シスター・フェンリルは執行聖女 ~ダークなファンタジーはお好きですか~

甘い秋空

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第Ⅱ話 テロリスト

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 ◇

 誰も追ってこない事を確認し、路地裏で一息つく。

《あいつは脱走した罪人だ。王国騎士兵の襲撃については、何も知らない。ここの私兵たちは、襲撃の後に雇われたやつらばかりだ》
 宝石は、むさ苦しい男の「記憶」を読んだのだ。この世界には無い、不思議な力だ。

 両脇に建物が建つ路地の上に、狭く長い夕空が見える。

《迷子になったのか?》
 宝石が呆れたように言ってきた。
 この街には十字路というものはないのか?
 三叉路ばかりで、聖堂のある方向が分からない。



「静かだな」
 この街は、異常に静かで薄暗く、人が生活しているような音が全くしない。

 王国と魔族の国との貿易で、にぎやかな街のはずだが、騎士兵襲撃の後、街が狂ったと言うウワサは、本当のようだ。

「なんて街だ……」
 ため息を一つ……王国騎士兵を襲撃した犯人を捕まえろという依頼は、怪しい奴がたくさんいるこの街では、予想以上に困難だと痛感した。

《迷子だと認めろ》
 ため息は、複雑な路地で、迷子になったからではない。私は、腕を組み、口をへの字に曲げた。



 ◇

「全員整列!」
 夕焼けの停車場広場では、警備兵が集められ、整列を始めていた。ざっと二十名か。

 私が、やっと路地を抜けた先は、もとの停車場広場だった。駅馬車の姿は一台もない。私が乗ってきた駅馬車は王国側の隣町へ戻ったようである。

 警備兵を指揮をしているのは、赤毛で、鼻の下に太いヒゲをもつ男性だ。
《さっき、路地で聞いた男の声は、アイツだな》
 宝石が、言うまでもない。アイツ、ヒゲの指揮官は、なぜ私たちがいた路地に声をかけたのかは不明だが、注意を要する人物だ。

 しかも、ヒゲの指揮官だけ制服が違う。
 商人のキャラバン隊みたいなゆったりとした白い服装に、レザーのベストを重ね、腰に、宝石で飾り付けられた短剣を下げている。



「そこの民間人は動くな!」
 ヒゲの指揮官に見つかってしまった。
 これで、別の場所へ移動できなくなった。聖堂へ行くのが遅くなってしまう。
 あの男装の令嬢の姿は見えない。この街の、複雑な路地を知り尽くした、地元の女性だったのだろう。

「駅馬車、到着」
 停車場広場に、北の方角、魔族の国のほうから、馬車が入ってきた。

「全員、伯爵様へ敬礼!」
 優雅に停車した駅馬車へと、警備兵たちが、号令に合わせ敬礼した。全員の動きは、きれいに揃っている。

 偉そうな男が、馬車から降りてきた。



 男は、深い黄色の生地に、金糸で派手に刺しゅうを施したエンビ服、まるで肉料理に添える粒マスタードだ……私は、お腹が空いている。
 あれが伯爵か。刈上げた銀髪に、黒い瞳、まぁまぁのイケメンだが、目つきは鋭い。精悍なトラというイメージだ。

「カイゼル君か、留守中、異状はなかったか」
 伯爵が話しかけた。ヒゲの指揮官は、カイゼルと言う名前か。
 伯爵は、カイゼルと比較すると、一回り小さい。軽量で、スピードを重視した戦い方をしそうだ。

 ベルゼ伯爵の計画どおり、事が進んでいます」
「そうか……」
 伯爵の表情は、満足そうな顔と共に、寂しそうにも読める。

「そのお顔では、魔王陛下との交渉は、上手くいかなかったのでしょうか?」
 魔王だと? 伯爵は魔族の国に行って来たのか。



「せっかく、カイゼル君から橋渡しをしてもらったが、人間を妻にした私に、賛同する魔族はいなかった」
 妻が人間だと、交渉が上手く進まない……どういうことだ?

「魔王陛下もですか?」
「魔王陛下に会う事は出来なかった……本当に復活されたのかも、分からなかった」
 このカイゼルという男は、魔族の国の王である魔王陛下とのつながりがあるのか。

「それでも、私は妻の復しゅうを果たす。そのために、やっと手に入れた切り札『黒のクイーン』を使う」
 伯爵は、自分の決意は変わらないと言い放った。

 伯爵の決意に、カイゼルは無言だ。
 黒のクイーンとは、何だ?



「ん? あの修道服は、赴任してきたシスターか?」
 伯爵が、私に気が付いた。

「修道服にしては、生地がレザーですな……そこの女、こっちに来て、ベルゼ伯爵に挨拶しろ」
 カイゼルの視線の先には、私しかいない。

 仕方ないな……カイゼルへ、ゆっくりと近づく。
 彼は、赤毛に太いヒゲ、グレーの瞳、なかなかのイケメンだ。片眉を上げ、私を、いぶかしげな表情で睨んでいる。背が高く、首が太いので、格闘技の心得があるのだろう。

 私は、伯爵に向かって顔を下げてカーテシーをとる。



「貴女と会うのは初めてですね。どなたかな?」
 伯爵が私に問いかけた。
「国境の街コゥベリックの聖堂に赴任してきました。シスター・フェンリルと申します」

「シスター・フェンリル、顔を上げなさい。私が、この街コゥベリックを任せられている伯爵のベルゼです」

「ベルゼ伯爵様にお会いでき、光栄に存じます」
 ゆっくりと顔を上げ、視線を合わせた。伯爵の後ろ、傾いた西日が、まぶしい。

 刈上げた銀髪に、黒い瞳、近くで見る伯爵は、温和な顔だが……わずかに血の匂いがする。



 伯爵は、私の金色の瞳を見た。この珍しい目の色に、驚かないのか?

