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1巻
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しおりを挟むプロローグ
――赤い色は嫌いだ。なぜなら、両親が流した血と、村を焼いた炎を連想させるから。
シュタルは十三歳で戦争孤児となった。
本来ならば日の光にきらめく銀色の髪は土埃で汚れ、輝きを失っている。藍色の瞳は暗くよどみ、どこかうつろだ。戦争中は食べ物も満足に得られなかったので、体は痩せ細り、腕など簡単に折れてしまいそうなほどだった。
戦争が終わり、シュタルは身の振りかたを決める必要に迫られていた。自分の村を焼かれてしまったので、まずは住む場所を見つけなければならない。
戦争孤児は孤児院で受け入れてもらえるはずなのだが、十三歳となると、孤児院に入れるかどうかギリギリの歳である。
父は死んだ。母も死んだ。祖父母も優しかった近所のおばさんも、目の前で殺されてしまった。
敵兵にも温情があったのか、シュタルはまだ子供だからと見逃してもらえた。身長が低かったため、実際の歳より幼く見えたのかもしれない。
しかし、これから先のことを考えると、いっそ殺してもらったほうが楽だったと思う。
今は戦争難民の受け入れ施設に身を寄せているが、いつまでもここにいるわけにはいかない。
孤児院に入れなかったら、これから先はどうやって生きていったらいいのだろうか? 十三歳の少女を住みこみで雇ってくれるところなど、あるのだろうか?
シュタルはそんなことを考えながら、薄汚れた施設の中で、同じように助かった村の子供たちと身を寄せあっていた。すると突然、身なりのよい若い男が部屋に入ってくる。
軍服とは少し違ったデザインの服を着ているが、胸元にしっかりと国の紋章が刺繍されているので、怪しい人ではなさそうだ。役人なのかもしれない。
肩より少し上で切りそろえた黒い髪は、彼が歩くたびにサラサラと揺れた。肩幅は広く、がっしりとした立派な体躯をしている。歳は二十歳くらいだろうか? 鼻梁が高く、顔立ちが整っていた。
彼はどこからどう見ても男の人だったけれど、とても美しい。村にはこんなに綺麗な男の人はいなかったので、彼を見た瞬間、シュタルは心臓が跳ね上がったのかと思うくらいどきりとした。それは他の女の子も同じようで、部屋の中にいた娘たちはみんな彼に見惚れている。
そんな中、彼が子供たちに呼びかけた。
「お前たち、ここに横一列に並んでくれないか?」
低く、澄んだ声だ。顔の綺麗な人は声まで綺麗なのか、とシュタルは思う。
部屋の中にいた子供たちは、突然現れた大人の命令に戸惑いつつも、言われたとおりに並んだ。
人探しでもしているのか、彼は並べた子供たちの顔を一人ずつ覗きこんでいく。
シュタルが並んだ場所は、列の最後だった。彼が近づいてくるにつれて、胸がどきどきする。早く自分の番になって欲しいような、そうでないような、不思議な気持ちだ。
そして、とうとうシュタルの番になった。彼はシュタルの顔を覗きこみ、整った眉をひそめる。何か粗相をしてしまったのかとシュタルが不安げな表情を浮かべると、彼は言った。
「珍しい。女なのに魔力がある」
「魔力……?」
訳が分からず、シュタルは小首を傾げる。
「魔術を使える力のことだ。生まれつき魔力を持っている者だけが魔導士になれる。俺は、ここに魔力を持っている子供がいないか探しにきた」
「魔導士……」
シュタルが生まれ育った国境付近の小さな村には、魔導士は存在しなかった。だが、王都には魔導士が沢山いて、今回の戦争でもかなり活躍したと噂されている。
「お前には魔力がある。そして女が魔力を持っているのは、とても珍しい。俺はこのブルーク国の宮廷魔導士だ。お前が望むのなら、俺の弟子として面倒を見てやる」
そう言うと、彼はシュタルに手を差し伸べる。男らしい、大きな手だ。
「俺はレッドバーンだ。魔導士になるか?」
レッドバーンと名乗った彼は、シュタルの瞳をじっと見る。その瞳の色は――燃えるような深紅。
赤は嫌いな色のはずなのに、なぜか彼の瞳の色は嫌ではない。彼が、とても優しい眼差しでシュタルを見つめているからだろうか。
その赤い色に魅了されたように、シュタルは小さな手を彼に伸ばす。
