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9.聖女

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「あれ? 私の手のひらに“肉球”ができている」

 少し硬いベッドで目を覚まし、気だるいまま、寝返りを打ちます。

 違和感があったので、手のひらを見たら、灰色の大きな丸い肉球が一つ、上側に小さな丸い肉球が四つ、いつの間にか、出来ていました。

「……」

 私は、女侯爵のシャルトリューズです。幼い頃、子猫のような姿になる呪いを受けました。

「シャルトリューズお嬢様、お目覚めですか」

「あれ? 貴女は、先日まで私の専属侍女でしたけど、どこかに転職したはずよね。なぜ、ここに? というか、ここはどこ?」

 だんだんと、目が覚めてきたら、なにか変です。

 ベッドから、上半身を起こすと、少しめまいがしましたが、状況を掴むのが先決です。


「私は、お嬢様の専属侍女のままですよ。一緒に住むことはできませんが、いつもそばにいます」

 彼女は、いつもの高飛車な態度のままですが、目に涙が滲んでいます。

「心配かけてごめんね。私は、また熱を出して寝込んだの?」

「そうですよ、あの事件から、一週間が経ちました」

 事件? あっ、思い出しました。

 私との婚約を破棄した第一王子が、年老いた国王陛下を殴ったため、陛下が息を引き取ったこと。

 私が怒りにまかせて、第一王子を掌底で吹き飛ばしたこと。

 受け止めきれない、大きな悲しみ。

 そして、第二王子から、抱きしめられたこと……



「事件の後、お嬢様は熱を出して気を失われたので、ここ、王宮の救護室に運び込まれたのです」

 侍女が説明してくれました。

 個室の簡易なベッド、なるほど、ここは救護室でしたか。

「そうだったのですか。貴女は寝ないで看病してくれたのですね、ありがとう」

「たまに、第二王子様が代わってくれたので、睡眠はとることができましたよ」

 うわ、寝顔を見られたのですか。



「ノア君は、元気ですか?」

「第二王子様は、国王陛下の国葬を無事に執り行い、今は、喪に服されておられます」

 陛下の国葬は、終わっているのですね。

「私も、国王陛下を見送りたかったな」

「お嬢様は、クソ第一王子から追放された身なので、参加者の名簿には名前が載らなかったのですよ」

「そうですか。王宮の墓前に花を手向けることは、可能ですよね」

 って、貴女、王宮でクソと言ってはなりません。

「お嬢様が目を覚ましたことは内緒にしますので、着替えて、中庭の墓石に行きましょう」


    ◇


 いつの間にか、学園の制服は、奇麗に洗濯され糊が効いていました。専属侍女のありがたみが身に沁みます。

 制服に着替え、黒いレースの短い手袋を着用して、今は、中庭の墓石の前です。

 ここは、歴代の王族の聖遺骨が安置されている、神聖な場所です。第二王子のお母様も、眠っています。


 私は、国王陛下が安らかに眠ることを祈ります。

「国王陛下、私へのご支援、本当にありがとうございました。感謝申し上げます」

 国王陛下は、私の功績を高く評価し、女侯爵を授与してくれた恩人です。

 空は青く澄み渡り、心地よい風が、私の銀髪を優しく撫でました。


「もう起きてよいのか、シャルトリューズ」

 後ろから、渋い男性の声、国王陛下の次男であり、呪いで白豚の姿になった公爵です。

 飾り気のない黒っぽい服です。破天荒と言われる人物ですが、喪に服しているのが分かります。

 体型は、小太りのおじさんですが、鍛えているのがわかります。

 顔は色白で、耳は三角形、目は鋭いですが可愛らしく、モヒカンのような髪は濃いグレーです。


 カーテシーをとり、体調が戻っていることを、所作で伝えます。

 公爵は、私の横で、国王陛下へ、静かに祈りを捧げました。


「さて、シャルトリューズ女侯爵、現在の王国の政情は聞いているか」

 公爵の声には、緊張が感じられます。

「いえ、先ほど目が覚めたばかりで、国葬が終わったことしか、情報を得ていません」

「そうか、これから貴族院から承認を得るが、兄の王太子が新国王に、俺が王太子になるだろう」

 法に基づき、淡々と手続きが進められるのですね。

「問題は……」
 問題? 第一王子の処刑のことでしょうか。

「貴族院は、シャルトリューズ女侯爵がどう動くか決めてもらうまでは、動かないと言っている」

「え?」
 なぜ、ここで私の名前がでてくるのですか?

