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1巻

1-3

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 けれど、彼がティシアにとって嬉しい言葉を与えてくれる素敵な男だということは、わかっていた。

「王子様……、んっ、嬉しい……」

 唇が一瞬離れた隙に、素直な気持ちを言葉にする。彼に抱かれていることが、とても幸せだ。

「――っ!」

 彼は驚いた顔をしたあと、またすぐに唇を重ねてくる。むさぼるような激しい口づけで、ティシアの口内は彼の舌に蹂躙じゅうりんされる。

「んっ、ん……!」

 腰の動きも速くなり、がつん、がつんと奥を穿うがたれる。痛いけれど、激しくされると余計に胸が高鳴った。

「あっ、あ……」
「ティシア……!」

 何度も何度も穿うがたれて、なにも考えられなくなっていく。
 ずくんと、体の中で彼のものが一回り大きくなった気がした。彼は咄嗟とっさに腰を引く。

「――っ、あ……」

 引き抜かれたそれは、打ち震えながらティシアの腹の上に白濁をまき散らした。熱い飛沫しぶきが、柔らかな肌の上に広がっていく。
 出し終えた彼は、大きく息をついた。ティシアは何気なく指を伸ばして、腹の上の子種を触る。それは、粘性ねんせいのある液体だった。

「……」

 ティシアは指についた精をじっと見つめ、切なげに目を細めた。

「どうした? 痛むのか?」

 気遣うように、彼が声をかけてくる。

「いいえ……ただ、娼館で働いたら、この体は沢山の男の精を受け入れることになります。そうなる前に……一番初めに、王子様の精を受け入れたかったと、少しだけ残念に思えてしまって」

 ティシアは正直に答えた。
 第七王子は子供ができない体質だと聞いていたので、てっきり中に出されると思っていた。だから、外に出されたことを悲しく感じてしまったのかもしれない。
 ティシアの処女を散らしたのはまぎれもなく彼であるけれど、どうせなら中まで彼のもので満たして欲しかったと思った。
 娼館で働くために抱かれにきたというのに、どうしてそんな風に思ってしまうのか。自分でも分からないが、体の外に放たれた精を見ると胸が切なくなるのだ。
 やや気まずそうに、彼が口を開く。

「そうか……それは、悪いことをした。これは、その……私に子供ができることはないはずだが、万が一、王族の子供ができたと後から訴えて来られては困ると思ってな。念のために外に出してしまった」
「ああ、それで……」

 残念だけれど、彼には彼の事情があるのだし、王子という高貴な人に抱いてもらえただけで幸せだ。気を取り直して、ティシアは微笑ほほえむ。

「変なことを言ってしまい、申し訳ございません。そして、抱いて頂きありがとうございました。おかげさまで、娼婦になることができます。今日のことを胸に、娼館で頑張って働こうと思います」

 痛かったけれど気持ちよさもあったし、なにより彼は素敵な男である。いい思い出をもらった。
 ティシアは身を起こすと、両手をついて頭を下げる。これで終わりだと思ったそのとき、彼が話しかけてきた。

「ティシア、顔を上げて、手を出してみろ」
「……え? はい」

 意味がわからないが、ティシアは言われた通りに手を差し出す。彼はその白いてのひらをよく眺めた。すると、ぴくりと片眉が上がる。

「これは……!」
「ど、どうかしましたか?」
「……そうか、これが運命というものか」

 彼はくつくつと嬉しそうに笑う。
 手がどうかしたのだろうかと、ティシアは小首をかしげた。

「ティシアよ、時間は大丈夫か?」
「はい」
「それでは今から、再びそなたを抱く。今度はきちんと中に出し、あふれるまでそそいでやろう」
「えっ……!」

 まさか二回目があるとは思ってもいなかったティシアは、驚きのあまり言葉を失った。
 彼が頭の布を取り、結っていた髪をほどくと、つややかな黒髪が広がる。

「好きなだけ、乱れるがよい」

 言うが早いかのしかかられて、ティシアの体は再び寝台に沈んだ。

「んうっ……」

 唇が重ねられ、うっとりと瞳を閉じる。唇を開くと彼の舌がすべりこんできた。

「はぁ、ん」

 終わりだと思っていた時間に続きを与えられ、ティシアの胸が高鳴る。
 処女を散らすという目的は、既に果たした。それでも、もう少しだけ彼と抱き合えることを、嬉しく感じてしまう。

「ふぅん、あぁ……」

 長い口づけのあと、彼の唇が離れていく。うっとりと目を開くと、視界に入ってきた彼の眼差まなざしからは優しさが消え、鋭くティシアを見つめていた。まるで、獲物を狙う肉食獣のようだ。

