シスター・フェンリルは執行聖女 ~ダークなファンタジーはお好きですか~

甘い秋空

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第Ⅹ話 スパイ

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「俺たちテロ仲間は、人間に穴を空けるような武器は待っていない」
「奥様をかばった騎士兵を撃ったのは、伯爵が雇った私兵の仕業に決まっている」
 バフは、半笑いしながら言う。

「そのクロスボウは、弓の端に、ゆがんだ滑車が付いているが、王国では見ない技術だ」
 バフが背負うクロスボウの違和感を口に出してみた。

「これは、力の弱い者でも強力な矢を放てるよう、職人が工夫してくれたものだ」
 彼は余裕をもって答えた。

「そのクロスボウが、襲撃に使われた可能性は?」
「ない!」
 いやに自信たっぷりだ。



「このクロスボウは、魔族である伯爵を撃つものだ、人間に使用するものではない」
 彼は、言葉だけで説明した。これで人間を撃てないと、示せる証拠などない。

「矢も見せて」
 私の言葉に、彼は矢筒から矢を一本抜いて、見せてきた。
 矢じりは硬く、特別鋭利とは言えないが、変わったものではない。

「矢の先に、浄化の魔法がかけられている」
「魔族を相手にするんだ、当然だ」
 この矢で撃たれると、伯爵の再生は遅れ、スキを作ることはできるが、滅することまではできないだろう。

「伯爵のことを心配しているのか!」
「お前は、魔族側のスパイだったのか」
 バフは、どうしても私をスパイにしたいようだ。



「調書に書かれていた執行聖女とは、なんだか判らなかったが、追放された罪人を処分するのが役目の、王国のイヌのことだったようだな」
 バフが、得意げに、でたらめを言う。

 何も知らないくせに、私のことをイヌと呼ぶのか……
「私が執行聖女であることは認めるが、スパイは否定する。私は中立だ」

「ライザ、司教たちのカタキを撃て」
 バフが、引き絞ったクロスボウを、ライザに渡した。
 なんだ、やっぱり、人を撃てる武器なのか……

「バフは、なぜ知っているの?」
 ライザは、違和感に気が付いたようだ。



「司教がこの世にいない事……私は、さっききいたばかりよ」

「そして、伯爵の調書を持っていて、字が読めないはずなのに、書いてることを理解して……国王がスパイを送ったんなんて、初めて聞いた」
 バフがとっさに口にした言葉は、普通のテロリストでは、知り得ない情報だった。

「……俺は、台本にない行動に弱いようだな」
 ライザの追及に、彼は意味ありげな笑いを顔に浮かべた。

「なぜ、伯爵側に寝返ったの」
 彼女は、さらに問い詰めた。
「言いなさい!」
 彼女は、バフに向けたクロスボウの……引き金に指をかけた。



「君に、俺は撃てない」
 不敵に笑うバフ……その自信は、どこから出てくるのだ?

「撃てるわ!」
 ライザは、クロスボウでバフを撃った……はずだった。

 ライザの体が反転し、クロスボウの矢は、私の脇腹に刺さっている。

 とっさによけたが、間に合わなかった。
 おかしい、私の修道服は防刃装備なのに、なんだか脇腹が痛い……手で押さえた。



「ッ……!」
 ライザの叫びは、自分の行動に驚き、声になっていない。

「きさま、何をした」
 私は、バフをにらむ。

「これは、異世界のトラップだよ」
「引き金を引くと、味方を撃つように仕掛けられているんだ」
 バフが笑う。

「なぜ寝返ったかって?」
「最初から仲間なんかじゃない、これはビジネスなんだ」
 バフが、真面目な顔で言う。



「大国同士を戦争させるのが、俺の望みだ!」
「ついでに、ライザで遊んでみただけなんだ」
 狂気に笑う。

「知っているかい、紫の瞳は、魔族に高値で売れるんだ」
「さらに、恐怖や絶望を味わった人間は、旨味が増すんだそうだ」
 魔族に、人間を売るのか……まさか密売組織の……

 あれ? 私の目がかすむ……
 わき腹を押さえた左手が、赤く染まっている……何だこれは!
 そうか、矢の先端に細い針を仕込んで、当たると同時に勢いよく飛び出す仕掛けか……

 刺さった矢を両手で抜く……
「魔法の針……」
 ご丁寧にも、針にも浄化の魔法がかけられて、治癒魔法が中和されていた。
《大型魔獣用の麻酔針だな……しばらく休んでいろ》
 マズい、魔力が底をついている……治癒が間に合わない……
 左手で傷口を押さえる……貧血? 私はヒザをついた……



 ◇

《そろそろ起きろ》
 うるさいな、私はお腹が空いて、眠いんだ。
《状況が急転したぞ》
 え?

