わたしのヤンデレ吸引力が強すぎる件

こいなだ陽日

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1巻

1-1

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 絢爛豪華けんらんごうかな結婚式が終わったその夜、花嫁と花婿は愛を交わす。
 夫婦に用意された部屋は、華美ではないが格式高い調度品でまとめられており、落ち着いた雰囲気をかもし出していた。いろどりのために飾られた生花のかぐわしい匂いが部屋中に満ちている。
 寝台と呼ぶには大きすぎるそれには、純白のシーツが敷かれていた。少し前まではしわ一つなく完璧に整えられていたが、今はもうぐちゃぐちゃに乱れている。
 広い寝台の上で甘い吐息を吐きながら、花嫁はぎゅっとシーツを握りしめた。リネンの上で波打つ水色の髪は、花嫁が体を震わせるたび灯りにきらめいて、よく晴れた日の海のようだ。

「……メーシャ、口を開け」

 おおい被さっている花婿は、黒みがかった赤い髪をしていた。つり目がちな鈍色にびいろの眼差しが、いとおしげに花嫁の顔を覗きこむ。
 メーシャと呼ばれた花嫁がうっすらと口を開くと、唇が重ねられた。小刻みに震える舌をからめ捕られ、舌の根まで強く吸われる。口づけられたまま腰を突き入れられると、快楽で腰が浮いた。

「……っ、あぁ!」

 彼の雄杭はいつだって、メーシャの最奥を蹂躙じゅうりんする。

「お前のここを知るのは、俺だけだ。俺だけが、お前の一番深いところを可愛がれる」

 そう言いながら、彼はメーシャの下腹をでた。内側だけでなく外側からも刺激されて、甘いしびれが全身に広がっていく。彼以外は届かない場所――自分だけの特別な場所を、彼は嬉々として穿うがつ。

「やっ、……あ、ユスターっ、わたし、もう……」

 迫り来る官能の波に呑みこまれそうになり、わけもわからずふるふると首を振ると、ユスターと呼ばれた花婿が優しげな声色で訊ねた。

「一緒にイくか?」

 普段は言葉遣いが悪い彼の、とびきり甘いささやきはメーシャの心を酔わせる。頷くと、いっそう強く彼が腰を突き上げてきた。

「ひあっ!」

 ユスターの背にしがみつき、彼の腰に足を絡ませる。下腹部が密着すると、もっと奥まで彼が入ってきて、体がじんとうずいた。
 彼だけが知る場所を愛されつくし、メーシャはとうとう絶頂を迎える。震える蜜壺に熱いほとばしりが注ぎこまれる感覚に酔いしれた。
 名残惜なごりおしそうに頬にキスを落としてから、ユスターは硬いままの自身を引き抜く。彼のものはまだ続けられそうな具合だったが、順番がある。
 寝台から少し離れた場所には、二人の美丈夫が座っていた。――そう、彼らはずっとこの場にいて、メーシャとユスターの交わりを見ていたのだ。
 実は彼らも、メーシャの夫なのである。

「次は私の番ですか。わざわざ別々にしなくても、いつもと同様に三人一緒でもよかったのでは?」
「せっかくの初夜だからね。たまには、一人ずつ彼女を抱くのもいいだろう」

 そんな会話を交わしてから、長身の男がユスターと入れ替わるようにして寝台の上に乗ってきた。漆黒しっこくの髪は短く切りそろえられていて、精悍せいかんな顔立ちに似合っている。服を脱ぐと、盛り上がった胸筋とたくましく割れた腹があらわになった。
 彼はメーシャのひたいにじんだ汗を、筋張った太い指先でぬぐってくれる。

「ありがとう、ギグフラム」

 名前を呼ばれて、長身の男――ギグフラムは口角を上げた。メーシャの頬に、肩に、鎖骨にと優しいキスを落としていく。

「ああ、メーシャ。私たちのメーシャ……」

 彼はメーシャをうつ伏せにし、背中にも惜しみなく口づけを与えた。臀部でんぶに口づけると、メーシャの可愛らしい声とともに双丘が揺れる。
 ギグフラムの雄の部分は反り返り、太い筋を浮き立たせていた。彼は熱くたぎる剛直をメーシャの秘裂にあてがう。