「……っ!」

 先ほどまでとはがらりと変わった雰囲気に、思わずおののいてしまう。無意識のうちに腰を引くと、彼にがっしりと押さえこまれた。

「逃がさぬ」

 彼はティシアの膝を割り開き、たかぶったままの怒張どちょうを中に埋めこんできた。

「あっ、あぁあ……」

 先ほどまじわったばかりなので、強い抵抗もなく一気に奥まで迎え入れてしまう。

「このはらに私の精を受け入れたいと言ったのは、そなただぞ? 逃げることは許さぬ」

 彼は奥まで突きれたまま、ティシアのへその下をでる。

「私の気が済むまで、ここに、何度もそそぐぞ」
「な、何度も……?」

 一回では終わらないことを示されて、ティシアは目をみはる。

「まさか、一度だけで終わるとでも思ったのか? そんなはずはなかろう。私をあおったのはそなただ。このたかぶりがおさまるまで、付きあってもらおう」

 そう言うと、彼は腰を揺さぶってきた。先端のくびれた部分が奥のほうをこする感触に、ティシアは背中をらせる。

「ああっ!」
「なるほど、ここがいいのか?」

 ティシアが特に反応した部分に、彼は執拗しつように熱いものをこすりつけてくる。
 粘膜がこすれあい、全身が快楽に侵食されていった。蜜口は強請ねだるように彼をしめつける。

「ここは、私の精が欲しくてたまらないようだ」

 結合部を眺めながら、彼は口元を緩めた。

「ここも触れて欲しそうに、赤くふくらんでいる」

 そう言うと、彼は蜜口の少し上にある秘芽ひめに触れた。強い快楽が背筋を走る。

「んっ!」

 二本の指でつままれ、軽く引っ張られたせいで、ティシアの奥からどっと愛液があふれてきた。その状態で奥を穿うがたれると、なにも考えられなくなる。

「ま、待って、お願いです……っ、んうっ!」

 たまらず首を横に振り、指を離してもらう。

「どうした? 同時に責められると、感じすぎるか?」
「はい……」

 ティシアはこくこくとうなずいた。しかし、彼は口角を上げ、意地の悪そうな笑みを浮かべる。

「感じすぎるのは悪いことではない」
「えっ? ……っ、ぁああ!」

 彼は再び、秘芽ひめを指先でもてあそび始めた。同時に小刻みに腰を揺らされて、足ががくがくと震える。

「ひうっ、あ……!」

 強すぎる快楽からのがれる方法がわからない。ティシアにはどうにもできず、彼自身にやめてもらうしかないようだ。

「あっ、あの……口づけが、んうっ、欲しいです……っ」

 口づけにさえ感じてしまうけれど、敏感びんかん秘芽ひめに触れられるときの激しい快楽よりはましだ。
 唇を重ねながら触れるのは難しいはずだと思ったティシアは、薄く唇を開いて彼に強請ねだる。

「なるほどな」

 彼はそう言うと、一度秘芽ひめから手を離して、口づけをしてきた。すぐに唇をこじ開けられて口内をむさぼられる。

「んむっ、ん!」

 彼の舌に口内を探られると、ぞくぞくとした感覚がこみ上げてきた。
 それでも先ほどよりは楽になった、と思った次の瞬間。

「んーっ!」

 彼の手が、再び下腹部に伸びてきた。そして、秘芽ひめに指をあてがわれる。

「んっ、んむっ、ん!」

 深く口づけられ、ティシアは言葉をつむぐことができない。
 彼の指は秘芽ひめに触れているだけだが、熱杭が中をこするとティシアの腰も揺れ、そのせいでみずから指に押し当ててしまうかたちとなる。
 彼は激しく動いてきた。強い快楽の波に呑まれたティシアは、絶頂を迎える。
 そうして、ようやく彼の唇が離れていった。
 達した余韻よいんで腰が震えてしまい、ティシアは彼の怒張どちょうを強くしめつける。すると、彼のものが中で跳ね、精を吐き出した。自分の中が満たされていく感触に、ティシアはさらなる悦楽を覚える。