「よろしくお願いします、レッドバーン様」
これからどうやって生きていったらいいのか、分からなかった。そんな自分の前に差し出された彼の手は、唯一無二の救いに思える。
レッドバーンはシュタルの手をぎゅっと握ると、優しく声をかけてくれた。
「魔導士の弟子は、自分の師匠のことを兄と呼ぶのが習わしだ。俺のことも名前ではなく、兄さんとか兄上とか、そういう風に呼んでくれ」
「えっ……。では、兄様……?」
初対面の男を兄と呼ぶことに戸惑いながらもシュタルがそう言うと、レッドバーンはにこりと微笑む。シュタルには兄がいなかったものの、新しい兄が――家族ができたような錯覚におちいる。
「兄様」
もう一度呼んでみると、レッドバーンは「ああ」と頷いた。
血は繋がっていないけれど、兄と呼べる存在が、そして兄という呼びかけに応えてくれる存在ができたことに、からっぽになっていた胸のうちがぽかぽかと温かくなってくる。
シュタルは自分を見つめる深紅の瞳を見た。
家族が流した血の赤。村を焼いた炎の赤。
シュタルからすべてを奪ったはずの赤い色が、自分に生きる場所を与えてくれる色となった。
――赤い色はもう、嫌ではなかった。
第一章 師弟
宮廷魔導士たちの朝は早い。
シュタルは空がまだ藍色のうちから起きて、手早く身支度を済ませる。身だしなみを確認するために姿見の前に立つと、そこには宮廷魔導士の制服を着た自分の姿が映っていた。
腰まで伸びた銀の髪はきっちりと束ねられ、今の空と同じ深い藍色の瞳はぱっちりと開かれている。これなら王族の前に出ても大丈夫だと、シュタルは軽く頷いた。
自身の姿を確認した彼女は、扉続きの隣室へと入っていく。隣室はシュタルの師匠の部屋だ。
ちょっとした図書館さながら、壁に沿ってずらりと書架が並んでいるけれど、それでも入りきらない本が床に積まれていた。シュタルはその本の山を蹴らないように気をつけつつ、ベッドまで近づく。
大きなベッドの上で、シュタルの師匠は寝息を立てていた。その端整な寝顔に見惚れそうになりながらも、シュタルは彼の肩をぽんぽんと軽く叩く。
「兄様、起きてください。朝です」
「ん……」
身を起こしたのは、六年ほど前に戦争孤児だったシュタルを弟子にしてくれたレッドバーンだ。
彼は宮廷魔導士の中でも二番目の権力を持つ、副筆頭魔導士の役職に就いている。ただし、寝起きの今は寝癖が酷く、その姿に威厳はない。
シュタルは彼の身支度を手伝い、鏡台の前に座らせた。寝癖だらけの髪に、油に浸していた櫛を通す。ぐちゃぐちゃだった漆黒の髪はものの数十秒でまっすぐになった。
レッドバーンは深紅の目を細めて、「ご苦労」と呟く。
「では行くか」
「はい」
シュタルはレッドバーンの後ろについて部屋を出る。
宮廷魔導士が住む寮は、魔導士たちの仕事場でもある魔導士棟の一角に作られていた。寮の区域を抜け、仕事場についたところ、朝一番の仕事のために多くの魔導士たちが慌ただしそうに動き回っている。彼らはレッドバーンの姿を見ると、足を止めて頭を下げた。
「おはようございます、レッドバーン様」
「おはよう。忙しいのは分かってるから、いちいち立ち止まって頭を下げなくてもいいぞ」
副筆頭魔導士という立場でありながら、自分の権力を鼻にかけないレッドバーンはそう返事をする。しかし、そんな彼を責めるような言葉が投げかけられた。
「そういうわけにもいきますまい」
シュタルとレッドバーンは一瞬だけ目をあわせたあと、声のほうを向く。
そこには齢五十ほどの男が立っていた。ずいぶんと恰幅がよく、宮廷魔導士の制服はお腹の部分がぽっこりと膨らんでいる。
「おはようございます、カーロ殿」
「おはようございます、カーロ様」
レッドバーンとシュタルは、口をそろえて挨拶をした。
カーロは宮廷魔導士の風紀長だ。彼自身の魔力は強くないのだが、長年の勤務と、彼の兄弟が高位の文官であることを考慮され、数年前に新設された風紀長の役職に就いている。……とはいっても、彼のために用意された名ばかりの役職で、職務内容は魔導士たちが規律を乱さないよう指導したり、設備の維持管理をしたりと、魔力が弱くてもできるものだった。
副筆頭魔導士のレッドバーンのほうが立場は上であるけれど、カーロのほうが年上で職歴も長い。だからレッドバーンは彼の顔を立てて、下手に出ていた。