「……っ!」

 太いものが一気にねじこまれ、息が詰まりそうになる。蜜口は目一杯に拡がりながら、彼のものを根元まで迎え入れた。その淫唇いんしんを、ギグフラムは指でなぞる。

「ひあっ!」
「私のものはユスターほど奥まで届きませんが、あなたのここをこれだけ拡げられるのは、私だけです」

 ギグフラムの言う通り、彼の熱杭はユスターのものより一回り太い。先ほど、ユスターが自分だけの場所を愛したのと同様に、彼もまた、自分のみがメーシャに与える特別な感覚に固執こしつしていた。彼が腰を引くと、メーシャの媚肉びにくはすがりつく動きを見せ、突き入れれば、奥へと誘うように中が脈打つ。

「あっ、あぁぁ! うんっ、はぁ……」

 最初はゆっくりと、らすように中を探られる。徐々に速度が増していくと、メーシャの細いうなじに汗がにじんできた。彼の肉厚な舌が、それを舐め取る。

「んうっ!」
「ンッ、中がしまりましたね。私のもので沢山拡げられながら、舐められるのが好きですか?」

 ギグフラムは蜜壺を穿うがちつつ、メーシャの首筋を舐める。軽く歯を立てられ、メーシャはがくがくと体を震わせた。

「あ――っ、……っ!」
「……ッ! イってしまいましたね?」

 果てたばかりのメーシャの中を剛直が容赦なくり上げていく。びくびくとわななく秘肉は太い雄杭に翻弄ほんろうされ、快楽が収まる気配もない。
 ギグフラムは腰の動きを止めず、メーシャの細い体にさらなる愉悦ゆえつが降りかかってきた。

「やっ、ま、待って、ギグフラム……っ、あん! イ、イってるから……っ」
「気持ちいいのでしょう? 何度でもイっていいのですよ? ……ああ、可愛い……」

 彼のものが、メーシャの中でいっそう大きくなる。

「あぁっ!」
「またイきましたね? ……こんなに小さいのに、私のものを頑張って受け入れて……なんて愛らしい」

 彼は再び結合部をでる。淫唇いんしんさする指の感触にすら強い快楽を感じ、メーシャはまたもや絶頂を迎えた。彼のものを強くしめつけると、剛直が打ち震える。

「――ッ」

 雄液がメーシャの奥に叩きつけられた。

「そんなに強くしめつけられたら持ちません。まだ楽しみたかったのですが、仕方ありませんね」

 ギグフラムが己を引き抜くと、広がった蜜口から体液がこぽりとあふれ、シーツの上に糸を引きながら垂れ落ちた。上半身を伏せ、臀部でんぶを突き上げたままの体勢で、メーシャは絶頂の余韻よいんひたっている。
 その小刻みに震える体を、ギグフラムと入れ替わりで寝台にのぼってきた三人目の男が優しくでた。

「アルフレッド様……っ」

 彼の名はアルフレッド。光に当たった部分が紫色にきらめく黒髪が、妖艶ようえんな雰囲気をかもし出していた。

「さて。ユスターは前から、ギグフラムは後ろから。では、僕はどこからがいいだろうね? やはり、下からかな? 君はどうされたい?」

 尻をでながら、甘美な声色で訊ねる。

「わ、わかりません……っ」
「おや、声がかすれているね。まずは水を飲ませてあげよう」

 アルフレッドはベッドサイドの水差しに手を伸ばすと、グラスにそそぐ。しかしそれをメーシャに渡すことなく、己の口に含んだ。そのまま彼女を抱き起こし、唇を重ねる。

「ん……っ」

 口移しで水を飲まされた。唇の隙間からあふれた水が首筋を伝うと、ぞくぞくしたものがこみ上げてくる。渇いた体に水を与えられて、火照ほてりきった全身から熱が引いていく気がした。

