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三章
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◇◆◇
「う~ん……」
長いながい夢を見ていたような……それともこれが夢……?とにかく曖昧で、境界線のハッキリしない感覚の中、私は目覚めた。
辺りを見渡せば一面の青。下は仄暗く、まだまだ底があるように思える。上を見上げれば、陽光が乱反射し、ぐにゃぐにゃとした光が差し込んでいた。……一体、ここはどこなのだろう?
そもそも、一体私は、誰なのだろう?
――ボーッとしていても始まらない。そう思い、海中のような空間をあてもなく歩き始めた。とにかく、必死に歩いた。不思議なことに、体力は尽きることなく、ある物を拾うまで、何時間、何日、何ヵ月そして何年も彷徨い続けた。
ある物を見つけた時、私は直感的に、これを拾うために歩き続けたことを理解し、歩き始めてから一度も止めることも無かった歩みが終わったことを知った。その場に屈み、目の前に落ちているそれを拾う。
次の瞬間――自分が何者であり、そして自分が既に死人であることを理解した。……もちろん、ショックだったよ。不思議な空間を彷徨っているだけの生ける人間だと思っていたからね。
それと同時に、誰かが私を明確に呼ぶ声がした。……正直、その声の主が誰なのか。それとも幻聴だったのかは分からない。その声に半ば洗脳されたかのように、またひたすら歩き続けた。歩いて歩いて……何年経っただろうか。気がつけばこの部屋のソファで眠りから覚めた。あの歩くだけの日々は本当に夢だったのかも知れない。でも、自身の手に握られていたある物が、そうではないと訴えた。
黄色い魚のキーホルダーが、そう訴えたのだ。
それからは目覚めたこの部屋で誰かが来るのを待った。既に死人だからか、お腹が空いたり睡眠を取ったり……そういう、生きるには必要不可欠なことが不要であったため、とにかく暇だった。……この時が一番キツかったかも知れない。死んでるのにね。
暇だから床の味を確かめてみたり、この状況から脱却するために成仏する方法を模索したり……とにかく暇だった時、青人の現在を知ったんだ。当然、キーホルダーを拾った時に存在は知っていた。双子であり、生き別れたことも。
あれは本当に偶然の産物、いや……これも運命だったのかも知れない。前々からこの悠久と言える空間から脱出する方法を考えていた。その過程で、運命的、神秘的出逢いを果たしたこのキーホルダーなら、その力があるのではないかと思った。
最初は擦ってみたり、投げてみたりした。……特になにも起きなかったよ。現実は非情だよね~。
万策尽きた頃……私はうっかり転んでしまった。立ちあがろうとすると、驚いたことにキーホルダーが胸骨部分に突き刺さっていた!!でもさらに驚いたのは、全く痛みが無かったんだ。
でも刺さったままではどうにも不恰好。誰に見られるわけでもないけど、刺さったままはとにかく嫌だった。そして引き抜こうとした時――あの現象が起こった。そう、過去へと戻る現象だ。
そこで初めて私は、私が死んだ時の光景を見た。流石に堪えるものがあった。……最初に会った時にも言ったけど、私は過去に直接干渉出来ない。既に死んだ者だから、と考えるのが一番しっくり来る答えだ。まさに死人に口なし。――私の場合は死人に干渉なし、なんだろうけどね。
しばらくすると元の状態に戻っていた。しばらくは自分が改めて死人であるということ。過去を覗くことが出来たとしても何一つ出来ることがない、ただの傍観者であるということに、やるせなさが込み上げてきた。そんな感情を抱いたところでどうしようもないということは分かっていた。
それでも。私は何かに引っ張られるようにキーホルダーを胸に刺し続けた。私がこの空間に目覚めて、この空間に留まり続ける意味を見つけたかった。……意味を見つけるまでに、何度も何度も、なんどもなんども過去を見続けた。私自身の過去は『三年』という短い期間だったからすぐに見終えた。
その過程における『三年』の間を見るに、意味を見つけるための手がかりになるだろう人物が居ると思った。私一人ではきっと、そんな因果は発生しない。第一『三年』という短い歳月の中でこんなことに巻き込まれる所以はない。そう考えた時……真っ先に浮かんだのは、青人――兄さんのことだった。
