僕と騎士様の異世界転生

ちひろ

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第一章 いざ! 異世界転生!

第六話

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 目の前で僕を親の敵のように睨みつけるこの男は、檜山ひやま
 名前は知らんし、知りたくもない。
 まるでオッサンのように老けているが、一応僕と同じ高校一年生だ。
 どうやら奈美に気があるらしく、僕が近くにいるのが気に食わないようで、いちいち僕に突っかかってくる。

 「お前、あんま調子に乗ってっと、ヤっちまうぞ、コラ」

 「いや、別に調子に乗ってなんか...」

 檜山は僕の言葉をさえぎるように靴箱を蹴り、大きな音を立てる。

 「ぁあ!? 口答えしようってのか! ...まあいい。前にも言ったよな、森崎の周りをウロチョロすんなってよ。目障りなんだよ」

 「あれはあっちが勝手に...ッ!」

 檜山に胸ぐらを激しく掴まれ、言葉に詰まる。
 そのまま持ち上げられ、僕はつま先立ちの状態になり身動きが取れない。
 ずいっと檜山の顔が僕の眼前がんぜんに寄せられる。

 「テメーは言われたことハイハイって聞いてりゃ、それでいいんだよ。わーったか」

 「...わ...わかっ...りま...」

 そのまま投げるように突き飛ばされ、僕は昇降口に背中から叩きつけられる。
 ゲホゲホと咳き込む僕を、さげすむように見下ろしていた檜山は、フンと鼻息を鳴らすとドスドスと校舎に入っていった。
 それを見送ると僕は立ち上がり、背中を払う。
 今日は朝からあいつに会うとは、運が悪かったな。
 入学して少ししてから檜山に何回も絡まれてその都度つど嫌な思いはしているが、奈美はこのことを知らない。
 檜山も奈美がいるとこでは絡んでこないし、僕も言わないからだ。
 言ったら絶対気にするからな。
 アイツは下手すると檜山のところに殴り込みに行きかねない。
 いや、絶対それくらいはする。
 だからこそ、決してアイツにだけは知られてはいけないんだ。

 上履きに履き替え、乱れた服装を直しながら教室へ向かう。
 一年三組が僕の教室。
 一階の廊下突き当たりにある。

 ちなみに、一階が一年、二階が二年、三階が三年の教室があるフロアだ。
 各学年ごとに六組まであり、職員室や美術室などの特別教室は何故か別棟べっとうにあるため、この校舎にあるのはそれぞれの教室だけだ。
 また、部室や食堂は更に別棟になっており、基本的にはこれら三つの校舎を渡り廊下で繋いだ作りとなっている。
 加えて運動場と体育館、それがこの英朋学院高校えいほうがくいんこうこう敷地しきちの全てだ。

 教室に着き、自分の席に座って深いため息とともに机に伏せていると、そのまま寝そうになってしまう。

 「おはよう優弥」

 声を掛けられて顔を上げると、友人の姿があった。
 高遠京一たかとおきょういち、中学からの友達だ。
 高校に入ってからは、最も親しくしている一人でもある。
 背も高くルックスもいい。
 頭も切れて頼れる奴だ。

 「ああ...おはよ」

 「おい、どうした。顔が死んでるぞ。なんかあったか」

 「あー、檜山だ...」

 「あー...またか。お前も災難だな。やっぱり俺が一言言うか?」

 「止めてくれ...気持ちは嬉しいけど確実にこじれるし、巻き込みたくない」

 京一は、運動神経がバツグンで、多分ケンカも強い。
 ケンカしてる所は見たことないけど、京一といる時は絡んでこないから、弱いものいじめが好きな檜山から見て京一は弱そうに映ってないんだろう。
 ただ、積極的に京一が踏み込んできた場合は、どうなるか分からない。
 檜山は一匹狼ではなく、不良グループみたいなものに属してるから、事が大きくなると数を頼んでくるかも知れない。
 そうなった時、僕は京一の力になれないからな...情けないことに。

 「ま、僕が我慢したらいいことだから。別に執拗しつようにいじめられてるわけじゃないし」

 「お前がそう言うなら...良いけど」

 納得いかなそうに口を尖らせ、京一は隣の席に座る。

 「あと、奈美にも言わないで」

 「分かってるけど、森崎さんもいい加減気付くぜ? そん時どうすんだよ」

 「そうだよなあ...どうするかなあ...でも、取り敢えず今は、頼むよ」

 「はいはい、仰せの通りに」

 檜山に絡まれてるとこ、色んな人が見てるわけだから、いつ奈美にバレてもおかしくない状況ではある。
 仲良くじゃれてただけだって言うか?
 ...無理ありすぎだろ。
 なんとか誤魔化ごまかす方法を考えておかないとなあ...

