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二章
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「……そろそろ、恥ずかしい……かも」
そう言って頬を赤らめる海夏は、先ほどとは違った困り顔をしている。咄嗟に謝り、絡め合った指先をすぐに解いて海夏へと向き直る。すると海夏はくすくすと、小さく肩を揺らしながら笑う。
「なんかさ、こうやってなが~く手を繋ぐのって、初めてじゃない?」
確かに、そうかも知れない。思えば付き合う前から彼女との関係は一切、変わっていない気がする。今まで絵のことばかり、互いに考えてきた。世間から見れば、実に変な恋人なのかも知れない。でも俺たちにはそれで充分だった。それが一種のコミュニケーションであり、スキンシップであったから。
「……もしかしたら私、青人くんの絵に嫉妬してたのかも知れない」
「嫉妬?」
そう――と言いながら手をいじいじして、そこに視線を落とす。
「なんていうかな~……あの絵の女の子。多分だけど、青人くんから愛される自信みたいなものがあったんだけど、どこか切なくて……哀しくて。だからそんな絵に青人くんが虜になっちゃうんじゃないかって……漠然と、思ったの」
なんだか変な話だよね――と言ってはにかむ海夏。なんだかそれがむず痒くて、でもつい笑みが溢れてしまうような心地である。今きっと鏡を見たら、バカが映っているだろう。
(いやぁ~なかなか可愛いとこ、あるじゃないですか~!ま、私のほうが可愛いですけどね!)
(お前は黙っとけ)
(ひどっ!?)
ウミカの余計な言葉は忘れるとして……頭の中で響くクレームを全て無視し、緩んだ頬を引き締め直して海夏に向き直る。まだ過去改変は、終わっちゃいないからな。
「……そんなことはない。確かに俺は、絵が好きだ。でもその絵を最初にきちんと見てくれたのは海夏なんだ。今まで人に見せてこなかった絵を、よく見てくれたのは……海夏だけなんだ!それに、可愛い、し……」
「……あっははは。なーんか、今日の青人くん、ちょっと、変だねっ?」
「なっ……そんなこと、ないぞ?」
「いや、変だね!私の知らないところで何があったのかは知らないけど……やけに素直で、そして……前より優しくなった、かも?」
そのことが余程嬉しいことなのか、セミロングの明るい茶髪をそよそよと揺らしながら笑い、こちらを細くなった目で見つめる。なんだか恥ずかしく思えてしまい、目を逸らす。
その様子を見て何を思ったのか、海夏が何やら企み顔でさらに距離を縮め、人差し指を俺の脇腹へと刺した。刹那、脇から脳へと刺激が伝わる。
「ひゃん!?あ。あは、あははははっ!?ちょ、何して……っ!」
「えいっ」
「ちょ、やめ――あっはははははは!!!」
……再び、閑話休題っ!
こちょこちょをされ過ぎて疲弊しきった俺の横で海夏は、俺という人形で遊び疲れたのか欠伸をしている。どこか満足そうである。
呆けていた身体を起こし時計を見れば、すでに日付け変更直前の位置に長針と短針が来ている。今回の過去改変がどのように終わりを迎えるかは分からないが、ひとまず『十一月十八日』を乗り越えていくことが出来そうだ。
大きなため息が出る。安堵のため息だ。――でも、まだ終わりじゃない。もう少しだけ、気を引き締めていかなければ。そう思い、これ以上海夏との間に変化が起きないよう、帰りを促すことにした。すると海夏は、なにやら不服そうにこちらを見る。
「もう私眠いよ~……ここで寝てもいいー?」
「えっ!?」
「別に何もしないし……何かするほど、青人くんはアレじゃないからね~」
そう言って俺が寝るはずのベットへと入っていき、布団をかぶって――おやすみ~、とだけ言って寝息を立て始めた。
――危機感って、なんだろうなぁ……。確かにこの状況から海夏にどうこうする勇気もないし、そもそもする気はない。なんだか不誠実で嫌いだ。だけど――
「……なーんか、してやられっぱなしってのも癪に触るよな……」
寝息を立て始めた海夏の側から立ち上がり、机の上にあるデッサンで使っていた画用紙と鉛筆を手に取る。画用紙を裏返し、無垢な用紙に鉛筆を走らせた。静かになった部屋にカリカリと音を立てて彼女の現状を別次元へと写し始める。陰影を使って髪色と顔の彫りを再現していく。
こうして彼女を描くのは初めてであったが、いつもより手が進むのはきっと、色々な場面で多くの、彼女のありのままの姿を見てきたからだろう。描いていく上で、きっとこの過去改変が上手くいくだろうという確からしい感覚とこの時間がもっと続くのだろうというある種の喜びで、口角が自然と上がっていく。はたから見たら少し気持ちの悪い状態だろう。
しばらく描いていると、脳内にまた、忘れかけていた存在から声がかかる。
(そろそろ終わりそうですか~?)
