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第十一話 霊感商法ご用心
しおりを挟むある日の昼下がり、骨董店「不思議堂」の店内はいつも通りの、のんびりした雰囲気だった。
私、女子高生バイトのチエは、レジで帳簿を広げながら、ぼんやりしていた。
実は、帳簿をつけるふりをしながら、手元のメモ帳に「晩ごはんの献立」をこっそり書いていたのは内緒だ。
その時、入り口のベルがカランコロンと鳴り、ドアが開いた。
「いらっしゃいませ……」
と、いつものように声をかけようとした瞬間、ふらりと入ってきたのは長髪を後ろで束ねた三十代くらいの女性だった。
白いブラウスに黒いスカートというシンプルな服装ながら、どことなくただ者じゃないオーラをまとっている。いやいや、こんなところにただ者じゃない人が来るわけないでしょ、と自分に言い聞かせつつ、私は彼女に視線を向けた。
その瞬間、彼女の鋭い目つきが私に向けられたので、思わず姿勢を正してしまった。
「ここ、幽霊がいそうな雰囲気ですね」
彼女はさらりとそう言った。
「えっ?」
私は完全にフリーズ……何て答えればいいのか全くわからない。
とりあえず笑顔を作る。
「え、幽霊ですか? そんなわけないですよ!」
と返すのが精いっぱいだ。
しかし、彼女は微笑むでもなく真顔のまま店内を歩き回り始める。その姿は、まるで何かを探しているかのようだった。
商品の前で立ち止まるたびに、彼女は目を細めたり、軽く手をかざしたりしている。見た目には、完全に怪しい人そのものだ。何をしているのか、さっぱりわからないが、妙に神妙な様子に、私は不安を覚えた。
すると、彼女が突然、一つの壺を指差し、低い声で言った。
「これ、怨念が強いですね。何かあったんじゃないですか?」
「怨念? いやいやいや、普通の壺ですよ! 昭和時代の量産品って聞いてますけど……」
思わず声が裏返る私。
けれど、彼女は首を振りながら真剣な表情で断言した。
「これは単なる物ではありません。深い因縁を感じます」
彼女の神妙な顔つきに、私は冷や汗をかきながら必死に言い返した。
「いや、だから、そういうの信じてないんで……」
しかし、彼女は意に介さない。
「こういうのを放っておくと、店全体の運気が下がるんですよ」と告げた。
運気って……なんだそれ!
ちょうどその時、奥から秋空店長が顔を出した。
「なんだなんだ、何か面白い話でもしてるのか?」
店長は、いつものように軽いノリで会話に加わってきてくれた。
事情を説明すると、彼女はさらりと告げた。
「私、除霊ができるので、この壺も浄化しておきますよ。ただし、除霊代は少しお高いですけどね」
「えっ?」
私は絶句したが、店長は引き寄せられている。
「除霊っていくらするんですか? やっぱり怨念の強さで料金が変わる感じ?」
「そうですね。この壺だと……三万円くらいですかね」
彼女があっさりと答えると、店長は「おお、なるほどね!」と妙に納得している。
その姿に、私は慌てて割り込んだ。
「店長! これ、どう考えても怪しい商売ですよ!」
だが、店長は面白がっている様子だ。
「でもなあ、もし本当に怨念があるなら浄化してもらった方が……」
呑気なことを言い出した。
何考えてるの、この人!
私は頭を抱えた。
その間も彼女の鑑定はさらに広がり、今度は店内の古い日本人形を手に取った。そして、目を閉じてつぶやく。
「この人形、少し寂しそうな気配を感じますね。前の持ち主のことを、忘れられないのですね」
その言葉に、偶然居合わせた中年女性のお客さんが反応した。
「本当に霊感があるんですか?」
「ええ、多少はね。こういう物は念がこもりやすいんですよ」
彼女の言葉に、女性客は前のめりになってきた。
「いやいや、これは普通の骨董品で……」
私は必死に説明するが……
「じゃあ、私の家の仏壇も見てもらおうかしら」
とうとう女性客が言い出した。
さらに彼女は、別のお客さんにも魔の手を広げる。
「それ、持ち帰る前に浄化した方がいいですよ」
あっという間に、店内は除霊ビジネスの営業会場のような雰囲気に包まれてしまった。
私はもう限界だ。
「ちょっと待ってください! そもそも本当に霊がいるんですか? 証拠を見せてください!」
私の声が店内の隅々まで響き、一瞬静まり返る。その場の全員が息をのんだ。
だが、彼女は、まるで待っていましたと言わんばかりに、自信満々の笑みを浮かべる。
「証拠ですか? いいでしょう」
ゆっくりと壺に近づくと、手をかざして集中するような仕草を見せた。
まるでテレビドラマでよく見る霊媒師のような動作に、他のお客さんたちは息を呑む。
一方、私は冷や汗が止まらない。
「うーん……やっぱり、これに強い霊気を感じます。この壺が発する波動が……」
「波動って何ですか?」
ついツッコんでしまったが、彼女は意にも介さない。むしろ真剣そのものだ。
「すごい……やっぱり本物なのかも」
店内のお客さんたちの中に、小声で囁く人も現れ、私は完全に孤立し始めた。
その瞬間。
――ガタガタ!