「っあぁ、……ん、これ、気持ちいい……」

 思わずそう呟くと、精を吐き出して小さくなりかけた彼のものが再びふくらんだ。

「ひうっ!」
「中に出されるのが気持ちいいだと……? そなたは、男を喜ばせるのが実にうまいな。けっこうなことだ」

 先ほどまでの激しい動きと打って変わって、今度はゆっくりと抽挿ちゅうそうされた。まるで精を内壁に塗りつけられるような感触に、ティシアの胸が震える。

「あっ、あぁ……!」
「激しいのもいいが、こうしてゆっくり動かれるのもいいだろう? さあ、そなたの感じる場所を、ひとつ残らずあばいていこうではないか」

 王子が妖しく微笑ほほえむ。
 彼は三十代後半だというのに、くさびはまるで二十代のように若々しくみなぎっていた。まだまだ夜は長そうだと、ティシアは覚悟を決める。
 しかし、嫌だとは感じず、むしろ嬉しく思えてしまった――



   第二章


 一度抱いてもらうだけで十分だったのに、ティシアは何度も何度も王子に抱かれた。
 回数を重ねるごとに執拗しつように責め立てられ、限界を迎えて気を失うようにして眠ってしまう。
 長旅の疲れもあって、熟睡しているうちに夜が明けた。窓から差しこむ薄明かりに目を覚ますと、ティシアは青ざめる。
 王子の寝室で眠ってしまうなんて、とんでもない。すぐに王宮を去らなければと考え、体を起こそうとして、彼にしっかりと抱きしめられていることに気付く。
 たくましい腕からなんとか抜け出そうともがいていると、彼が起きた。ほどけかけた腕を、ティシアの体に巻きつけてくる。

「ん……? まだ早いだろう、もう少しゆっくり休んでいけ」

 寝起きのかすれた声は、とても色気があって、どきりとしてしまった。しかし、ほうけている暇はない。

「いえ、そんな訳にはいきません! わたしの望みを叶えて頂き、ありがとうございました」
「……そうか」

 そう言うと、彼はあっさりとティシアを解放してくれた。
 脱がされた衣服は、きちんと畳まれて傍に置いてある。まさか、王子ともあろう人に畳ませてしまったのだろうか?
 恐ろしくて聞けず、とりあえず着替えていると、あんなに出された彼の精が残っていないことにも気付いた。もしや、服を畳むだけではなく、事後処理までさせてしまったのだろうか?
 ティシアが顔を青ざめさせていると、寝そべったままの彼が声をかけてくる。

「ティシア、そなたが働く娼館はどこだ?」
「アラーニャ娼館です」
「アラーニャか。なるほど、あそこは有名だな」

 彼はあごに手を当て、なにかを考えるような素振りをしている。
 ティシアは衣服を着終えると、再び彼に頭を下げた。

「では、わたしはこれで。王子様、その……、色々とありがとうございました。一生の思い出になりました」

 服を畳ませたことと事後処理をさせてしまったことへの気まずさがあり、そそくさと部屋を出て行く。
 その後ろ姿に「またな」と声をかけられたことに、ティシアは気が付かなかった。


 まだ早い時間なので、王宮内は静かだ。ティシアは急ぎ足で門へ向かう。
 門番は昨日の人とは違うが、特に見とがめられることもなく、すんなりと門の外に出られた。
 敷地の外にでると、安心したのもあって急に足取りが重くなる。
 精の名残はないものの、足の間にまだなにかが入っている感触がした。それに、さんざん貫かれた影響か、足が自然と開いてしまって上手に歩けない。
 ティシアはぎこちない足取りのまま、時間をかけて娼館へ戻った。
 そこではティシアのために個室が用意されており、使用人に案内される。寝台に横になると、先ほどまで寝ていたはずなのに、また眠くなった。
 そのまま眠りに落ち、起きたときは昼近くになっていた。
 ティシアは身支度を整え、店主のもとに行く。無事に本懐を果たした旨を告げると、自分のことのように喜んでくれた。

「それはよかった。処女を散らしてまで娼婦になろうとしているのだから、あんたを雇うのに不安はない。立派に働いてくれるだろう。よし、そうと決まればさっそく契約をしよう」

 店主は機嫌よさそうに、抽斗ひきだしから契約書を取り出す。そこに書かれていた、客ひとりにつきもらえる金額は、ティシアの予想の倍以上だった。半年どころか、一ヵ月で目標の額を稼げてしまうかもしれない。

「こ、こんなに頂けるんですか?」

 ティシアは思わず声が上擦うわずってしまった。

「あんたの場合、容姿が珍しいからね。そのぶん、高い値がつく」
「あ、ありがとうございます」

 提示された金額に興奮しながら、ざっと契約内容を確かめる。
 聞いていた通り、アラーニャ娼館は店に借金をしていなければ、辞めたいときに辞められるようだ。ティシアにとって、都合のいい条件である。
 ティシアはペンを受け取ると、契約書に名前を書く。本名の『アイシャ』と書くわけにはいかないので、『ティシア』と記入した。
 無事に契約を交わすと、店主が問いかけてくる。

