3 / 4
梅雨とコーラと、恋心。
しおりを挟む
「今日、すっごいな」
いつもはこれ程分かりやすく甘えてくることがないのだ。疲れたと言っていたけれど、相当だったのだろう。
というか、それにしても、何と言おうか。
「…………きっついわぁ」
腕の中でこうも思い切り眠られるのは、信頼されているのか、それともはたまた。
僅かに開いた桜色の唇がやけに色っぽく見えて、思わず目を逸らしてしまう。何となく自分が『悪いこと』を考えているように思えて、思考を無理やり回想に引き戻した。記憶の中から浮かび上がってきたのは、梅雨の頃のこと。
「柊さん、あと帰ってもらって大丈夫。もう大した量残ってないから」
しとしとと降る雨の音と、シャープペンシルを走らせる音が放課後の教室に響いている。『天使様』と2人きりだけれど、何のことはないいつもの委員会業務だ。
もうすぐ終わるし、と申し出たのだけど、柊さんはやんわりと笑って、
「いえ、申し訳ないですし手伝わせてください」
と言う。うーん、と1つ考えて、反駁する。
「高橋さんたちから勉強会に誘われてなかった?盗み聞きしたみたいで申し訳ないんだけど」
高橋さん、とはクラスメイトの女子生徒だ。柊さんのことが大好きなんだろうな……というのを全身で表しているような人である。
柊さんにもうすぐ終わるものを手伝わせるのも、柊さんを借りっぱなしなのも申し訳ないから、と続ける。
さああ、と静かな雨の音が響いた後、天使様は口を開いた。
「お誘いを頂いたので早く行きたいのも本当ですが、時任さんにお任せするのも悪い気がしますから」
僅かな蒸し暑さが、次に訪れるであろう夏を感じさせている。再び柔らかい雨音と、書類に走らせるシャープペンシルの音が響く。
おお、思ったより早く終わった……と、最後のプリントに記入を終えて、とんとん、とプリントの角を揃える。
「ありがとう、手伝ってもらって助かった」
「いえ、普通のことです」
何のことはない会話を交わした後、もう一度口を開く。
「さっきの今で申し訳ないんだけど、あと10分、時間を貰ってもいいかな」
『天使様』は不思議そうに首を傾げたけれど、頷きを返してくれた。
「はい、構いませんが……」
何をするんですか?という言外の問いには、
「ちょっとした『悪いこと』、かな」
とだけ答えて、教室を出る。廊下に出て外を見ると、雨足は強くなっていた。
歩きながら、1つ質問をしてみる。
「テストで50点の人が10点伸ばすための勉強と、90点の人が100点を取るための勉強、どっちが楽かなぁ」
それほど待たずに、答えは返ってきた。
「90点の人が100点を取る勉強の方が、辛いと思います……?」
何ぞその質問、という表情の『天使様』に同意を返す。
「うん、そう思う。……はい、着いた」
目の前には、やたら種類豊富なことが売りの自動販売機。
「飲み物、ですか?」
そう、飲み物である。もちろん気になるのは、なぜ『天使様』を連れてきたのか、ということだと思うけれど、それは今から。
100円を入れて、缶ジュースを1本、を2回繰り返す。
「はい、これコーラっていう最高に悪い飲み物なんだけど」
ますます分からない、という顔の『天使様』に、言葉を重ねる。
「柊さんは、ずっと全員の100点を取ろうとしてるふうに見える」
取るに足らない、烏滸がましくて罪悪感すら覚えてしまうような、意見の押し付け。ただの知ったかぶりだよ、と続けて、「健康面から考えると100点には程遠い飲み物だけど」と半ば強引にコーラを天使様の手の中に滑り込ませる。炭酸苦手だったらどうしよう。
「全教科100点ってやっぱ、大変だろうからさ。それを目指すことを否定したりはしないけど、…………俺くらいは100点じゃなくてもいいよって、ただそれだけ」
自分でもカッコつけてるわぁ、という自覚があるだけに、どうも顔が熱い。
恐る恐る、というよりは少しだけ勢いをつけて『天使様』の顔を見ると、どんな表情を選んだらいいか分からない、というような顔をしている。間に流れた時間は嫌ではないけれど、なぜだか言葉足らずだった気がして言葉を滑り落とす。
「それ、めちゃ砂糖その他が入りすぎてて体に良くはないけど、良かったら飲んで。……でも美味しいから、『悪い』けど捨てたもんじゃないよ」
ダメだ、何を喋ってもカッコつけてるようにしかならない。こうなったら即時撤退だとっとと帰ろう……と手を挙げかけると、それと同時に『天使様』が声を上げた。
口を開いて、閉じて、もう一度開いて、音が届く。
「時任さんは、すごいです。……言葉にしてくれて、自分でも納得したというか」
