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三章
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「相変わらず土曜日の夜は多いっすね」
「酔っ払いがそこら辺徘徊してるからなぁ」
日付けが変わって五月九日の深夜一時半過ぎ。コンビニのバックヤードで防犯カメラを見ながらスマホを触ったり、課題をやったり……夜勤バイトというのは生活習慣こそズタボロのすかんぴんになるが、割りの良いバイトでもあるのだ。
二人で煙草からもくもくと煙を出しながら、眠気やバイトの気だるさを払拭するように、気を紛らわせるように会話をする。内容は至って普通だ。
「そういえば今日、弘海さんは変わって入ったんですよね?」
「そそ。なーんか体調悪いみたいでね……」
「たまに仮病の人もいますから、気をつけてくださいよ……」
「それな~……見極める力が必要やね」
そうである。仮病を使う人というのはどの場所、どの時にも存在するが、例外なくこの夜勤バイトのメンバーにもいるのだ。体調が悪いと言われて交代したはずの人が、SNS上では楽しそうに飲みに行っていたり、彼女とよろしくやっていたり……よく騙される方が悪いと言う人がいるが、俺はそうは思えない。
そしてその餌食となる人は、底抜けに優しい人だ。見境無くある程度の許容をしてしまう人として当てはまる弘海さんも、その一人であると俺は認識している。きっと弘海さん自身も理解はしていても、それでも許容してしまう。俺はそんな所が心配でもあったり、同時に尊敬するポイントでもあったりするのだ。
そんなことを、弘海さんと他愛もない会話をしながら考えていると、吸い殻を容器に捨て、小さく咳払いをしてから弘海さんが口を開く。
「そうだ、改めて聞きたかったんだけど……」
返事をしながら吸い殻を容器に入れ、弘海さんに向き直る。
「『深層心理の投影』の絵は、どうなったの?」
「えっと……実は――あれ?」
『深層心理の投影』の絵……?ウミカを描いていた絵のことだろうか。でも俺はその絵を過去改変で失くしたことで、どんな絵を描いていたのか分からないし……第一、弘海さんに見せたことはあっただろうか?もしあの過去改変以前に見せていたとしても、弘海さんはそのことを知らないはず……。
「あれ、前に見せてもらったものだよね?――ていう、茶番はこれぐらいで良いかな」
「……え、茶番?」
「いやあ~ごめんごめん。ちょっと青人を困らせてみたくてね」
「……??」
何がなんだかわからない。茶番ってなんだ……?それにどうして知らないはずの改変前のことを知っているんだ?
文字通り困惑していると、弘海さんはイタズラ顔から一息吐き、澄まし顔となって微笑をたたえながら話を続ける。
「実はね……虹輝と喧嘩してたことも、海夏ちゃんと別れたことも知ってるんだ。それがある日を境に変わっていること、あの『絵』が失くなっていることになっていると気づいた。まるで過去が変わったみたいに、ね」
「なんで、そのこと知って……」
「……その反応、変えたのは青人――いや、青人ともう一人の、あの『絵』の娘ってことでいいかな?」
「弘海さんって、一体、何者……ですか」
何故そのことを知っているのかという疑問と、信頼していた人だからこそ来る、得体の知れない恐怖を持ちながら聞く。
「過去改変……その現象に巻き込まれたもう一人の人間って、言ったら良いかな」
「過去改変……って、弘海さんもですか!?」
「そうだよ。どうも過去改変を経験した人は、他の人が過去改変したとしても、改変前の『過去』の記憶が継続されてるみたいだね。でもまさか青人がその一人だとは……正直、驚いたよ」
「驚いたって……こっちのセリフですよ!身近に、しかも……弘海さんが改変してたなんて!」
「ははっ、まあ改変してたのは前のことで、今はもう出来ないけどね……運命を全うした、だとかなんとか……」
改変を経験していた人が近くにいたこと。それ自体あり得ないことなのだろうが、そもそも過去改変をすることがあり得ないことでもあるので――ええい!どう反応すれば良いか分からない……!
「……運命を全うしたっていうのは、どういう意味で……?」
「……正直、俺から言えることは少ない。そもそも青人と俺じゃあ改変の流れが違うみたいだし」
「そうなんですか……?」
そう、と言いつつ、弘海さんは新しく煙草に火をつけ、紫煙を吐き出しながら話を続ける。
「青人はどうやって過去改変してた?」
「えっと……服を着た状態で湯船に潜ると、別空間にウミカ――いや、海歌っていう、生き別れた双子の妹が居て……キーホルダーを刺すことで過去改変に行ってました。あ、海歌は前に弘海さんに見せた『絵』の娘です。なんで、弘海さんの予想は概ね合ってます」
「やっぱり、か……俺とは全く違う」
「違う……」
「俺は現実の……こっちの世界に意識世界の人が現れた。そして過去改変のトリガーとなるのは、握手だった。……共通点としたら、双子の片割れが現れるってことかな」
「え!?弘海さんって、双子だったんですか?」
「今はもういないけど……上に姉がいたんだ。それが現実世界に顔を出してきた。それから過去改変でいくつか過去を変えた後……恐らくこの現象の原因である者が現れ、一回の過去改変後に……その現象が無くなった」
この現象原因である者、とは……前回、あの世界へ行った時に海歌に乗り移った者と同じなのだろうか?
