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くゆりふわり
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あれから帰って、少し変わった関係と近くなった距離、そして想いを乗せた言の葉の、その全てに浮き足立っていた僕は、両親からのお叱りもケロッと忘れ、いつもの時間に机に座って電話をかけた。
…………
………
……
……出ない。最初は番号を間違えたのかと思った。しかし何度かけてみても繋がらない。その日は諦め、スタンドライトをパチリと消して眠りについた。
そして翌日……やはり繋がらない。次の日も次の日もつぎの日も。何度もかけた、かけた。その度機械音声が耳元で無機質に囁くのだ。どうして、どうして、どうして?……そうしてかけては閉じ、かけては閉じてを繰り返しているうちに年を越した。駅内のコンビニで見たクリスマスの装飾は、いつの間にか片付けられていた。
いつからか深夜1時に電話をかけることもなくなり、以前にやっていた、知らない番号に電話をかけるようになっていた。まるで何かに縋るように電話をかけ続けた。いつのまにか朝になってしまう、なんてことも珍しくない状態になった時……ヤケクソになって電話をかけていること、失望なのか怒りなのか諦観なのかがごちゃ混ぜになって僕の脳裏を焼いたこと、これらに僕は気づき、いままでのことを幻想として、夢として捉えることで、未練を捨てることにした。当然続けた電話も、それ以降パッタリとなくなった。
彼女との電話がなくなり、さらに深夜に電話という行為をしなくなった影響は、少なからずあった。友達と遊ぶことも増えたし、以前よりも勉強をするようになった。それは電話をしていたときよりももちろん、それ以前の時よりも頻度が増し、ときには門限を大幅に破ったり、予定をパンパンに詰め込んだりした。――きっとそれは、彼女を失ったことでより強大なものとなった不安から逃れるためだった――。そうして高校受験を終えて静岡市内の高校に進学した。
僕の中学時代はそうして幕を下ろした。幕の向こうには微かな雪と春と風があった。それを知ってしまった僕はもう、知らなかった僕には戻れなかった。
高校に進学し、僕の行動範囲や認知範囲は格段に変化した。身体的な変化こそあまりなかったが、部活動で培った精神力と中学時代の経験値からか、僕は周りより大人に見られていた。同級生はもちろん、先輩や先生からも似たような印象を持たれていたことでよく頼られるようになり、中学時代よりもさらに忙しくなっていった。――きっとこの頃からだ、自分を食い始めたのは――。生活はもちろんのこと、部活も中学時代と同じ野球部に進んだ。そこまで強かったわけではないが、やはり他の部活と比べてもなかなか厳しいものだった。しかし、苦しみだけではなかった。
そんな充実した生活を送っていたある秋の日……同じクラスの女の子から、メッセージアプリ内で告白を受けた。
《前から好きでした。付き合ってください》
いつもは敬語なんて使わない間柄の彼女が、こうした時にかしこまって、一歩下がって。それが普通というか常識であることは分かってはいたが、僕にとっては不思議なものでしかなかった。
彼女は話していて楽しかったし、僕としてもそれなりに好感度は高かったほうだ。小さな身体にみあわず元気でフレッシュ感の強い彼女はきっと、僕にとっても良い相手だと思った。しかしその2日後――人気のない校舎裏で彼女に返事をしたとき、気づけば彼女は、鼻を啜って溢れる涙を我慢していた――。どうしてそんな返事をしたのか、覚えていない。ただ僕には失いたくないものがあった。彼女と付き合うという事実を目の当たりにしたとき、ずっと心に掴んでいたその大切ななにかを手放してしまいそうで、なくしてしまいそうで。
……彼女は嗚咽とともに「ごめん」とだけ言って、僕の前から走り去っていった。部活を終えて帰宅し、1人スタンドライトの明かりの中課題をしていたとき、彼女からメッセージがあった。
《今日はごめん、これからも友達でいてくれるかな?》
胸がかまいたちに切られたみたいに、じんじんと痛かった。しばらくそのメッセージをジッと見てから、ゆっくりとフリック入力で返事をする。
《僕こそごめん、もちろんだよ》
すぐに既読がつき、数分後に新しいメッセージが届く。
《ありがとう、智樹くん》
そのメッセージを確認し、スマホを閉じてスタンドライトの明かりを消して、ベットに飛び込んだ。
その数ヶ月後、木々に一葉も無く空気の澄み切った静岡の街を、彼女と手を繋いで歩くようになっていた。僕の方からそういう関係になってほしいと伝えたのだ。彼女は喜びよりも困惑していた。しかし結果として並び歩くようになり、僕は絶えず続く痛みを忘れるよう努めた。
歩いている途中、彼女は何かを見つけたように枝の先を指差した。そこを見れば蕾。彼女は白い息をふわりと漏らしながら、微笑む。
「春が来るね」
「……うん。綺麗に咲いてるかなぁ」
彼女とは春が来るまえに別れた。僕からではなく彼女からそうしようと告げられたのだ。僕はただ立ち尽くし顔を歪めていただけで、涙は出なかった。彼女は僕がフった時と同じく、泣いていた。
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