浴槽海のウミカ

ベアりんぐ

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二章

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 五月一日。日付けが変わってからすでに十時間が経過しており、窓には青々しい山と、清々しいほど晴れた空が切り取られている。

ゴールデンウィークもいよいよ本番となった世間では、テレビを点ければやれ高速道路の渋滞だの、観光地とのライブ中継だの、それはもう浮き足だっている状態である。

それとは裏腹に、俺のこれからの予定は一つだけであり、今こうしてテレビを横目に朝食であるコンビニのフレンチトーストを齧る俺の周囲は、鳥の鳴き声とテレビの音だけである。しかしどこかに出かけようという誘いや予定がなかったわけでは無いのだ。

実際、海夏とは静波海岸へ行った日の帰り道。次は御殿場にあるアウトレットへ行こう、という実に恋人らしいデートをしようとした。さらに、珍しく虹輝が『東京へ行こう』と提案をしてくれていたのだ。しかし、本当にある一つの予定によって、全てがおじゃんとなってしまった。――しかし、この予定ばかりは、現在、最優先事項であり、さらにはも是非来て欲しいということなのだ。



俺はオレとして、数年ぶりに実家へと帰省することとなった。











         ***











「それで、青人はまだ上手くやってんのー?」



 宵闇の中、信号機と街灯と少ないヘッドライトだけが眩く光る国道『139』号沿いの中、一つのSUV車の車内で、運転手である築地さんがそう問う。それまで深夜テンションで盛り上がっていた状況から、どういう経緯で話の流れがシフトしたのかは正直分からないが、きっととの関係のことを問われているのだろう。



「まあ……ぼちぼちって感じです」



 どよめきにも似た掛け声のようなものが、車内に走る。間髪入れず、築地さんがもう一つ聞く。

 

「ぼちぼちかぁ~……喧嘩とかしないの?」

「喧嘩……いや、今のところはないっすね」

「そりゃ良いねぇ~あ、てかさ――」



 きっと話題の架け橋として一呼吸置きたかったのだろう。それからは、それぞれのバイト先に着くまでにかなり下世話な話にまたシフトしていった。しかしここで気がかりであったのは、車内の中には俺を含めて四人乗っていたが、その中でただ一人、俺と彼女である海夏との関係の話題の時に弘海さんだけが一言も発さなかったことであった。



 しばらくしてバイト先であるコンビニに到着し、運転をしてくれた築地さんに礼をして、並んで入店する。今回も弘海さんとの夜勤であり、こうしてツーオペで一緒に入ることが多いのはきっと、俺を紹介したのが弘海さんであり、紹介した者と紹介された者がよく一緒になるのは、シフトを組んでいるオーナーの奥さんが関係しているのだろう。

 夕勤の人たちと代わり、夜のピークである一時を過ぎたころ。ある程度の業務を終えてバックヤードにて並んで座り、ゆっくりと煙草を燃やして灰と煙に変えていると、ふと弘海さんが呟いた。



「そういえば、いつしたの?」

「え、はい……?」



 復縁……?俺の戸惑いの様子を見てか、弘海さんは少し慌てて先ほどの言葉に付け足した。



「え、あれ……いや、俺の勘違いかも。最近別の人との会話の記憶が混同しちゃうんだよね~」

「あー……なるほどです」

「まあ、何はともあれ上手くやってそうで良いねぇ~。……ハァ~良い人いないかなぁ」

「弘海さんならすぐ見つかりますって」

「なら良いけどねぇ……あ、そうだ。前言ってた『絵』ってどうなったの?」



 ……?前に言っていた『絵』?少し前の『脚立とネコ』のことだろうか?でもあれはだいぶ前の絵のはず……。



「『脚立とネコ』の絵で合ってます?今日は持ってきてないんですよねぇ~」

「え、いや深層――」

「うわっ、客来てるじゃん!?行ってきますッ」



 何かを言いかけていた弘海さんとの会話を中断し、レジ前で右往左往するお客さんの対応へと走る。

それからバックヤードへと戻り、先ほどの会話を続けようとしたが、別の話題へと移り変わってしまったため、特に気にすることもなく先ほどの会話は終わった。結局、弘海さんが何を言いかけていたのかは、分からずじまいである。











         ***











「それじゃ、お疲れー」

「お疲れ様でーす」



 ゆっくりと発進し、坂道を下っていくSUV車を見送ってから、マンションの階段を登り始める。――今日の夜勤はツーオペだったから幾分か余裕あるなぁ~。

自宅へと入り、準備に取り掛かる。今日五月二日に帰省するということを予め実家の方には連絡を入れているため、このまま寝るわけにはいかない。夜勤前に着替えやアメニティ類を入れたスーツケースは事前に準備していたので、後はシャワーを浴びて着替えるだけである。

バスタオルを浴室前に置き、折り戸を閉めて蛇口を捻る。握っているシャワーヘッドからは冷水の線が無数に出ていたが、給湯器が働き始めたのか、やがて温水へと変わっていく。そのことを確認し、頭から順番に清め、洗い流していく。シャンプーリンス、ボディーソープに洗顔……ひと通り終えて浴室内を冷水でシメた後、ふと空っぽの浴槽を眺める。

いま思えば本当に不可思議な現象だ。もともとそういった類の、漫画の世界のような能力や才能があったわけじゃない。……もしかしたら、前に虹輝が言っていた、この葦野市にある伝説かもな。



「……ふっ。そんなわけねぇか」



 一人で完結させ、出しっぱなしにしていた冷水シャワーを止め、折り戸をガチャンと開いて、浴室を後にした。
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