不可思議∞伽藍堂

みっち~6画

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16 翅のドレス②

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 アーケード街を行き判子屋をのぞくと、古い戸棚の前にルゥがいるのが見えた。
 寝てたのか、と大河が肩を揺すると、座ったままの姿勢で壁にもたれていたルゥは、ゆったりと目を開ける。まだその焦点は定まっていない。
 おそらく昨夜も徹夜で作業をしていたのだろうな、と大河は苦笑する。
 再び伽藍堂に出入りするようになった大河は、叔母を心配させないために「毎日学校に行くこと」をルーレットに約束させられていた。
 本音を言えば、ルゥのように伽藍堂に入り浸りたいが、ルーレットはどうしてもそれを許してはくれなかった。
 なぜ、と問いかけて、なぜ、と返されてしまえば、それ以上聞くことなどできやしない。
 ルゥの寝場所である判子屋は純和風の建物で、伽藍堂とはまったく趣が異なる。
 昔の型のレジスターや、骨董品屋で見るような黒電話。壁を覆う商品棚には、本物の判子がいくつも並べられていた。
 そのどれもが珍しくて、大河はついつい見入ってしまう。
「ここってさ、もし仮にお客が来たらどうするの」
「どうもしないよ」
 ルゥはまだ眠たそうに目をこすり、身じろぎした。
「だって、ここは現実と伽藍堂の中間の場所にあって、ほとんどの人には見えないもの」
「おれには見えたよ」
「大河は特別」
 真顔で言われ、思わず口元がゆるむ。
「あぁ、うん。そうだ。今日な、理科の教師にいいものもらってきたんだ」
 バッグの中の箱を、ルゥにもよく見えるようにと引き寄せた。
「……モルフォ蝶の標本?」
「そう。さすがにルゥは知っているんだな。なんか青くて光って、きれいだろ? ほら、今ルゥが作ってるドレスに合うんじゃないかって思ってさ」
 大河の手渡した青い蝶を空中に透かし、ルゥは満面の笑みになった。
「悪くない。ううん、すごくいいと思う! ルーレットにも見せに……行こ……う?」
 次の瞬間、子ウサギみたいに跳ねまわっていたルゥの目が、驚きに包まれる。その視線の先をたどり、大河もまた目を見張った。
 店先には、こちらの様子をうかがっている白いワンピースを着た女性が立っていたのだ。
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