上 下
18 / 56
第一章 第三王子

第18話 隣国への報復

しおりを挟む


「あら、管理人の老夫婦がおりませんね」

 離宮に帰ると、いつもと様子が違いました。


「今日、明日は休みだ、二人で旅行に行くそうだ」

「王弟殿下の監視がいないのですか?」

「なんだ、老夫婦が、俺を監視していることを知っていたのか」

「毎日、俺がゴロゴロしているので、気が緩んだのだろう」

「王弟殿下のお芝居だったのでしょ。冒険者“盗賊”を甘く見ないでください。ということは、今日、隣国へ忍び込むのですね?」

「それも気が付いていたのか」


「私も一緒に行きます。冒険者“盗賊”の技は役に立ちますし、途中に早馬も確保してあります」

「さすがだ、手を貸してくれ、あの侯爵家へ倍返しする」

    ◇

 旅人用のマントを羽織り、早馬を飛ばして、抜け道を走り抜けます。

 深夜、隣国の侯爵家へ忍び込みました。

 前回、屋敷を訪れた際、構造・間取りを頭に入れており、カギの解除もスムーズです。


 まずは、地下を調べます。

 しかし、最悪の事態が待っていました。骨まで焼けた遺体を発見しました。

「やはりか……」

「鑑定結果、第三王子です……」

 二人で手を合わせます。覚悟はしていましたが、若者の恋心を悪用した隣国に、無性に腹が立ちます。

 王弟殿下は腰の革袋に、骨を納めました。
 全部は入りませんでした。

 あれ? 彼は、手を止め、腕を組んで何か考え込んでいます。

    ◇

 彼の考えがまとまったようなので、階段を上がり、侯爵の生活エリアに向かいます。

「血の匂いがします」
 サビた鉄のような、微かな匂いです。

「扉が開いている部屋だな」
 夜中なのに、部屋の扉が開いています。

 そっと、扉から室内に入りました。

 侯爵夫婦の寝室です。ベッドの上に、血に染まった二人が横たわっています。

 そして、その横に、短刀を手にした留学生の男爵家令嬢、いや、隣国の侯爵家令嬢が、立っています。


「フラン……」

 理解し難い現場を見て固まっている私を、隣国の侯爵家令嬢は見つけたようです。

「第三王子様?」

 見た目は、あの令嬢ですが、雰囲気も、鑑定結果も、なぜか第三王子です。

「まさか、第三王子の記憶を、令嬢に移したのか、無茶しやがる」

 王弟殿下が、悔しそうに言いました。

「王弟殿下、僕は、王族の知識は渡しませんから。最後に自分でケリをつけます」

「……わかった、見届けよう」

 これは、王弟殿下の優しさなのでしょう。


「フラン、伯爵家令嬢のことを頼む」
 そう言い残し、第三王子が部屋を出ます。

「キャー、お嬢様!」
 夜勤のメイドが、異常に気付いたようです。

「侯爵夫妻は、僕が処罰した。第三王子の恨み、ここに果たす!」

「止めてください、お嬢様、キャー!」

 メイドの叫び声の後、隣国の侯爵家令嬢の倒れる音が聞こえました。

「たしかに見届けた。フラン、帰るぞ」

「はい」

    ◇

 後ろ髪を引かれる思いを振り切り、屋敷を後にし、月明りの中、早馬を飛ばします。

 私たちは、無言で、前を見続けます。

 抜け道を走り抜けた時、朝日が昇りました。
 今日も青空のようです。

 早馬を換え、離宮に向かいます。

    ◇

 離宮の裏庭にある墓碑の前です。

 墓碑の影が真下に落ちています。

 王弟殿下は、腰の皮袋を、墓碑の中に納めました。

「良いのですか、第三王子様は追放されたのでは?」

「最後は、王族として責任を果たした、違うか?」

「今夜のことは、誰にも言いません」

「そうしてくれ、隣国の侯爵家の犯罪と、第三王子の最後は、俺が、いつか必ず、明らかにするから」


 風が止んでいます。

「真実の愛って、なんなのでしょう? 最後に、伯爵家令嬢を頼むと、そう言っていました」

「わからんが、人が最後に思い浮かべる女性が、本当に愛した女性なのかも」

「でも、伯爵家令嬢は、第三王子を愛してはいませんよね」

「身も蓋もないことを言うな。男に花を持たせてやってくれ」

 二人で、墓碑の前にヒザをついて、第三王子の冥福を祈ります。


「俺は寝る。フランも休め」

「私は、どうしたら、王弟殿下の心を慰めることができますか?」

「……俺たちは、負けていない」

「俺たちの戦いは、始まったばかりだ……ですか? 青臭いですね」

「もしもだ、俺が恐怖の大魔王になったら、フランはどうする?」

「私は、喜んで戦います。そして大魔王を封印して、勇者になりますって、あれ? 聖女になるのかな? すみません、寝不足で、頭が回りません」

 大魔王を封印するのが、聖女。
 大魔王を倒すのが、勇者。
 まさか、三角関係? わかりません……

 私は、笑ってごまかしました。

「そうだな、フランがいれば、王国は安泰だ。では、寝るか」


「あれ? 寝るって、ここで……ですか」

「そうだ、変か?」
 ビーチチェアへ横になった王弟殿下が答えます。

「では」
 私は、横に敷かれたビーチマットで横になります。

 冒険者“盗賊”が無防備で寝ることはありませんが、彼の横だと、安心して横になれます。

    ◇

「フランさん、そろそろ、屋敷に入って下さい」
 老夫婦から声をかけられ、目を覚ましました。

 私の上に、彼のマントがかけられていました。
 王弟殿下は、横で本を読むフリをしながら、私をのぞき見しています。

「王弟殿下、本がさかさまです」

 あわてて本を直した彼が、可愛くて、私は微笑んでしまいました。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

