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中間テスト–2–

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「それで、ここの現代仮名遣いは——」

「ほうほう!」



……………



「えっと、ここは虚数があるから——」

「ほ、ほうほう……」



…………



「こっちが縄文時代の遺跡で、こっちが——」

「……ん?」



………



「人体のフィードバックによって、ホルモンが——」

「……?」



……



「……まずは英単語を——」

「???」







 ……まずい。想像以上だった。

図書室での勉強会を終え、今は帰路に着いている。道を歩きながら月宮さんの現状を考える。

ある程度、勉強が出来る黒田君が匙を投げ私に頼んでくる理由がわかった気がする……。飾らず言えば、月宮さんは恐ろしく勉強ができない。

何故、ああなるまで放置していたのか……

 元々彼女のことは知っていた。なんせクラスが二年連続で一緒だから。

月宮さんはよく友達といるところを見る。いや、友達といない時の方が珍しいぐらいの人物で、私はそんな彼女の輝きが純粋に羨ましかった。

だから正直、勉強を教えてほしいと言われた時はなんとも言えない気持ちであった。でも黒田君の頼みでもあるし、何より悲壮感漂う月宮さんを、見捨てることが出来なかった。

……それに、私は前から明るくなりたいと思っていたのに、何も行動出来なかった。いや、自分を変えて誰かに何か、心にもないことを言われるのが怖かったのかもしれない。

……今思えば、この身体の太陽はその罰なのかもしれない。それと同時に、何かを変えるキッカケをくれたのかもしれない。ならまず、目の前のことから解決する。



「頑張ろう……!」



 まずは月宮さんのお願いを解決しよう。そうすれば月宮さんとなんか、良い感じになれそうだし!

とりあえず帰って、明日に備えよう。そうしよう!

 住宅街に沈みゆく太陽の代わりに、辺りを照らすようにして帰るのだった。













         ◎◎◎













 それからというもの、私と黒田君、そして月宮さんの三人で放課後には毎日図書室で勉強会をしていた。

そして図書室以外でも、もともとクラスは同じだからたまに私の席に月宮さんが来て、わからないことを聞きにくるようになった。

そうして中間テストまで残り一週間となった頃——



「……うん!ここも分かるようになってきたね。凄いよ、月宮さん!」

「えへへ~ありがとう、緋奈ちゃん!」

「二人とも、少し休憩しようか?」



 図書室で勉強を教えていると、そう黒田君が言ったので賛成し、少し伸びをする。

この一週間で月宮さんとの距離はだいぶ近くなっていた。なんなら向こうからは緋奈ちゃん・・・・・と呼ばれるくらいには。

……こうして近くなってきたことだし、そろそろ、あのこと・・・・を聞いても良いかな……



「ねぇ月宮さん」

「ん?どしたの?」

「こうしてテスト勉強してるけどさ……どうして、良い点数取りたいの?」

「……あ、そういえば言って、なかったね……実は、さ——」



 窓の外にある木々の影が伸び、ちょうど、俯きかけた月宮さんの目元に落ちる。その俯く彼女を正面から照らす私の光に、少しの揺らぎが見てとれる。埃と紙の独特な香りの狭間に、新芽のような若々しい香りが混ざる。



「グループの中で一番、合計点数が低かった人は、罰として、告白しなきゃ、いけないんだよね……」



 頬を桜色に染め、手元にあるシャープペンシルを持って見つめる彼女。

私はこの時、口をあんぐりと開け、全身に今までにない青春の鳥肌が立っていた。視線を泳がせる。ふと黒田くんと目が合ったとき、無意識に目線を逸らしてしまった。

 図書室の窓のカーテンがバサバサと暴れる。春の残り香がした。
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