「挨拶もまともにできないようでは、風紀が乱れる。副筆頭魔導士であるのに、そんなことも分からないのですか?」
嫌みたらしい口調でカーロが言う。
「申し訳ございません」
「第一、あなたは――」
カーロが眉間の皺に指を当てた。それは彼が長い説教を始めるときの癖である。カーロが次の言葉を紡ぐ前に、レッドバーンがすかさず口を挟んだ。
「カーロ殿。王のもとに向かわねばなりませんので、失礼します」
「ああ、そうですか。せいぜいあなたの副筆頭魔導士の地位が奪われないように、王様のご機嫌伺いでもしてきてくださいよ」
ふんと鼻息を荒くしたカーロの脇を、シュタルとレッドバーンは足早に通り過ぎる。声が届かない距離まで離れると、シュタルは小さくため息をついた。
「朝からついてませんね」
「そうだな……」
二人で顔をあわせて苦笑する。
何かあるたびにレッドバーンに嫌みを言うカーロのことが、シュタルは苦手だった。自分の師匠が悪く言われると、自分が悪く言われるよりも嫌な気持ちになる。そして、彼がレッドバーンに嫌みを言う理由も分かりきっていた。
「筆頭魔導士とか副筆頭魔導士になりたかったのなら、どうしてもっと努力しないんでしょうか?」
宮廷魔導士の世界は、完全実力主義だ。レッドバーンは二十六歳という若さでありながら、その強い魔力により副筆頭魔導士という地位に就いている。ちなみに、現筆頭魔導士も、三十一歳という若さだ。
カーロは自分より若い者が上司であることが気に入らないのだろうけれど、ならばもっと努力すればいいだけのことだとシュタルは思っている。
「あの人も、ああ見えてかなり努力をしている。ただ、それに結果が伴わないから苛ついているだけだ。シュタルだってあんなに修業しているのに、魔力が強くならないだろう?」
「そうですけど、それは私の努力が至らないせいです。修業の成果がでないからといっても、魔力の強い人を恨んだりはしません」
副筆頭魔導士の弟子でありながら、いくら修業してもシュタルの魔力は弱いままだった。それもあって努力が実らない辛さは分かるけれど、だからといって人にあたってもいいという免罪符になるとは思わない。
「まあ、シュタルの場合、魔力の弱さを頭で補えるのはすごいことだ」
レッドバーンはそう言うと、シュタルの頭をぽんと撫でる。
「強い魔術が必要になるような場面で、弱い魔術での代案を考えつくだろう? きちんと魔術の勉強をしているおかげで機転が利くわけだ。そこは誇っていい」
「……ありがとうございます!」
レッドバーンに褒められて、シュタルの顔がにやける。
そうこうしているうちに、二人は王宮まで辿り着いた。
魔導士棟から王宮までは、歩いて五分ほどの距離である。建物を繋ぐ道には屋根がついているので、雨の日でも傘を差す必要はない。
藍色だった空は白ばみはじめていた。
魔導士棟の道から繋がっている西門の前で、レッドバーンの姿を見た衛兵が敬礼をする。軽く挨拶を交わしたあと、レッドバーンたちは王族の部屋がある階へと向かった。王族の部屋とあって、辿り着くまでに沢山の衛兵に会うけれど、皆、顔を見るなり用件を聞かずに通してくれる。
宝石が埋めこまれたひときわ豪奢な扉の前で待つこと数分、ようやく扉が開かれた。中では王と王妃が待ち構えている。
「おはようございます」
この国で一番偉い人物を前にして、レッドバーンたちは最敬礼をとる。
「おはよう。今日もよろしく頼む」
王の言葉を受けて部屋に入ると、レッドバーンは祝福の呪文を唱えはじめた。王族の繁栄を願う祝福の儀から、王の一日ははじまるのだ。
レッドバーンの補佐をするのがシュタルの役目である。古くからの伝統に則ったこの儀式には、手鏡やら水晶やら沢山の道具を用いるので、滞りなく進められるようにレッドバーンに道具を渡すのだ。
祝福の儀を終えると、レッドバーンたちは速やかに魔導士棟に帰り、食堂で朝食をとる。
その頃には空はすっかり明るくなっていた。
朝食後、二人は魔導士棟の第一資料室へと向かった。
資料室といえど名ばかりで、実際に資料が置いてあるわけではない。部屋の中には、遺跡や採石場から発掘された古物が沢山並べられていた。
これら古物が呪われているかどうかを調べる古物鑑定が、午前中の仕事である。
この世界において、呪いは自然現象の一部だ。あたりまえに存在し、人間が風邪を引くのと同様に、物がいつのまにか呪われることがある。
