会で、婚約者である王子クリストファーから婚約解消を告げられる。そして、彼の隣には聖女であるローズの姿が。 聖女として国民に、そしてクリストファーから愛されるローズ。クリストファーとともに並ぶ聖女ローズは美しく眩しいほどだ。そんな二人を見せつけられ、いつしかティアナの中に諦めにも似た思いが込み上げる。 愛する人のために王子妃として支える覚悟を持ってきたのに、それが叶わぬのならその立場を辞したいと願うのに、それが叶う事はない。 いつしか公爵家のアシュトンをも巻き込み、泥沼の様相に……。 ラストは賛否両論あると思います。納得できない方もいらっしゃると思います。 それでも最後まで読んでいただけるとありがたいです。 心より感謝いたします。愛を込めて、ありがとうございました。

婚約破棄されないまま正妃になってしまった令嬢

alunam
恋愛
 婚約破棄はされなかった……そんな必要は無かったから。 既に愛情の無くなった結婚をしても相手は王太子。困る事は無かったから……  愛されない正妃なぞ珍しくもない、愛される側妃がいるから……  そして寵愛を受けた側妃が世継ぎを産み、正妃の座に成り代わろうとするのも珍しい事ではない……それが今、この時に訪れただけ……    これは婚約破棄される事のなかった愛されない正妃。元・辺境伯爵シェリオン家令嬢『フィアル・シェリオン』の知らない所で、周りの奴等が勝手に王家の連中に「ざまぁ!」する話。 ※あらすじですらシリアスが保たない程度の内容、プロット消失からの練り直し試作品、荒唐無稽でもハッピーエンドならいいんじゃい!的なガバガバ設定 それでもよろしければご一読お願い致します。更によろしければ感想・アドバイスなんかも是非是非。全十三話+オマケ一話、一日二回更新でっす!

処理中です...