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第一章 日曜日

03 第二王子の婚約者

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「ふん、こんなもの」

 聖書台の上にあった「婚約契約書」を、誰かが取り上げた……

 立会人の王弟殿下だ。大事な契約書を、ポケットに突っ込む。王子も令嬢も、司会の筆頭侯爵も見ていない一瞬の出来事だった。

 殿下が、私と王子との婚約に不満があるのならば、うれしいが……それは、幼い頃に、心の奥底に封じた淡い想いだ。


 短く刈り上げた黒髪、黒い瞳に精かんな顔つき、それらは十年前から変わっていない。
 今日の黒いエンビ服は、大人の雰囲気を、いっそう醸し出している。

 殿下が、チラッと私を見た。私は、恥ずかしくて、うつむいてしまった。
 政略結婚を選んだ自分が、恥ずかしく思えたから……


「イライザ……」

 司会進行役の筆頭侯爵の声だ。
 顔を上げると、彼が顔を赤くして怒っているのが見えた。

 筆頭侯爵は、金髪でグレーの瞳、まぁまぁイケメンであるが、ピエールヒゲが、鼻の下に細長く先端がクルリと巻いている。彼は太いカイゼルヒゲだと言い張っているが、玉にキズとなっている。

 ピエールヒゲ、もとい筆頭侯爵も黒いエンビ服だが、金糸でケバケバしい刺しゅうが施されていて、清潔感はない。

 そういえば、私と第一王子の政略結婚は、イライザ嬢の父である筆頭侯爵も、ノリノリだったはず。

 その政略結婚をおしゃかにするなんて、この王子と令嬢は、国政バランスの重要性というものを全く理解していないですね……あれ?

 父である筆頭侯爵も進める政略結婚を、実の娘であるイライザ嬢が、なぜぶち壊すの?


「タロス様」
「イライザ」

 見つめ合う二人……王族を名前で呼ぶには、許可が必要である。二人は、もうそんな関係なんだ。王子には、私という婚約者がいたのに……そう思うと、少し悲しい。


「イライザ、聞くザマス!」

 ピエールヒゲが、声を張り上げた。あまりの激怒で、領地のナマリが出てしまっている。

「直ぐに離れなさい。第一王子様を国王にするためには、貴族院で過半数を占める必要があるザマス!」

 筆頭侯爵は、第一王子派の貴族を増やし、派閥を大きくするのが狙いのようだ。私が婚約することで、それがかなう。

 私は王国の安定を願って政略結婚を選んだのに、こんなピエールヒゲの野望の道具に使われると思うと、悔しくて、唇をかむ。


「筆頭侯爵、次の婚約契約書へのサインの時間だが、どうするつもりだ?」

 王弟殿下が、ピエールヒゲへ、つまらなそうな顔で、きいた。

 次の婚約契約書へのサイン? なんのことだろう。

 殿下も、王国の安定を望む同志だ。なにか考えがあるのだろう。


「イライザ!」

 筆頭侯爵の腕が、ワナワナと震えている。

「お父様、わたくしはタロス様と結婚いたします」

 令嬢が、しれっと言い放つ。

「誰が許可した?」

「私とタロス様が、二人で決めた事です。これが真実の愛というものです」

 令嬢と第一王子の目がハートマークになっている。だめだ、こりゃ……

「なにが真実の愛だ! そんな娘に育てた覚えはない」

「わたくしは、もう大人です!」

 にらみ合ってどちらもゆずらない。親子ケンカなら屋敷に帰ってからやって欲しい。


 あれ? でも、筆頭侯爵の娘が第一王子と結婚すれば、いずれは娘が王妃になるのだから、国政の安定を考えなければ、ピエールヒゲ自身にとってはメリットがあるはず。

 正妃のご機嫌を取るため、中立派侯爵家の私を第一王子にくっつけるのは、ずるがしこいピエールヒゲらしくない。

 なんだろうか、この違和感は?


「イライザは、今から第二王子と婚約するザマス!」

 筆頭侯爵の怒りが爆発した。

 やはり、学園でウワサになっているとおりだった。

 第一王子派の筆頭侯爵の令嬢が、第二王子と結びつく……まさか、筆頭侯爵は、第二王子派にくら替えするのか?


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