「シャルトリューズが、“神に愛された聖女”だと、上級貴族の間で噂が広まっているからな」

「まさか、私が、聖魔法を使えることが?」

 私は、呪いで、治癒の光魔法が使えなくなりましたが、上位の聖魔法が使えるようになっていたのです。

「一部の信頼できる貴族だけしか、この話は知らないはずです」

 家族以外では、国王陛下、公爵、第二王子、そして隣国の王女、あとは、思い浮かびません。

「どこから漏れたか、調べても判らなかった。もちろん調査は継続している」

 国王陛下のカゲを統括していると噂されている公爵でも、判らないなんて。

「あの第一王子をあそこまで吹っ飛ばすなんて、俺でも出来ない。枝葉の付いた憶測が広がってもおかしくない、それほど強烈な出来事だった」



「聖女になることを、あの時、決心したんだろ」

「はい、覚悟を決めました」
 私は、青く澄み渡る空を見上げます。


「貴族たちの言う、私がどう動くかとは、具体的には何を指すのですか?」

「シャルトリューズが、新国王の後妻となるのか、俺の花嫁になるのか、それとも第二王子の婚約者になるのか……貴族院は、お前が選んだ相手を、次の国王にする」

「え?」

 選択肢が三つだけなのですか? 聖女になれば、結婚相手を選び放題だと聞いていますが。

「時間はない。シャルトリューズの答えを、皆が待っている。弔問外交が終わる前までに、決めてくれ」


「国王陛下が立案した新しい法は、施行されましたか?」

 聖女の結婚に関する新しい法です。

「貴族院に手を回して、密かに、施行しておいた」
 公爵は、青い空を見上げます。


「ありがとうございました」

 これで、聖女が悪用される可能性を、秘密裏に、ひとつ潰せました。



 また、誰かが来ました。

「ルー、目が覚めたのか、良かった」
 黒髪の第二王子、ノア君が駆け寄ってきました。

 感動の再会の場面ですが、彼の横に女性が付いてきています。

「シャルトリューズ嬢、良かったでゴザイマス」

 女性は、隣国の金髪の王女でした。これは、嫉妬しても良い場面なのですが、私は、なぜか冷静です。

「先ほど目覚めまして、真っ先に国王陛下へ挨拶に来たところです」

 カーテシーをとり、王族に挨拶をします。


「ルー、どうしたんだ? 公爵様、シャルトリューズに何か吹き込んだのですか!」

 第二王子が、公爵をにらみます。

「政情を説明しただけだ。ノアルジェド第二王子が説明したかったのか?」

 公爵は、ひょうひょうと受け流しました。


「シャルトリューズ嬢、私を選ぶ道もあるでゴザイマス」

 隣国の王女は、私に好意を持っており、婚姻も考えているようです。彼女の国は、女性同士の婚姻を認めています。

 隣国……選択肢は四つ? いや、ないですよね。


「私は、私をお姫様抱っこしてくれる男性を、ずっと待っています」

 これが、私の一貫した想いです。


「兄の王太子は、腕力が無いから、外れたな」
 公爵が、笑いながら、自慢の力こぶを見せます。

「え~、女性の私は外れなの? お姫様抱っこなら、できるのに」

 隣国の王女は、見た目はスリムなのに、常人の5倍も体重があるので、私程度、片手で持てると思います。

 でも、私が待っているのは、幼い日の、あの男の子なのです。


「隣国の美しい王女様、俺たちは邪魔者のようだ。向こうで、お茶でも楽しみませんか」

 公爵は、察してくれたようです。

「あら、公爵様はお姫様抱っこできるのでしょ。私を抱っこして腕力を示して見せるでゴザイマス」

「姫様のご希望とあらば」

「ふむッ」
 公爵は、200キロもある令嬢を抱っこしました。

「きゃ、カッコいいでゴザイマス」

 隣国の王女は興奮しています。
 私も、一瞬、カッコいいと思ってしまいました。

 お姫様抱っこのまま、2人は、墓石の前からガゼボの方へと向かって、離れていきます。




「冗談のつもりでも、公爵様が隣国の王女を抱っこしたなんて、国同士の問題になりますよ」

 離れたところで、私の専属侍女、第二王子の護衛兵、隣国の王女の護衛兵、身を潜めて、見ています。

「意外とお似合いのカップルになるかな」
 ノア君は、少しうらやましそうです。

「良いのですか、隣国の王女は、ノア君にも好意をもっていますよ」

「俺は、彼女を良い友人だと思っている。それよりも……」


「いいのか、俺で」

 少し沈黙が流れます。

「幼い頃、お姫様抱っこしてくれると約束したでしょ」

「気を失った私を、救護室へ運んでくれたのは、ノア君なんでしょ」

「そうだ。でも、約束の抱っことは意味が違う」


「実は、私、また呪いを受けたようなんです」
 両手の手袋を外し、手のひらを彼に見せます。

「こ、これは肉球?」

「肉球って、意外と固いんだな」

 両手で、包み込んでくれました。彼の優しい温もりが伝わってきます。


 彼は、片膝をつき、肉球にキスをしてくれました。

 私は、手のひらへのキスが、婚約の申し込みを受けて欲しいという意味であることを知っています。

 緊張が体を走り抜けました。


「私が、ノア君の婚約者という道を選んだら、王国はどうなるんですか」

「俺が国王に任命され、父上と叔父は、第一線から外されることになる」

「恨まれそうですね」

「あぁ、叔父は王位に興味が無い人なのだが、父上は自分が新しい国王になるのが当然だと考えている人だ」

「王国の存亡は、誰が国王になるかで決まる。貴族の目、国民の目は、想像以上に厳しい」


「結婚って、自分たちの気持ちだけでは、決められないものなのですね」


「私、天国の国王陛下に、王国の平和を祈ります」
 墓石に祈りを捧げ、願い事を伝えます。

「俺も、祈る」


(国王陛下、シャルトリューズです。国の平和と共に、私たちが幸せに結ばれますよう、お力添えをお願いします)

 心地よい風が、私の銀髪を優しく撫でてくれました。



(次回予告) 
 次回はルーの幼少期。聖女ワン・グランプリの優勝賞品は、王子様との婚約。そして、大けがをしたノアは……
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