上 下
11 / 29

こころどこか

しおりを挟む



「えへへ……」と目を泳がせながらはにかむハルの手は、少し震えている。ハルの手の上にはまだ僕の手があって、その震えがじかに伝わってくる。勢いや流れとしてキスがあったとしても、やはりその行為には緊張や不安があって。しかし興奮や幸福があって。そんなふうに様々な感情が色んなルートを辿って脈打つように僕らの間を流れていた。そしてきっと震えているのは、ハルだけではないように思えた。でもそれが共振であることが、また僕を震わせる。

 しかしそんな時間はしだいに闇へと溶けていき、月もまたうっすら輪郭を持った雲の向こうへと隠れていく。きらめいていた水面も、あんなに温かかったハルの手も、ことの終わりを知らせる。完全にキスの前に訪れた静寂が戻り、残ったのは一抹の寂しさと、言葉としてはっきりと僕の中に表れた『好き』という感情だけであった。……そんな中、ハルは僕との間に揺蕩う曖昧な空気感を変えるように、先ほどのしおらしさを残すことなく話し始める。

「なんだか、夢みたい。次に目覚めたとき、トモくんと会ったことは全部、幻だったって言われても気づかないかも」

「……僕も、こうして会えたことが――」

 次の言葉を言いかけたとき、僕はハッとなって言うのをやめた。この続きを言ってしまえば、その先に待つ言葉を言わざるをえない。そうなってしまえば、きっと後悔する――そんな予感がした。ハルは「どうしたの?」とこちらを心配そうに覗き込む。それがなんだか申し訳なくて、別の言葉でハルの心配をはらう。

「……ううん、なんでもない!さ、駅舎に戻ろう。だいぶ冷えてきたし、ハルは明日学校あるでしょ?」

「う、うん」

「ならもう戻って寝よう。僕も、帰らなくちゃ、いけないから」

 そう言って立ち上がったとき、立ちくらみがする。思わず膝に手をついて下を向くと、先ほど自分が言った言葉に胸がチクリと痛んだ。……こんなふうに、僕はいつも何かに怯えて、逃げてきたんだ。そう思い、おもわず涙が出そうになったがグッとこらえ、ハルの手をとる。ハルは僕の手をしっかりとり、また2人並んで積もった雪の上をぎゅむりと音を立てて歩いていく。――駅舎に着くまでも話をしていたが、どことなく悲しげな表情をハルがしていたことを、今でも覚えている――。

 すっかり深夜の空気へと変わった瀬辺地駅周辺は、一層の闇と冷たさを持った。また雲が出てきたのだろうか、月は完全に、その光を僕らの前に現さなくなっていた。駅舎の引き戸をガラリと開け、閉じてベンチに座る。スマホを見れば時刻は1時を過ぎており、始発で帰る僕にとって、僕を苦い顔にさせるには十分過ぎる要素だった。何も告げず手紙だけ置いてきてしまった手前、少しでも両親の心配は最小限にしたかったし、なにより学校があるのはハルだけではない。――でも、そんなことより――。……津軽線の始発を見ていると、ハルが申し訳なさそうに言う。

「……無理言って来てもらっちゃって、ごめんね」

「そんなことは……全然、気にしてないよ」

「本当は私も動けたら良かったんだけど……私の身体のせいで、やっぱり監視の目が強くて……だから――っ!」

 そう言ってハルが僕の懐に入る。これから来る別れに内心気を取られていた僕にとって、それは予想外の温もりだった。僕が何も言えずにいると、ハルは僕の胸から顔を上げ、こちらを強く見ながら言う。

「だからっ、今度会うときは私が行くよ!約束!」

 そう言って小指を差し出す。僕はそれが嬉しくて、そして情けなくて。でもゆっくりと僕も小指を差し出し、絡め合う。きちんと指切りをして、ハルはスッと僕から少し離れた。その頬は赤く、僕と絡めた小指をジッと見つめていて、僕はそれがなんだか愛おしくて。自身のスマホにあった明日の電車メモと親からの不在着信を、ベンチの隅に置いた。毛布を取り出して、ハルが持っている毛布と重ねる。

「ハルが良ければ……寝落ちちゃうまで、話をしようよ」

「うん」とハルは即答し、互いに話をする。明日の天気だとか、僕らの中間地点はどこだろうとか、将来のことだとか。

 それら全ては明日に、来年に、その先の未来まで辿り着かなければわからないことではあったが、ハルと話していると、全てが今日に起こる、確定した未来のように感じた。当然、その前提としてハルと今後もあって話して、ということも含まれている。全てが満天の星のように綺麗で充実した、僕らのこれからだった。そんな夢物語があるはずもないのに。僕らはそれが実存しているように話した。そして僕らを繋ぐ全てを共有した。

 そうしているうちに、やがて本物の夢の世界へとどちらも落ちていった。いや、実際ハルがそのとき寝ていたのかは定かではない(僕が先に寝てしまったらしい)。しかし夢の世界で見たものは、ハルと手を繋いで、眠る前に話していたことの続きを、また並んで話していたことだ。

 それが僕にとって何ものにも代え難い記憶となると予感せずには、いられなかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

幼なじみとセックスごっこを始めて、10年がたった。

スタジオ.T
青春
 幼なじみの鞠川春姫(まりかわはるひめ)は、学校内でも屈指の美少女だ。  そんな春姫と俺は、毎週水曜日にセックスごっこをする約束をしている。    ゆるいイチャラブ、そしてエッチなラブストーリー。

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子

ちひろ
恋愛
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子の話。 Fantiaでは他にもえっちなお話を書いてます。よかったら遊びに来てね。

若妻の穴を堪能する夫の話

かめのこたろう
現代文学
内容は題名の通りです。

♡蜜壺に指を滑り込ませて蜜をクチュクチュ♡

x頭金x
大衆娯楽
♡ちょっとHなショートショート♡年末まで毎日5本投稿中!!

彼氏の前でどんどんスカートがめくれていく

ヘロディア
恋愛
初めて彼氏をデートに誘った主人公。衣装もバッチリ、メイクもバッチリとしたところだったが、彼女を屈辱的な出来事が襲うー

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

お嬢様、お仕置の時間です。

moa
恋愛
私は御門 凛(みかど りん)、御門財閥の長女として産まれた。 両親は跡継ぎの息子が欲しかったようで女として産まれた私のことをよく思っていなかった。 私の世話は執事とメイド達がしてくれていた。 私が2歳になったとき、弟の御門 新(みかど あらた)が産まれた。 両親は念願の息子が産まれたことで私を執事とメイド達に渡し、新を連れて家を出ていってしまった。 新しい屋敷を建ててそこで暮らしているそうだが、必要な費用を送ってくれている以外は何も教えてくれてくれなかった。 私が小さい頃から執事としてずっと一緒にいる氷川 海(ひかわ かい)が身の回りの世話や勉強など色々してくれていた。 海は普段は優しくなんでもこなしてしまう完璧な執事。 しかし厳しいときは厳しくて怒らせるとすごく怖い。 海は執事としてずっと一緒にいると思っていたのにある日、私の中で何か特別な感情がある事に気付く。 しかし、愛を知らずに育ってきた私が愛と知るのは、まだ先の話。

処理中です...