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紡ぎ手
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私が絞り出した声はどうやら届いてしまったようで、向かいから近づく男性はペコリとお辞儀をして話しかけてきた。
「すみません、トモくんじゃないです」
「あ……」
そう言って笑う口には八重歯が覗ける。薄暗い中だからよく分からなかったけれど、近づけば分かる。トモくんではない。少しばかり似ているとは思うけれど、明らかな別人であることが分かる。私は混乱気味に、咄嗟に頭を下げる。
「す、すみません……咄嗟に出てしまって」
「いえいえ、人違いなんてよくあります。それにお姉さんのこと、俺も遠目から人違いしてましたし」
「ああ、それは……」
なんだか照れ臭くなってしまい、少し笑ってしまう。
帰ろうと思っていた矢先にこれだ。私は帰るタイミングを失ってしまった。それを知らずか否か、男性は笑いながら横に並んで座り込む。よく分からないが、話をしたいみたいだ。
それに倣って私も座り込む。
「あんまり見ない顔、ですよね?……あ。俺、智治って言います。お名前訊いても?」
「えっと、春奈です。智治さんは、よくここに来るんですか?」
辺りを見渡しながら聞く。すると智治さんは口元に人差し指を立てて、静寂を求める。……ずいぶん唐突な人だなぁと思った。
やがて静寂から波音や生き物の声が響き始める。木々の揺れる音、自分の音。すると智治さんはゆっくり目を閉じて呟く。
「ここ、すごく静かでしょ?俺はここがすごく好きで、これが好き……なのかは分からないけど、いつもいる人、いわゆる常連っていう人たちが居るんだけど、春奈さんはどうもそうじゃないらしいね」
「あ、はい……夜に来たのは初めてで」
「てことは、今日はなにをしに?」
「……少し、故郷を懐かしんでいたんです。青森なんですけど、私が住んでいた場所、ここによく似ていて。風とか波が」
「へぇ~青森かぁ。行ったことないなぁ」
なんだか、コロコロと表情が変わる人だ。ずっと落ち着かない様子で、でもこれがこの人のデフォルトなんだと思うと、なんだか愉快な気がする。
「ところで、トモくんって誰です?」
「……やっぱり、そうなりますよね」
「俺に似てやっぱりイケメン?どんなご関係で?もしかして恋人とか――」
「こら、やめなさい」
智治さんがさまざまなことを呟いていると、私たちの後ろから女性の声がした。振り返るとそこには、なんだか私に似ているような人。その人は智治さんにチョップを入れつつこちらを見て、なんだか驚いている様子。
「あなた……なんだか、私に似てる?」
「みーちゃん~!遅いよぉ~」
「……みーちゃん?」
「こらっ、智治お座り!……私、三春って言います。智治がすみません、この人忙しなくて大変だったでしょ?」
「いえいえ!そんなことは……あ。私は春奈です」
なんだか妙な空気になってしまった。それにしても、世界には自分によく似た人が3人いると言うけれど、まさかこんな場所で出会うことになるとは……。
三春さんは智治さんの横に座り、グッと伸びをする。どうやら智治さんが私と人違いをしたのはこの人らしい。
よくよく二人の話を聞けば、彼らは付き合っているようで、こうしてよく二人で海に来ているのだそうだ。どちらも吉田町に住んでいて、大井川沿いに建ち並ぶ工場や企業で働いているらしい。二人はこれまで同じ学校を出て、長いこと付き合っているらしいが、私にはそれが羨ましく思えた。
「なんだか、良いですね。そういうの」
「そう?なんだかそう言ってもらえると嬉しいわぁ」
「春奈さんは、どっちが先に告白したと思う!?実は――」
「はいはい、智治は黙ってて」
智治さんの口を強引に塞いだ三春さんはどこか恥ずかしそうだが、そんな二人のやりとりが微笑ましくて、つい笑ってしまう。そしてなにを思ったか、私は不思議に彼との――トモくんとの話を思い出してしまった。……なんだかこの二人には、話しても良いと思った。
「私は、そういうふうには、いかなかったから……」
「……春奈ちゃん?」
「えっと、私は――」
それから今まで誰にも話すことをしなかった、私とトモくんの話をした。たまたま繋がった電話、それからの私たち、瀬辺地駅での初対面と、それから。
二人が適度に相づちを打ってくれるおかげで、なんだかスッキリ話せたような気がする。過去を説明するだけだと思っていたが、それに反して私が過去に思っていたことも多く話してしまった。……やがて私が話し終えると、二人は神妙な面持ちでうんうんと目を閉じて首を縦に振っていた。
「だから今日ここに来たのも……瀬辺地駅近くに似たこの海で、ただ思い耽っていたからなんです。静岡に住んでいた人だし、トモくんが、もしかしたらいないかなぁ~って感じで」
「……」
「……せ、切なすぎるっ」
智治さんは海を見つめながらそう呟く。その横で三春さんはうんうんといっそう、首を縦に振っている。……きっと似た者同士なんだなぁと思った。すると突然、三春さんが私の手を取って言う。
「そのトモくん、本名は分かる?」
「あ、えっと……すみません、分からないんです。きっとトモっていうのは名前の一部な気がするんですけど……」
「よし、それだけあれば十分よ!きっとその人はここに来るっ!」
「あ。みーちゃんの悪癖だ」
「春奈ちゃん、私たちは良くここに来る。そして私は春奈ちゃんにどことなく似ているわ。きっと、そのトモくんが私を見たら気に留める。これならまた、春奈ちゃんはそのトモくんと会えるわ。私が連絡する!」
三春さんは任せてっ!と言わんばかりだ。その後ろで智治さんは、うんとかすんとか言っている。……まあ、もし会えるのならば、頼んでおいて良いのかも。それに二人はきっと、良い人だ。信用しても良いのだろう。三春さんに握られた手を握り返し、目を合わせて頼む。
「……なら、ぜひお願いします。それにしても、どうしてここまで良くしてくれるんですか?」
「……そりゃあ、大好きな人にまた会えたら、嬉しいじゃない。たとえ可能性が低くても、想いは繋がるし伝わるものよ、ね?」
「ありがとう、ございます」
「お安い御用よ~!あっ、これ私の連絡先っ!」
「……ねえみーちゃん?協力するのは良いけど、そのトモくん、ここに来るのかなぁ?もしかしていつもの――」
智治さんがそう言いかけると、三春さんはピースサインを作って堂々と言ってのけた。
「もちろん、女の勘ってやつよ!」
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