シスター・フェンリルは執行聖女 ~ダークなファンタジーはお好きですか~

甘い秋空

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第Ⅷ話 密売

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「説明してもらおう」
 私の声のトーンが低い。下衆な私兵を見据え、爆発寸前だ。

「知らないのか? 魔族の国へ人間を売るんだ」
 人間を売る……

「部位ごとに分けてな……良い金になるんだ」
 むさ苦しい男は、そう言って笑った。手に持つ長剣は、血で汚れている。

「同じ魔族の人造DNAをもらった人間は不味いんだ」
 魔族は、自分の人造DNAを与えた人間を、食ったことがあるのか……



「でもな、汚れていない人間、特に若い女性は極上の味なんだ」
 自分の人造DNAで汚れていない人間だと……

「伯爵にも、自分の人造DNAで汚れていない人間を、献上しただろ」
 献上した?……

「俺が調理したんだ、上手だっただろう?」
 調理した?……

 献上……調理……まさか!
 伯爵の屋敷での嫌な記憶が、フラッシュバックした。



「あの女性のことかぁ!」
 結婚指輪の女性か!

 怒りにまかせた私の左ストレートが、むさ苦しい男の右肩に大きな穴を開ける。

 グローブの下に暗器のナックルをつけたままだった。むさ苦しい男の右腕が床に落ちた。

 むさ苦しい男が、事態を把握する前に、右手刀で声帯を突いて潰す。屈強な男は、床に倒れこみ、苦しみ悶えた。



 私の左手首から黒いカゲが伸び、落ちた右腕を食べる。
「フゥ~」
 私は、気持ちを落ち着かせた。

「痛みが強く長いほど、貴方の罪は浄化され、天界へと導かれます」
 男の足元で六ボウ星が輝く。

 むさ苦しい男が痛みで苦しみもだえる。声帯を潰したので、ざんげの声を聞くことができないのが残念
だ。

「お幸せに」
 最後の祈りをささげると、男はチリとなって天に昇っていった。



 ◇

「出発の時間です」
 翌朝、ライザが、テロ仲間たちを前に宣言した。
「では、ご武運を……」
 屋敷を襲撃するバフの部隊を見送る。

「こちらも出発します」
 司教を救出するライザの部隊も出発する時間だ。
「フェンリル様は、私たちとは違うので、残っていて下さい」
 私のことを心配するライザ……何人が戻ってこられるか分からない危険な作戦だ。

「いや、私も行く」
 ここまで来て、残っていることなど出来ない。
 さらに、王国騎士兵襲撃の真犯人を特定するため、何らかの手がかりも欲しい。

「私の出世に響くからな。後ろで隠れているだけだから、同行させてくれ」
 私はニヤリとする。



「仕方ありませんね」
 ライザが親指を上げ、同行を認めてくれた。

 ◇

「このドアの先が、警備署庁舎の地下です」
 先を行くテロ仲間が、小声で伝えてきた。
 警備兵が出払っていたことから、作戦通り、昼前に着くことができた。
 今頃、伯爵の屋敷をバフが襲撃しているはずだ。

 警備署庁舎は、街のちょうど中心点にあった。
 地下には、水道管やガス管が天井部を走る通路、排水用や点検用の通路が、クモの巣のように造られていた。

 警備署庁舎にしては、地下通路が多い。ここは、何か他の施設も併設されているのか?



「作戦通り、こちらも陽動班と救出班に分けます」
 ライザがテロ仲間へ指示を出す。

 最初に、陽動班が扉を開けて、中へと忍び込む。

 陽動班が先に進めたことを確認し、私たち救出班も中へと忍び込んだ。
 部屋と廊下を進む。警備兵とは出会わない。

「だれか居る」
 ライザが足を止めた。
 部屋の中で、私兵と警備兵が下衆な話をしている。
 陽動班が起こす予定の騒ぎは、聞こえてきていない。



「弓を準備して」
 テロ仲間が、短剣を仕舞い。小型の弓に持ち替えた。

「私が、オトリになります。私兵が背を向けたら、撃ちなさい」
 ライザが、意を決した。私兵に矢を撃ったところで、致命傷にはならないだろう。

「まて、ライザ。私が行く」
 彼女の返事を待たず、私は部屋に入る。

「こんにちは、貴方は神を信じますか?」
 布教活動だ……



「お前は、停車場にいたシスターだな」
 あっという間に、正体がバレた。

「久しぶりね、貴方に会いに、ここまで来てやったわ」
 あ~あ、後ろに隠れているはずだったのに。

 ライザやテロ仲間も、部屋に入ってきた。
 私兵、護衛兵を見据える。仲間を呼ばれる前に、倒すとするか……

「そこまでだ!」
 扉が開いて、武装した警備兵が入ってきた。



「これは、待ち伏せというヤツかしら?」
 私は、軽口をたたく。
 警備兵たちは、私たちの前に立ちはだかるだけだ。これは、誰かを待っているのか?

