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線路は続く
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夢から目覚めて視界に飛び込んできたのは、僕の肩に寄りかかって寝息をたてるハルの姿だった。駅舎の側にある街灯がセミロングの黒髪を艶やかに照らし、僕に早朝を知らせる。ハルをゆっくりとベンチに寝かせ、引き戸を開けて外に出る。あれだけかかっていた雲はどこかに消え去り、空には紫と橙と青が混ざっていて、端には太陽と月があった。スマホを取り出し時刻を見ると5時10分。始発の電車まであと20分ほど時間があった。大きく伸びをして駅舎に戻り、ハルを起こす。
「起きて、ハル。もう朝だよ」
「うぅ~、もう少し……」
それからごねるハルをなんとか起こした。ハルは目を擦りながら毛布を膝にかけて、スマホを見ようとしたところで「ハッ!?」と言って目を開き、こちらをジッと見た。僕は思わず顔を逸らしてしまったが、ハルは怒ったような恥ずかしいような……なんとも言えない、苦虫を噛み潰したような表情で、前のめりになって僕を見続けた。それに根負けして、わけを聞いてみる。
「ど、どうしたの」
「ん~……なんかズルい!」
「えっ、なにが?」
「な~んでもないっ!」
そう言って腕を組んでそっぽを向くハルはなんだか子どもみたいで(まるで小学生のようで)、それに思わず声をあげて笑ってしまう。それがよほど悔しかったのか、ハルは座りながら地団駄を踏んだ。ひたいに怒りマークがついていそうなぐらい分かりやすかったので、それでさらに笑ってしまった。終いには肩を両手でポカポカ叩かれた……ただただ温かかった。
しばらく帰り支度をしていると、駅舎からアナウンスが流れる。どうやら始発の電車が来たようだ。引き戸を開けて駅舎を出ると、先ほどとはまた違った朝の空が見えた。絶え間なく動く時間に、きっと僕らも乗っている。そしてそれは、これからもだ。遠くから電車の音と日の出。踏み切りの音に驚いたのか、鳥が何羽か空に飛んでいく。それをしみじみ感じていると、ハルが手を引く。
「ねぇ……私たち、また会えるよね?」
なにがそこまで――と思ったが、それを感じているのは僕もだった。きっとお互い、この関係が、繋がりが。いつか無くなってしまうのが怖いのだ。もしそうなったと考えたとき……モヤモヤとした霧が一気に身体の内部から突き刺すような痛みが走る。だから、その痛みを知っている僕が彼女にどんな言葉をかければ良いか……いや、悩んでいても仕方がない。そう思い、側に立ちこちらを潤んだ瞳で見つめるハルを――
抱きしめた。
「えっ、ちょっ!?」
「大丈夫、きっとまたこうして会える。だから――」
そこで言葉に詰まってしまった。その先を言ってしまえば、きっと僕らにとって呪いになると予感があったから。だから……その先の言葉は、ハルを抱きしめることをやめて、また側に立って続けた。
「だから……今日も電話しよう!明日も、あさっても!また会えるまでっ!」
「……うん!」
そう言うとハルは僕を抱き返す。それにこたえるように、僕も先ほどよりも一層大事に抱きしめた。……背後から電車の止まる音。扉が開き、こちらに別れの時を告げる。それにこたえ、抱きしめていた僕の全てを離して、荷物を持って扉の内側に乗り込む。やがて扉が閉じ、ゆっくりと電車は線路の上を進み出した。
扉の向こう、ハルは駅の端まで僕を見送り、そのまま立ち尽くしていた。僕もその姿が見えなくなるまで、扉の側に立ったままだった。
***
…………
………
……
……それからは行きに来た線路を同じように辿るだけであった。その先に目的も望みもない。しかし僕は進まなければならない。いま乗っている電車や新幹線と同じように、時間のレールを、そのレールが消えてしまうまで、歩まなければならない。
しかし――と僕は読んでいた本を閉じて窓の風景を見る。流れていくこの風景のようにどれだけ僕が進んでも、変わっても。きっと、彼女との関係は変わらないのだと、この時は確信していた――。レールがもし違った方向へ進んでも、それを超えたものが僕らにはあるのだと。それは今日も明日も、あさっても。
でも……と僕は決意する。僕がハルと歩んでいくのならば、これから誰の指図も時間の抵抗も受けず2人で生きていくのならば。僕はもっと確かなものにならなければならない。今も抱えている漠然とした不安感も、親の庇護も、そしてハルに対して花開いた『好き』も……もっとずっと確かにそしてきちんと制御できるようになりたい。そうでなければ彼女の横を歩いていけないと思うから、ハルが誇れる人間でないように感じてしまうから。
だからハルにこの気持ちを伝えるのは、もっとずっと、僕という存在がこの世界で確かになった時にしよう。きっとこの想いを伝えなくとも、僕らの、僕らだけの関係はなくならない。それまでうんと努力しなくちゃならない、けどそれはきっと、苦痛じゃない。
そんなふうに、家に帰って両親にこってり叱られるまで――僕はハルと、ハルとの未来だけを空想世界に描き続けた。