それは珍しく、というかその時な初めて見た、言葉にならない言葉を重ねようとする『天使様』などと大げさな名で呼ばれる、1人の女の子の姿だった。
「だから、その、……ありがとう」
柔らかな雨の匂いに乗せて、ありがとう、と言葉を紡いで『天使様』は笑う。蕾が開くように笑ったその時の天使様は、『天使様』なんて言葉では表せないくらい可愛らしくて、今度はこちらが言葉を失ってしまう。
照れ隠しついでに、もう一つ記憶の中にカッコつけてみる。
—その時抱いた気持ちを、人は『恋』と呼ぶのかもしれない。
いつもはこれ程分かりやすく甘えてくることがないのだ。疲れたと言っていたけれど、相当だったのだろう。
というか、それにしても、何と言おうか。
「…………きっついわぁ」
腕の中でこうも思い切り眠られるのは、信頼されているのか、それともはたまた。
僅かに開いた桜色の唇がやけに色っぽく見えて、思わず目を逸らしてしまう。何となく自分が『悪いこと』を考えているように思えて、思考を無理やり回想に引き戻した。記憶の中から浮かび上がってきたのは、梅雨の頃のこと。
「柊さん、あと帰ってもらって大丈夫。もう大した量残ってないから」
しとしとと降る雨の音と、シャープペンシルを走らせる音が放課後の教室に響いている。『天使様』と2人きりだけれど、何のことはないいつもの委員会業務だ。
もうすぐ終わるし、と申し出たのだけど、柊さんはやんわりと笑って、
「いえ、申し訳ないですし手伝わせてください」
と言う。うーん、と1つ考えて、反駁する。
「高橋さんたちから勉強会に誘われてなかった?盗み聞きしたみたいで申し訳ないんだけど」
高橋さん、とはクラスメイトの女子生徒だ。柊さんのことが大好きなんだろうな……というのを全身で表しているような人である。
柊さんにもうすぐ終わるものを手伝わせるのも、柊さんを借りっぱなしなのも申し訳ないから、と続ける。
さああ、と静かな雨の音が響いた後、天使様は口を開いた。
「お誘いを頂いたので早く行きたいのも本当ですが、時任さんにお任せするのも悪い気がしますから」
僅かな蒸し暑さが、次に訪れるであろう夏を感じさせている。再び柔らかい雨音と、書類に走らせるシャープペンシルの音が響く。
おお、思ったより早く終わった……と、最後のプリントに記入を終えて、とんとん、とプリントの角を揃える。
「ありがとう、手伝ってもらって助かった」
「いえ、普通のことです」
何のことはない会話を交わした後、もう一度口を開く。
「さっきの今で申し訳ないんだけど、あと10分、時間を貰ってもいいかな」
『天使様』は不思議そうに首を傾げたけれど、頷きを返してくれた。
「はい、構いませんが……」
何をするんですか?という言外の問いには、
「ちょっとした『悪いこと』、かな」
とだけ答えて、教室を出る。廊下に出て外を見ると、雨足は強くなっていた。
歩きながら、1つ質問をしてみる。
「テストで50点の人が10点伸ばすための勉強と、90点の人が100点を取るための勉強、どっちが楽かなぁ」
それほど待たずに、答えは返ってきた。
「90点の人が100点を取る勉強の方が、辛いと思います……?」
何ぞその質問、という表情の『天使様』に同意を返す。
「うん、そう思う。……はい、着いた」
目の前には、やたら種類豊富なことが売りの自動販売機。
「飲み物、ですか?」
そう、飲み物である。もちろん気になるのは、なぜ『天使様』を連れてきたのか、ということだと思うけれど、それは今から。
100円を入れて、缶ジュースを1本、を2回繰り返す。
「はい、これコーラっていう最高に悪い飲み物なんだけど」
ますます分からない、という顔の『天使様』に、言葉を重ねる。
「柊さんは、ずっと全員の100点を取ろうとしてるふうに見える」
取るに足らない、烏滸がましくて罪悪感すら覚えてしまうような、意見の押し付け。ただの知ったかぶりだよ、と続けて、「健康面から考えると100点には程遠い飲み物だけど」と半ば強引にコーラを天使様の手の中に滑り込ませる。炭酸苦手だったらどうしよう。
「全教科100点ってやっぱ、大変だろうからさ。それを目指すことを否定したりはしないけど、…………俺くらいは100点じゃなくてもいいよって、ただそれだけ」
自分でもカッコつけてるわぁ、という自覚があるだけに、どうも顔が熱い。
恐る恐る、というよりは少しだけ勢いをつけて『天使様』の顔を見ると、どんな表情を選んだらいいか分からない、というような顔をしている。間に流れた時間は嫌ではないけれど、なぜだか言葉足らずだった気がして言葉を滑り落とす。
「それ、めちゃ砂糖その他が入りすぎてて体に良くはないけど、良かったら飲んで。……でも美味しいから、『悪い』けど捨てたもんじゃないよ」