「ところで、初体験のときに、どの程度出血をしたのかな?」
「えっと……」

 純潔を失う際には出血をする。その知識はあるものの、どのくらい出血したのか確かめる余裕などティシアにはなかった。
 しかも、目が覚めたときには綺麗に拭かれていたので、今となっては知るすべもない。

「痛かったので、いっぱいいっぱいで……どのくらい出血したかまでは、わかりません……」

 正直にそう告げると、店主はふむふむと軽くうなずく。

「出血が酷い場合は、一日休んだほうがいいからね。わからないなら、大事を取って休んだほうがいいだろう。ティシア、あんたの初仕事は明日からだ。早く稼ぎたいと思っているだろうが、これから短期間で沢山働くのなら、今日は休むべきだ」

 それを聞いて、ティシアは驚いた。思っていた以上に、店主は娼婦のことを大切にしているらしい。
 昨日出された食事の豪華さや、与えられた部屋の清潔さ、そして契約書の内容からなんとなくわかっていたが、ここは娼婦の待遇も格別なのだろう。大切にされていることがわかり、ティシアは嬉しくなる。

「わかりました」
「よし、まずは教育係をつけよう。働くにあたり、心得とか色々聞くといい」
「はい!」

 そして店主は、使用人に言付けする。しばらくすると、美しい女がやってきた。

「お呼びですか、店主」

 褐色かっしょくの肌と、黒い髪は一般的だけれど、顔立ちが整っていて、燃えるようなあかい瞳が美しい。腰まで伸びた黒髪は波打っていて、とても柔らかそうだ。背も高く、豊満な胸の谷間を強調するような衣装を着ている。

「この子は新入りのティシア、仕事始めは明日からの予定だ。娼婦は初めてらしいから、色々教えてあげてくれないか?」
「わかりました」

 彼女はティシアのほうを見て、にこりと笑った。

「わたしはミーラ。よろしくね、ティシア」
「宜しくお願いします」

 ティシアは頭を下げる。

「じゃあ、まずは浴場ハマムに行きましょうか。一番くつろげる場所なのよ」
「はい」

 体を洗いたいと思っていたので、ちょうどよかった。
 ミーラに連れられて浴場ハマムへ向かうと、中に入る前からいい香りが鼻に届く。扉を開けると、脱衣所だけでもかなりの広さで驚いた。昼間だからか、ほとんど人がいない。
 脱衣所の隅には、大きな香炉が置かれていた。外まで届いていた香りの正体はこれだろう。
 調薬師だったティシアは、香炉を確かめるまでもなく、香りで中身がわかる。鎮静ちんせい効果のある香草をいぶしているのだ。
 浴場ハマムを「一番くつろげる場所だ」とミーラが言っていたが、気持ちを静めてくれる香りの影響もあるに違いない。

「まずは、ここで服を脱ぐの。大衆用浴場ハマムだと湯浴み着を着て入浴するんだけど、うちでは一日に何度も風呂に入ることになるから、みんな裸のまま入るわ」

 さらりと言われたが、つまりは一日に何人も客をとるということなのだろう。この仕事を希望したのは自分だけれど、体力がもつかどうか少しだけ心配になる。

「脱いだ服は洗濯用のカゴに入れておけば、洗ってもらえるわ。それと、あそこにある衣装が共用の衣装よ。どれを着てもいいから、好きなものを選ぶといいわ。体を拭く布も、あそこに一緒に置いてあるから」

 そう言って、ミーラは脱衣所の端にある台を指さした。そこには、沢山の衣装と布が置かれている。なるほど、浴場ハマムにはなにも持たずに来て大丈夫そうだ。
 服を脱いで中に足を踏み入れると、浴場ハマム自体の広さにもティシアは驚いた。

「まずは、あちらで体を洗うの。あかすり師がいるから、背中の処理は頼んで」

 あかすりを担当するのは、年配の女のようで、数人が縁に腰かけている。

「体を洗うときは、この練り石鹸せっけんを使うのよ」

 ティシアは言われた通り、練り石鹸せっけんを使って体を洗う。あかすり師に背中を洗ってもらうと、とても気持ちがよかった。
 湯で泡を流すと、あっという間に体がピカピカになる。

「じゃあ、中に入りましょう。三つの扉があるでしょう? 左から順に、温度が低い蒸し風呂、中くらいの蒸し風呂、熱い蒸し風呂になってるわ」
「すごい、温度でわかれてるんですね!」
「ええ、そうよ。今日は中くらいのところにしましょうか」

 ティシアはミーラと一緒に、中温の蒸し風呂部屋に入る。腰かけながら、ティシアはぽつりと呟いた。

「わたしには、どんなお客様がくるのかな……」
「うちは客層がいいから、心配しなくても大丈夫よ。それに、あなたの見た目は珍しいから、運がよければ専属娼婦になれるかもしれないわね」
「専属娼婦?」

 ティシアは首をかしげる。

「そうよ。娼婦が一日に稼ぐ予定のお金を毎日払い続けることで、お気に入りの娘を独占できる仕組みがあるの。お金を払い続ける限り、ずっとよ。専属娼婦に指名してもらえたら、そのお客様しか相手にしなくていいから、ぐっと楽になるわ」
「そんな仕組みがあるんですね。専属娼婦のかたって、結構いらっしゃるんですか?」
「さすがに一握りよ。ちなみに、わたしのお客様は外国のかたが多いんだけど、ここに滞在している間の専属娼婦に指名してもらうことが多いわ。ただ、わざわざ専属娼婦に指名してくるなんて、嫉妬深い人が多いから、わたしは短期間のほうが気楽ね」

 そう呟いて、ミーラはため息をつく。もしかしたら、かつて彼女をめぐっていざこざがあったのかもしれない。
 そんなことを考えていると、ティシアは頭がぼうっとしてきた。

「あら、顔が赤いわよ。もう出ましょう」
「は、はい」

 ティシアはミーラと一緒に脱衣所に向かった。
 脱衣所に用意されていた布はとても柔らかく、水をよく吸う。れていた体も、あっという間に拭くことができた。
 さっそく、ティシアは置いてあった衣装を借りる。今日は仕事がないので、体の線をあまり見せないような、ゆったりとした服を選んだ。

「お腹は空いてる? 食堂に行きましょうか」

 そう言われて、今日はまだなにも口にしていないことに気付く。

「行きます!」

 食堂に行くと、予想通りまた豪華な料理が並んでいて、ティシアはそれらに舌鼓したつづみを打った。
 昼食を終えると、ミーラは贔屓ひいきの客が来たとのことで、仕事に向かう。
 この娼館は午後から夜中までが営業時間で、泊まりの客は朝一番に送り出すらしい。
 もっとも、いつから働くかは各娼婦の判断にまかせているそうで、夜しか客を取らない娼婦もいるようだ。
 ティシアは明日の午後すぐにお客をとりたいという要望を出した。そう、母親のためにも、早くお金を稼ぎたいのだ。
 性交が気持ちよくて楽しいだけの行為でないことはわかっている。誰にでも簡単にできるものではないからこそ、高い報酬がもらえるのだ。大変だろうが、娼婦を大切にしてくれるここならば頑張れる気がする。
 現に、アラーニャ娼館で働いているみんなの顔は、元気そうだった。客の前だけでなく、普段も笑いあっている。
 その姿に、心の余裕を感じられた。
 人は余裕があればあるほど、他人に優しくできるとティシアは思っている。小さい村はみんなで仲よく暮らしていたけれど、たくわえが不安になる冬の時期は、多少ギスギスしたものだ。それでもいさかいが起きないよう、全員が自制していたので、なんとか冬を越せていた。
 しかし、ここで働いている娼婦にそんな空気はない。先ほどのミーラもそうだけれど、みんなライバルであるはずのティシアに優しく声をかけてくれる。
 実は、目立つ容姿でいじめられたりはしないだろうか……とこっそり思っていたが、そんな不安はすぐに消えた。
 整った設備と美味おいしい食事、なにより高い給金。それが娼婦たちの心に余裕を与えているのだ。
 ミーラいわく、最初はお金に困ってこの仕事を選んだものの、環境が気に入ってしまって辞められなくなった娼婦も沢山いるのだという。彼女もそのひとりのようだ。
 ティシアも母親の件がなかったら、ここで仕事を続けたいと思うかもしれない。
 そんなことを考えながら過ごしているうちに日が落ちて、夜になりかけた頃、ティシアは店主に呼ばれた。

「ティシア、すごいぞ! さっそく第七王子の御利益ごりやくがあったようだ」

 店主が興奮した面持おももちで話しかけてくる。王子の御利益ごりやくと聞いて、ティシアの胸が跳ね上がった。
 彼に抱かれたことで、本当に幸運が訪れたのだろうか?

「なにかあったんですか?」


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