もしもしお時間いいですか?

ベアりんぐ

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こころどこか

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「えへへ……」と目を泳がせながらはにかむハルの手は、少し震えている。ハルの手の上にはまだ僕の手があって、その震えがじかに伝わってくる。勢いや流れとしてキスがあったとしても、やはりその行為には緊張や不安があって。しかし興奮や幸福があって。そんなふうに様々な感情が色んなルートを辿って脈打つように僕らの間を流れていた。そしてきっと震えているのは、ハルだけではないように思えた。でもそれが共振であることが、また僕を震わせる。

 しかしそんな時間はしだいに闇へと溶けていき、月もまたうっすら輪郭を持った雲の向こうへと隠れていく。きらめいていた水面も、あんなに温かかったハルの手も、ことの終わりを知らせる。完全にキスの前に訪れた静寂が戻り、残ったのは一抹の寂しさと、言葉としてはっきりと僕の中に表れた『好き』という感情だけであった。……そんな中、ハルは僕との間に揺蕩う曖昧な空気感を変えるように、先ほどのしおらしさを残すことなく話し始める。

「なんだか、夢みたい。次に目覚めたとき、トモくんと会ったことは全部、幻だったって言われても気づかないかも」

「……僕も、こうして会えたことが――」

 次の言葉を言いかけたとき、僕はハッとなって言うのをやめた。この続きを言ってしまえば、その先に待つ言葉を言わざるをえない。そうなってしまえば、きっと後悔する――そんな予感がした。ハルは「どうしたの?」とこちらを心配そうに覗き込む。それがなんだか申し訳なくて、別の言葉でハルの心配をはらう。

「……ううん、なんでもない!さ、駅舎に戻ろう。だいぶ冷えてきたし、ハルは明日学校あるでしょ?」

「う、うん」

「ならもう戻って寝よう。僕も、帰らなくちゃ、いけないから」

 そう言って立ち上がったとき、立ちくらみがする。思わず膝に手をついて下を向くと、先ほど自分が言った言葉に胸がチクリと痛んだ。……こんなふうに、僕はいつも何かに怯えて、逃げてきたんだ。そう思い、おもわず涙が出そうになったがグッとこらえ、ハルの手をとる。ハルは僕の手をしっかりとり、また2人並んで積もった雪の上をぎゅむりと音を立てて歩いていく。――駅舎に着くまでも話をしていたが、どことなく悲しげな表情をハルがしていたことを、今でも覚えている――。

 すっかり深夜の空気へと変わった瀬辺地駅周辺は、一層の闇と冷たさを持った。また雲が出てきたのだろうか、月は完全に、その光を僕らの前に現さなくなっていた。駅舎の引き戸をガラリと開け、閉じてベンチに座る。スマホを見れば時刻は1時を過ぎており、始発で帰る僕にとって、僕を苦い顔にさせるには十分過ぎる要素だった。何も告げず手紙だけ置いてきてしまった手前、少しでも両親の心配は最小限にしたかったし、なにより学校があるのはハルだけではない。――でも、そんなことより――。……津軽線の始発を見ていると、ハルが申し訳なさそうに言う。

「……無理言って来てもらっちゃって、ごめんね」

「そんなことは……全然、気にしてないよ」

「本当は私も動けたら良かったんだけど……私の身体のせいで、やっぱり監視の目が強くて……だから――っ!」

 そう言ってハルが僕の懐に入る。これから来る別れに内心気を取られていた僕にとって、それは予想外の温もりだった。僕が何も言えずにいると、ハルは僕の胸から顔を上げ、こちらを強く見ながら言う。

「だからっ、今度会うときは私が行くよ!約束!」

 そう言って小指を差し出す。僕はそれが嬉しくて、そして情けなくて。でもゆっくりと僕も小指を差し出し、絡め合う。きちんと指切りをして、ハルはスッと僕から少し離れた。その頬は赤く、僕と絡めた小指をジッと見つめていて、僕はそれがなんだか愛おしくて。自身のスマホにあった明日の電車メモと親からの不在着信を、ベンチの隅に置いた。毛布を取り出して、ハルが持っている毛布と重ねる。

「ハルが良ければ……寝落ちちゃうまで、話をしようよ」

「うん」とハルは即答し、互いに話をする。明日の天気だとか、僕らの中間地点はどこだろうとか、将来のことだとか。

 それら全ては明日に、来年に、その先の未来まで辿り着かなければわからないことではあったが、ハルと話していると、全てが今日に起こる、確定した未来のように感じた。当然、その前提としてハルと今後もあって話して、ということも含まれている。全てが満天の星のように綺麗で充実した、僕らのこれからだった。そんな夢物語があるはずもないのに。僕らはそれが実存しているように話した。そして僕らを繋ぐ全てを共有した。

 そうしているうちに、やがて本物の夢の世界へとどちらも落ちていった。いや、実際ハルがそのとき寝ていたのかは定かではない(僕が先に寝てしまったらしい)。しかし夢の世界で見たものは、ハルと手を繋いで、眠る前に話していたことの続きを、また並んで話していたことだ。

 それが僕にとって何ものにも代え難い記憶となると予感せずには、いられなかった。
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