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20 翅のドレス⑥
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相手の声は聞こえない。自然と息を押し殺し、そろりと近づいた。
「それでね、今日も『さまよい人』が判子屋をのぞいていったよ。もちろん、ここまでは来られない。……うん、うん、分かった。大河にもそう言っておくね」
自分の話をしていると気づいた大河の足が、止まる。
声をかけても良いものか迷っているうちに、ルゥが扉から出てきてしまった。手には、あでやかな青いドレスが握られている。
「この中に、いるの?」
大河がのぞき込もうとするのを軽く制し、ルゥは首を振った。
「なんで。ここに出入りさせてもらっている以上、ちゃんとあいさつをしなきゃ」
「それでも、今はだめ。……ほら、見て」
ルゥは大河の腕を取り、真鍮のドアノブに触れさせた。
「鍵がかけられた」
たった今まで開いていたはずの扉は、かたく閉じられてしまっている。
「主さんは気まぐれなのよ。でも、大河のことを拒否している訳じゃないよ」
不満げな大河を前に、ルゥの声のトーンがわずかに上がった。
「ねえ大河、このドレスを見て。もう完成だよ。これも大河のくれたモルフォ蝶のおかげだね。だれのところに届けられたいのか、聞いてみるね」
ルゥは真っ青なドレスに顔をうずめ、目を閉じた。
「……え?」
楽しげだったルゥの唇が、わずかに震える。
「このドレス……ううん、蝶がね、今日会った『さまよい人』のところに行きたいって言うの。どうしよう、大河。さっき主さんに絶対に関わるなって言われたばかりなのに!」
「関わるのと、どうなるの」
分からないよ、とルゥは泣き出しそうな声で答えた。
「今まで主さんの言うことに背いたことなんて、ないんだもの。……もしかしたらもう、私たちここに出入りできなくなるかも知れないよ」
ルゥは大粒の涙をこぼして、うつむいてしまった。
「おいで、小さなルゥ」
踊り場で、ルーレットが呼ぶ。ルゥは子猫のように背を丸め、柱時計に寄り添った。
「落ち着いて考えましょう。ルゥはひとりではありませんよ」
「それでね、今日も『さまよい人』が判子屋をのぞいていったよ。もちろん、ここまでは来られない。……うん、うん、分かった。大河にもそう言っておくね」
自分の話をしていると気づいた大河の足が、止まる。
声をかけても良いものか迷っているうちに、ルゥが扉から出てきてしまった。手には、あでやかな青いドレスが握られている。
「この中に、いるの?」
大河がのぞき込もうとするのを軽く制し、ルゥは首を振った。
「なんで。ここに出入りさせてもらっている以上、ちゃんとあいさつをしなきゃ」
「それでも、今はだめ。……ほら、見て」
ルゥは大河の腕を取り、真鍮のドアノブに触れさせた。
「鍵がかけられた」
たった今まで開いていたはずの扉は、かたく閉じられてしまっている。
「主さんは気まぐれなのよ。でも、大河のことを拒否している訳じゃないよ」
不満げな大河を前に、ルゥの声のトーンがわずかに上がった。
「ねえ大河、このドレスを見て。もう完成だよ。これも大河のくれたモルフォ蝶のおかげだね。だれのところに届けられたいのか、聞いてみるね」
ルゥは真っ青なドレスに顔をうずめ、目を閉じた。
「……え?」
楽しげだったルゥの唇が、わずかに震える。
「このドレス……ううん、蝶がね、今日会った『さまよい人』のところに行きたいって言うの。どうしよう、大河。さっき主さんに絶対に関わるなって言われたばかりなのに!」
「関わるのと、どうなるの」
分からないよ、とルゥは泣き出しそうな声で答えた。
「今まで主さんの言うことに背いたことなんて、ないんだもの。……もしかしたらもう、私たちここに出入りできなくなるかも知れないよ」
ルゥは大粒の涙をこぼして、うつむいてしまった。
「おいで、小さなルゥ」
踊り場で、ルーレットが呼ぶ。ルゥは子猫のように背を丸め、柱時計に寄り添った。
「落ち着いて考えましょう。ルゥはひとりではありませんよ」
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