浴槽海のウミカ

ベアりんぐ

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二章

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「ついた~……隣の県なのになんでこんな遠いの!?」

「まあ……山に阻まれて交通機関が発達してないから、こんなもんだよ」



 四月二十九日。大学内ももちろん、世の中が浮き足立つ、ゴールデンウィークの初日。俺と海夏は大学が存在する山梨県の隣、俺の出身地でもある静岡県のある海岸に来ていた。朝早くから出てきたにも関わらず、太陽はすでに真上よりも少し西側に傾いている。

俺の地元、静岡県榛原郡切絵町の横に位置する牧之原市には、静波海岸という、サーファーが良い波を求めてくる場所がある。あの東京オリンピックでも、会場候補地として名前が上がっていたくらいには、それは良い波が来るのだとか。……サーフィンしたことないから、知らんけども。他にもキャンプやイベント、公園があるが、なんせ田舎なため、車での利用者が多い。

 海夏は自分で行こうと言い出したのに、今日になるまでここに来るためのルートを全く確認していなかったようで、大学前の駅に集合して俺がルートを改めて確認していくと、海夏はみるみるうちに驚き青ざめたような顔になっていった。しかし自分が言った手前、引くに引けなくなった海夏はただ黙って、俺の後をついてきた。

大学前から富士急行線の電車に乗り、大月駅で乗り換え。そこからは中央線の電車に乗り換えて甲府駅に向かった。この時点で外国人観光客やゴールデンウィーク初日から満喫しようと目論む乗客のあまりの多さに、俺も海夏も絶句していた。それでは終わらない。

甲府駅から某キャンプアニメの聖地として有名になった、身延線の電車に乗り換えて、終点の静岡駅まで。既に海夏はグロッキー状態であったが、そこから特急静岡相良線のバスへと乗車し揺られること約一時間。『静波海岸入口』というバス停で降車し、今に至る。ここから数分歩いて行けば、無事(?)静波海岸に到着、である。

 ここから数分歩くことを海夏に伝えると、露骨に嫌な顔をして肩をガックリと落としたが、倒れ込むようにゆっくりと歩き始めた。……言い出しっぺがこれなのも、いかがなものか。照りつける日差しの下をゆっくりと歩きながら、会話する。



「大月まで二十分……甲府まで一時間……静岡まで二時間……ここまでバスで一時間……計四時間二十分っ!?馬鹿じゃないの!?」

「待ち時間もあったから、正確には五時間弱……あと、その馬鹿な提案をしたのは海夏なんだけども」

「まさかこんな遠くて時間掛かるとは思わないじゃん!?隣の県だし!……それに、どうしても、来てみたかったし……」

「……ま、せっかくはるばる来たわけだし……それに、道中も楽しくなかっただけじゃないだろ?」

「うん……確かに、楽しくなかったわけじゃ、ないけどさ……」

「なら、切り替えて楽しもうぜ。ほら、着いたぞ」



 波の音と、潮風が生み出す清涼感が、五感を刺激しそして癒やす。晴天となった今日の空の青と混ざるように重なる眼前の広大な太平洋の大海原に、海夏も俺も感嘆する。無意識のうちに互いが走り出し、砂浜の上に立つ。先ほどまで感じていた疲労感などとっくに波に攫われて、空になった感情の器には新たに、非日常感から来るワクワク感が波のように押し寄せる。それは海夏も同じようであった。



「やっぱり……太平洋って凄いんだね」

「静波海岸には初めて来たけど……改めて海の壮大さを感じたよ」



 なにを隠そう、俺自身も静波海岸に来たのは初めてであった。切絵町からも海が見えるし、太平洋の凄さは知っていたつもりだったけど、見る場所が変わることでここまで違うとは……なんだか感慨深いものがある。

 しばらく海をただ眺めていると、ふと何かを思い出したかのように、あっ……と小さく言って海夏がこっちを見た。



「そうだ……!太平洋もそうだけど、ここにはを見に来たんだった!!ほら、こっち!」

「ちょっ!?」



 いきなり歩き出したかと思えば、今までの疲れはどこに行ったんだろう……と思うほど強く俺の手を握って引っ張る海夏。あまりに突然のことで少しドキッとしたが、こちらからも握り返した。海夏は振り返ることなく砂浜を、サクサクとした音を立てて歩き続ける。振り返ると、足跡が残り、窪んでいる四足の穴が出来ている。

手を繋ぎながら二人並んで歩いていると、隣接している駐車場には多いとも少ないとも言えない車が止まっている。ここではこれでも多いぐらいなのかも知れないが。海岸には釣りをする人、単純に遊びに来た人に分かれている。昼過ぎにサーフィンはしないものなのかもしれない。

ゴールデンウィークといえども、海開きがまだのためか、海で泳ぐ人はいない。やはりライフセーバーが常時監視をしていない状態だと、溺れても誰も助けてくれない、ということが世間で広まっているからだろうか。実際海開き前に泳いでしまい、行方不明のままの人もいる。また、泳ぎ慣れている人であっても、離岸流という地形や波の動きによってどんどん沖合いに流されてしまう事例も多い。毎年夏になればこの手のニュースが後を立たなくなる。

今回は泳ぎに来たわけではないから大丈夫だな、と一人ぼんやりと考えていると、海夏が俺の手を離して走りだした。どうやら、目的のものを発見したらしい。その背中を追いかけて、俺も走り出す。

 走り出すと同時に、あのウミカの世界へと向かう途中で見た夢をふと思い出す。――そういえば、確かこんな場所だったような……。そう思い出し、なんだか一抹の不安感を覚えたが、海夏の呼びかけによって一気に思考領域から現実へと引き戻された。

――きっと気のせいだろう。そう思い直し、呼んでいる海夏のもとへと駆け出した。
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