「そうだ。司教なら、ここにいないぜ」
 むさ苦しい男が、勝ったという表情で笑う。
 待ち伏せされて、司教はここにいない……どうする、戦うか?

「飛んで火にいる夏の虫とは、このことだな」
 この声は!
 屋敷にいるはずのベルゼ伯爵が、目の前に現れた。
 私たちが、何も知らずに自ら危険に飛び込んできた虫けらだと、伯爵があざ笑う

「虎穴に入らずんば虎子を得ずよ」
 危険に飛び込まなければ、お宝は得られないものだと、私は、伯爵へハッタリをかます。



「そこにいるのは、テロリストのリーダー……シスター・ライザですね」
 伯爵には、ライザがテロのリーダーだと、バレていた。なぜ、いつからバレてた?
 テロ仲間が、ライザと私の前へ出て、小型の弓をかまえる。

「襲撃は失敗です……私たちが伯爵たちを足止めしますので、フェンリル様は逃げて下さい」
 ライザが小声で言ってきた。

「まて、降伏して機会を待て」
 私は助言した。相手が伯爵となると、この部屋にいる人間は、全てミンチになる。戦闘は避けなければならない。

「司教と一緒に人質となれば、司教を助ける機会がある。王都から進軍が来ているはずだから、チャンスは必ず来る」
 決心がつかないライザを、説得する。



「みんな、武器を降ろして……降伏します」
 ライザは、リーダーとして決断した。落ち込んだ顔をしているが、紫色の瞳に宿る光は失っていない。

 ライザの命令で、テロ仲間が弓を降ろした。悔しそうな顔をしているが、ここは我慢してほしい。

「賢いリーダーだな。命だけは助けてやろう」
 伯爵は余裕顔だ。

「我われは、家族のためなら命をかける!」
 テロ仲間の一人がほえた。



「私の家族はもういない……お前たち、街の人間の仕業だろう!」
 伯爵もほえた。

 奥様の命を奪った犯人を、伯爵は街の人間の仕業だというが、テロリストは伯爵の仕業だという。
 奥様と一緒に命を奪われた騎士兵……犯人は、だれなんだ?

「シスター・フェンリル……私の屋敷に誘ったのは、ぬれ衣を着せるワナだったが、あの時の気迫は人間とは思えないものだった」
 伯爵が私に話しかけてきた。やはり、屋敷に誘ったのは、私へぬれ衣を着せるためのワナだった。

「素性を調べさせてもらったよ……執行聖女フェンリル」
 私が、執行聖女だと調べがついていた。いつかはバレると思っていたが、早いな。



「人間の国にも、友達がいるもんでね……貴女の正体を教えてもらおうか」
 伯爵は、真面目な顔だ。鼻で笑ってくると思っていたが、執行聖女が、魔族を滅する者と聞いても、信じられなかったようだ。もう、不意打ちはできないか。

「司教様は、どこです」
 ライザが、伯爵の会話を止めて、詰問した。

「ふん、これが、なんだか判るか?」
 伯爵がポケットから、何か小物を取り出して、ライザに見せた。

「それは、司教様のロケットペンダント! 決して身体から離さない……大切な品!」
 ライザの気が高ぶりだした。



「中に家族の写真が入っている。遺品なのに、血で汚れてしまった」
 伯爵は、哀しそうなフリをして、ロケットペンダントを握りつぶした。

「うがぁ!」
 ライザが自我を失った! 短剣を手にして、伯爵へと襲い掛かる。

「ぬるいな、このシスターは、戦闘訓練を受けていない様だ」
 攻撃がはじき返され、ライザは後ろの壁まで飛ばされる。

「ライザ!」
 壁にぶつかる直前に、抱きかかえて助けたが、彼女は気を失っていた。



「リーダー!」
 彼女を失ったと勘違いしたテロリストが、止める間もなく、この狭い地下室の中で火炎球を放った。

「うわぁ」
 火炎球の兆弾が飛び交う。警備兵と共に、テロ仲間も巻き込まれそうになる。
 警備兵の一部も、火炎球の魔法詠唱に入った。これでは、全員が黒焦げになる。

「剣を使え!」
 伯爵が、警備兵に命じた。
 ハッと気が付いた警備兵たちが、腰の長剣を抜く。この狭い空間で、しかも、仲間も多い中、長剣を抜くとは、つくづく実戦になれていない奴らだ。

「シスター、リーダーを連れて逃げてくれ」
 テロ仲間の白髪交じりのおじさんが、私に、ライザを連れて逃げてくれと頼んできた。
 仲間たちは、数で劣るが、短剣を構えており、警備兵とは五分五分だろう。
 私が残れば、勝てるが、向こうには魔族である伯爵がいる……数分後には、私と伯爵が、立っているだけだろう。どうするんだ、私……



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