 そんなことを考えていたら、担任の先生が入ってきて、ホームルームが始まった。
 そのまま担任の受け持ちである国語の授業が始まると、僕の意識は次第にかすんでいった。

 キーンコーンカーンコーン
 体がビクッと動き、目を覚ますと同時に、膝を机の裏で強く打ち悶絶もんぜつする。
 黒板の上の時計を見ると、もう昼休みだ。

 「スゲーなお前、昼休みまでぶっ続けで寝てたぞ」

 「あ...もうそんな時間か」

 やっぱ徹夜なんかするもんじゃないな。
 それに、朝から色々あって、いや、正確には昨日の夜から色々あって疲れが溜まってたんだろう。
 ただ、睡眠を取ったことで少し頭がスッキリした。
 寝違えたみたいで首が痛いけど。

 「俺、学食行くけど、弁当は?」

 「あたたた、首が...朝、ちょっと色々あって今日は弁当ないんだ。僕も何か買うよ」

 「大丈夫かよ。まあいいや、じゃあ、一緒に行くか」

 大抵は母さんが弁当持たせてくれるからそれを屋上か教室で食べることが多い。
 今日のように弁当を持ってきてなくても、多少のお金は持ってるから、価格の安い学食なら取り敢えずはしのげるんだけど。

 「あ、いた!」

 声のした方を見ると、僕の悩みの元凶げんきょうその一が、教室の扉から僕を指さしていた。
 後ろには半分隠れるようにして広瀬さんの姿もある。
 奈美はズンズンと歩いてくると、手に持っていた包みを僕に差し出してきた。

 「はい、おべんと!」

 ざわり、と教室の空気がざわめく。
 おい、なんてことしてくれる。
 今自分が何をしたかわかってんのか。
 隣を見ると、京一も信じられないものを見た顔を僕に向けていた。

 「お前、いつの間に...」

 「いや、違うから! てか、わかっててわざとやってるだろ!」

 「バレたか」

 テヘペロ、とか男がやっても可愛くないんだよ!
 いや、そんなことやってる場合じゃない。
 この誤解に基づいた危機的状況を今すぐなんとかしないと、男どもの嫉妬しっとの視線とやっかみによるリンチで僕の命は風前のともしびとなってしまう!

 「も、森崎さあん、その物体はどういうことかな~? ちょ~っと詳しく、説明して欲しいなあ。念のため小さな声で!」

 「どうしたっていうのよ。まあいいわ、今朝あんたお弁当持っていかなかったでしょ。家に行ったらおばさんに渡すよう頼まれたのよ」

 ...どうして家に行ったのかは取り敢えず置いといて、その手に持っているものがどういうものかは分かった。
 京一を見ると、まあそうだろうな、という顔でこちらを見ていた。
 分かってたんなら心臓に悪い演技するなよ...
 ともあれ、周りを納得させねば、明日の朝日はおがめない。

 「ああ、母さんに頼まれてわざやざ届けてくれたのか! ありがとう、森崎さん! いやあ、母さんの作った、母さんの弁当、楽しみだなあ!」

 ことさら大きな声で説明してやると、ふっと周りの空気が軽くなった気がした。
 良かった、これで天寿てんじゅを全う出来そうだ。
 しかし、何人かは奈美が僕の家に行ったことに気付いたのか、いぶかしげな視線を向けてきていたが、これに対しては有効な言い訳を思いつかないので黙殺もくさつすることにする。

 「じゃあ、早速食べよー。あ、高遠君、そっちの机くっつけて。ほら、かおちゃんもおいでよー」

 再び教室の空気が重くなる。
 おいやめろ、なんでそう地雷を踏み抜くんだ。
 空気を読め、空気を!

 「わ、悪い、僕は京一と学食行く約束してて。な、京一」

 「いや、俺は別に一人でも構わ」

 「な! 一緒に! 学食! だよな!」

 コロス、余計なことを言えばコロス。

 「あ、ああ、そうだな、済まない森崎さん、そういう約束なんだ」

 「ええー、そうなの? 仕方ないなあ...」

 僕は胸をなで下ろす。
 助かった、恩に着るぞ京一!
 学食に行ったら、ゆで卵おごってやるからな!

 「じゃあ、早く行っておいでよ。待ってるから」

 「...は? いや、弁当は?」

 「ここで食べるよ、いちいち戻るのも面倒だし。ほらー、かおちゃん、こっちこっち」

 「あの...迷惑になるんじゃ...?」

 広瀬さんがおずおずと近づいてきた。

 「だいじょーぶ! どうせ学食行くんでしょ?」

 この女は...広瀬さんでさえ空気を読んでるというのに、どうしてここまで唯我独尊ゆいがどくそんなのか。
 ここで断ったらなんか僕が悪いみたいじゃないか。

 「広瀬さん、いいよ、席使って。僕ら、行くから」

 「うん...奈美ちゃんが、ごめんね?」

 広瀬さん...ええ子や...
 それに引き換え、こいつときたら!
 あ、もう弁当のふた開けてるし。

 さっきスッキリしたはずなのに、ものの数分でぐったりと疲れた僕と、半笑いの京一は、冷たい男どもの視線を背に教室を出るのであった。
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