不可思議∞伽藍堂

みっち~6画

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31 がらんどう③

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 タクシーが海岸線をひた走る間、寿々花はさらに情報はないかと検索を続けていた。
「……ねえ、これって、五十年以上も昔の事故じゃないの?」
 スマホ画面から目を離さず、寿々花が驚きの声を上げる。
「それと大河に、どんな関係があるのよ」
 大河は少し考え、「恩人がさ」と寿々花に顔を向けた。
「おれに居場所を作ってくれた恩人がさ、どうしてもその事故をおこした人に手向けて欲しいものがあるっていうからさ。代わりに、おれたちが届けようと思って」
 その海岸は、複雑な入り江の先にあった。テトラポットと大岩に囲まれた、とても寂しい場所だ。
「ルーレットの大切な人は、この海で眠っているのか」
 寿々花を後部座席に残し、大河とルゥは水辺に近い場所へと下りて行く。
「ねえ、足元に気をつけるのよ!」
 窓から顔を出し、寿々花が大声で注意をうながした。
 日が落ちた海には、暗がりが広がっている。月のおぼろな明かりを頼りに、大河は先を歩いた。
「何もないな、ここは」
「うん。きっと静かにゆっくり眠れるよ」
「……そっか。そうだな」
 ルゥは懐中時計を抱き締めてから、小さな声で「ありがとう」とささやいた。それから大河に顔を向けてうなずくと、そろりと海中に手を沈めていく。
 重いビスマス結晶は、音もなく静かに海の底へと消えていった。
 前かがみになって海中をのぞき込んでいるルゥを、片手で抱き止める。
「ねえ、大河。届いたかな。ルーレットの大切な人に、ちゃんと届いたのかな」
 大河は空を振り仰ぎ、それからルゥにも見るようにうながした。
「あっ……雪だ」
 確かに予報は出ていたが、真っ暗な空から降り始めたのは、本物の雪だけではなかった。
「届いたんじゃないかな」
 穏やかな波間に、雪と光の玉が舞っている。
 ごめんね、とルゥが空を見上げてつぶやいた。
「……そして、ありがとう。ルーレット」
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