「青人……それを踏まえて言う。この現象の原因である者は、最後の過去改変前に接触してくる……さっき話した時あんまり驚いてなかった様子だから、知ってるんだろ?」
「そう、ですね……」
「それならもうすぐ過去改変は終わる。あの者が言っていた『運命の完成』が近づいてるんだ。だから、一度考えて欲しい」
「考えて欲しい?」
弘海さんは何かを懐かしむように。こことは別の、遠くを見るような目で虚空を見つめながら、吸い殻を容器に捨てて行った。
「そう、考えて欲しい。自分と、相棒とも呼べる存在が、どうなることを望んでいるか。……既に終わってしまった身からは、これぐらいのことしか言えないけど……」
弘海さんの過去改変に何があったのかは、分からない。聞こうとすればきっと言ってくれるのだろう。しかし、聞いてはいけない――そんな気がした。
今までにないほど真剣な眼差しでこちらの返答を待っている弘海さんに、先を行く者に対する敬意として――。
「……分かりました。いつか、弘海さんの過去改変も聞かせてください。このままじゃ、弘海さんだけ知ってるのも、なんか悔しいので」
「ははっ、分かったよ。ほら、お客さん来てるぞー」
「マジか!行ってきます」
そう言って椅子から立ち上がり、バックヤードの扉を開ける。
△▲△
青人がレジで客の対応をしているのが、目の前にある防犯カメラの映像を集約したモニターから見てとれる。
捨てた吸い殻が入っている容器を少し揺すり、また新しく煙草に火をつけ、肺から口へ、口から大気へと煙を吐き出す。
「……瑛海。俺は、正しかったのかな」
今はもう、この世に存在しない存在へと聞いてみる。当然、返事はない。
あの時間、あの改変は確かにあったことなのに。相棒であり共犯者であり――そして、この世で唯一の双子の姉弟であったはず、なのに。
「青人は……どうするんだろうな」
やはり、というべきか。自分と同じ過去改変を経験した者であった青人。過去を全て知っているわけではない。だからきっと、彼にとって最後となる過去改変がどのような願いの先にあるものなのかは分からない。でも――
「頑張れ……きっと、大丈夫」
そう、青人ならきっと、大丈夫だ。なんとなくそう感じる。それはきっと、俺とは違うから――。
「相変わらず土曜日の夜は多いっすね」
「酔っ払いがそこら辺徘徊してるからなぁ」
日付けが変わって五月九日の深夜一時半過ぎ。コンビニのバックヤードで防犯カメラを見ながらスマホを触ったり、課題をやったり……夜勤バイトというのは生活習慣こそズタボロのすかんぴんになるが、割りの良いバイトでもあるのだ。
二人で煙草からもくもくと煙を出しながら、眠気やバイトの気だるさを払拭するように、気を紛らわせるように会話をする。内容は至って普通だ。
「そういえば今日、弘海さんは変わって入ったんですよね?」
「そそ。なーんか体調悪いみたいでね……」
「たまに仮病の人もいますから、気をつけてくださいよ……」
「それな~……見極める力が必要やね」
そうである。仮病を使う人というのはどの場所、どの時にも存在するが、例外なくこの夜勤バイトのメンバーにもいるのだ。体調が悪いと言われて交代したはずの人が、SNS上では楽しそうに飲みに行っていたり、彼女とよろしくやっていたり……よく騙される方が悪いと言う人がいるが、俺はそうは思えない。
そしてその餌食となる人は、底抜けに優しい人だ。見境無くある程度の許容をしてしまう人として当てはまる弘海さんも、その一人であると俺は認識している。きっと弘海さん自身も理解はしていても、それでも許容してしまう。俺はそんな所が心配でもあったり、同時に尊敬するポイントでもあったりするのだ。
そんなことを、弘海さんと他愛もない会話をしながら考えていると、吸い殻を容器に捨て、小さく咳払いをしてから弘海さんが口を開く。
「そうだ、改めて聞きたかったんだけど……」
返事をしながら吸い殻を容器に入れ、弘海さんに向き直る。
「『深層心理の投影』の絵は、どうなったの?」
「えっと……実は――あれ?」
『深層心理の投影』の絵……?ウミカを描いていた絵のことだろうか。でも俺はその絵を過去改変で失くしたことで、どんな絵を描いていたのか分からないし……第一、弘海さんに見せたことはあっただろうか?もしあの過去改変以前に見せていたとしても、弘海さんはそのことを知らないはず……。
「あれ、前に見せてもらったものだよね?――ていう、茶番はこれぐらいで良いかな」
「……え、茶番?」
「いやあ~ごめんごめん。ちょっと青人を困らせてみたくてね」
「……??」
何がなんだかわからない。茶番ってなんだ……?それにどうして知らないはずの改変前のことを知っているんだ?