「少し落ち着いたようだね?」

 度重たびかさなる絶頂の余韻よいんでとろけていたメーシャの表情に、りんとした輝きが戻ってきたのを確認し、アルフレッドは満足げに口角を上げた。彼は服を脱ぎ、胡座あぐらをかく。その下腹部にあるものは、ユスターのものほど長くも、ギグフラムのものほど太くもない。
 けれど、それが自分を酷くまどわせるものであることを、メーシャはわかっていた。

「ほら、おいで」

 アルフレッドはメーシャの手を引いて、自分の上に座るようにうながす。対面座位となる体勢で、メーシャは膝立ちになった。彼の剛直の先端が、熱い秘裂に触れる。

「あっ!」
「ねえ、メーシャ。自分で腰を落としてごらん?」
「……は、はい」

 アルフレッドは、ここにいる三人の夫の中で一番身分が高い。彼自身にそのつもりはないだろうけれど、言葉の端々はしばしただよう絶対的な雰囲気にされ、メーシャは彼の言う通りに腰を落としていった。蜜口は淫猥いんわいな水音を立て、彼の剛直を呑みこんでいく。

「っああああ!」

 半分ほど受け入れたところで、もう駄目だった。背筋を弓なりに反らしながら絶頂を迎え、なにも考えられなくなる。

「ふふ……。いつも、そう。君は僕のを受け入れただけで、イってしまうんだよね?」

 自身の半分を締めつけられつつ、アルフレッドは満足げに微笑む。

「君と一番相性がいいのは僕だ」

 アルフレッドのものは、飛び抜けて硬かった。しかも弧を描くように反り返っていて、先端の丸みが大きい。独特な形の熱く硬いたぎりをれられると、それだけでメーシャは達してしまう。
 彼は半分だけ受け入れたままの体勢で動けなくなっているメーシャの腰を掴むと、下から腰を突き上げてきた。先端の丸みを帯びた部分が、ぐりぐりと媚肉びにくを押し分ける。

「ひあっ!」

 ずん、と根元まで一気に挿入され、再び絶頂がメーシャに襲いかかってきた。震える唇から赤く小さな舌が覗き、蜜口は熱杭を強くしめつける。

「あっ、ああ……!」

 強くしめつければしめつけるほど、彼のものの硬さと形を如実に感じた。熱杭に浮き出る筋の感覚さえわかるほどだ。

「可愛いよ、僕のメーシャ」

 メーシャを抱きかかえながら、アルフレッドが腰を突き上げる。後頭部を押さえられ口づけられると、きゅんとお腹の奥がうずいた。
 全身が気持ちいい。髪をでられるだけでも達してしまう。
 何度目の絶頂を迎えたかわからなくなった頃、ようやくアルフレッドも達したようだ。彼の雄液がメーシャの中を満たしていく。
 ――しかし、それで終わりではない。

「で、どうするんだ? 次もまた一人ずつか?」

 腕を組んだユスターが声をかけてきた。

「メーシャの後ろ、物欲しげにひくひくしていますよ。こちらも同時に愛してあげないと、可哀想じゃないですか?」
「そうだな。そういう体に僕たちがしたのだから、次は皆で愛し合おうか」

 アルフレッドが剛直を引き抜くと、ユスターとギグフラムが寝台にのぼってくる。アルフレッドとギグフラムがメーシャに触れようとしたところで、それをさえぎるようにユスターが水の入ったグラスを差し出した。

「疲れたか? 少し休むか?」

 彼は、さりげなくメーシャを休ませようとしてくれている。ユスターの声に、他の二人はメーシャに伸ばしかけた手を引っこめた。メーシャが望めば、休めるだろう。
 それでも――

「……もっと、愛して欲しい」

 水を受け取りながらメーシャは答える。体の奥でまだ熱がくすぶり続け、本能が彼らを求めていた。疲れていないと言えば嘘になるけれど、このまま終わってしまうほうが辛い。
 メーシャが答えると、彼らの瞳に劣情が灯った。その雄の眼差しにどきりとして、血が騒ぐ。

(――まさか、わたしが三人の夫を迎えるなんて思っていなかったわ)