 目を開け、上半身を起こすと、周りに捕えられた市民がいた。百名程度か。
 なぜか、私に向かって祈っている。

 その中に、テロ仲間の白髪交じりのおじさんもいた。顔の半分が紫色に変わっている。

「おじさん、状況を説明して欲しい」
 日が傾いていて、もうすぐ夕方だ。



 おじさんの説明では、ここは街の外、王国側の石壁から少し離れた広場らしい。
 伯爵の手下であるカイゼルが、私と、捕らえられた市民を、ここへ連行して来たと言う。

 両脇を見ると、山だ。後ろにはアーチ形の石壁が見え、前には……騎士団?
「この状況は、どういうことだ?」

 おじさんの説明では、出軍してきた騎士団と、街の警備兵が、距離を置いて向かい合っており、私たちは人質として警備兵側の盾になっているらしい。

「おじさん……火傷している」
 よく見ると、おじさんだけでなく、何人かは火傷しており、殴られたような傷を負っている人もいる。捕まる時、警備兵に抵抗したようだ。



「治癒の聖女よ、このフェンリルに力を与えたまえ、エリア・ヒール」
 光の粒が舞う。

 私の最後の魔力で、人質となっている人びとを治癒した。
 私の魔力を貯め込んでいた非常用のロザリオが、砕けて消えた。

《無茶しやがって、魔力が完全に空になったぞ》
 宝石が私の魂に話しかけてきた。私のことを心配してくれるのか……

 今やらなきゃ、きっと後悔する。魔力がないなら、体力を使えばいい。私は、少し休んだので元気百%だ。



「街の司教様は、どこにいる!」
 騎士団から、大声で問いかけがきた。

「あの女は、俺様が潰した!」
 むさ苦しい男が大声で答えた。

 司教を手にかけたのは、コイツか!

 思わぬ答えで、騎士団が動揺したのが判る。



「これから、異世界の武器を試運転する」
 なんだと? たかが私兵、希少な異世界の武器を持っているのは不自然だ。
「その威力に、震えあがるがよい!」
 むさ苦しい男が勝ち誇ったように宣言した。

 右手には見慣れない黒い物、クロスボウの弓を外したような武器を手にしている。

 右手を前へ伸ばし、黒いクロスボウの狙いを騎士団に定め、引き金を引く。

――ダダダダダダダダダダ!
 ものすごい音、クロスボウの先端から火を噴いた。



 反動がすごいのか、むさ苦しい男の腕の先で、クロスボウが暴れている。
 どこを撃っているんだ! 彼の横にいた警備兵の頭が吹き飛んだ。

「こいつ、腐ってやがる……」
 むさ苦しい男は失敗を武器のせいにしたが、違う。クロスボウは、ストックを肩付けして固定するのが基本だ。
 しかし、あの黒いクロスボウの威力は、人の頭を吹き飛ばすくらい、ものすごい……あれなら、騎士兵の身体に穴を空けることが出来る。

 犯人の使った武器は、異世界の黒いクロスボウだ。あの黒いクロスボウが、伯爵の切り札である「黒のクイーン」なのか。

《AK四七……異世界の自動小銃だが、珍しい武器じゃない》
 左手首に包帯で隠した宝石が、私の魂に教えてくれた。が、よく理解できない。



「何をしている」
 この声は、カイゼルだ。
「警備兵は警備署庁舎で待機だ、伯爵様の命令だぞ、急げ!」
 両者が見合っている危険な状況で、警備兵を街へ戻す?

 警備兵は、何の疑いもなく、街へと戻り始めた……これは、音声認識か。
 カイゼルが、伯爵の命令だと言えば、その指示に従うよう、街の警備兵は洗脳されている。

「ちょ、ちょっと待て」
 むさ苦しい男が、一人で慌てている。

「カイゼル、邪魔をするな!」
 腰の長剣を抜き、カイゼルに襲い掛かった。



 カイゼルも、短剣で迎え撃つ。が、むさ苦しい男の力には敵わない様だ。

 むさ苦しい男の長剣が、カイゼルの身体を斬った……はずだが、なぜか、むさ苦しい男の長剣が、宙ではじかれた。

 カイゼルが笑う。あれは、バリア魔法!
 バリア魔法は、王族だけの秘密魔法だ。普通の人間が扱える魔法ではない。

「ついでに、これはどうかな?」
 カイゼルの姿が、消えた……というか、霞んだ。
 これも王族だけの秘密魔法、迷彩魔法だ。間違いない、彼は、国王が潜り込ませたスパイだ。



「クソ、訳が分かんねぇ」
 むさ苦しい男が街のほうへと逃げていく。

「騎士団は、人質を保護しろ!」
 カイゼルが迷彩魔法から姿を現し、騎士団に指示を出した。もしかして、彼は、ただのスパイではなく、騎士団より上の人物なのか。

「ライザは、どこ!」
 人質の中に、ライザがいないか探すが、見つからない。彼女はどこだ、無事なのか?

 騎士団の中から、なぜか、一人の騎士兵が、むさ苦しい男を追いかけて行くのが見えた。



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