不可思議∞伽藍堂

みっち~6画

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33 がらんどう⑤

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 ただいま、と大河は大声を張り上げたが、あの穏やかな声は答えてはくれない。
 きしむ階段を上り、からっぽの踊り場を抜け、主さんのいる部屋をノックした。
「はい、どうぞ」
 思いがけず答えが返り、大河はびくりと身をこわばらせる。
 寝台に腰を下ろしたまま、黒目がちなひとみを大河に向けているのは、赤子ではない。ルゥと同じほどの年齢に成長した、少年だった。
「あの、おれ、大河と言います。少し前から伽藍堂に出入りさせてもらっていて……」
「ええ。知っています。君を招いたのは、ぼくですから。ルーレットを海まで届けてきてくれたのですね。ありがとう」
 すらりとした長い手を、大河の前に伸ばしてくる。
「あっ、はい。今……」
 大河はバッグから光の玉を入れた小瓶を取り出し、慎重にその手のひらに置いた。
「すみません。入れ物がなくて、これしか持ち帰れませんでした。これで……足りますか」
 主さん小瓶を逆さまにして光の玉を取り出すと、あめ玉みたいにひとつ、口に含んだ。
「あの、それは……え? それって……は? え?」
 大河があわてているのが気に入ったのか、くすくす笑いながら、さらに食べるふりをする。それから窓辺に飾った小さなオルゴールの蓋を開け、残りの玉を注ぎ込んだ。
 旋律の代わりに蒸気が噴き出して、部屋を覆っていく。どこかから歯車の音が聞こえた。
「すぐに伽藍堂は元通りになる。判子屋も」
 蒸気が階段を伝って下りていくのを見つめる大河に、「手を出して」とにこりと笑いかける。戸惑う大河の手のひらを強引に広げさせ、レースリボンのかけられた小瓶を乗せた。
 黒土に浮かぶように光る、鉱石。しめったコケとシダの葉。手に包帯を巻いた、カエル。
「コケカエル。……これ、ルゥと最初に完成させた鉱石のテラリウムだ」
「明日になったら、これを届けに行ってもらえる? 彼はここに飾られているよりも、外の世界に出たいようだから」
 大河が承諾すると、主さんは片膝をついて床を這う蒸気の中に手を入れた。みるみるうちに、その手には真鍮と皮革で作られたブレスレットが現れる。
 さらにルゥと同じ素材の片眼鏡を取り出し、「これを大河に贈る」と口角をつり上げた。
 大きな黒いひとみが、大河を捉えている。そこで初めて、主さんが今まで一度も瞬きをしていないことに、大河は気が付いた。
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