「停車場の周囲が物物しくて驚いたでしょう。最近は物騒なテロリストが出没するもので、ご容赦下さい」
 周囲にいる警備兵が、私に威圧的な態度をとっていることを、謝罪するフリをする伯爵……何か下心でもあるのか?

「前任地は、どこかな?」
「王都メトロポリテーヌの聖堂です」
 ウソではないが、数か月、住み込みでバイトしただけだ。

「貴女は、私の亡くなった妻の若いころに似ている。新しい未来を造ろうとする、そんな顔だ」
「奥様を愛していらしたのですね」
 私の言葉に、伯爵は少し瞳を閉じた。



「あと数日で妻の魂は天に昇る。その後、シスター・フェンリルを屋敷に招待しよう」
 どういう意味だ? 奥様の葬儀は終わったはずだ。喪が明けたら、私を愛人にするつもりなのか。

「奥様を一生忘れない男性も、魅力的だと思います」
 私の遠回しに断る返答に……伯爵はニヒルに笑った。

――キュリリーン!
 不意に、私の眉間に気が集中した。何か危険が迫ってくる!

《来るぞ!》
 時が止まったように、全てがゆっくりと動く。西日のほうから何かの気配を感じる……



「危ない!」
 数歩、伯爵の後ろ側へと走り、迫っていた矢を、左手でつかみ取る。

 熱い!
 手のひら上で金属製の矢が擦れて、レザー製のグローブ越しなのに、熱い。矢の飛ぶ速度が通常より早く、重いためだ。

 武器は、改造した強力なクロスボウか?
 弓の一種であり、金属製の矢をつがえて、弓を引き絞った状態で固定し、引き金を引くことで、矢を発射する武器である。

 一般市民は、剣の所持は禁止されているが、狩猟の関係からか、弓の所持は禁じられていない。法の抜け穴だ。しかし、クロスボウの所持は禁止されているのに、なぜだ?



「狙いは伯爵様です」
 矢の射線から、狙いは、伯爵の心臓を背中から射貫くこと……いや、肩か?
 毒は塗られていない。これは脅しか?

「テロだ! 伯爵様をお守りしろ」
 カイゼルが叫ぶ!

 盾を持った警備兵三名が、伯爵の前で防御役になった。私も盾の後ろに隠れる。

 カイゼルは、相手を確認もせずに、テロリストによる襲撃だと断言した。
「なんて街だ……」



「回りこめ!」
 カイゼルの指示が飛ぶが、警備兵の動きは素人のようにバラバラだ。

 西日を背にし、崩れた建物、二階の壊れた窓の中から、攻撃魔法の火炎球と、弓矢が飛んでくる。散発的な攻撃だが、襲撃者の統制は取れている。

 西日が眩しくて、敵の動きがよく見えないのに、一人の警備兵が、しびれを切らして飛び出した。

「うかつに動くな!」
 飛び出した警備兵に、弓矢が刺さり、火炎球が直撃した。


 それでも、警備兵は燃えながら進んでいき、そして建物に取りつく直前で倒れた。
 これは……人間とは思えない行動だ。

「生意気な奴らだ!」
 私兵の一人がほえ、飛んでくる火炎球を、長剣で斬った!

 こいつは強化人間だ。胸のナンバーはⅥ……血の気が多いヤツだが、コイツは強い。
 こちらの伯爵側に、攻撃魔法を使える警備兵は少なく、全体の統制も取れていない。

 一方の襲撃側は、攻撃魔法と弓攻撃をメインにし、指示を出しているヤツがいる。
 攻撃の指示を出しているヤツは、どこだ?



 私は、襲撃者から目を離さず、伯爵の横から、横の路地へと移動する。
 伯爵は、彫像の陰だ。盾役となっていた警備兵は、伯爵の前を離れた。

《王国騎士兵を襲撃した犯人は、この中にいるのか?》
 宝石が、眠そうな声で話しかけてきた。
「黙ってろ、私はお腹が空いて、機嫌が悪いんだ」
 朝食後、ここまで、何も口にしていない。

「そこのシスター、逃げなさい!」
 突然、路地の奥から、女性の声がした。

 先ほどの、少年に化けていた令嬢が、短剣を握って、大柄な男と向かい合っている。
「こいつは、魔族よ、逃げなさい!」
 前には魔族、後ろは戦闘中……どこに逃げろと言うのだ。



「体は大きくても、どうせ小者でしょ?」
 令嬢の警告を無視して、私は魔族の前に歩みでる。
 この街は、魔族の国との貿易拠点だ。下っ端の魔族がいても不思議ではない。

「俺は男爵だぞ?」
 大柄な男は、明るい黒の生地に、金糸で派手に刺しゅうを施したエンビ服、まるでイカ墨パスタだ……私は、お腹が空いている。

「魔族の前に立ちふさがるとは、ずいぶんと正義感の強いシスターだ。しかし、それは無謀というものだ、ニャハハ」
 腕に抱いているのは、黒い猫だ。

 魔族から猫が飛び離れるのを合図に、斬り合いが始まった。男の手には長剣、私の右手には短剣が握られている。



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