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懺悔は電話に
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彼との、最初で最後の約束は幸福に満ちたものだった。自身の過去と現在、そしてこれまで彼との間に育ててきた想い……。それを全ては伝えられなかったけれど、私がとにかく言語化出来るものは必死に伝えた。お別れの時、「また会える」なんてことを言ったけれど、私にはなんとなく、予感があったのだ。キスをする前から予感があった。
私が乗るレールと、彼が乗るレールは今後決して交わることがないだろう。どれだけ想い合ったとしても、どれだけ言葉を尽くしても。それとなく冷たい世界が背後にあった。それを感じてしまった私は、この先もこの人とはいられないと確かに分かってしまった。
だからといってこの先も続く彼との電話を蔑ろにするつもりは毛頭なかった。むしろ、そうした運命めいたものに背いてでも繋がっていようと決意していた。しかし現実は違った。もちろん彼が悪いというわけではない。
私が家に帰った後、両親からもの凄い剣幕で叱られた。当然だろう、中学生でありながら家を抜け出し、顔を知らぬ誰かに会いにいくのだ。それまでは想定内だった。
しかしここからが想定外だった。もともと私が病弱ということもあって両親は過保護だった。そうなってしまう気持ちも分かるが、この時に肥大した保護心が爆発してしまったのだろう。
私は数週間、スマホを取り上げられた。彼にはすごく申し訳ないと思っていたし、私自身も友人と呼べる者が彼以外いなかったので、毎日が毎日でないほど長くながく感じた。……スマホの解禁日、私は両親を甘く見ていたのだと実感し、そして確かな喪失と憤りを抱いた。
スマホは変わり、それまで私が保持していた連絡先は全て消えていた。電話番号も変わっていたし、彼が以前の電話番号を入力したとしても通じることはない。それに私は覚えが悪かった。彼の電話番号を覚えていなかったのだ。……何故あの時、メモの一つでも取っていなかったのだろうと強く激しく思う。後悔は厚く深かった。
何度思い出そうとしても、思い出せない。私は当然、両親に詰め寄った。きっと彼らは驚いたろう。これまで従順でしかなかった私が今までにない嫌悪感と激怒で詰め寄ったのだ。彼らは他人の子の過ちを見るような目でこちらを見ていた。若干、引いていた。
それがどれだけ大切で、私を支えていたか。決して他人に分かりはしないが……分かってもらう必要もないが、これだけは両親に分かって欲しかった。私を大切にしてくれるのならば。言葉にはない繋がりを持っているのならば。
それから何度も、何日も、何十日も。幾度となく両親を憎んだり、呪ったりした。新しいスマホにぼんやり映る私の顔。車窓の隅に積もる埃。書籍のそこここに挟まる栞にも、両親の瞳に映る私の姿にも。とにかく何度もふとした瞬間にそうした。それがまた無意味なことに気付きながら。
どうしても諦められなかったのだ。それがたとえ、誰に貶されようと踏みにじられようと。私にとっては彼が最初で最後の初恋であり、確かなものであったから。
中学はとにかく、自分ではどうしようもない年齢や社会的地位に悩んだ。とにかく彼が住んでいる静岡に行きたくて……でも、出来なくて。しかし高校に上がると同時にそんな当てのない悩みも穏やかなものになっていった。
それからというもの、とにかく自分で出来ること、この世界をあまり不自由なく生きるためのことをした。高校に入ってからは勉強にも私生活にも力を入れた。持病が和らいだ(というより両親からの愛やその過程で培った精神力によるものの)結果でもあるが、今まで出来なかったことやしてこなかったものに執拗に食らいついた。
とにかく貪欲になっていた。この世界に差す光にも、その裏で蔓延る闇にも目をつけ考えた。そして動いた。彼が私にそうしてくれたように、私もそう生きたかった。だからだろう、私の思考の根底には常に彼が居たし、夜な夜なスリープモードのスマホを耳に当て、一人でこっそり話した。
一日の出来事、高校生になって初めて友達と青森市へ出かけたこと、行きたかった北海道に出かけたこと……そうして話しているうちに、私は大人になったのだと感じた。彼と私のことを客観的に想うことが出来るようになったのも、そのせいだ。
何ヶ月か、彼とは別の男の子と恋人になったのもそのせいだ。告白は相手から。金木犀が香り紅葉が辺りを彩る時期だった。……その後別れた原因は、私が静岡の大学に合格し引っ越すことが決まったからだった。私から切り出した。
別に機械的であったわけじゃない。ただ、巣や親鳥から離れて飛び立ってゆく小鳥たちと同じで、私には不要になってしまったからだった。進学を機に一人暮らしとなり心配してくれた両親にも、高校時代に出来た友人にも、涙ながら必死に別れたいと思ったワケを聞いてくれたあの人にも、様々な感情と申し訳なさを抱いた。
しかしそれ以上に、私はここにいるべきではないと思ってしまった。心の内から叫ぶ、あの日以来止まってしまっている小さな私が、別の――彼の場所へ行きたいと、ずっと。
最後に乗った津軽線の電車には妙な気持ちを抱いた。たかが18年そばにあっただけであり、利用していたのは数年だと言うのに……それには不思議な魔力があった。きっと知らないうちに私がかけた魔法だった。
車窓に薄く映る私の頬は、一筋だけ歪んで見えた。
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