ダメだ、何を喋ってもカッコつけてるようにしかならない。こうなったら即時撤退だとっとと帰ろう……と手を挙げかけると、それと同時に『天使様』が声を上げた。
口を開いて、閉じて、もう一度開いて、音が届く。
「時任さんは、すごいです。……言葉にしてくれて、自分でも納得したというか」
それは珍しく、というかその時な初めて見た、言葉にならない言葉を重ねようとする『天使様』などと大げさな名で呼ばれる、1人の女の子の姿だった。
「だから、その、……ありがとう」
柔らかな雨の匂いに乗せて、ありがとう、と言葉を紡いで『天使様』は笑う。蕾が開くように笑ったその時の天使様は、『天使様』なんて言葉では表せないくらい可愛らしくて、今度はこちらが言葉を失ってしまう。
照れ隠しついでに、もう一つ記憶の中にカッコつけてみる。
—その時抱いた気持ちを、人は『恋』と呼ぶのかもしれない。
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
女子高生は卒業間近の先輩に告白する。全裸で。
矢木羽研
恋愛
図書委員の女子高生(小柄ちっぱい眼鏡)が、卒業間近の先輩男子に告白します。全裸で。
女の子が裸になるだけの話。それ以上の行為はありません。
取って付けたようなバレンタインネタあり。
カクヨムでも同内容で公開しています。
男女比の狂った世界で愛を振りまく
キョウキョウ
恋愛
男女比が1:10という、男性の数が少ない世界に転生した主人公の七沢直人(ななさわなおと)。
その世界の男性は無気力な人が多くて、異性その恋愛にも消極的。逆に、女性たちは恋愛に飢え続けていた。どうにかして男性と仲良くなりたい。イチャイチャしたい。
直人は他の男性たちと違って、欲求を強く感じていた。女性とイチャイチャしたいし、楽しく過ごしたい。
生まれた瞬間から愛され続けてきた七沢直人は、その愛を周りの女性に返そうと思った。
デートしたり、手料理を振る舞ったり、一緒に趣味を楽しんだりする。その他にも、色々と。
本作品は、男女比の異なる世界の女性たちと積極的に触れ合っていく様子を描く物語です。
※カクヨムにも掲載中の作品です。
【完結】俺のセフレが幼なじみなんですが?
おもち
恋愛
アプリで知り合った女の子。初対面の彼女は予想より断然可愛かった。事前に取り決めていたとおり、2人は恋愛NGの都合の良い関係(セフレ)になる。何回か関係を続け、ある日、彼女の家まで送ると……、その家は、見覚えのある家だった。
『え、ここ、幼馴染の家なんだけど……?』
※他サイトでも投稿しています。2サイト計60万PV作品です。
俺のセフレが義妹になった。そのあと毎日めちゃくちゃシた。
ねんごろ
恋愛
主人公のセフレがどういうわけか義妹になって家にやってきた。
その日を境に彼らの関係性はより深く親密になっていって……
毎日にエロがある、そんな時間を二人は過ごしていく。
※他サイトで連載していた作品です
大好きな彼女を学校一のイケメンに寝取られた。そしたら陰キャの僕が突然モテ始めた件について
ねんごろ
恋愛
僕の大好きな彼女が寝取られた。学校一のイケメンに……
しかし、それはまだ始まりに過ぎなかったのだ。
NTRは始まりでしか、なかったのだ……
愛娘(JS5)とのエッチな習慣に俺の我慢は限界
レディX
恋愛
娘の美奈は(JS5)本当に可愛い。そしてファザコンだと思う。
毎朝毎晩のトイレに一緒に入り、
お風呂の後には乾燥肌の娘の体に保湿クリームを塗ってあげる。特にお尻とお股には念入りに。ここ最近はバックからお尻の肉を鷲掴みにしてお尻の穴もオマンコの穴もオシッコ穴も丸見えにして閉じたり開いたり。
そうしてたらお股からクチュクチュ水音がするようになってきた。
お風呂上がりのいい匂いと共にさっきしたばかりのオシッコの匂い、そこに別の濃厚な匂いが漂うようになってきている。
でも俺は娘にイタズラしまくってるくせに最後の一線だけは超えない事を自分に誓っていた。
でも大丈夫かなぁ。頑張れ、俺の理性。
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
クソつよ性欲隠して結婚したら草食系旦那が巨根で絶倫だった
山吹花月
恋愛
『穢れを知らぬ清廉な乙女』と『王子系聖人君子』
色欲とは無縁と思われている夫婦は互いに欲望を隠していた。
◇ムーンライトノベルズ様へも掲載しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる