浴槽海のウミカ

ベアりんぐ

文字の大きさ
上 下
33 / 44
三章

2

しおりを挟む
          2



         ◇◆◇











「う~ん……」



 長いながい夢を見ていたような……それともこれが夢……?とにかく曖昧で、境界線のハッキリしない感覚の中、私は目覚めた。

辺りを見渡せば一面の青。下は仄暗く、まだまだ底があるように思える。上を見上げれば、陽光が乱反射し、ぐにゃぐにゃとした光が差し込んでいた。……一体、ここはどこなのだろう?



 そもそも、一体私は、誰なのだろう?



 ――ボーッとしていても始まらない。そう思い、海中のような空間をあてもなく歩き始めた。とにかく、必死に歩いた。不思議なことに、体力は尽きることなく、を拾うまで、何時間、何日、何ヵ月そして何年も彷徨い続けた。

ある物を見つけた時、私は直感的に、ことを理解し、歩き始めてから一度も止めることも無かった歩みが終わったことを知った。その場に屈み、目の前に落ちているを拾う。



 次の瞬間――自分が何者であり、そして自分が既にであることを理解した。……もちろん、ショックだったよ。不思議な空間を彷徨っているだけの生ける人間だと思っていたからね。



 それと同時に、誰かが私を明確に呼ぶ声がした。……正直、その声の主が誰なのか。それとも幻聴だったのかは分からない。その声に半ば洗脳されたかのように、またひたすら歩き続けた。歩いて歩いて……何年経っただろうか。気がつけばこの部屋のソファで眠りから覚めた。あの歩くだけの日々は本当に夢だったのかも知れない。でも、自身の手に握られていたが、そうではないと訴えた。



 黄色い魚のキーホルダーが、そう訴えたのだ。



 それからは目覚めたこの部屋で誰かが来るのを待った。既に死人だからか、お腹が空いたり睡眠を取ったり……そういう、生きるには必要不可欠なことが不要であったため、とにかく暇だった。……この時が一番キツかったかも知れない。死んでるのにね。

暇だから床の味を確かめてみたり、この状況から脱却するために成仏する方法を模索したり……とにかく暇だった時、の現在を知ったんだ。当然、キーホルダーを拾った時に存在は知っていた。双子であり、生き別れたことも。

あれは本当に偶然の産物、いや……これも運命だったのかも知れない。前々からこの悠久と言える空間から脱出する方法を考えていた。その過程で、運命的、神秘的出逢いを果たしたこのキーホルダーなら、その力があるのではないかと思った。

最初は擦ってみたり、投げてみたりした。……特になにも起きなかったよ。現実は非情だよね~。

万策尽きた頃……私はうっかり転んでしまった。立ちあがろうとすると、驚いたことにキーホルダーが胸骨部分に突き刺さっていた!!でもさらに驚いたのは、全く痛みが無かったんだ。

でも刺さったままではどうにも不恰好。誰に見られるわけでもないけど、刺さったままはとにかく嫌だった。そして引き抜こうとした時――あの現象が起こった。そう、現象だ。

そこで初めて私は、私が死んだ時の光景を見た。流石に堪えるものがあった。……最初に会った時にも言ったけど、私は過去に直接干渉出来ない。既に死んだ者だから、と考えるのが一番しっくり来る答えだ。まさに死人に口なし。――私の場合は死人に干渉なし、なんだろうけどね。

しばらくすると元の状態に戻っていた。しばらくは自分が改めて死人であるということ。過去を覗くことが出来たとしても何一つ出来ることがない、ただの傍観者であるということに、やるせなさが込み上げてきた。そんな感情を抱いたところでどうしようもないということは分かっていた。

それでも。私は何かに引っ張られるようにキーホルダーを胸に刺し続けた。私がこの空間に目覚めて、この空間に留まり続ける意味を見つけたかった。……意味を見つけるまでに、何度も何度も、なんどもなんども過去を見続けた。私自身の過去は『三年』という短い期間だったからすぐに見終えた。

その過程における『三年』の間を見るに、意味を見つけるための手がかりになるだろう人物が居ると思った。私一人ではきっと、そんな因果は発生しない。第一『三年』という短い歳月の中でこんなことに巻き込まれる所以はない。そう考えた時……真っ先に浮かんだのは、青人――兄さんのことだった。

それからはずっと。時間だけはあったから、とにかく過去を見続けた。たまにキーホルダーを刺しても反応しない時があった。多分、全ての過去を見切った時だろう。その時はもう一度、同じ過去を繰り返し見た。。そうして兄さんがここに来る直前までに、沢山の過去を見た――妹との死別による記憶の蓋……両親との死別……親友と呼べるかも知れない人物との絶交……彼女との別れ――こちらから見ていても、不便でならなかった。どうにかしたいとも思った。……もし、が出来れば――。

 ……気づけば、兄さんはそこに居た。最初、何が起きたのか分からなかったが、キーホルダーを刺し、ここに来る以前を見てみた。……まさか浴槽内に着衣で入っているとは思わなかったけどね。

……そこからは兄さんが経験したことが全て。そしてこれが――



 ――私の全て。











         ***











 海歌ウミカは話し終えると、深いため息と共に黄色い魚のキーホルダーを見つめた。……俺自身、何か超越的な力が働いていることしか分からなかったが、それでもこうして海歌ウミカと会えたこと。そして二人で過去を変えてきたことが、とにかく嬉しく誇らしい。



「……とにかくこの空間、現象が起きている理由こそ分からない、けど……とにかく、ありがとう」

「……なんか、照れくさいなぁ~。正直、助かってたのは私の方。過去を一緒に変えてくれて、ありがとう」



 二人して目を泳がせながら、はにかむ。



「……そうだ!これ――」



 そう言って、自身のポケットからを取り出す。海歌はまじまじとそれを見つめ、自身の掌にある同型のキーホルダーを見る。



「これさ……父さんと母さんから貰ったんだ。あの事故の時に付けてたものだって。最初見た時はまさかと思ったけど……これ、お揃いってやつ、だよな?」

「……うん、お揃い。なんか良いね、こういうの」

「……ああ」



 また見つめ合い、はにかむ。まるで鏡合わせみたいに。やはり俺たちは、どこまでいっても兄妹だったのだ。元は二人で一つの……。



「……そういえば、どうして海歌はあんな口調だったんだ?最初からこっちで良かったんじゃ……?それに最初から双子だって伝えてくれれば――」




 
「"因果律は整った。運命は正しき道へと進む。いざ行かん、始まりの時へ"――」




 
 なんだ……?海歌の様子が、おかしい。同時に、空間が大きく崩れ始める。壁は大きく虚空へと呑まれ、ガラガラと吸い込まれてゆく。



「おい……おい海歌!?しっかりしろッ!」



 ――ダメだ!反応がない、自我を失っている……!?

海歌は両手を挙げ、何やらその先に光るをまるで神を見るかの如き、陶酔した瞳で見つめている。その先にあるものはやがて強い光を放ち、空間の崩壊を加速させた。――まずい、このままじゃ……!

海歌に近づこうとするも、光るものが放つ崩壊を加速させる衝撃波で近づけない……!その時、微かに俺を呼ぶ声が――



「にい、さ…ん……」

海歌ウミカぁ……!!」



 その瞬間、光っていた二つのものが形成していた円を保てなくなったのか、強い衝撃と光と共に弾けた。俺は数メートル吹き飛び、海歌は力無くその場に座り込む。……なんだったんだ、今のは?まるであの光が、海歌を操っていたような……?

ひとまず海歌の元へと駆け寄る。立つことが出来ないほど、あの短時間で疲弊しきっていたが、その足元。弾け飛んだはずの二つのものが、そこにあった。



 青と黄色の、キーホルダー――。



 どうしてこれが……。



「ハァハァ……いま、誰かが、わたしの中に……」

「一体、誰が……?」

「分からない……けど、明確な意思を持って、わたしに接触してきた。"運命を全うしろ"、"願いの完成"だって……」

「運命……?願いの、かん、せい……?」



 まるでちんぷんかんぷんだ。誰が、なんの願いなのか。そう考えていると、海歌は何かを悟ったかのように言った。



「きっと、私の願い……」

「海歌の……?」



 頷き、こちらを向く。



「私の消滅と……兄さんの、幸せ」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

憧れの先輩とイケナイ状況に!?

暗黒神ゼブラ
恋愛
今日私は憧れの先輩とご飯を食べに行くことになっちゃった!?

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

ガラスの世代

大西啓太
ライト文芸
日常生活の中で思うがままに書いた詩集。ギタリストがギターのリフやギターソロのフレーズやメロディを思いつくように。

💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活

XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

全力でおせっかいさせていただきます。―私はツンで美形な先輩の食事係―

入海月子
青春
佐伯優は高校1年生。カメラが趣味。ある日、高校の屋上で出会った超美形の先輩、久住遥斗にモデルになってもらうかわりに、彼の昼食を用意する約束をした。 遥斗はなぜか学校に住みついていて、衣食は女生徒からもらったものでまかなっていた。その報酬とは遥斗に抱いてもらえるというもの。 本当なの?遥斗が気になって仕方ない優は――。 優が薄幸の遥斗を笑顔にしようと頑張る話です。

〈社会人百合〉アキとハル

みなはらつかさ
恋愛
 女の子拾いました――。  ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?  主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。  しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……? 絵:Novel AI

処理中です...