侯爵令嬢セリーナ・マクギリウスは冷徹な鬼公爵に溺愛される。 わたくしが古の大聖女の生まれ変わり? そんなの聞いてません!!

友坂 悠
恋愛
「セリーナ・マクギリウス。貴女の魔法省への入省を許可します」 婚約破棄され修道院に入れられかけたあたしがなんとか採用されたのは国家の魔法を一手に司る魔法省。 そこであたしの前に現れたのは冷徹公爵と噂のオルファリド・グラキエスト様でした。 「君はバカか?」 あたしの話を聞いてくれた彼は開口一番そうのたまって。 ってちょっと待って。 いくらなんでもそれは言い過ぎじゃないですか!!? ⭐︎⭐︎⭐︎ 「セリーナ嬢、君のこれまでの悪行、これ以上は見過ごすことはできない!」 貴族院の卒業記念パーティの会場で、茶番は起きました。 あたしの婚約者であったコーネリアス殿下。会場の真ん中をスタスタと進みあたしの前に立つと、彼はそう言い放ったのです。 「レミリア・マーベル男爵令嬢に対する数々の陰湿ないじめ。とても君は国母となるに相応しいとは思えない!」 「私、コーネリアス・ライネックの名においてここに宣言する! セリーナ・マクギリウス侯爵令嬢との婚約を破棄することを!!」 と、声を張り上げたのです。 「殿下! 待ってください! わたくしには何がなんだか。身に覚えがありません!」 周囲を見渡してみると、今まで仲良くしてくれていたはずのお友達たちも、良くしてくれていたコーネリアス殿下のお付きの人たちも、仲が良かった従兄弟のマクリアンまでもが殿下の横に立ち、あたしに非難めいた視線を送ってきているのに気がついて。 「言い逃れなど見苦しい! 証拠があるのだ。そして、ここにいる皆がそう証言をしているのだぞ!」 え? どういうこと? 二人っきりの時に嫌味を言っただの、お茶会の場で彼女のドレスに飲み物をわざとかけただの。 彼女の私物を隠しただの、人を使って階段の踊り場から彼女を突き落とそうとしただの。 とそんな濡れ衣を着せられたあたし。 漂う黒い陰湿な気配。 そんな黒いもやが見え。 ふんわり歩いてきて殿下の横に縋り付くようにくっついて、そしてこちらを見て笑うレミリア。 「私は真実の愛を見つけた。これからはこのレミリア嬢と添い遂げてゆこうと思う」 あたしのことなんかもう忘れたかのようにレミリアに微笑むコーネリアス殿下。 背中にじっとりとつめたいものが走り、尋常でない様子に気分が悪くなったあたし。 ほんと、この先どうなっちゃうの?

その婚約破棄喜んで

空月 若葉
恋愛
 婚約者のエスコートなしに卒業パーティーにいる私は不思議がられていた。けれどなんとなく気がついている人もこの中に何人かは居るだろう。  そして、私も知っている。これから私がどうなるのか。私の婚約者がどこにいるのか。知っているのはそれだけじゃないわ。私、知っているの。この世界の秘密を、ね。 注意…主人公がちょっと怖いかも(笑) 4話で完結します。短いです。の割に詰め込んだので、かなりめちゃくちゃで読みにくいかもしれません。もし改善できるところを見つけてくださった方がいれば、教えていただけると嬉しいです。 完結後、番外編を付け足しました。 カクヨムにも掲載しています。

四度目の正直 ~ 一度目は追放され凍死、二度目は王太子のDVで撲殺、三度目は自害、今世は?

青の雀
恋愛
一度目の人生は、婚約破棄され断罪、国外追放になり野盗に輪姦され凍死。 二度目の人生は、15歳にループしていて、魅了魔法を解除する魔道具を発明し、王太子と結婚するもDVで撲殺。 三度目の人生は、卒業式の前日に前世の記憶を思い出し、手遅れで婚約破棄断罪で自害。 四度目の人生は、3歳で前世の記憶を思い出し、隣国へ留学して聖女覚醒…、というお話。