(ん、もうちょっとかな……)
(……まさかこの状況で、彼女に手を出さずに絵を描くなんて。とんだチキンですよ)
(うるせぇ。ウミカには関係ないだろー)
(はいはいそーですね。……時間的に、もうちょっとで時間軸が戻りそうなんで、早くしてくださいね~)
(はいよ……ん?そんなこと分かるのか?だってお前は――)
そう脳内で話しながら鉛筆を走らせていた時――黒鉛の先が何かに触れた感触がした。なんだか柔らかくて、一度触ったことのあるような感覚……。
「なっ、これは!?」
触れていたのは、画用紙に浮かぶ黒点。その刹那、プツリと糸が切れるように意識が途切れた。
「……そろそろ、恥ずかしい……かも」
そう言って頬を赤らめる海夏は、先ほどとは違った困り顔をしている。咄嗟に謝り、絡め合った指先をすぐに解いて海夏へと向き直る。すると海夏はくすくすと、小さく肩を揺らしながら笑う。
「なんかさ、こうやってなが~く手を繋ぐのって、初めてじゃない?」
確かに、そうかも知れない。思えば付き合う前から彼女との関係は一切、変わっていない気がする。今まで絵のことばかり、互いに考えてきた。世間から見れば、実に変な恋人なのかも知れない。でも俺たちにはそれで充分だった。それが一種のコミュニケーションであり、スキンシップであったから。
「……もしかしたら私、青人くんの絵に嫉妬してたのかも知れない」
「嫉妬?」
そう――と言いながら手をいじいじして、そこに視線を落とす。
「なんていうかな~……あの絵の女の子。多分だけど、青人くんから愛される自信みたいなものがあったんだけど、どこか切なくて……哀しくて。だからそんな絵に青人くんが虜になっちゃうんじゃないかって……漠然と、思ったの」
なんだか変な話だよね――と言ってはにかむ海夏。なんだかそれがむず痒くて、でもつい笑みが溢れてしまうような心地である。今きっと鏡を見たら、バカが映っているだろう。
(いやぁ~なかなか可愛いとこ、あるじゃないですか~!ま、私のほうが可愛いですけどね!)
(お前は黙っとけ)
(ひどっ!?)
ウミカの余計な言葉は忘れるとして……頭の中で響くクレームを全て無視し、緩んだ頬を引き締め直して海夏に向き直る。まだ過去改変は、終わっちゃいないからな。
「……そんなことはない。確かに俺は、絵が好きだ。でもその絵を最初にきちんと見てくれたのは海夏なんだ。今まで人に見せてこなかった絵を、よく見てくれたのは……海夏だけなんだ!それに、可愛い、し……」
「……あっははは。なーんか、今日の青人くん、ちょっと、変だねっ?」
「なっ……そんなこと、ないぞ?」
「いや、変だね!私の知らないところで何があったのかは知らないけど……やけに素直で、そして……前より優しくなった、かも?」
そのことが余程嬉しいことなのか、セミロングの明るい茶髪をそよそよと揺らしながら笑い、こちらを細くなった目で見つめる。なんだか恥ずかしく思えてしまい、目を逸らす。
その様子を見て何を思ったのか、海夏が何やら企み顔でさらに距離を縮め、人差し指を俺の脇腹へと刺した。刹那、脇から脳へと刺激が伝わる。
「ひゃん!?あ。あは、あははははっ!?ちょ、何して……っ!」
「えいっ」
「ちょ、やめ――あっはははははは!!!」
……再び、閑話休題っ!
こちょこちょをされ過ぎて疲弊しきった俺の横で海夏は、俺という人形で遊び疲れたのか欠伸をしている。どこか満足そうである。
呆けていた身体を起こし時計を見れば、すでに日付け変更直前の位置に長針と短針が来ている。今回の過去改変がどのように終わりを迎えるかは分からないが、ひとまず『十一月十八日』を乗り越えていくことが出来そうだ。
大きなため息が出る。安堵のため息だ。――でも、まだ終わりじゃない。もう少しだけ、気を引き締めていかなければ。そう思い、これ以上海夏との間に変化が起きないよう、帰りを促すことにした。すると海夏は、なにやら不服そうにこちらを見る。
「もう私眠いよ~……ここで寝てもいいー?」
「えっ!?」
「別に何もしないし……何かするほど、青人くんはアレじゃないからね~」
そう言って俺が寝るはずのベットへと入っていき、布団をかぶって――おやすみ~、とだけ言って寝息を立て始めた。
――危機感って、なんだろうなぁ……。確かにこの状況から海夏にどうこうする勇気もないし、そもそもする気はない。なんだか不誠実で嫌いだ。だけど――
「……なーんか、してやられっぱなしってのも癪に触るよな……」
寝息を立て始めた海夏の側から立ち上がり、机の上にあるデッサンで使っていた画用紙と鉛筆を手に取る。画用紙を裏返し、無垢な用紙に鉛筆を走らせた。静かになった部屋にカリカリと音を立てて彼女の現状を別次元へと写し始める。陰影を使って髪色と顔の彫りを再現していく。
こうして彼女を描くのは初めてであったが、いつもより手が進むのはきっと、色々な場面で多くの、彼女のありのままの姿を見てきたからだろう。描いていく上で、きっとこの過去改変が上手くいくだろうという確からしい感覚とこの時間がもっと続くのだろうというある種の喜びで、口角が自然と上がっていく。はたから見たら少し気持ちの悪い状態だろう。
しばらく描いていると、脳内にまた、忘れかけていた存在から声がかかる。
(そろそろ終わりそうですか~?)
(ん、もうちょっとかな……)
(……まさかこの状況で、彼女に手を出さずに絵を描くなんて。とんだチキンですよ)
(うるせぇ。ウミカには関係ないだろー)
(はいはいそーですね。……時間的に、もうちょっとで時間軸が戻りそうなんで、早くしてくださいね~)
(はいよ……ん?そんなこと分かるのか?だってお前は――)
そう脳内で話しながら鉛筆を走らせていた時――黒鉛の先が何かに触れた感触がした。なんだか柔らかくて、一度触ったことのあるような感覚……。
「なっ、これは!?」
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