――きっとあの頃は、世界という認識の曖昧さも、初めての恋にも痺れて酔っていたのだと思う。けれどそんな時期は誰にでもあるし、僕だけがという話でもないのだろう。ただ、この時の想いと欲望が業のように身体を離れなくなることだけは、どうか覚えていてほしい――。
「起きて、ハル。もう朝だよ」
「うぅ~、もう少し……」
それからごねるハルをなんとか起こした。ハルは目を擦りながら毛布を膝にかけて、スマホを見ようとしたところで「ハッ!?」と言って目を開き、こちらをジッと見た。僕は思わず顔を逸らしてしまったが、ハルは怒ったような恥ずかしいような……なんとも言えない、苦虫を噛み潰したような表情で、前のめりになって僕を見続けた。それに根負けして、わけを聞いてみる。
「ど、どうしたの」
「ん~……なんかズルい!」
「えっ、なにが?」
「な~んでもないっ!」
そう言って腕を組んでそっぽを向くハルはなんだか子どもみたいで(まるで小学生のようで)、それに思わず声をあげて笑ってしまう。それがよほど悔しかったのか、ハルは座りながら地団駄を踏んだ。ひたいに怒りマークがついていそうなぐらい分かりやすかったので、それでさらに笑ってしまった。終いには肩を両手でポカポカ叩かれた……ただただ温かかった。
しばらく帰り支度をしていると、駅舎からアナウンスが流れる。どうやら始発の電車が来たようだ。引き戸を開けて駅舎を出ると、先ほどとはまた違った朝の空が見えた。絶え間なく動く時間に、きっと僕らも乗っている。そしてそれは、これからもだ。遠くから電車の音と日の出。踏み切りの音に驚いたのか、鳥が何羽か空に飛んでいく。それをしみじみ感じていると、ハルが手を引く。
「ねぇ……私たち、また会えるよね?」
なにがそこまで――と思ったが、それを感じているのは僕もだった。きっとお互い、この関係が、繋がりが。いつか無くなってしまうのが怖いのだ。もしそうなったと考えたとき……モヤモヤとした霧が一気に身体の内部から突き刺すような痛みが走る。だから、その痛みを知っている僕が彼女にどんな言葉をかければ良いか……いや、悩んでいても仕方がない。そう思い、側に立ちこちらを潤んだ瞳で見つめるハルを――
抱きしめた。
「えっ、ちょっ!?」
「大丈夫、きっとまたこうして会える。だから――」
そこで言葉に詰まってしまった。その先を言ってしまえば、きっと僕らにとって呪いになると予感があったから。だから……その先の言葉は、ハルを抱きしめることをやめて、また側に立って続けた。
「だから……今日も電話しよう!明日も、あさっても!また会えるまでっ!」
「……うん!」
そう言うとハルは僕を抱き返す。それにこたえるように、僕も先ほどよりも一層大事に抱きしめた。……背後から電車の止まる音。扉が開き、こちらに別れの時を告げる。それにこたえ、抱きしめていた僕の全てを離して、荷物を持って扉の内側に乗り込む。やがて扉が閉じ、ゆっくりと電車は線路の上を進み出した。
扉の向こう、ハルは駅の端まで僕を見送り、そのまま立ち尽くしていた。僕もその姿が見えなくなるまで、扉の側に立ったままだった。
***
…………
………
……
……それからは行きに来た線路を同じように辿るだけであった。その先に目的も望みもない。しかし僕は進まなければならない。いま乗っている電車や新幹線と同じように、時間のレールを、そのレールが消えてしまうまで、歩まなければならない。
しかし――と僕は読んでいた本を閉じて窓の風景を見る。流れていくこの風景のようにどれだけ僕が進んでも、変わっても。きっと、彼女との関係は変わらないのだと、この時は確信していた――。レールがもし違った方向へ進んでも、それを超えたものが僕らにはあるのだと。それは今日も明日も、あさっても。
でも……と僕は決意する。僕がハルと歩んでいくのならば、これから誰の指図も時間の抵抗も受けず2人で生きていくのならば。僕はもっと確かなものにならなければならない。今も抱えている漠然とした不安感も、親の庇護も、そしてハルに対して花開いた『好き』も……もっとずっと確かにそしてきちんと制御できるようになりたい。そうでなければ彼女の横を歩いていけないと思うから、ハルが誇れる人間でないように感じてしまうから。
だからハルにこの気持ちを伝えるのは、もっとずっと、僕という存在がこの世界で確かになった時にしよう。きっとこの想いを伝えなくとも、僕らの、僕らだけの関係はなくならない。それまでうんと努力しなくちゃならない、けどそれはきっと、苦痛じゃない。
そんなふうに、家に帰って両親にこってり叱られるまで――僕はハルと、ハルとの未来だけを空想世界に描き続けた。
――きっとあの頃は、世界という認識の曖昧さも、初めての恋にも痺れて酔っていたのだと思う。けれどそんな時期は誰にでもあるし、僕だけがという話でもないのだろう。ただ、この時の想いと欲望が業のように身体を離れなくなることだけは、どうか覚えていてほしい――。
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