浴槽海のウミカ

ベアりんぐ

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二章

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(――というものです。いいですか、バレたとしてもこれならきっと、車を出すことは出来ないはずです。そうなれば事故に遭うことはない、と思います)

(なるほど……確かにこれなら、いける……!)



 ウミカからの提案を聞いた時、確かにこれならいけるという実感があった。……まあちょっと乱暴というか、あんまりオススメは出来ないものだなとも思うが。

しかし。今はそんなことを考えている場合ではない。それに、今いる俺は過去の俺。もしこれがバレたとしても、被害を被るのは過去の俺だ。少しばかり、申し訳ない気もするけれど。

 時刻はさほど進んでおらず、長針が『5』の数字を回る前である。両親が車に乗って家を出るまでに、残り一時間と半分。――十分だ。さっそく取り掛かってしまおう。そうして俺は机に備え付けられている椅子から立ち上がり、階段を降りた。ここで改めて両親の居場所と行動予測をしておこう。バレたら終わり。きっと軟禁でもされてしまうだろうから。

旅行までの時間を考えるに、きっと父は二階の自室にいることが予想できる。きっとパソコンでお笑いでも見ているのだろう。障害にはならない。

問題は母である。この時間であればリビングを占拠、または洗面台にいる。第一の目的ポイントは洗面台であるため、ここで行動を起こしてしまえば即、アウトだ。上手い言い訳が思いつくわけでもない。……洗面台のある脱衣所にいないことを祈ろう。

 階段を降りてリビングへ入ると、朝のニュース兼エンタメを取り扱った番組を見ている母がいた。想定通りではあったが、これはどうしたものか……。

案の定、母は俺を見るなり怪訝そうな顔をした。朝にあれだけ不安定で取り乱したのだから無理もない。無言でテレビ前を通りかかろうとすると、声をかけられた。



「どうしたの?なんか汗すごいけど……」

「いや、なんか暑くてさ……ちょっと、水を飲みに」



 本当は水なんてどうでも良いが、今こうして脱衣所からある物を持っていく姿を見られたら、問答無用で怪しまれる。今はこうするしかない。

コップに水を注ぎ、一息で飲む。滲んでいた汗が幾分かマシにはなったが、そのまま何も出来ずにまた階段を登って自室に戻って来てしまったことで、余計にあぶら汗が出た。



(どうします……?なんとかバレずに、いけますかね?)

(いや……こうなるとは思ってたから、策はある。トイレに行った瞬間、猛スピードで洗面台のある脱衣所に向かう)

(トイレって……そんな分かるもんですか?)

(任せろ。むかし、部屋にゲーム持っていけなくて、それでもやりたかったから、母親がトイレ行ってる最中にリビングからゲーム機取ってくるぐらい、よくやったからな。それと同じだ)

(結構しょーもないことしてますね……)



 ――うるせ。小学生や中学生の頃なら誰でも通る道だろ。そう反論しつつ、確かにしょーもないことしてたなぁ、と思っていると、ウミカが改めて、こちらに確認を取ってきた。



(……ほんとに、やるんですね)

(当たり前だ。それに、ウミカが出してくれた案以外、俺には思いつかない。ウミカもそうだろ?)

(まあ、そうです、けど……)

(ならやるしかねぇだろ。ほら、お前も聞き耳立ててくれ)



 ……返事がない。また小さいことを……。



(……はぁ~、ウミカも、聞き耳立ててくれ)

(仕方ないですねぇ~……これでお父さんお母さん救えるなら、やりますよ)



 そうして見えない姿でウミカは聞き耳を立て、俺は階段の、リビングへ通じる扉からは死角となっている踊り場で静かに、じっと、その時を待っていた。



………………

…………

……



……待つこと二十いや、三十分。リビングの扉が開き、続けてトイレの扉が閉まった音がした。



(きました!行きましょう!)

(ああ。勝負はいま、ここだっ!)



 トイレの個室でお花を摘んでいる母に聞こえぬよう、しかし迅速に抜き足、差し足、忍び足。脱衣所へと辿り着く。そして目的のものである、使を数枚持って、再び階段で抜き足、差し足、忍び足。途中でトイレから水を流す音が聞こえ心臓が飛び出しそうになったが、どうにかバレずに目的物を取ることができた。

自室でフラフラとベットに倒れ込み、関門をクリアした安堵と、これからもう一つすることに対してもう一度気合いを入れ直し、椅子に座り直した。時計を見れば、短針と長針がもうすぐ『9』をさす頃に差し掛かっている。時間はあまりない。なんとかバレずに外に出なければ。



(ここからどうやって外に出ます……?)

(……バレずに出る方法、ないぞ?)

(えー!?それじゃ、どうやって車に辿り着く気ですかっ!?これじゃあタオル取ってきた意味がないですよ!)

(分かってる!ええと……なにか……あ)



 そこで閃いた。青人に電流、走るである。……でもこれ、上手く行くのか?



(……雨どいをつたって降りるぞ)

(はあ!?え、雨どいって……冗談言ってます!?)

(いや、誓って冗談じゃない。小学生の時やったからな)

(いやなにやってるんですか……さっきも言いましたけど)

(こうなりゃなり振り構ってられないからな。行くぞ……!)

(怪我しないでくださいよ~……)



 そうして俺は小窓を開け、ボロタオルを腕や腰に巻きつけて、半身をまず窓の外に乗り出した。……やべぇ、これ想像以上に怖いぞ。

幸い風や雨はなく、天気はまさしく晴れ。青空と白い雲が不安感を少しだけ和らげてくれている……ような気がする。しかし下を見下ろせば、雨どいこそ地面に続いているものの、周囲はコンクリートで固められた地。落ちれば骨折は免れないだろう。

ひたいに汗が滲む。――しかし、ここでとまってはいられない!

 俺はゆっくりと雨どいに両手をかけ、残った下半身を小窓から外へと乗り出した。
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