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第一章 日曜日

01 婚約拒否

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「僕は、フランソワーズとの婚約を拒否する!」

 メトロポリテーヌ王国の空が、どんよりと曇ってきた。さっきまでは晴天だったのに、今日は女神の祝福を受けられそうにない。


 王宮の中庭は、競馬が出来る程に広い。目の前には「聖女の泉」が透き通る水をたたえている。
 直径十メートル程度の人工の泉だ。泉の中央には、女神の等身大彫像がある。

 この泉へ、後ろ向きに立って、コインを投げ入れると、願いがかなうという。
 しかし、コインを3枚投げ入れると、婚約者と別れる事が出来ると、そんな伝説もある。

「コインを3枚持ってくれば良かった……」

 周りに聞こえないように、つぶやく私の名前はフランソワーズ・エメラルティー、侯爵令嬢で、王立学園の高等部三年生だ。

 銀髪のポニーテールを赤いヘアクリップで飾り、前髪を下ろして左右に流し、珍しい青緑色の瞳、目の形は猫に似ていると言われている。

 これまで、エメラルティー侯爵家の長女として、完璧な淑女を目指してきた。

 今日は、王立学園の制服に身を包んでいる。薄い砂色のエンビ服とベスト、ズボン、白いシャツ、そして大き目のレディース・ボウタイは侯爵を示す赤色だ。


「なぜでしょうか? 第一王子様」

 目の前に立つメトロポリテーヌ王国のタロス第一王子……二人で婚約契約書にサインするところだったのに、王子はサインを拒否した。

 彼は、金髪でグレーの瞳、まぁまぁイケメンである。私と同様に学園の制服であるが、メンズボウタイは王子を示す青色だ。

 彼の外見は良いのだが、中身は女好きなゲス野郎である。同級生でもある私は、嫌というほど彼の愚行を見てきた。

 ゲス野郎に育ったのは、王族ということと、王都の少子化が相まって、周りから甘やかされたからだ。

 こんな男を支えるようにと、正妃様から命じられた初等部のころの私……勘弁して欲しいというのが本音だったのに。


「フランソワーズは、学園の成績はいまいち、身長もいまいち、何よりも性格がいまいちだ。僕は、愛することなどできない」

 王子の言葉に、私は目を伏せた。

 王立学園での成績は、爵位の高い生徒が上位を占めているので、私は、どんなに頑張っても四番以上にはなれない。彼は、いつも一番であるが、それが王族であるためだと、気が付いていない。

 私の身長は、第一王子と同じくらいで、女性としては普通だが、ヒールを履くと、王子よりも少し高くなってしまう。彼は、それが嫌で、パーティーで私をエスコートしたことなどない。

 私の性格は、認める……自分でもいまいちだと思う。生真面目というか、女性として不器用なのである。

 例えば、王子の制服は金糸で派手な刺しゅうが施されている。それを、女性として褒めれば良いのだろうが、私は、学園のルールに違反していると、口をつぐむタイプだ。


「私たちの婚約は、政略結婚であり、王国を安定させるために、重要な婚約です」

 愛よりも、王国のことを一番に考える。貴族として当たり前だと、私は考え、自分の気持ちを押し込めてきた。それは、正しいことだったのだろうか。


「僕の力があれば、王国の安定など、取るに足らない問題だ」

 哀しくなるほど根拠のない過信だ。諸外国との交渉、国民からの支持など、課題は山積みなのに。

 私は、どうしたらいいのか解らずぼう然とする。

 泉の前、聖書台の上で私たちのサインを待つだけの「婚約契約書」も、あきれているようだ。私は、聖書台の脇に立ち尽くし、うなだれる。


「そうです、タロス様の言うとおりですわ」

 突然、令嬢の声が聞こえた。
 私が顔を上げると、目の前には、第一王子……そして彼の横には、なぜか、筆頭侯爵の娘、イライザ嬢が寄り添っていた。


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