それからはずっと。時間だけはあったから、とにかく過去を見続けた。たまにキーホルダーを刺しても反応しない時があった。多分、全ての過去を見切った時だろう。その時はもう一度、同じ過去を繰り返し見た。おかげで全ての過去が頭の中にある。そうして兄さんがここに来る直前までに、沢山の過去を見た――妹との死別による記憶の蓋……両親との死別……親友と呼べるかも知れない人物との絶交……彼女との別れ――こちらから見ていても、不便でならなかった。どうにかしたいとも思った。……もし、兄さん自身が過去に戻って改変することが出来れば――。
……気づけば、兄さんはそこに居た。最初、何が起きたのか分からなかったが、キーホルダーを刺し、ここに来る以前を見てみた。……まさか浴槽内に着衣で入っているとは思わなかったけどね。
……そこからは兄さんが経験したことが全て。そしてこれが――
――私の全て。
***
海歌は話し終えると、深いため息と共に黄色い魚のキーホルダーを見つめた。……俺自身、何か超越的な力が働いていることしか分からなかったが、それでもこうして海歌と会えたこと。そして二人で過去を変えてきたことが、とにかく嬉しく誇らしい。
「……とにかくこの空間、現象が起きている理由こそ分からない、けど……とにかく、ありがとう」
「……なんか、照れくさいなぁ~。正直、助かってたのは私の方。過去を一緒に変えてくれて、ありがとう」
二人して目を泳がせながら、はにかむ。
「……そうだ!これ――」
そう言って、自身のポケットから青い魚のキーホルダーを取り出す。海歌はまじまじとそれを見つめ、自身の掌にある同型のキーホルダーを見る。
「これさ……父さんと母さんから貰ったんだ。あの事故の時に付けてたものだって。最初見た時はまさかと思ったけど……これ、お揃いってやつ、だよな?」
「……うん、お揃い。なんか良いね、こういうの」
「……ああ」
また見つめ合い、はにかむ。まるで鏡合わせみたいに。やはり俺たちは、どこまでいっても兄妹だったのだ。元は二人で一つの……。
「……そういえば、どうして海歌はあんな口調だったんだ?最初からこっちで良かったんじゃ……?それに最初から双子だって伝えてくれれば――」
「"因果律は整った。運命は正しき道へと進む。いざ行かん、始まりの時へ"――」
なんだ……?海歌の様子が、おかしい。同時に、空間が大きく崩れ始める。壁は大きく虚空へと呑まれ、ガラガラと吸い込まれてゆく。
「おい……おい海歌!?しっかりしろッ!」
――ダメだ!反応がない、自我を失っている……!?
海歌は両手を挙げ、何やらその先に光る二つのものをまるで神を見るかの如き、陶酔した瞳で見つめている。その先にあるものはやがて強い光を放ち、空間の崩壊を加速させた。――まずい、このままじゃ……!
海歌に近づこうとするも、光るものが放つ崩壊を加速させる衝撃波で近づけない……!その時、微かに俺を呼ぶ声が――
「にい、さ…ん……」
「海歌ぁ……!!」
その瞬間、光っていた二つのものが形成していた円を保てなくなったのか、強い衝撃と光と共に弾けた。俺は数メートル吹き飛び、海歌は力無くその場に座り込む。……なんだったんだ、今のは?まるであの光が、海歌を操っていたような……?
ひとまず海歌の元へと駆け寄る。立つことが出来ないほど、あの短時間で疲弊しきっていたが、その足元。弾け飛んだはずの二つのものが、そこにあった。
青と黄色の、キーホルダー――。
どうしてこれが……。
「ハァハァ……いま、誰かが、わたしの中に……」
「一体、誰が……?」
「分からない……けど、明確な意思を持って、わたしに接触してきた。"運命を全うしろ"、"願いの完成"だって……」
「運命……?願いの、かん、せい……?」
まるでちんぷんかんぷんだ。誰が、なんの願いなのか。そう考えていると、海歌は何かを悟ったかのように言った。
「きっと、私の願い……」
「海歌の……?」
頷き、こちらを向く。
「私の消滅と……兄さんの、幸せ」
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「う~ん……」
長いながい夢を見ていたような……それともこれが夢……?とにかく曖昧で、境界線のハッキリしない感覚の中、私は目覚めた。
辺りを見渡せば一面の青。下は仄暗く、まだまだ底があるように思える。上を見上げれば、陽光が乱反射し、ぐにゃぐにゃとした光が差し込んでいた。……一体、ここはどこなのだろう?