呪いには様々な種類があった。軽い呪いなら人間への影響はないが、強く呪われた物は人間に病をもたらしたり、精神を乱したりと悪影響を与え、最悪の場合は死に至らしめる。
特に遺跡で発掘されるような古物は、人目に触れないまま長い時間を経ることで、呪いが強力になっている場合もある。万が一、強く呪われた古物が博物館で展示されれば、あっという間に疫病が広がり、最悪の場合は国が滅びてしまうだろう。
しかし、普通の人間にはその物が呪われているかどうか判断できない。だからこそ、こうして優秀な宮廷魔導士たちが古物鑑定を行っているのだ。
古物鑑定は地味ながらも重要な仕事であり、強い呪いの解呪は難しいので、高位の魔導士の立ち会いが必要となる。今日の立ち会いは副筆頭魔導士であるレッドバーンで、弟子のシュタルを含めた数名が古物鑑定を行っていた。
シュタルが並べられた古物のひとつを手に取ると、肌が粟立つ。
「兄様。そんなに強くはないみたいですが、これが呪われています」
シュタルはその古物をレッドバーンに差し出した。受け取ったレッドバーンが解呪の呪文を唱えると、古物が淡い光を放つ。彼の周囲にきらきらと光の粒子が舞い、雪のように消えていった。
「解呪したぞ」
レッドバーンは古物をシュタルに返した。触っても、もう嫌な感じはしない。
このように、軽い呪いの解呪は簡単だった。
しかし、シュタルは理由があって、解呪の術を使うことができない。呪いがかかっているものを見つけても、解呪はレッドバーンに任せていた。
シュタルは解呪が済んだ古物を取り分けると、未鑑定の古物を検めていく。
古物鑑定に勤しんでいると資料室の扉がノックされ、魔導士が入ってきた。
「レッドバーン様。今日の三時から王宮の会議室で、合同軍議に関する会議があるそうです」
「ああ、分かった。ご苦労」
レッドバーンが返事をすると、伝令係の魔導士が帰っていく。すると、先月宮廷魔導士になったばかりの新人が興味深そうに訊ねた。
「レッドバーン様、合同軍議ってなんですか? 最近よく聞くんですけど、僕、分からなくて……」
「ああ、お前は王都の外から来たんだったな。じゃあ、合同軍議を知らなくて当然か」
面倒見のいいレッドバーンは、新人に説明を始める。
「六年前に戦争があっただろう?」
「はい。帝国軍が攻めてきましたよね」
新人が頷く。そう、六年前にこのブルーク国の北に位置する帝国が、領土拡大のために攻めこんできて、大きな戦争が起こったのだ。
「そうだ。そのとき、隣国のホワイタル国が援軍を出してくれたおかげで帝国軍を追い返すことができたが、帝国軍がいつまた攻めこんでくるか分からない。だから帝国との国境付近は、俺たちブルーク国と、隣のホワイタル国が連合で騎士と魔導士を置いて警備している」
そう言いながら、レッドバーンがちらりとシュタルを見る。彼の意図をくみ取り、シュタルが続きを説明することにした。おそらく彼は、シュタルが合同軍議のことを新人に説明できるほど理解しているのかどうか、確かめるつもりなのだろう。
「その両国連合の兵の配置について見直したり、帝国軍が攻めてきたらどういう布陣をとるかを話したりするため、年に一度、ホワイタル国の人を招いて一週間ほど会議をするの。それを合同軍議って言うんだよ」
その説明に、レッドバーンは満足したように頷く。
「二国が合同で大がかりな軍議を開くことは、帝国への牽制にもなる。ホワイタル国から軍隊がやって来るし、向こうの国の筆頭魔導士も来るぞ」
「へえ……。ホワイタル国の筆頭魔導士って、どういうかたなんですか?」
新人が興味深そうに聞くと、その場にいた魔導士たちは顔を見あわせた。
「俺より少し年上の女性だ。ちなみにこの国とは違って、ホワイタル国の魔導士は女性ばかりだぞ」
レッドバーンの答えに、新人は驚いて目を瞠る。
「筆頭魔導士が女の人なんですか? 魔力を生まれ持つ女の人は少ないって聞いたことがあるんですが、魔導士が女性ばかりの国っていうのもすごいですね。うちとは逆だ」
彼の言うとおり、ブルーク国の宮廷魔導士はほとんどが男である。女はシュタルを含めて一割にも満たない。
「つまり、今回の合同軍議では女性魔導士が沢山来るわけだ。彼女たちはみんな、この魔導士棟に宿泊する。ちなみに合同軍議が終わると、魔力が弱まって宮廷魔導士を辞める者が毎年必ずいるから、お前も気をつけろよ」