 実はメーシャは、わざと異性から嫌われる行動をとっていた時期がある。その時の自分からは、とてもこの状況は想像できない。けれど今、メーシャは喜びと幸せを感じていた。三人ともメーシャにとってかけがえのない大切な人なのだ。

「メーシャ、……愛している。俺をここまで乱すのは、お前だけだ」
「あなたと出会ってからというもの、私の心はずっとがれ続けています」
「僕の可愛いメーシャ、一生手放さないよ。僕の愛を永遠に捧げるから、君の愛も僕に捧げてくれ」

 競い合うように、三人に愛をささやかれる。言の葉に乗せられた思いが胸に響いて、メーシャはどこまでも深い愛に溺れていった――



   プロローグ


 地面に落ちた枯れ葉が風で舞い上がる。メーシャの頭上を悠々ゆうゆうと越した葉は、ゆらゆらと舞いながら再び地に落ちた。降り積もった枯れ葉同士がこすれて、乾いた音が耳に届く。
 一度枝から離れ落ちた葉は、風の気まぐれで宙に浮くことはできても、絶対に元の場所へは戻れない。あの葉は大地の上でち、人知れず養分となるだろう。

(一度落ちてしまえば、もう戻れない。わたしは、そうならないように気をつけないと)

 紙袋を抱えて枯れ葉を踏み歩きながら、メーシャはぐっと唇を噛みしめた。
 メーシャは今年十八になったばかりである。真冬の空と同じ澄んだ水色の髪は癖もなくまっすぐで、腰の辺りまで伸ばされていた。その一方で、瞳の色は燃えさかる炎の深紅しんく。肌は白く陶器のようになめらかで、唇はべにを引いていなくても愛らしい桃色をしていた。
 メーシャの容姿は、王に側室として召し上げられても不思議ではないほどの美しさである。
 しかし、この容姿は特殊なものだった。どれだけ美しくても、普通の男性から好かれることはない。一方、ある特徴を持ち合わせた男には熱狂的に好かれてしまうのだ。
 時折枯れ葉が舞い上がる様子を見つつ歩いていると、ようやくメーシャの家が見えてきた。村で一番の豪邸である。庶民の住居なのに、一般的な貴族の家よりもよほど立派な門構えだ。
 門をくぐると、そこには枯れ葉などない。門の内側はいつだって綺麗に手入れされていた。
 メーシャは季節外れの花が咲き誇る庭道を通って屋敷へと入る。

「ただいま」
「おかえり、メーシャ」

 メーシャが挨拶あいさつをすると、五つの声が重なった。五人の初老の男たちが出迎えてくれる。

「荷物は重くないかい? やはり、ついて行くべきだったかな」
「メーシャも年頃だ。おじいちゃんに見られたくない買い物もあるに違いない。なあ、そうだろう?」
「研修で使うものを買ってきたのかい?」

 一斉に声をかけられ、どれから返事をしようか戸惑っていると、彼らをとがめるような女性の声が響いた。

「ほらほら、メーシャが困っているでしょう。一気に話しかけないの」

 男たちの後ろから現れたのは、メーシャの祖母だ。初老に差しかかっているが腰はぴんとまっすぐに伸び、貴族さながらの色の濃い華やかなドレスを着こなしている。年を重ねたなりに深みのある美貌の祖母は、にこりと微笑んだ。

「おかえりなさい、メーシャ。いい買い物はできた?」
「ええ、おばあちゃん。見てくれる?」

 メーシャは紙袋の中から数枚の服を取り出した。かなり地味な色合いの服ばかりである。袖口にあしらわれたレースも華美ではなく簡素な作りだが、布地自体は高級なもので、肌触りがよかった。

「まあ、とても上品ね。いい生地だわ」

 祖母は一目でその服が高価なものだとわかったらしい。しかし、男たちは不満なようだった。

「メーシャは顔立ちがはっきりしてるから、もっとあざやかな色の服が似合うんじゃないか?」
「メーシャは十八だろう? 落ち着いた服を着るのは、まだ早い気がする」
「春からは貴族が沢山いる場所に行くんだ。もっと派手な服を用意すべきじゃないか?」

