不可思議∞伽藍堂

みっち~6画

文字の大きさ
上 下
37 / 37

37 がらんどう⑦-3

しおりを挟む
 ゆったりとまぶたを持ち上げると、ルゥが心配そうに大河をのぞき込んでいた。
「小さなルゥ!」
 やめてよ、とくすぐったそうに身じろぎして、ルゥがはにかむ。
「それ、ルーレットの呼び方じゃないの」
 店先に目をやり、天井を振り仰ぎ、畳の上に座り込む。
「さっき大河が持っていたのって、判子?」
「そう、前に拾ったのがまだポケットに入っていたから。結界なんだって。……それよりも、ルゥ。おれ、なんとなく、もうルゥには会えなくなるんじゃないかって思ってた」
 ポケットから鉱物テラリウムを取り出し、指先でなぞる。
「つい最近出会ったばかりなのに、もうずっと昔からの知り合いのような気がする」
 うん、とルゥの目がまっすぐに大河を見上げた。
「あたしもね、同じなの。あたしは施設育ちで、家族なんていうものを一度も持ったことはないけど……でも、でもね。もし仮にあたしにも兄がいたら、きっと大河みたいな人なんだろうなって思う」
 勢いをつけて、大河は立ち上がった。上気したほおに、さわやかな風が吹き付ける。
「よっし。今からこのテラリウムを届けに行くぞ。光の玉をたくさん持ち帰って、急いで主さんに渡そう。それで、なーんで、赤子になったり大人になったりできるのか、主さんの秘密を追及して……」
「……大河は怖くないの? あの大学生の人、大河を傷つけることしか言わないよ」
 例の元クラスメイトは、きっとまた大河の心をえぐりにくる。
「何を言われようが、おれはもう平気だよ。そのことばが重要かどうかを決めるのは、おれ自身なんだって分かったから」
 大河が笑うと、ルゥは不思議そうに「そういうものなの?」と首を傾げた。
「そういうものなの!」
 判子屋を飛び出し、アーケード街を駆け抜けると、思いのほか速く走れている気がした。
 懸命にあとを追ってくるルゥの姿を振り仰ぎ、今度後輩の練習試合に誘ってみようかと、ふいに思い立った。
「なあ、ルゥ。サッカーとか興味ある?」
 いっしょに行ってみるか、と大河が言うと、ルゥはうれしそうにチョコレート色のコートに顔を埋めた。
 ルゥの返事を待つ間、にぎやかな笑い声に乗って、どこからか歯車のきしむ音が聞こえてきた気がした。

(終わり)
しおりを挟む

この作品の感想を投稿する


処理中です...