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第Ⅸ話 襲撃
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「加速!」
伯爵が、この狭い中で加速した。攻撃するつもりだ!
風圧で、はじけ飛ぶテロ仲間、警備兵もはじけ飛ぶ。伯爵は、仲間の警備兵など、紙くず程度にしか思っていないのか。
「フェンリル~!」
伯爵が私に迫ってきた。
ライザを抱え、伯爵と向き合う。ライザを抱える体勢では、私が圧倒的に不利だ。
伯爵が腰の長剣を抜いた。この天井の低い部屋で、何をする気だ?
上段から長剣を振り下ろした。かろうじて、剣筋をよける。
伯爵は、力づくで、剣がぶつかる天井を切り裂き、私たちの後ろの壁まで切り裂いた。人間の常識は、魔族には通じないのか!
「降伏すると言った相手を斬るのが、貴族なのか?」
私の言葉に、伯爵の動きが止まった。
一瞬の静けさ……
――ブシュー
頭上から変な音がする。独特で、わずかに硫黄臭いような匂い、これはガスだ!
伯爵の一撃は、天井を走るガス配管を切断していた。
危険を感じ、ライザを抱えたまま、入ってきた通路へ飛び込む。
地下室の中で、剣がぶつかる音!
火花が、ガスに引火する。
――ドン!
地下室から通路へ、真っ赤な炎が飛び出してきた。
「痛い!」
爆風で吹き飛ばされ、T字路の横道へとはじかれた。ライザを守るため、私が壁側になり、壁にぶつかり止まった。
すぐに走る。伯爵は追ってこない……見逃してくれたのか、爆発で傷を負ったのか。
そうだ、テロ仲間はどうなっただろう。処刑か、捕虜か……
◇
「うっ……ここは?」
気付け薬で、ライザが目を覚ました。
それは良かったのだが、この気付け薬のアンモニア臭はキツくて、私は苦手だ。
「床下の空間だ。メンテナンス用なのだろう」
私のローソク魔法で、薄暗いながらも周囲が見える。
高さ1メートル程度で、部屋の床下に作られた隙間だ。多くの配管が見える。
外は、もう午後になっているだろう。私の腹時計がそう言っている。
まずは、ライザのケガの治療だ。伯爵から弾き飛ばされた衝撃で、何ヵ所か骨にヒビが入っていたため、治癒魔法で治す。魔力がもうないので、服の汚れはそのままだ。
「私は、多くの人を巻き込んでしまいました」
ライザは、仲間を巻き込んだのは自分だと、自分を責める。心の傷までは、魔法で治癒できない。
「いや、テロの仲間は、自分の意志で、ライザの下に集まった」
私は慰めたのではない。あの白髪交じりのおじさんが言っていたことだ。
「だれもいない……もう無理です」
ライザの心が折れて、彼女は下を向いた。哀しすぎて、涙も出ていない。
「まだ、私がいる」
魔力を使い切って、お腹も空いているけど、今の私は彼女の味方だ。
彼女は、苦しげな表情ではあるが、少し笑ってくれた。
◇
「フェンリル様……さっき、伯爵が言った執行聖女とは何ですか?」
ライザが訊いてきた。私のことを、味方として信じきれないでいるのだろう。
「執行聖女とは……大司教様から特別な許可証を授かった者のことです」
簡単に答えた。それ以上は、知らないほうが幸せだろう。
「大司教様!」
彼女が驚くのも無理はない。大司教様は、シスタークラスにとって、雲の上の存在だ。
「さぁ、ここから脱出しましょう」
彼女と一緒に、床下を静かにはいずって移動する。
◇
「さっきの気付け薬の匂いが、鼻に残っていて、匂いが嗅ぎ取れない」
私は愚痴る。床下から、一旦通路に出たのはいいが、まだ、敵の匂いを嗅ぎ分けることが出来ない。
嗅覚が回復するまで隠れる場所を、探すことにする。
薄暗い通路の角、先をそっとチラ見したら、むさ苦しい男と目が合った。
むさ苦しい男は、休憩していたのか、赤ワインを一人で飲んでいるところだった。
「待てよ」
顔をひっこめた私を、むさ苦しい男が一人で追ってきた。私は、むさ苦しい男から逃げたわけではない。
ライザに、敵に発見されるという格好悪い所を見られ、恥ずかしかっただけだ。
「その赤ワインは、年代ものですか?」
むさ苦しい男へ、にこやかに話しかけてみた。
「いや、採れたてで新鮮な、美味しい……人間の血だ」
いやらしく笑う私兵……腰の長剣を抜いてきた。
「その汚い口で、何人の血を飲んだ?」
「この街に来てから、毎日さ」
空になったグラスを私に投げてきた。と、同時にむさ苦しい男が斬りかかってきた。
しかし、激高した私にとって、スローモーションのような動きだ。
むさ苦しい男のみぞおちに、私の右ストレート
もん絶したスキに後ろに回って首の後ろをつかみ、左手首から伸びた触手が前側からノドを潰す。
触手がむさ苦しい男の血を飲んでいる。
《人聞きが悪いな、私はコイツの記憶を読んでいるんだ》
包帯の下の宝石が、私の心に話しかけてきた。
もん絶していたむさ苦しい男の動きが急に止まり、貧血でひざまずいた。
男の足元で六ボウ星が輝く。
「痛みが強く長いほど、貴方の罪は浄化され、天界へと導かれます」
全身の骨が折れる痛みで、むさ苦しい男が苦しみもだえる。
「お幸せに」
むさ苦しい男は、チリとなって天に昇っていった。
「これが、大司教様から授かった特別な力よ」
一部始終を見て、驚き固まっているライザに、教えた。
◇
「誰もいない」
やっと、休憩できそうな部屋を見つけた。階段を降りた地下二階で、重く厚いドアを開ける。
中は、伯爵の屋敷と同じ様に明るく、そして、異様に静かな部屋だ。中央に丸テーブルの様な台座があり、バケツ大のガラス製らしい無色透明な水槽が置かれている。
水槽の中には、こぶし大の黒い玉が、浮くでもなく沈むでもなく、中央部に静止している。
部屋の隅に椅子があったので、ライザと腰を下ろして休憩する。彼女は、流石に疲れた様子だ。私もお腹が空いた。
「ガチャ」
急にドアが開き、部屋に男が入ってきた。
私は、部屋の外の音が聞こえなかったことに驚く。
「バフ!」
ライザが声を上げた。
男の背中に矢筒とクロスボウが見える。テロ仲間で、伯爵の屋敷へ襲撃に向かったはずのバフだ。
「ライザか……こっちは、伯爵の屋敷への襲撃を、待ち伏せされていた」
「全員が捕まり、ここへ護送されたが、俺は、なんとか逃げてきたところだ」
バフが、状況を説明した。
仲間の誰かが、今回の作戦を漏らしたと言いたいのか?
「そうですか……こちらも、伯爵に待ち伏せされていました」
「私たち以外の仲間の安否は、不明です」
ライザも、状況を説明する。
こちらも、仲間の誰かが、今回の作戦を漏らした可能性が高い。同じ人物か?
しばらく、重い沈黙に包まれる。
「これは、だれの持ち物か判るか?」
私は、奪い返した婚約指輪をバフに見せる。エメラルドがついており、平民にとっては、とても高価な指輪だ。
「これは……俺が、婚約者にあげた指輪だ」
なんと、彼女はバフの婚約者であった。
私が持っているのも変なので、バフに手渡した。
彼は、自分の細いネックレスに、指輪を通し、身に着けた。
婚約者の消息を心配をしないパフ……彼女が亡くなったことを言わないで済むのは助かるが、これでは婚約者が浮かばれないだろう。
「バフ、何か心配事でもあるの? 様子が、いつもと違うような気がする」
ライザが、バフに、何かを隠しているのではと、心配している。
彼は困ったような顔になった。
「このフェンリルは、俺たちテロを潰しに来た王国のスパイだ」
バフが私を指さし、でたらめな事を言った。
「ここに、伯爵の屋敷から盗んだ調書がある。見てみろ」
ポケットから取り出した紙を、ライザに渡した。
「フェンリル、家名不明、女性、年齢不詳、僧侶であり執行聖女、容姿その他不明……」
ライザが読み上げた。シスターといえど、文字を読める平民は少ないので、彼女は、やはり貴族としての教育を受けてきている。
「どうだ、詳細不明の怪しい女だと思うだろ!」
バフは言うが、ライザは納得いかない様子だ。
「国王が、この街へスパイを送り込んだとの話もある」
国王? 国王陛下と呼べ、不敬だ。
王国の機密情報を、彼は知っていた。どこから洩れたのだろう?
「まさか、フェンリル様がスパイだなんて……」
ライザの心が揺れ動く。
私としては、テロリストたちと、なれあう気持ちはないので、スパイと言われても問題ないが、このライザとの信頼関係は保ちたい。
彼女は、私をこの街に送りこんだ正妃が、言葉には出さなかったが、気にかけている令嬢に間違いないだろう。大先輩である正妃が怒ると、後が怖い……
「私がこの街に来た目的は、騎士兵襲撃の犯人を捕らえるためだ。シスターという立場は隠れミノだ」
本当のことを明かした。
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