文字通り困惑していると、弘海さんはイタズラ顔から一息吐き、澄まし顔となって微笑をたたえながら話を続ける。
「実はね……虹輝と喧嘩してたことも、海夏ちゃんと別れたことも知ってるんだ。それがある日を境に変わっていること、あの『絵』が失くなっていることになっていると気づいた。まるで過去が変わったみたいに、ね」
「なんで、そのこと知って……」
「……その反応、変えたのは青人――いや、青人ともう一人の、あの『絵』の娘ってことでいいかな?」
「弘海さんって、一体、何者……ですか」
何故そのことを知っているのかという疑問と、信頼していた人だからこそ来る、得体の知れない恐怖を持ちながら聞く。
「過去改変……その現象に巻き込まれたもう一人の人間って、言ったら良いかな」
「過去改変……って、弘海さんもですか!?」
「そうだよ。どうも過去改変を経験した人は、他の人が過去改変したとしても、改変前の『過去』の記憶が継続されてるみたいだね。でもまさか青人がその一人だとは……正直、驚いたよ」
「驚いたって……こっちのセリフですよ!身近に、しかも……弘海さんが改変してたなんて!」
「ははっ、まあ改変してたのは前のことで、今はもう出来ないけどね……運命を全うした、だとかなんとか……」
改変を経験していた人が近くにいたこと。それ自体あり得ないことなのだろうが、そもそも過去改変をすることがあり得ないことでもあるので――ええい!どう反応すれば良いか分からない……!
「……運命を全うしたっていうのは、どういう意味で……?」
「……正直、俺から言えることは少ない。そもそも青人と俺じゃあ改変の流れが違うみたいだし」
「そうなんですか……?」
そう、と言いつつ、弘海さんは新しく煙草に火をつけ、紫煙を吐き出しながら話を続ける。
「青人はどうやって過去改変してた?」
「えっと……服を着た状態で湯船に潜ると、別空間にウミカ――いや、海歌っていう、生き別れた双子の妹が居て……キーホルダーを刺すことで過去改変に行ってました。あ、海歌は前に弘海さんに見せた『絵』の娘です。なんで、弘海さんの予想は概ね合ってます」
「やっぱり、か……俺とは全く違う」
「違う……」
「俺は現実の……こっちの世界に意識世界の人が現れた。そして過去改変のトリガーとなるのは、握手だった。……共通点としたら、双子の片割れが現れるってことかな」
「え!?弘海さんって、双子だったんですか?」
「今はもういないけど……上に姉がいたんだ。それが現実世界に顔を出してきた。それから過去改変でいくつか過去を変えた後……恐らくこの現象の原因である者が現れ、一回の過去改変後に……その現象が無くなった」
この現象原因である者、とは……前回、あの世界へ行った時に海歌に乗り移った者と同じなのだろうか?
「青人……それを踏まえて言う。この現象の原因である者は、最後の過去改変前に接触してくる……さっき話した時あんまり驚いてなかった様子だから、知ってるんだろ?」
「そう、ですね……」
「それならもうすぐ過去改変は終わる。あの者が言っていた『運命の完成』が近づいてるんだ。だから、一度考えて欲しい」
「考えて欲しい?」
弘海さんは何かを懐かしむように。こことは別の、遠くを見るような目で虚空を見つめながら、吸い殻を容器に捨てて行った。
「そう、考えて欲しい。自分と、相棒とも呼べる存在が、どうなることを望んでいるか。……既に終わってしまった身からは、これぐらいのことしか言えないけど……」
弘海さんの過去改変に何があったのかは、分からない。聞こうとすればきっと言ってくれるのだろう。しかし、聞いてはいけない――そんな気がした。
今までにないほど真剣な眼差しでこちらの返答を待っている弘海さんに、先を行く者に対する敬意として――。
「……分かりました。いつか、弘海さんの過去改変も聞かせてください。このままじゃ、弘海さんだけ知ってるのも、なんか悔しいので」
「ははっ、分かったよ。ほら、お客さん来てるぞー」
「マジか!行ってきます」
そう言って椅子から立ち上がり、バックヤードの扉を開ける。
△▲△
青人がレジで客の対応をしているのが、目の前にある防犯カメラの映像を集約したモニターから見てとれる。
捨てた吸い殻が入っている容器を少し揺すり、また新しく煙草に火をつけ、肺から口へ、口から大気へと煙を吐き出す。
「……瑛海。俺は、正しかったのかな」
今はもう、この世に存在しない存在へと聞いてみる。当然、返事はない。
あの時間、あの改変は確かにあったことなのに。相棒であり共犯者であり――そして、この世で唯一の双子の姉弟であったはず、なのに。
「青人は……どうするんだろうな」
やはり、というべきか。自分と同じ過去改変を経験した者であった青人。過去を全て知っているわけではない。だからきっと、彼にとって最後となる過去改変がどのような願いの先にあるものなのかは分からない。でも――
「頑張れ……きっと、大丈夫」
そう、青人ならきっと、大丈夫だ。なんとなくそう感じる。それはきっと、俺とは違うから――。
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