悪役令嬢と呼ばれて追放されましたが、先祖返りの精霊種だったので、神殿で崇められる立場になりました。母国は加護を失いましたが仕方ないですね。

蒼衣翼
恋愛
古くから続く名家の娘、アレリは、古い盟約に従って、王太子の妻となるさだめだった。 しかし、古臭い伝統に反発した王太子によって、ありもしない罪をでっち上げられた挙げ句、国外追放となってしまう。 自分の意思とは関係ないところで、運命を翻弄されたアレリは、憧れだった精霊信仰がさかんな国を目指すことに。 そこで、自然のエネルギーそのものである精霊と語り合うことの出来るアレリは、神殿で聖女と崇められ、優しい青年と巡り合った。 一方、古い盟約を破った故国は、精霊の加護を失い、衰退していくのだった。 ※カクヨムさまにも掲載しています。

聖女に負けた侯爵令嬢 (よくある婚約解消もののおはなし)

蒼あかり
恋愛
ティアナは女王主催の茶会で、婚約者である王子クリストファーから婚約解消を告げられる。そして、彼の隣には聖女であるローズの姿が。 聖女として国民に、そしてクリストファーから愛されるローズ。クリストファーとともに並ぶ聖女ローズは美しく眩しいほどだ。そんな二人を見せつけられ、いつしかティアナの中に諦めにも似た思いが込み上げる。 愛する人のために王子妃として支える覚悟を持ってきたのに、それが叶わぬのならその立場を辞したいと願うのに、それが叶う事はない。 いつしか公爵家のアシュトンをも巻き込み、泥沼の様相に……。 ラストは賛否両論あると思います。納得できない方もいらっしゃると思います。 それでも最後まで読んでいただけるとありがたいです。 心より感謝いたします。愛を込めて、ありがとうございました。

殿下、あなたが借金のカタに売った女が本物の聖女みたいですよ?

星ふくろう
恋愛
 聖女認定の儀式をするから王宮に来いと招聘された、クルード女公爵ハーミア。  数人の聖女候補がいる中、次期皇帝のエミリオ皇太子と婚約している彼女。  周囲から最有力候補とみられていたらしい。  未亡人の自分でも役に立てるならば、とその命令を受けたのだった。  そして、聖女認定の日、登城した彼女を待っていたのは借金取りのザイール大公。  女癖の悪い、極悪なヤクザ貴族だ。  その一週間前、ポーカーで負けた殿下は婚約者を賭けの対象にしていて負けていた。  ハーミアは借金のカタにザイール大公に取り押さえられたのだ。  そして、放蕩息子のエミリオ皇太子はハーミアに宣言する。 「残念だよ、ハーミア。  そんな質草になった貴族令嬢なんて奴隷以下だ。  僕はこの可愛い女性、レベン公爵令嬢カーラと婚約するよ。  僕が選んだ女性だ、聖女になることは間違いないだろう。  君は‥‥‥お払い箱だ」  平然と婚約破棄をするエミリオ皇太子とその横でほくそ笑むカーラ。  聖女認定どころではなく、ハーミアは怒り大公とその場を後にする。  そして、聖女は選ばれなかった.  ハーミアはヤクザ大公から債権を回収し、魔王へとそれを売り飛ばす。  魔王とハーミアは共謀して帝国から債権回収をするのだった。

【完結】私を断罪するのが神のお告げですって?なら、本人を呼んでみましょうか

あーもんど
恋愛
聖女のオリアナが神に祈りを捧げている最中、ある女性が現れ、こう言う。 「貴方には、これから裁きを受けてもらうわ!」 突然の宣言に驚きつつも、オリアナはワケを聞く。 すると、出てくるのはただの言い掛かりに過ぎない言い分ばかり。 オリアナは何とか理解してもらおうとするものの、相手は聞く耳持たずで……? 最終的には「神のお告げよ!」とまで言われ、さすがのオリアナも反抗を決意! 「私を断罪するのが神のお告げですって?なら、本人を呼んでみましょうか」 さて、聖女オリアナを怒らせた彼らの末路は? ◆小説家になろう様でも掲載中◆ →短編形式で投稿したため、こちらなら一気に最後まで読めます

醜い私を救ってくれたのはモフモフでした ~聖女の結界が消えたと、婚約破棄した公爵が後悔してももう遅い。私は他国で王子から溺愛されます~

上下左右
恋愛
 聖女クレアは泣きボクロのせいで、婚約者の公爵から醜女扱いされていた。だが彼女には唯一の心の支えがいた。愛犬のハクである。  だがある日、ハクが公爵に殺されてしまう。そんな彼女に追い打ちをかけるように、「醜い貴様との婚約を破棄する」と宣言され、新しい婚約者としてサーシャを紹介される。  サーシャはクレアと同じく異世界からの転生者で、この世界が乙女ゲームだと知っていた。ゲームの知識を利用して、悪役令嬢となるはずだったクレアから聖女の立場を奪いに来たのである。  絶望するクレアだったが、彼女の前にハクの生まれ変わりを名乗る他国の王子が現れる。そこからハクに溺愛される日々を過ごすのだった。  一方、クレアを失った王国は結界の力を失い、魔物の被害にあう。その責任を追求され、公爵はクレアを失ったことを後悔するのだった。  本物語は、不幸な聖女が、前世の知識で逆転劇を果たし、モフモフ王子から溺愛されながらハッピーエンドを迎えるまでの物語である。

処理中です...