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ある秋のふたり
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車窓から覗けるのは青と白。そこに陽射しが加わって淡い彩りにさせる。たなびく雲は風に溶けて不規則で、そのただ中を飛行機雲がスーッと通っている。ぐんぐんと進む電車は、そんなある秋の日の大気を押しのけるように走っている。僕たちは、その電車に乗っている。
一定のリズムで揺れる電車は心地が良い。隣にいる彼女もその心地良さを感じてか、コクリと微睡んでいる。僅かに聴こえる寝息や寝顔は、ある朝の日と全く同じで。そのことがなんだか可笑しく思えてしまう。
ふと、先ほど通過した駅を確認すれば、目的駅の一つ前であった。記憶はあっても曖昧だ。瀬辺地駅を強く覚えていたとしても、その手前の駅を覚えているとは限らない。
僕は隣で気持ち良さそうに寝ていた彼女を起こし、降車の準備をさせる。僕も荷物をまとめて、だんだん止まりゆく電車、色々なものを背負って立ち上がった。
電車が完全に停止し、料金を払って降車口から駅のホームに降り立つ。すぐにホームから出ていこうとしたが、ついゆっくり発車し遠のいてゆく電車を眺めてしまった。これまで、僕が見送る側ではなかったから。
駅舎で止まることなく、瀬辺地周辺を歩く。隣を見れば、なんだかムスッとしている彼女。なんとなく理由は分かっていたが、まるで何も分からない様子で聞いてみた。
「ハル……どうしたの、そんな顔して」
「……また、私の寝顔見てたでしょ?」
「まぁね」
「……なんか悔しいなぁ、前もそうだった!」
「前っていつ?」
「ここに来たときっ!どうして毎回、トモくんより寝てるかなぁ、私」
悔しそうに腕組みをしながら歩くハルの横で、僕はその様子がまた可笑しくて、つい笑ってしまう。……そしてあらためて思う。僕らの間には見えない巨大な力が働いていたことと、それに翻弄されて生きてきたことを。
僕らはあの日、奇跡的に出会えたのだ。実に10年ぶりの再会だった。しかしそこには、三春さんや智治、そしてハル自身の想いがあってこそのものだった。
僕が吉田町に行く2年前。ハルは彼らと出会い、それから僕の来訪を待っていたのだ。2年もの間。それを初めて聞いたとき、あの場でズビズビ泣いていた二人の想いを知った。当然、ハルが抱き続けていた10年の想いも。
それから僕らは、互いに抱き続けた想いを隠すことなく打ち明けた。聞きたいこともあったし、話したいこともあった。次の日に仕事があるにも関わらず、夜が明けてしまうぐらい長く、ながく話した。たくさん笑い、たくさん泣き、そしてたくさん、愛を分かち合った。
自然と恋人となり、これまでぽっかりと空いてしまっていた互いの不在を埋めていった。10年という歳月に隔てられていた分、積み重ねた。
そんな一年を過ごし、僕らは結婚を決めた。これまで同棲はしていなかったが、新居を決めている。これまでとまた変わる私生活を未来に描きながら、僕らは幸せと呼ばれる時間のただ中にいた。
そして今日、僕らは瀬辺地駅に降り立った。彼女の実家に向かっている。婚約の報告と了承を得るためだ。静岡で乗った新幹線から手の震えが止まらなかったが、今はいっそう震えている。緊張するものはきちんと、緊張するのだ。
二人並んで歩く。瀬辺地の風景は変わらずのどかだ。しかし、変化もあった。建っていたはずの民家が消えていたり、ボコボコだった道路が舗装されていたり。しかし一番目を引いたのは、あるポスターだった。
この瀬辺地駅周辺を主なモチーフとして描かれた恋愛小説の、映像化に伴う宣伝ポスターだった。男女の悲恋を描いた作品のようで、聞いたことのある俳優や監督、そして以前目にしたペンネームの名前がポスターの隅に書かれている。
……少しだけ誇らしく思ってしまうし、なにより彼女が一つの夢を叶えたことが嬉しかった。しかし、もう交わることはないだろう。
ポスターから目を離し、道を行く。これまで行ったことのない道だ。傍には雑草、木々はだんだん葉が落ちている。下には茶色の絨毯。木の実が実ったものもあれば、色づく葉もある。半歩先行くハルは、そんな秋中を軽快に歩く。
すると突然、ハルが立ち止まる。一体どうしたのだろうか?
表情こそ柔らかいが、僕と同じで微かに震えている……。
「もしかして……緊張してる?」
「そりゃあ、緊張するよ。それに……トモくんだって、震えてる」
若干笑いながら言うハル。そんな彼女の手を、両手で握る。震えは相殺し合って、やがて止む。それをジッと見てから僕は、ハルの目を見る。
「きっと、大丈夫だよ」
「……震えてた人に言われたくないんですけど」
「ははっ、そりゃそうだ」
「……ふふっ」
そう言って笑い合う僕らはもう、きっと大丈夫なんだ。これまでそうだったように、僕らはどんな場所、時、そして状況に置かれていても、想いで繋がってきた。それはきっと、これからも。
「これからも、ずっと一緒だ」
「もちろんっ!」
震えは治った。そして僕らは手を繋いで、彼女の実家へと向かう。
この一つの試練が終わったら、三春さんや智治のお土産を買って帰ろう。彼らには恩があるし、なにより友人としての繋がりもある。そうしたいと思わせる、確かな繋がりが。
この先……きっと僕らはともに歩いていくだろう。時に困難や災難が降り掛かろうとも、歩みを止めないだろう。一緒に前にも後ろにも、時間や繋がりが許す限り、動いていくだろう。
全てはこの先に待つ、まだ見ぬ未来の話。決して確かではないけれど、常に漠然とした不安に駆られることがあっても……この繋がりがあれば、生きてゆける。
ある秋の、たった1日。
僕は振り返った。すると空に映る真っ直ぐな飛行機雲が、視界に映る。……やがて、視線を戻し、ゆっくりと二人で道を歩いた。
もう、振り返ることはしなかった。
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