そもそも、一体私は、誰なのだろう?
――ボーッとしていても始まらない。そう思い、海中のような空間をあてもなく歩き始めた。とにかく、必死に歩いた。不思議なことに、体力は尽きることなく、ある物を拾うまで、何時間、何日、何ヵ月そして何年も彷徨い続けた。
ある物を見つけた時、私は直感的に、これを拾うために歩き続けたことを理解し、歩き始めてから一度も止めることも無かった歩みが終わったことを知った。その場に屈み、目の前に落ちているそれを拾う。
次の瞬間――自分が何者であり、そして自分が既に死人であることを理解した。……もちろん、ショックだったよ。不思議な空間を彷徨っているだけの生ける人間だと思っていたからね。
それと同時に、誰かが私を明確に呼ぶ声がした。……正直、その声の主が誰なのか。それとも幻聴だったのかは分からない。その声に半ば洗脳されたかのように、またひたすら歩き続けた。歩いて歩いて……何年経っただろうか。気がつけばこの部屋のソファで眠りから覚めた。あの歩くだけの日々は本当に夢だったのかも知れない。でも、自身の手に握られていたある物が、そうではないと訴えた。
黄色い魚のキーホルダーが、そう訴えたのだ。
それからは目覚めたこの部屋で誰かが来るのを待った。既に死人だからか、お腹が空いたり睡眠を取ったり……そういう、生きるには必要不可欠なことが不要であったため、とにかく暇だった。……この時が一番キツかったかも知れない。死んでるのにね。
暇だから床の味を確かめてみたり、この状況から脱却するために成仏する方法を模索したり……とにかく暇だった時、青人の現在を知ったんだ。当然、キーホルダーを拾った時に存在は知っていた。双子であり、生き別れたことも。
あれは本当に偶然の産物、いや……これも運命だったのかも知れない。前々からこの悠久と言える空間から脱出する方法を考えていた。その過程で、運命的、神秘的出逢いを果たしたこのキーホルダーなら、その力があるのではないかと思った。
最初は擦ってみたり、投げてみたりした。……特になにも起きなかったよ。現実は非情だよね~。
万策尽きた頃……私はうっかり転んでしまった。立ちあがろうとすると、驚いたことにキーホルダーが胸骨部分に突き刺さっていた!!でもさらに驚いたのは、全く痛みが無かったんだ。
でも刺さったままではどうにも不恰好。誰に見られるわけでもないけど、刺さったままはとにかく嫌だった。そして引き抜こうとした時――あの現象が起こった。そう、過去へと戻る現象だ。
そこで初めて私は、私が死んだ時の光景を見た。流石に堪えるものがあった。……最初に会った時にも言ったけど、私は過去に直接干渉出来ない。既に死んだ者だから、と考えるのが一番しっくり来る答えだ。まさに死人に口なし。――私の場合は死人に干渉なし、なんだろうけどね。
しばらくすると元の状態に戻っていた。しばらくは自分が改めて死人であるということ。過去を覗くことが出来たとしても何一つ出来ることがない、ただの傍観者であるということに、やるせなさが込み上げてきた。そんな感情を抱いたところでどうしようもないということは分かっていた。
それでも。私は何かに引っ張られるようにキーホルダーを胸に刺し続けた。私がこの空間に目覚めて、この空間に留まり続ける意味を見つけたかった。……意味を見つけるまでに、何度も何度も、なんどもなんども過去を見続けた。私自身の過去は『三年』という短い期間だったからすぐに見終えた。
その過程における『三年』の間を見るに、意味を見つけるための手がかりになるだろう人物が居ると思った。私一人ではきっと、そんな因果は発生しない。第一『三年』という短い歳月の中でこんなことに巻き込まれる所以はない。そう考えた時……真っ先に浮かんだのは、青人――兄さんのことだった。
