上 下
14 / 29

くゆりふわり

しおりを挟む



         ***



 あれから帰って、少し変わった関係と近くなった距離、そして想いを乗せた言の葉の、その全てに浮き足立っていた僕は、両親からのお叱りもケロッと忘れ、いつもの時間に机に座って電話をかけた。

…………

………

……

 ……出ない。最初は番号を間違えたのかと思った。しかし何度かけてみても繋がらない。その日は諦め、スタンドライトをパチリと消して眠りについた。

 そして翌日……やはり繋がらない。次の日も次の日もつぎの日も。何度もかけた、かけた。その度機械音声が耳元で無機質に囁くのだ。どうして、どうして、どうして?……そうしてかけては閉じ、かけては閉じてを繰り返しているうちに年を越した。駅内のコンビニで見たクリスマスの装飾は、いつの間にか片付けられていた。

 いつからか深夜1時に電話をかけることもなくなり、以前にやっていた、知らない番号に電話をかけるようになっていた。まるで何かに縋るように電話をかけ続けた。いつのまにか朝になってしまう、なんてことも珍しくない状態になった時……ヤケクソになって電話をかけていること、失望なのか怒りなのか諦観なのかがごちゃ混ぜになって僕の脳裏を焼いたこと、これらに僕は気づき、いままでのことを幻想として、夢として捉えることで、未練を捨てることにした。当然続けた電話も、それ以降パッタリとなくなった。

 彼女との電話がなくなり、さらに深夜に電話という行為をしなくなった影響は、少なからずあった。友達と遊ぶことも増えたし、以前よりも勉強をするようになった。それは電話をしていたときよりももちろん、それ以前の時よりも頻度が増し、ときには門限を大幅に破ったり、予定をパンパンに詰め込んだりした。――きっとそれは、彼女を失ったことでより強大なものとなった不安から逃れるためだった――。そうして高校受験を終えて静岡市内の高校に進学した。

 僕の中学時代はそうして幕を下ろした。幕の向こうには微かな雪と春と風があった。それを知ってしまった僕はもう、知らなかった僕には戻れなかった。



 高校に進学し、僕の行動範囲や認知範囲は格段に変化した。身体的な変化こそあまりなかったが、部活動で培った精神力と中学時代の経験値からか、僕は周りより大人に見られていた。同級生はもちろん、先輩や先生からも似たような印象を持たれていたことでよく頼られるようになり、中学時代よりもさらに忙しくなっていった。――きっとこの頃からだ、自分を食い始めたのは――。生活はもちろんのこと、部活も中学時代と同じ野球部に進んだ。そこまで強かったわけではないが、やはり他の部活と比べてもなかなか厳しいものだった。しかし、苦しみだけではなかった。

 そんな充実した生活を送っていたある秋の日……同じクラスの女の子から、メッセージアプリ内で告白を受けた。

《前から好きでした。付き合ってください》

 いつもは敬語なんて使わない間柄の彼女が、こうした時にかしこまって、一歩下がって。それが普通というか常識であることは分かってはいたが、僕にとっては不思議なものでしかなかった。

 彼女は話していて楽しかったし、僕としてもそれなりに好感度は高かったほうだ。小さな身体にみあわず元気でフレッシュ感の強い彼女はきっと、僕にとっても良い相手だと思った。しかしその2日後――人気のない校舎裏で彼女に返事をしたとき、気づけば彼女は、鼻を啜って溢れる涙を我慢していた――。どうしてそんな返事をしたのか、覚えていない。ただ僕には失いたくないものがあった。彼女と付き合うという事実を目の当たりにしたとき、ずっと心に掴んでいたその大切ななにかを手放してしまいそうで、なくしてしまいそうで。

 ……彼女は嗚咽とともに「ごめん」とだけ言って、僕の前から走り去っていった。部活を終えて帰宅し、1人スタンドライトの明かりの中課題をしていたとき、彼女からメッセージがあった。

《今日はごめん、これからも友達でいてくれるかな?》

 胸がかまいたちに切られたみたいに、じんじんと痛かった。しばらくそのメッセージをジッと見てから、ゆっくりとフリック入力で返事をする。

《僕こそごめん、もちろんだよ》

 すぐに既読がつき、数分後に新しいメッセージが届く。

《ありがとう、智樹くん》

 そのメッセージを確認し、スマホを閉じてスタンドライトの明かりを消して、ベットに飛び込んだ。


 
 その数ヶ月後、木々に一葉も無く空気の澄み切った静岡の街を、彼女と手を繋いで歩くようになっていた。僕の方からそういう関係になってほしいと伝えたのだ。彼女は喜びよりも困惑していた。しかし結果として並び歩くようになり、僕は絶えず続く痛みを忘れるよう努めた。

 歩いている途中、彼女は何かを見つけたように枝の先を指差した。そこを見れば蕾。彼女は白い息をふわりと漏らしながら、微笑む。

「春が来るね」

「……うん。綺麗に咲いてるかなぁ」



 彼女とは春が来るまえに別れた。僕からではなく彼女からそうしようと告げられたのだ。僕はただ立ち尽くし顔を歪めていただけで、涙は出なかった。彼女は僕がフった時と同じく、泣いていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

校長先生の話が長い、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
学校によっては、毎週聞かされることになる校長先生の挨拶。 学校で一番多忙なはずのトップの話はなぜこんなにも長いのか。 とあるテレビ番組で関連書籍が取り上げられたが、実はそれが理由ではなかった。 寒々とした体育館で長時間体育座りをさせられるのはなぜ? なぜ女子だけが前列に集められるのか? そこには生徒が知りえることのない深い闇があった。 新年を迎え各地で始業式が始まるこの季節。 あなたの学校でも、実際に起きていることかもしれない。

幼なじみとセックスごっこを始めて、10年がたった。

スタジオ.T
青春
 幼なじみの鞠川春姫(まりかわはるひめ)は、学校内でも屈指の美少女だ。  そんな春姫と俺は、毎週水曜日にセックスごっこをする約束をしている。    ゆるいイチャラブ、そしてエッチなラブストーリー。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

女子高生は卒業間近の先輩に告白する。全裸で。

矢木羽研
恋愛
図書委員の女子高生(小柄ちっぱい眼鏡)が、卒業間近の先輩男子に告白します。全裸で。 女の子が裸になるだけの話。それ以上の行為はありません。 取って付けたようなバレンタインネタあり。 カクヨムでも同内容で公開しています。

若妻の穴を堪能する夫の話

かめのこたろう
現代文学
内容は題名の通りです。

夜の公園、誰かが喘いでる

ヘロディア
恋愛
塾の居残りに引っかかった主人公。 しかし、帰り道に近道をしたところ、夜の公園から喘ぎ声が聞こえてきて…

処理中です...