 そう言われたメーシャは、きっぱりと宣言する。

「あまり目立ちたくないもの。これでいいのよ、おじいちゃんたち」

 おじいちゃんたち――そう、男たちは五人ともメーシャの祖父なのだ。
 この国は一夫多妻と一妻多夫が認められている。
 はるか昔は一夫多妻制しかなかったものの、時代は流れ、男性だけ一夫多妻制度があるのは不公平だと、国の発展と共に地位が向上してきた女性たちが声を上げたのだ。
 一夫多妻が許されて、一妻多夫が許されないのは確かに男女不平等だと、一妻多夫制度も導入された。こうして、この国に一夫多妻と一妻多夫制度の両方が生まれたのである。
 とはいえ、実際に一夫多妻または一妻多夫制度を利用する者は少なかった。大抵は夫一人に妻一人。そんな中、一妻多夫制度により婚姻を結んだのがメーシャの祖母と五人の祖父たちだ。
 一夫多妻も一妻多夫も、ただ一人の夫もしくは妻は、配偶者全員を平等に愛さなければならないという決まりがある。その通り、祖母は五人の夫を平等に愛していた。祖父たちも祖母に、今でも「女性」として接している。年を重ねてもなお女性として愛される祖母の姿はとても素敵で、メーシャにとっても憧れだった。
 そんなわけで、一人の女性に五人の夫――稼ぎ頭が五人もいるのだから、単純計算で収入は一般家庭の五倍となる。ましてや、祖父たちはいつでも祖母に美しくいてもらいたい、快適に過ごしてもらいたいと仕事に精を出し、稼いだお金で村一番の豪邸を建て、綺麗な服を祖母に着せていた。まとう香りでさえ、王室御用達ごようたしの高価な香水である。
 祖母は一人だけ子供を産んだ。血を分けた父親が五人のうちの誰なのか、祖母は誰にも言わない。祖父たちも全員が生まれた子の父親として接していた。
 祖母の子であるメーシャの父親は、一妻多夫の両親を見て思うところがあったのか、ただ一人の女性だけを愛して妻とした。そして、裕福な家庭環境のおかげで幼い頃から高水準の教育を受けられた父親は、この国の上級役人である祭司として、最愛の妻と一緒に国中を飛び回っている。
 祭司になるためには、合格率が二桁にも満たないほど難しい国家試験に合格しなければならない。さらに、国が管理する古城で一年もの間、厳しい研修を受ける必要がある。
 祖父たちの築き上げた財産はもとより、上級役人の父親のおかげで高度な教育を受けられたメーシャは、既に国家試験に合格していた。よって、この春から研修を受けることになる。そこで、今日は研修中に着る服を買ってきたのだ。
 しかし、その選んだ服が地味すぎると、祖父たちは不満そうである。

「地味と上品は違うのよ。見てみなさい、この袖口の繊細せんさい刺繍ししゅうを。白地に白糸であしらわれているから気付きにくいけれど、かなりの腕の職人が刺したものよ。見事だわ」

 手にしていた扇子せんすで祖母が袖口を指し示すと、祖父たちが「確かにこれはすごい刺繍ししゅうだ」と感嘆の息をこぼす。

「それに、研修中はわたくしたちが守ってあげられないもの。服装だけでも目立たないほうがいいわ。ねえ、メーシャ?」

 祖母に声をかけられ、メーシャはこくりと頷く。

「派手すぎるのは論外だけど、質素すぎて目立つのもいけないから、これにしたの」
「いい目利きよ。わたくしたちの家系の女性は、ある種の殿方に好かれやすいから、目をつけられないように気をつけないといけないわ。わたくしのひいおばあ様なんて、おりのついた部屋に閉じこめられたまま、ろくに外にも出してもらえなかったそうよ」
「……ええ、そうだったみたいね」

