星屑のメロウディーヴァ

ベアりんぐ

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「いやぁ今回の研究も素晴らしい結果でしたね!」

 それは、ある記者が新発明となる"転移装置"お披露目会見中に言った言葉である。この言葉に毅然とした態度で、さも自分が作って当たり前という顔で答えた人間がいる。

「ええ。今回も私がいなければあと10年は完成しなかったでしょう」

 カメラのフラッシュに晒されて、少し鬱陶しそうにしながらもそう答えたのは、過去のスタリングである。

 これは彼が、妻と最愛の娘を失う前の話である。














「ただいま」

「あら、お帰りなさい」

「おとーさん、おかえり!」

「ああ、ただいま。イルミナ」

「ご飯出来てるから、みんなで食べましょうか」

「本当かい?ありがとう。ではみんなでいただくとしよう」

「いただくとしよー!」



 スタリングは研究開発があり、それなりに忙しい日々を送っていたためあまり家に帰れていなかった。それでも、彼は家族との時間を大切にしたかったため、夜遅くに研究がある場合や仕事が休みの日には、家族を優先していた。



「あなたこの後も研究があるんでしょう?少し寝る?」

「いや、イルミナと遊ぶんだ。寝るわけにはいかないさ」

「そう?あまり無理しないでね。あなたに倒れられたら、私…」

「大丈夫。自分の状態は、自分が一番わかるからな。まだまだ動けるさ」

「ねぇおとーさん!いつになったら遊ぶのっ!」

「はいはい、いま行くよー」



 メルトウェル家の仲は良好であった。ひとえにスタリングの努力もあるが、その原動力は妻と娘であったのだ。彼らは世間からも評判であった。親子で雑誌の取材を受ける程に。

 そんなある日、スタリングにある実験、研究開発の誘いが来る。それは、後のMETSIS開発でも使われることとなる"人工肝臓"の研究開発であった。

技術が進んだとは言え、人体にはまだまだ謎が残っていた時代であり、肝臓もその一つであった。代替となる人工肝臓が開発されれば、人類の科学医療はますます発展していくと言われており、スタリング自身もそのように考えていたため、彼は二つ返事で了承した。

 まだイルミナが5歳の時である。














「アスター、すまない。今日も帰れそうにないんだ」

「……そう、イルミナがあなたに会いたがっているわ。口には出さないけど、見ていれば分かるの。だから出来れば早く、帰ってきて……」

「……本当にすまない。また電話する」



 ピーーー。



「はあ…」

「おとーさん、また帰って来ないの?」

「ええ……研究が忙しいみたいね。でも、なるべく早く帰ってくるって、言ってたわよ」

「そっか、なら仕方ないね」

「……。」



 スタリングが帰らなくなった。原因は人工肝臓の開発である。彼は天才科学者としてのプライドを持っていたが、それ以上に周りの期待に応えたかったのだ。そして妻や娘にも、カッコいい自分を見せ続けたかった。

 気づけば帰れない日々が続いた。

 最初の頃は一週間であったが、開発が進むにつれて一ヶ月、二ヶ月とずるずる帰らなくなっていった。スタリング自身はあまり気づいていないが、膨大な期間家に帰っていない。

 メルトウェル家に亀裂が生じていることにも、スタリング自身は全く気づいていなかった。

 実験、研究開発開始から9年が経ったある日——



「すまないアスター。今日も帰れそうに——「ねぇ、あなたはどうしたいの?」……え?」

「あなた結婚した時言ったじゃない。『どんなに忙しくなったとしても、家族が一番大事だ』って…」

「ああそうさ。いつだって、私の中では家族が——「じゃあこれは何なのよ!!」…。」

「いつまでも家に帰ってこない!帰ってきたと思ったらイルミナを蔑ろにしてすぐ寝て!!…確かに、仕事だから仕方ないと思ってた……でも今のあなたは明らかにおかしいわ!!なんっにも大切になんか思っちゃいない……!!」



 彼の妻、アスターが思いの丈をこれでもかとぶつける。それに対し少しの罪悪感をおぼえつつも、無性に腹が立ったスタリングが言い返す。



「大切に思っているからこそ!私は時間と体力と精神を削りながらこうして今!!働いているじゃないか!!誰がいつ、家族は大切じゃないなんて言った!?」

「あなたが大切にしてるのは家族なんかじゃない!!あなたが大切なのは『自分の名誉とプライド』なのよ!!」

「な——、お前!そんなわけな——「あなたが今してること、それは社会の役に立つでしょう!でも!!家族にあなたの大切が注がれていないわ!!」……。」



 スタリングは言い返せない。

 そして、アスターが放った次の言葉が決定打となった。



「あなたもうイルミナは、"14歳"なのよ!!」



 その瞬間、スタリングの頭は真っ白になった。ようやく自分がしてきたことを理解する。

 スタリング自身は気づいていなかったが、半年などという期間ではなく"3年以上"彼は帰っていなかったのだ。

 さらに彼が家に帰ったとしても、イルミナの相手をすることなく寝てしまっていたため、実に7年程顔を合わせていない。

 驚きとともに押し寄せる後悔。自分に対しての嫌悪感と罪悪感。

 なにが家族が一番だ。それを蔑ろにしてきた本人が"大切だ"と言っていることに対して吐き気を催した。



「……もう、あなたとはやっていけないわ」



ピーーー



 顔を歪めながら、スタリングという中年は、自分にひたすら問いかけた。



「……俺は、いったい……何がしたかったんだ……?」



 一人の研究開発室に、中年の悲しい嗚咽が、虚しく響き渡っていた。

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