そのレッドバーンの言葉に、資料室の中にいた男の魔導士たちはにやにやと笑った。
だが、シュタルはどうして毎年そんなことが起こるのか、まったくもって分からない。シュタル以外は全員――合同軍議のことを知らなかった新人でさえも意味が分かるようで、彼も「あっ、そういうことですか」と呟いている。
「前々から気になっていたんですが、何が理由でそうなるんですか?」
シュタルは訊ねてみた。
魔導士の持つ魔力は有限なのか、ある日突然、魔力を失い宮廷魔導士を辞職する者が、年間を通してそれなりにいる。しかも、なぜか合同軍議の時期に集中して現れるのだ。
シュタルは気になって仕方ないけれど、その場にいる魔導士たちはシュタルの問いには答えず、全員がレッドバーンを見る。教えてよいのかどうか、迷っている様子だ。
「兄様、勉強のために教えて頂けませんか? 軍議期間以外でいきなり魔力が弱まって辞職する人は三十歳より上の人が多いですけど、軍議期間に魔力が弱まるのは、二十代の若い男の人ばかりですよね? それも気になっていて……」
シュタルは期待に満ちた眼差しを向けるが、レッドバーンは首を横に振った。
「その件については、今回の合同軍議が終わって落ち着いたら説明しよう。お前の魔力が弱まることはないから、心配するな」
やはり今回も教えてもらえなかったが、合同軍議が終わったら説明するとの言葉に、シュタルはぱっと表情を輝かせる。
レッドバーンは誠実な男で、めったなことでは嘘をつかないのだ。
「本当ですか? 本当に、教えてくれます?」
「ああ、本当だ」
ようやく長年の疑問が解けると思うと、とても嬉しくなる。
シュタルはご機嫌になりつつ、古物の鑑定を続けた。
昼食のあと、三時までは休憩の時間だ。宮廷魔導士たちは朝が早いので、この時間に休憩として昼寝をするのが習慣になっている。
レッドバーンは部屋に戻ると制服を脱いで下着姿になり、ベッドに横になった。シュタルは彼の制服をしっかり畳んでから、自らも下着姿になって同じベッドに入る。
彼はシュタルの体を抱きしめながら、午前中の仕事で唱えたものとまったく同じ解呪の呪文を唱えた。
すると、シュタルの体がほんのりと温かくなっていく。レッドバーンの逞しい腕に抱かれたシュタルは、気持ちよさそうに目を細めた。
「気持ちいい……」
嫌なものが体から抜けていく感触に、シュタルがぽつりとこぼす。
「兄様。私の呪い、なくなりましたか?」
答えは分かりきっているものの、毎日聞かずにはいられない。
「……まだだな」
シュタルを優しく抱きしめたまま、いつもと同じようにレッドバーンは答えた。
条件が揃うと、物だけではなく人間も呪われてしまう。実は、シュタルも呪われているのだ。
六年前の帝国軍との戦争で、国境付近にあったシュタルの村は真っ先に焼かれ、シュタルは自分の親や村人など、沢山の人が死ぬのを目の当たりにした。
多くの非業の死を目にすると、呪いがかかることがある。しかも若ければ若いほど呪われる確率が高くなるのだ。当時十三歳だったシュタルは見事に呪われてしまった。
「私も早く、自分で解呪の作業がしたいです」
もどかしそうに、シュタルが呟く。
呪われている人間は、解呪の呪文を使うことができない。だからシュタルは古物鑑定で呪いを見つけても、解呪はレッドバーンにお願いしていたのだ。
「ああ、早くその日が来るといいな」
レッドバーンは優しく言う。薄い肌着越しに彼のぬくもりを感じて、シュタルはどきどきしながら目を閉じた。
人間は呪われても、すぐに死ぬわけではない。放置しておけば体調を崩し、やがては命を落とすが、解呪の方法もあるのだ。ただ、そのためには大がかりな儀式が必要とされていた。それは体への負担も大きく、後遺症が残る可能性もある。
しかし、強い魔力を持つレッドバーンは、肌を密着させて解呪の呪文を唱えることで、人間の体から呪いを少しずつ追い出すことができた。
だから彼は、シュタルの体に大きな負担をかけて一気に解呪するのではなく、毎日少しずつ解呪する方法を選択した。そのおかげで、シュタルは呪われていても普通に生活できている。
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