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僕らは

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 空が雲に覆われ、世界が白く染まる冬。新たな年に浮き足立つ街中を僕らは歩いていた。大地に厚く雪は積もれど、幸い雪は降っていなかったので特になにも必要がない。装いは温もりを逃さないよう厚くなったが、そんな心配はいらないほど、僕のには理香の温もりがあった。僕らの関係や繋がりは前より確かとなり、気づけば作品だけではなく、僕らの物語を日々綴っていた。

降ったばかりの新雪は音を立てて沈む。重力にひかれた足が雪を踏み固める。サクサクとした感触の冷たさと手のひらにあるの温度差に風邪をひいてしまいそうだ。そんなことを考えていると、理香がパッとこちらを見る。おおよそその視線の意味を理解し、繋いでいた手をゆっくり交互に絡めあって、ぎゅっと優しく確かに互いに繋ぎなおした。

「うん……合ってる」

「もう、分かるね」

 僕らは紅葉が落ちるころ、小説パートナーという関係から恋人になった。湧き上がる情熱だとか、夏場に突然降るスコールだとか、そういった突発的なものではなく自然と。食べ物を食べたら徐々に味がするように、ヒーターをつけたらだんだんと部屋が暖かくなっていくように……少なくとも僕はそうだった。その前に不思議な出会い方をしたからと言えば運命的だけど、きっとそれじゃない。そもそも言葉にしたことがない。彼女がどうであるかは定かではないが、きっと僕と同じなのだろう。

互いに寂しかったのかも知れない。でなければ瀬辺地で会うこともなかったはずだ。周りに誰もいなければ不安を感じる。過去になにかを見ている。きっとそうした小さな共通点が、僕らの関係をこうして確かに繋ぎ止めている。それは実に蜘蛛の糸のように細いが、同時にとても硬いのだ。

 理香の家の玄関に着く。入る前に服を何度か払う。玄関には理香の靴と、僕の靴。洗面台には白い歯ブラシと黒い歯ブラシ。6畳の部屋には何着か僕のコートや下着がたたまれていて、理香はそれをスッと押入れにしまってお湯を沸かしにキッチンに立つ。収納棚をゴソゴソと漁って取り出したのはコーヒーのティーバッグ。

やがて電気ケトルがカチッと音を立てて、理香はケトルをとってティーバッグが置かれたコップにお湯を注いでいく。ほわほわと上がる湯気が、僕らの穏やかな時間を表しているようで、充足の吐息を漏らしてしまう。差し出されたコップに手を取りつつ、理香の書いた小説に目を通していく。

「コーヒーありがとう。ちょっと待ってて」

「ええ、ゆっくりで大丈夫よ」

 そういう彼女の頬や鼻先はほんのり赤くなっており、吐息も湿っぽい。きっと寒さのせいだ。そう思っている僕の頬や鼻先も赤くなっているのだろう。それも寒さのせいだ、きっと。

 あれからも小説を書き続けている理香の作品は、2ヶ月ほどで入れ替わる。もともと大長編を書く気はないらしく、せいぜい1冊程度の物語をずっと書いているらしい。それをさまざまな賞やコンテストに出しているようだ。先日も2次選考の結果が発表された。彼女の作品の題名とペンネームは、載っていなかった。僕も関わっていたし、なにより面白いと思っていただけに残念でならなかった。

それでも彼女は次を見ている。発表後こそ珍しく落ち込んではいたが、割り切って次を書いている。僕はその姿勢と目線にひどく感心したし、共感もした。きっとそれで良いのだ。作品の趣向が合わなかった、文体が合わなかった、テーマが刺さらなかった。きっとそれだけのことなのだと僕は思う。文字数や作品数が制限されていようと、個人が人生で書いて良い作品数は限られていない。

 理香が昨日書いたであろう部分を一通り見終わり、修正部分や疑問点を上げていく。横で聞いている理香の目は作品が映し出されているモニターにまっすぐ向かれている。協議していく上で再度推敲が必要な部分はその場で直し、それでも納得いかないときは一旦置いておく。そうして練り上げられた作品はどれも面白かったし、なにか心に来るものがあった。2人の賜物なのか、理香の能力が僕を介して姿を現すようになっているのか。

しかし今、それより大事なことは2人でこうしていることだった。作品は大事だ。それはどちらも思っていることだし、なにより彼女の夢や望みがそこにある。でも、それが無くなったとしても2人でいることを解消する気にはなれないし、むしろ抵抗するだろう。少なくとも僕はそう思うようになった。

 同じ部屋と同じ時を交えて育んでいく関係に僕らは安寧を求めた。まるで今までそれが無かったみたいに僕らは互いに対して安らぎを求めたのだ。それは遥か昔にもう、手にしているのに。

幸福を追うのと一緒なのだ。どれだけ追いかけようと何処かにおいてきてしまった安寧や安らぎ、繋がりはすでに持っていて、常にそこに居るから逆に、僕らの前には現れずむしろ反対の存在を暗喩する。やがて蔓延るのだ、部屋の隅にも反対側の道にも、理香の瞳の中にも。彼女は違うのかも知れないが、僕にとってはそれがたまらなく怖かった。

もうこれ以上、失いたくなかったのだ。
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