それからはずっと。時間だけはあったから、とにかく過去を見続けた。たまにキーホルダーを刺しても反応しない時があった。多分、全ての過去を見切った時だろう。その時はもう一度、同じ過去を繰り返し見た。おかげで全ての過去が頭の中にある。そうして兄さんがここに来る直前までに、沢山の過去を見た――妹との死別による記憶の蓋……両親との死別……親友と呼べるかも知れない人物との絶交……彼女との別れ――こちらから見ていても、不便でならなかった。どうにかしたいとも思った。……もし、兄さん自身が過去に戻って改変することが出来れば――。
……気づけば、兄さんはそこに居た。最初、何が起きたのか分からなかったが、キーホルダーを刺し、ここに来る以前を見てみた。……まさか浴槽内に着衣で入っているとは思わなかったけどね。
……そこからは兄さんが経験したことが全て。そしてこれが――
――私の全て。
***
海歌は話し終えると、深いため息と共に黄色い魚のキーホルダーを見つめた。……俺自身、何か超越的な力が働いていることしか分からなかったが、それでもこうして海歌と会えたこと。そして二人で過去を変えてきたことが、とにかく嬉しく誇らしい。
「……とにかくこの空間、現象が起きている理由こそ分からない、けど……とにかく、ありがとう」
「……なんか、照れくさいなぁ~。正直、助かってたのは私の方。過去を一緒に変えてくれて、ありがとう」
二人して目を泳がせながら、はにかむ。
「……そうだ!これ――」
そう言って、自身のポケットから青い魚のキーホルダーを取り出す。海歌はまじまじとそれを見つめ、自身の掌にある同型のキーホルダーを見る。
「これさ……父さんと母さんから貰ったんだ。あの事故の時に付けてたものだって。最初見た時はまさかと思ったけど……これ、お揃いってやつ、だよな?」
「……うん、お揃い。なんか良いね、こういうの」
「……ああ」
また見つめ合い、はにかむ。まるで鏡合わせみたいに。やはり俺たちは、どこまでいっても兄妹だったのだ。元は二人で一つの……。
「……そういえば、どうして海歌はあんな口調だったんだ?最初からこっちで良かったんじゃ……?それに最初から双子だって伝えてくれれば――」
「"因果律は整った。運命は正しき道へと進む。いざ行かん、始まりの時へ"――」
なんだ……?海歌の様子が、おかしい。同時に、空間が大きく崩れ始める。壁は大きく虚空へと呑まれ、ガラガラと吸い込まれてゆく。
「おい……おい海歌!?しっかりしろッ!」
――ダメだ!反応がない、自我を失っている……!?
海歌は両手を挙げ、何やらその先に光る二つのものをまるで神を見るかの如き、陶酔した瞳で見つめている。その先にあるものはやがて強い光を放ち、空間の崩壊を加速させた。――まずい、このままじゃ……!
海歌に近づこうとするも、光るものが放つ崩壊を加速させる衝撃波で近づけない……!その時、微かに俺を呼ぶ声が――
「にい、さ…ん……」
「海歌ぁ……!!」
その瞬間、光っていた二つのものが形成していた円を保てなくなったのか、強い衝撃と光と共に弾けた。俺は数メートル吹き飛び、海歌は力無くその場に座り込む。……なんだったんだ、今のは?まるであの光が、海歌を操っていたような……?
ひとまず海歌の元へと駆け寄る。立つことが出来ないほど、あの短時間で疲弊しきっていたが、その足元。弾け飛んだはずの二つのものが、そこにあった。
青と黄色の、キーホルダー――。
どうしてこれが……。
「ハァハァ……いま、誰かが、わたしの中に……」
「一体、誰が……?」
「分からない……けど、明確な意思を持って、わたしに接触してきた。"運命を全うしろ"、"願いの完成"だって……」
「運命……?願いの、かん、せい……?」
まるでちんぷんかんぷんだ。誰が、なんの願いなのか。そう考えていると、海歌は何かを悟ったかのように言った。
「きっと、私の願い……」
「海歌の……?」
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