アステロイドに東雲を 〜インカローズと喫茶店より〜

ベアりんぐ

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第1章 〜喪失・失った青年と喫茶店〜

天邪鬼

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*         *          *



「ただいま~」


 早めの帰宅。家の中はシンとしていて、きっと誰も帰ってきていないのだろう。しかしそんな予想はことごとく外れており、自室がある2階に向かおうとすると、目の前の階段からよく見知った姿が降りてきた。妹である。まだ冬物の制服を着ていて、それは以前俺が通っていた中学のものだ。

栗毛のミディアムヘアーの隙間から、怪訝そうな目線が俺に向かって飛んでくる。


「……ただいま」

「……」

「中学はもう終わったのか」

「いや見れば分かるでしょ。そこ、どいて」


 母親そっくりの、キリッとした顔から放たれるビリビリとした声音は苛立ちを表している。それに黙って従い、すれ違う。ここ数ヶ月はずっとこうだ。反抗期だから仕方のないことだが、それでもと同じような会話をしたいと思ってしまう。


「な、なぁミカ。今日の晩御飯なんだと――」

 バタンッ

 
 ……俺の言葉を聞く前に、リビングへの扉を閉められてしまった。ミカはきっと聞こえていないだろう。

 少しため息をついて階段を登る。自室に入るころにはすっかり寂しい気持ちになってしまった。きっと数年も経たないうちに元に戻ると分かっていても、それまでの数年を考えると心苦しい。

 ベッドにダイブし、スマホを見る。緑色したメッセージアプリに数件メッセージが来ているが、今は見る気分じゃなかった。動画アプリでのんびりダラダラと動画を見ようとしたが、野球関連の動画がショート形式で流れてきて見るのをやめた。

なにもせず、ただベッドに寝転びぼんやり天井を見ていた。脳内に流れるのは今日のハイライト。退部届を出した時の鈴木の顔。平林のくだらない文句。ユウトとキョウスケの問いかけ。喫茶店でのツムギさんとの時間。そして、ミカの無視。ひとつひとつを繋げれば今日だが、初めて触れたのは喫茶店だけだ。

 目を閉じる。このまま起きていても仕方がない。学校の課題があるが、今は出来そうになかった。ゆっくりと微睡んでいく意識の中最後に映ったのは、ツムギさんの「野球、好きなんですね」という、自分の中では当たり前で、消してしまいたい言葉だった。



*         *          *



「いっくよー!」


 そう言って振りかぶるミカの手には小さなグローブと白いボール。俺はグローブを構えて立っている。やがてミカの手から離れたボールは滑らかな曲線を描いて、僕のグローブにポスっと収まる。


「ナイスボール!ミカはコントロール良いなぁ」

「えへへっ、そうでしょ~!なんたってプロになるお兄ちゃんの妹だからね~!!」


 捕った球をミカに投げ返す。ミカは危なげなくキャッチし、再度こちらに投げ返す。冬の河川敷から吹く風がボールの軌道を逸らすが、なんとかキャッチする。そんなふうに、寒空の下で俺とミカはキャッチボールをしていた。

まだ身体は小さかったし、特別上手いわけでもなかった。でも、あの頃から何ひとつ俺は変わっていない。妹のミカも好きだし、野球だって……本当は――

…………

………

……


「……ん、夢か」


 起き上がってスマホのデジタル時計を見れば、時刻はすでに午後7時を過ぎていた。部屋は真っ暗で、階段の電気が扉の隙間から溢れている。立ち上がって扉を開けると、目の前にはミカが居た。突然扉を開けて俺が部屋から出てきたことに驚いているのか、両手が胸の前に揃って上げられている。


「おぉミカ、ご飯か?」

「……そんなとこ。早く来て」


 そう言うとミカはスタスタ歩いて階段を降りていった。最近にしては珍しく声が優しげだ。いつもなら無言で扉をドンドンと叩くし、声にも棘がある。少し驚いた分、その棘が落ちたのかもしれない。

ミカを追って一階に降りるとすでに両親は帰宅していたし、料理の良い香りが鼻腔をくすぐった。以前より空いていないお腹に違和感を感じつつ、促されるままダイニングテーブルにつく。

 ……もしかしたら、さっきミカは何かを俺に言おうとしていたのかも知れない。でなければわざわざ扉の前で立っていることもなく、ドンッと扉を無言で叩き、そのまま階段を降りたはずだ。もしも、本当に話があったのだとしたら……。

 しかし話しかける勇気もないし、話しかけたところで鬱陶しく思われて、無視されるぐらいだろう。それが分かっていて話しかけられるわけが無かった。

 
 いつもと同じ食卓には、いつもと同じ雰囲気があった。俺はそれをただ、そういうものだと感じていた。これを壊すのは惜しい。だから俺は、空いてもいないお腹に黙々と料理を入れるだけだった。

きっと両親も、ミカも同じだ。俺が肩を壊して思い切り野球が出来なくなった時から、以前ならば会話に溢れていた野球が消えた。今はただ日常にありふれた出来事を、当たり障りなく話す。この全ては、俺と野球が作り出したものだった。

だから俺は嫌いなんだ。野球も、俺も。



*         *          *



「それじゃ、ホームルーム終わるぞ~」


 起立、気をつけ、礼。

担任教師の呼びかけに応じて、総代の号令で学校での1日が終わる。今日は金曜日だから、放課後と2日間は学校に来なくて済む。それがなんだかむず痒くて、嫌だった。

 もう一度机に座って帰宅の準備をする。教室中がバタバタと忙しない。きっと部活動に行くからだろう。外はあいにくの雨模様だが、室内競技であるバスケやバレーに雨は関係ない。野球部も、雨の日は屋内練習場にてトレーニングが主だった練習がある。


「俺らは今日も、練習だぁ……」

「またな~アキラ」

「おう、頑張れよ」


 ユウトとキョウスケも当然練習に行く。どちらもめんどくさそうにして走って行ったが、今の俺には正直、羨ましく思えた。

 荷物を詰めた鞄を引っさげ、教室を後にする。昇降口まで来て、鞄をあさり、折りたたみ傘を取り出そうとしたがどうにも見つからない。


「……忘れたか」


 俺は諦めて、近くのコンビニで傘を買うことにした。幸いお金はあったし(用途が無いため貯まる一方だったから)、このまま濡れて帰るのも嫌なのでとにかく、コンビニまで走って行った。少しばかり肩が痛むが、もう使うこともないため関係ない。


 コンビニで傘を買った後、真っ直ぐ家に帰ろうとしたがふと、あの喫茶店に行ってみたくなった。

正直このまま帰ったところで何もすることはないし、傘だってあるのだ。それに、最初の入店から1週間ほど経っている。……ツムギさんは俺を、覚えているだろうか?

 家とは反対方向に歩いていく。空は分厚い雲が仄暗く立ち込めていて、青天は見えない。雨音はどちらかというとうるさく、忙しない。

しかし今の俺にはこちらの方が、都合が良かった。
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