ロシアの落日【架空戦記】

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反乱

モスクワ前衛

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「車列視認」塔の上の歩哨がつぶやいた。
交代要員として地上にいたエレメンコには目を凝らしても道路の奥まで見通すことはできなかったが、連隊司令に情報を上げるため歩哨のドンスコイに詳細を尋ねた。
「コロムナより南東E30道路、オカ川橋より6km、装甲車6両、自走対空砲1両、不明含め計12両少々、速度約30km/h」

エレメンコが小屋に入り連隊に伝えようと無線機に取りついた途端、すでに他の中隊が発見していたのか、連隊司令より伝令が降りた。

「南東方面至リャザン道路にワグネル装甲車両10両程度確認 戦闘準備 陣形詳細は追って指示」

セミョノフスキー第1独立ライフル連隊は、武装反乱勢力北上の一報を受け昨日ラメンスコエから一日かけてコロムナに移動し、モスクワの前衛たるこの地で戦闘準備についていた。

「停止を試みる指示はすっ飛ばされたのですか?」
道路上に展開する第1中隊のざわめきに第2小隊長のカラエフ・キリルは緊張混じりの若造の声を聞いた。
「もう南の連中が既に失敗してるんだと、今止めてやっても聞かんだろう。」

中隊チャンネルから無線で陣形指示が飛び、各小隊は道路両側の林に伏せて待機、NSV重機関銃をやや道路上に出し、カーブを抜けた車列に先制して攻撃することとなった。

移動の完了からたったの1分ほどで、もの静かなE30道路に重々しいエンジンの遠音が響き始めた。
道路の東側に待機するキリルの緊張はエンジンの音と共に増大していき、自らの鼓動を聞く中、彼の頭には昨日の移動中の何気ない会話が頭に残っていた。第3小隊長が子供の頃、猫に咬まれて5日ほど高熱にうなされ寝込んだというなんのオチもない話だった。キリル自身も実家に猫がいたが、咬まれて発熱するというような話は聞いたことがなかった。

車列が伏せているキリルからも目視で確認できるほどまで迫り、AK-74のボルトハンドルを引き薬室に弾を装填した瞬間、NSVの重々しい連射の音が響き渡り、装甲車一両が擱坐した。

Атака攻撃!」少し離れたところにいた第1小隊長が叫ぶや否や、キリル以下第2小隊のライフルマン18名は道路上に踊り出、下車戦闘を試みるワグネル集団に射撃を加え始めた。

車列が停止し、先鋒のBMP-2が銃塔を動かし始めると、林からRPOロケットランチャーの対戦車弾が轟音をあげて飛来し、BMP-2はB級映画のような大爆発を起こし、乗員もろとも車両を残骸に変えた。

「1分隊、前から2両目から展開の歩兵に射撃!」
第1分隊長マラート・ニヤゾフはコッキングを行いながら叫んだ。
戦闘距離は長くても60mほどしかない接近戦に見えた。

ワグネルは二十数人の兵士を展開し、包囲するロシア軍およそ100人に対し軍と同じAK-74で射撃を加えてきた。
ニヤゾフは敵味方が入り乱れる前に敵を撃滅しなくてはと考え、間髪を入れず5.45mm弾を敵に叩き込んでいった。分隊の支援機関銃は誤射を恐れているのか全く動かない。ワグネルはロシア軍とさほど変わらない装備をしていて、これを撃つことがニヤゾフには非常に心痛く感じられた。

ワグネルの兵士は降車から戦闘に移る流れがスムーズで、中隊は5分ほどの内に2両のBMP-2と多数兵員を撃破したが、道路上のNSV重機関銃の要員を含め11人が戦死した。
兵士は友人の死を悲しむもの、案外余裕なものだと強がるものなど、いずれも休息の雰囲気を見せ始めた。

程なくして、大隊チャンネルで無線が鳴った。「南方至リャザン道路周辺に歩兵展開  北上している  第1中隊は対応し他中隊到着を急ぐこと」

つづいて無線機から発される中隊長の声がニヤゾフ、さらにキリルの耳をつく。
「第1第2小隊は道路西、第3小隊は東の森にそれぞれ横隊で展開し、各小隊戦闘正面300m弱をめどに保持せよ。」
キリルはこれを聞き、すぐさま第2小隊の分隊長を道路上に集めた。
「分隊についても西から番号順に展開とする。防御を基本とし、深追いせず、低姿勢で戦闘せよ。かかれ。」
そう言ってキリルは左を向き、小隊を西へと誘導した。

ニヤゾフは第1分隊と協同し防御正面の構成にかかった。左側で各々伏せる分隊員を見ていると、第1小隊のものが声をかけてきて「第1小隊長はもっと前と言っとりますが」と言った。ニヤゾフは焦りつつも「第2はここで固めるそうですが、中隊長からは何か伝達はありましたか?」と返した。途端に無線が鳴り、小隊長の声が耳に届いた。「前進、第3小隊と足並みを揃える。」
「大丈夫そうだ、こちらも前進する」といった時には先ほどの兵士はすでに歩みを進めていて、こちらの声が届いている様子ではなかった。

支援銃手を後ろに第2小隊は、第1に後れを取ることおよそ50m、前進を開始した。
E30道路は現在地点より前方500m程度のところでほかの道路と合流しており、その股下にあたるところには林が茂っている。その木々の一本一本が明確に見て取れるほど近づいたとき、無線機から突如中隊長の声が発された。
「第1第2分隊は後退し、前方の林より200mほどの距離を保って防御せよ。」
第2小隊長が素早く「こうたーい!」と叫んだ。

小隊は指示通り、180度方向を換えまた同じように歩み始めた。
横隊で散開しており、雑談ができるような距離ではないため皆黙々と、されど足並みをそろえて後退する。

しかし突如、一つ銃弾の風切り音がヒュンと鳴り、直後パンと射撃の音を聞いた途端、足並みは乱れた。
ニヤゾフは走り、後方での防御正面構成を急いだが、見るに多くの者はその場で振り返って地に伏せ、AKを装填している。
「発見次第射撃!」ほとんどの者はもはや誰の声なのか判別する余裕のないほど焦っていたが、そう聞こえた。
そうしている間にも風切り音は数を増し、音容も人の身長ほどのところを飛ぶ弾に特有のブーンという音が混じるようになってきている。横隊は崩れ、各員間の距離も片や詰まり片やのびている。

ニヤゾフは銃の右側面を大きく占めるセーフティを単射に動かし、ボルトハンドルを引いた。
すでに味方の発砲音が轟き戦闘を行っていたが、ニヤゾフは未だ敵を見つけられていなかった。ワグネルの兵士は林の木陰に展開している一方こちらは障害物などない。いくら曇天下とはいえ暗いところで障害物に隠れる敵兵を空の下で迎え撃つなど、一兵士にも不利は明確に分かった。
発砲炎らしきものが見えたところにとりあえず2、3発程度撃ち込むが、手ごたえは全く伴わない。支援機銃手はところ構わず発砲しているようだ。

ふと、味方の一人が少々の血飛沫を噴いて後ろに倒れこんだ。
そちらのほうをサッと見やった瞬間、ニヤゾフの左脇下に音速で飛翔する合金の塊が食い込み、分隊長の体を倒した。
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