不可思議∞伽藍堂

みっち~6画

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26 ビスマスの卵⑤

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 おやおや、と穏やかな老人の声が、がらんとした室内に響き渡る。
「世界のすべてをひとりで背負い込んででもいるのですか、大河君は」
 大仰ですねぇ、とからから笑い上げ、ルーレットは猿面をゆかいそうに震わせた。
「ちなみに先にお断りしておきますが、主は大河君を罰するつもりなどないそうですよ。君はここの品の願い通りに届け物をしただけ。それがこのような結果になったのは、仕方のないことだ、というのが主の見解なのです」
 大河は柱時計にすがり付いた。
 まるで鼓動のように、歯車の音がかちこち大河の耳に響き渡る。
「怖かった。判子屋もめちゃめちゃにされたし、路地も館も様子が変わってしまって、その上、本当にルーレットがいなくなったと思って……おれ……」
「すみません。主に無理を言って、移動させてもらったのです。この場所のほうが、小さなルゥの近くにいられますから」
 がらんとした部屋の中央で、ルーレットがにやりと笑う。
「どうです、今日からここを『柱時計の部屋』とでも呼びましょうか」
「何の冗談だよ! なぁ、ルゥ。ルーレットが名前を……」
 振り返ると、ルゥは蒸気の噴き出るコートに顔を埋めて小さな体を震わせていた。
 寒いのか、と聞こうとした大河は、すぐに自分の思い違いに気が付いた。
「ルゥ、ごめんな。おれがルゥの大切な伽藍堂をこんなふうにしちまった。やっぱり、さまよい人なんかに関わるんじゃなかったよな」
「違う。大河は悪くない。だれも悪くない。モルフォ蝶の翅もすごくきれいだった。大河にプレゼントしてもらえて、本当にうれしかったの、あたし」
 ルーレットが穏やかに鐘を鳴らし、二時になったことを告げた。
「さぁさぁ、ふたりとも。わしがいいことを教えてあげましょう。いいですか、伽藍堂を元の姿に戻したいのならば、光の玉を集めればよいのです」
「そうか。でも、昨日のドレスじゃ光の玉は現れなかった」
「それは、受け取る側の問題です。邪な思いを抱いていては、聖なる力は生まれません」
 室内を見渡し、「でも」と大河は口ごもる。
「もうここにはあまり品物は残っていないよ」
「作るのです、とびきり良い品を。わしに考えがあります。さぁ、準備をしてください」
 まだ不安げに涙をためているルゥを急かし、大河は部屋に残った材料をかき集めた。
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