店内の棚が突然激しく揺れ出し、私たちは全員その場で固まる。
「え、今の何?」
「まさか、本当に霊が……」
お客さんの一人が怯えた声で呟くと、店内は一気にパニック寸前の空気に包まれる。
私も冷や汗をダラダラかきながら棚を凝視したが、すぐに聞き慣れた声が響いた。
「ああ、これ風で揺れるんだよ。よくあるんだ」
店長だ。いつもののんびりした声で言い放つその姿に、私は心底ほっとした。ああ、本当にこの人の呑気さには救われる。
「いや、店長……タイミング悪すぎますよ!」
「おお、そうか?」
店長は全く気にしていない様子で肩をすくめる。
一方、霊感のあるという彼女は、なぜかさらに熱が入ってきたようだ。
「いいえ、これは偶然ではありません。霊が私たちに何かを伝えようとしているんです」
「いやいやいや、だから偶然ですって!」
私は必死に否定したが、彼女は完全に自分の世界に入り込んでいる。
他のお客さんたちも彼女に同調し始め、店内はちょっとした"心霊現象ツアー"のような雰囲気になりつつあった。
さすがにこれ以上はマズい。私は意を決して、彼女に毅然と告げることにした。
「すみませんが、うちの店で勝手に商売を始められても困るんですけど!」
彼女は少し驚いた表情を見せたが、すぐに微笑みを浮かべて言った。
「そうですか。でも、本当に霊感が必要になったら呼んでくださいね」
そう言い残して、名刺をカウンターに置き、優雅に店を後にした。
その後ろ姿を見送りながら、私は力が抜けるようにため息をついた。
「やっと終わった……」
ところが、そう思った矢先、店長が名刺を手に取り、オモチャを見つけた子供のような顔で言った。
「これ、後で電話してみるか? 面白そうだし」
「絶対にやめてください!」
私は全力で止めた。
その後、冷静になった店長が壺の仕入れ元に確認を取ったところ、あっさりと「普通の食器店で売ってた量産品」だと判明。これで完全に一件落着だと胸をなでおろした。
しかし、これで終わるはずもなかった。
◇
翌日、SNSで「不思議堂の除霊サービス」という怪しげな噂が急速に広がったのだ。
なんと、昨日、店内に居合わせたお客さんが投稿したらしい。
《不思議堂の壺には怨念が……除霊師が来て浄化してた!》
これを見た霊感マニアたちが押し寄せ、店は完全にカオス状態に突入した。妙な儀式を始める人、怪しげな装置を持ち込む人、果ては「家にある壺も見てほしい」と大量に持ち込む人まで現れる始末だ。
「店長! この状況、どうするつもりですか!」
私は怒鳴り声を上げたが、店長はニヤニヤしながら言った。
「まあまあ、これはこれで宣伝になるしね」
「宣伝って……本気で商売する気なんですか?」
「いやいや、霊感はないけど、お祓い用に、うちの商品を買ってもらうのもいいだろ?」
ちゃっかり商売につなげようとしている店長に、私は呆れ果てた。
◇
その日の夕方、またもや店のベルが鳴った。私は「もう変な人は来ませんように」と祈りながら入り口を見る。
だが、現れたのは昨日の彼女ではなく、スーツ姿の男性だった。
「こちら、不思議堂さんですか?」
落ち着いた声ときっちりした身なりに、一瞬まともな人かと思ったが、その次の言葉で全てが崩れた。
「私、テレビ番組のディレクターをしておりまして、ぜひ取材させていただきたいと思いまして」
「取材? え、ちょっと待ってください。それ、どんな取材なんですか?」
「ネットで話題の'除霊サービス'についてです」
頭が痛い。
どうしてこんなことになったのか、私は深いため息をついた。これから始まるであろう、さらなる波乱の日々を思い、ただ一つ呟く。
「この店……本当に大丈夫なのかなぁ……」
こうして、不思議堂は今日も賑やかに営業中だ。次に何が起きるかは、誰にもわからない。
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