 メーシャは頷きつつ、玄関ホールに飾ってある絵画に視線を向ける。壁には代々のご先祖様の肖像画が飾られていたが、その中でも、おりと一緒に描かれた美女の絵は一際ひときわ目立っていた。つい先ほど話に上がった、祖母のひいおばあ様の絵だ。
 上質な絵の具を使っているのだろう、はるか昔に描かれた絵なのにあざやかな色彩は少しもせていない。服のしわから髪の毛の一本一本に至るまで繊細せんさいに描かれ、宝石のちりばめられた額縁がくぶちに入れられたそれは、当時の最上級の画家に描かせ、一番豪奢ごうしゃ額縁がくぶちを用意したものだとメーシャにもわかる。
 祖母のひいおばあ様は確かに愛されていた。――それはもう、病的なまでに。

「あなたたち。わたくしはメーシャと話したいことがあるから、席を外してくださる?」

 祖母がそう声をかけると、「もちろんだよ、最愛の君」「君の言うことなら喜んで。私の可愛い人」と口々に甘い言葉をささやきながら、祖父たちがいなくなる。

「何度も同じ話を聞かされて、あなたも飽き飽きしているでしょう。でも、研修中はわたくしも側にいてあげられないから、しつこいけれど、きちんと聞いてちょうだい」

 二人きりになったのを見計らって、祖母が口を開いた。

「わたくしたちの家系の女性が持つ凶相について、メーシャも心得ているわよね」
「ええ、もちろんよ、おばあちゃん」

 真剣な表情で頷く。メーシャと祖母が持つ際だった美貌は、凶相と呼ばれるものであった。

が光に集まるように、この凶相は心をんだ人間をきつけてしまう。第一、いくら愛していて独り占めしたいからって、おりのついた部屋に閉じこめるだなんて異常だわ。でも、それはまだいいほうよ。ご先祖様の中には殿方に愛されたあまり、どこにも行けないよう足を切られたり、他の男を見て欲しくないと目をつぶされたり、挙げ句の果てに無理心中まで……」

 何度も聞いた話だけれど、聞くたびに背筋が寒くなってしまう。足を切ったり視力を奪ったりするなど、どうして愛する人にそんな酷いことができるのだろうか?
 だが、心がんでいるからこそ正常な判断ができないのだ。そういう男性に好かれて捕まったら、人生の終焉しゅうえんである。
 この容姿はまさに凶相で、んでいない相手からはまず惚れられないのだという。いくら美しいと言われようが厄介やっかいなだけで、メーシャは自分の顔を好きになれなかった。

「相手を独占するにしても、おりに入れるだけで済むか、足まで切らないと満足しないかの違いがあるように、心のみ具合にも個人差があるし、それを抑える理性の強さも人それぞれよ。わたくしのように、んでいても実害のない殿方を賢く選別なさい」
「わ、わかったわ」

 力強く頷く。メーシャにとって、五人の祖父は皆いいおじいさんで、優しくしてくれる。だから、実は心をんでいると言われても、いまいち実感がわかなかった。五人の祖父がどうんでいるのか、知るのは祖母だけである。
 それに、一人ではなく五人も夫がいるからこそ、互いに牽制けんせいしあって暴走しないと祖母は言っていた。誰一人暴走することなく、調和バランスが取れているようである。
 ちなみに、この凶相は家族には効果がない。よって、いくら心に闇を抱えていようとも祖父たちが孫娘のメーシャに害をなすことはなかった。

「凶相は好かれれば好かれるほど効果を増すわ。この顔は相手をまどわせ、心の闇を増幅させてしまうのよ。それでも、深入りしないうちに嫌われることができれば、そう酷いことにはならないの。研修には色々な人がいるでしょうし、んだ殿方に一目惚れされるかもしれないわね。上手に立ち回りなさい。わたくしたちの顔が特定の殿方をきつけるのは仕方ないにしても、相手に強い興味を持たれるかどうかはメーシャ次第よ」

 そう言った祖母は、外出先では男性相手に高慢こうまんな態度を取っている。おかげで普通の男性からは嫌われているが、それも彼女の処世術であった。心をんだ人間に好かれるよりは、皆から嫌われたほうが過ごしやすいのだという。


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