ファーナーティクスへの福音

ベアりんぐ

文字の大きさ
上 下
9 / 29
第一章 書物と少年

君への福音

しおりを挟む
       8

 扉があった部屋の先に、あの観測者が居た。前に見た時と変わらずそこにどっしりと構えている。

 「やあ、君たち。本は集めてきてくれたかい?それとも、置いてきたかい?」

 観測者はやはり知っていたようだ。この本を取ると、この世界の創造主の過去を見ることが出来る。

そしておそらく彼女もそのことを知っているようだ。二冊手にしたことで俺の生まれを知ったようだ。

 「大丈夫だ。きちんと四冊持ってきたぞ。」

 「そうか、そうか!では、君の手で四冊入れてくれ。そしたら出口を教えよう!」

 「分かった。今から入れるぞ」

 まず、自身の手元にあった二冊を空いた部分に入れた。

まるで、自分の記憶の欠片を自分で埋めてるような感覚で、何とも言えない。

 そして、彼女が持っていた二冊を手にする。おそらく今回も記憶が甦ってくるだろう。

だけど、もう迷ったりしない。自分に向き合って、こんな世界から現実へと帰るんだ。そしてーーー


       Ⅲ



 「お前、片親だししかも本当の親じゃ無いんだろ?」

 「なんかお前見てるとこっちまで呪われそうだわ」

 「本当はキンダンの子なんでしょ?生きてて恥ずかしく無いの?」

 「異常者からは異常者しか生まれないんだってな。てことはお前も異常者だろうな」

 「「「「お前は、生まれてくるべきじゃなかった。」」」」

 数々の心無い言葉。自分には関係のない奴なんてのはそんなものだ。なにを言っても良いと思ってるんだろう。

 義理の母親である彼女が、事件の内容を近所に流していたことが原因だった。

 高校に入って暫くした時から俺は、散々似たような罵詈雑言、何番煎じかも分からないいじめにあった。

 次第に、小学校中学校と仲の良かった子達とも距離が空いてしまった。そして俺は、本の世界へと向かった。

 本の中の世界では、自分と似た境遇でもまた違った境遇、世界観でもなんでもあった。次第に本へと傾倒し、偏愛を遂げた。

 そんな時、あることが起こった。


       Ⅳ


 「お母さん。彼はクラスや学年でいじめに合っている可能性があります。」

 担任の教師が俺と俺の義理の母を呼び出してこう告げた。

 面倒見の良い教師だと思った反面、余計なことをしてくれた、とも思った。

 そのいじめの原因であるあの事件の内容を広めたのは彼女だと言うのに。

 その日はいつもより酷く、暴言が長く続いた。

 親不孝、呪われた子、悪魔。

 言われる筋合いはないが、彼女からはそう視えてもおかしくは無いと感じた。

 いつもなら大丈夫、で済んでいたのに。いじめから来るストレスや、本の世界への傾倒。思考の変化によって訪れた我慢という砦の崩壊。それは、突然だった。

 「アンタなんか、生まれてこなければ良かったのよ」

 バアァン!!

 そこから先のことは、この記憶の欠片にもあまり残っていないようだ。

 結果だけを言うならば、家の壁に穴を開け、本をひたすら破き、家の中にあったあらゆるものを破壊した。したかったんだ。自分の境遇を、本の中にいる主人公のように壊したかったんだ。

物だけでは飽き足らず、彼女にも手を出した。今までされてきた分程では無いが、明らかにやり過ぎたであろう描写が見られた。

 その時の自分の表情は、無に等しいと言って過言では無いだろう。

 それから本を持ち、ページを千切りながら歩みを進めた。道を歩きながらひたすら破り続けた。



       9


 「この記憶を見ても、まだ現実に戻りたいかい?」

 観測者は、心配そうにこちらを見ていた。おそらくこうなることを分かっていたんだろう。

 それでも。

 それでも、俺は現実に戻って一つずつ一つずつ向き合っていくのだ。

だから、俺は観測者に胸を張って告げる。

 「ああ、俺は向き合うよ。」

 そう、短くも覚悟の決まった声色で言った。

 「……そうかい。なら、もう君は帰ることが出来る。」

 「……え?出口を教えてくれるんじゃ……」

 「出口なんて、最初から無いよ。ただ、君がこの世界に閉じ込めた記憶の欠片を集め、その上で帰ると言うならばいつでも帰れるのさ」

 そんなシステムだったのか…

 「それじゃ、この世界はもう閉じる。僕は君の一部。アイツも君の一部だ。君が告げた言葉、僕達は生涯忘れないだろう。だから約束してくれ。必ず、現実に向き合って、幸せに生きてくれ。僕達が一度諦めてしまった物語を、ハッピーエンドにしてくれ。」

 「ああ、約束する。精一杯向き合うよ。」

 「それと君。君には彼が世話になったよ。おかげで帰ることを決心出来たようだよ。ありがとう」

 「…そう、良かったわね」

 世界が崩れていく。俺達の体が浮いて、少しずつ気が遠くなっていく。

 まるで、眠るようにーーー



       10



 目が覚め周りを見ると、そこはある事務所のような場所だった。

 そして隣には、ついさっき目を覚ましたであろう彼女の姿があった。

 君は何者なのか?何故世界に入って来られたのか?何故助けてくれたのか?

 聞きたいことは多くあったが、短く、労いや感謝を込めてこう言った。

 「ありがとう」

 「いや、仕事をしただけよ」

 そう言うと彼女は、事務所の奥にある冷蔵庫から麦茶を取り出し、二つ分のグラスに注いだ。作業をしている最中、少し嬉しそうにしていたから、案外満更でもないのかも知れない。

 グラスをテーブルに置き、こちらに一つ差し出してくれた。

 礼を言いつつ、彼女からの言葉を待った。俺から口を開いた方が良かったかも知れないが、何かを言うと思ったので待つことにした。

 暫くすると、やはり彼女から口を開いた。



 「狂信者《あなた》への福音は、きちんと訪れた?」




 「……へ?」

 「ごめん、なんでもないわ。それより、これから時間ある?」

 「いや、とりあえず大丈夫、です。」

 「敬語じゃなくて良いよ」

 「あ、そうですか…それで、どんな用事で?」

 「あなた、この事務所で働かない?」

 「………え?」

 俺の名前は、 本木 幸助《もとぎ こうすけ》。高校2年生であり、この一件で大々的には気づかれずとも、人生が思わぬ方向に向いた男だ。

 


       独白



 やっと、やっと一人救われた。

 今までが間違いでは無かったと言える出来事だった。

 でも、本当にーーー




 本当に、これで彼女も救われるのだろうか?




 ーーー考えても仕方がない。

 私は私。 榊 希《さかき のぞみ》。大学二年生の19歳だ。

 これは、私だけの物語。




第一章 書物と少年 ~完~
 
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

もしもしお時間いいですか?

ベアりんぐ
ライト文芸
 日常の中に漠然とした不安を抱えていた中学1年の智樹は、誰か知らない人との繋がりを求めて、深夜に知らない番号へと電話をしていた……そんな中、繋がった同い年の少女ハルと毎日通話をしていると、ハルがある提案をした……。  2人の繋がりの中にある感情を、1人の視点から紡いでいく物語の果てに、一体彼らは何をみるのか。彼らの想いはどこへ向かっていくのか。彼の数年間を、見えないレールに乗せて——。 ※こちらカクヨム、小説家になろう、Nola、PageMekuでも掲載しています。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

処理中です...