8 / 47
雪と風の嘲笑
しおりを挟む
津軽線のホーム。雪と風が強まっていき、その冷たさが僕の中に蔓延る。最初こそ気にならないほどだったが、徐々に僕の身体を蝕んでいき、やがて嫌な予感をさせる。スマホの淡い光に浮かぶデジタル時計には22時12分の表示。電車が到着し発車する予定であった22時10分を過ぎているが、電車が来る気配はない。寒くブルリと揺れる身体に、東京駅で流した汗と同じものが首筋を伝って背中まで届く。
荒れていく天気の中で、アナウンスがほとんど無人のホームに鳴り響く。
『本日は津軽線をご利用いただき、誠にありがとうございます。お客様にお知らせいたします。5番線、22時10分発の蟹田行き電車は――』
…………
………
……
アナウンスから20分後、空中で雪が踊り風が囃したてる中を電車が停車する。わずか2両編成のワンマン電車に乗り込み、無駄に広く感じる席にポツリと座り込む。やがて電車が重い腰を上げてゆっくりと発進し、ガタリゴトリ僕の身体を揺らしながら、線路の上をのんびり進んでいく。青森駅周辺はビルや民家の明かりが窓の外から確認できたが、一駅過ぎた時点で窓に映るのは闇と風と、空に乗って流れる雪のみ。赤いランプを点滅させる踏み切りの音がドップラー効果で不安感を煽るように耳に届き、その度に心がキュッとしまる。
……トラブルこそあれど僕はまだ平然としていた。否、平然を装っていた。そうしていた方が闇に呑まれずに済むし、小さく儚い光に向かって進んでいる僕はいま、きちんと現実にいるような気がして……大丈夫、そのはずだった。しかし電車がゆっくりと左堰駅に停車し、乗ってくるはずもない乗車口が開いて、閉じて。その後の、駅員が機械的にアナウンスをするとき、もっていた大丈夫が理想であったことを思い知らされる。
『この電車は雪のため、一時運転を見合わせます。お急ぎの中――』
ヒュッと音が出そうなほど喉が締まり、視界がボヤける。――下を向けない――そう思い、窓に張り付く闇を見る。窓ガラスに反射して映る僕の顔はぐらぐらと揺れ、まるで闇がみっともない現実に引き摺り込んでいくような気がして……外を見るのをやめた。それでも外からは風と雪があざ笑うかのようにビュービューと吹き荒れ、思わず目をギュッと閉じて、両手で耳を塞ぐ。
手のひらからなのか、心臓からなのか、ドクンドクンと脈打つ音に乗せて、心の音が脳に届く。――ただ、会いたいだけなんだ。どうして邪魔をするんだ。やめてくれ、やめてくれ。笑わないでくれ、馬鹿にしないでくれ、どうか――
ハルと、笑わせてくれ――。
***
降車口が開き、料金を払って電車を降りる頃にはもう23時半を過ぎていた。外の風はゆっくりと僕の肌を撫で、雪はほとんど真っ直ぐふわりと宙を漂っている。固いアスファルトには白雪が数センチ程度積もっており、踏み出すたびにサクリギュムリと音を鳴らす。薄らぼんやりと明るく見えるのはきっと、雪と潤んだ瞳のせいだ。
瀬辺地駅周辺は静かに、大地が広がって横たわっていた。海が近いのか、潮の匂いが鼻腔を刺激する。その中にポツリと佇む駅舎の中――
1人の少女が座っていた。
毛布をぐるりと巻いて、スマホをギュッと膝の上で、両手でキツく握っている。ふんわりとしたセミロングの黒髪が街灯に照らされてきらりと光っている。力なくガラガラと駅舎の扉を開くと、座っていた彼女はゆっくりこちらに顔を上げ、そして目を見開く。やがてその目はぐにゃりと歪んで、何かを言おうと口をふにゃりとさせ、持っていたスマホを落とす。
僕もずっと、心臓からの音が鳴り止まない。この時僕はどんな顔をしていただろう。何を言おうとしていたのだろう。ゆっくりと、落としたスマホを放置して立ち上がる彼女を目にした時――何か大切なものは、ここにあったんだ――そうして、抱きしめた。嗚咽混じりに震える身体を必死に抑えながら抱いた。すると背中に温かい、小さな手の温もりを感じる。彼女の頭が僕の胸にコトリと落ち、その震える小さな身体で僕を、抱き返してくれた。2人の吐息と脈と震えが混ざって、闇に小さな花を咲かせる。それはきっとコンクリートに咲く小さなちいさな花に過ぎないけれど。
震えがおさまっても、涙は溢れた。せき止めていたものが外れた。それが温度だったのか物だったのか、溶け出したのか外れたのか。どこから来たのかも分からずただ、溢れ出る水は2人の間に小さな湖畔となって、僕らをしんみりと映し返していた。――温かい。迫る冬寒さだとか夜の冷たさなんて、どうでも良くなるぐらい。これまで感じていた全ての不安や恐怖が、浄化されていくぐらい――。
閉め忘れた引き戸から夜が寄り添い、街灯が包み、時間が味方をしてくれた……。そうして抱き合い、泣き合い、望んでいたことが果たされた時。この世界は僕らのものだと、まだまだ短い人生の中で感じた。地球いや、この宇宙が巡り合わせた僕らの心。そしてそれがどんな形をしていて、どこにあるかを、僕はこの時知った。
荒れていく天気の中で、アナウンスがほとんど無人のホームに鳴り響く。
『本日は津軽線をご利用いただき、誠にありがとうございます。お客様にお知らせいたします。5番線、22時10分発の蟹田行き電車は――』
…………
………
……
アナウンスから20分後、空中で雪が踊り風が囃したてる中を電車が停車する。わずか2両編成のワンマン電車に乗り込み、無駄に広く感じる席にポツリと座り込む。やがて電車が重い腰を上げてゆっくりと発進し、ガタリゴトリ僕の身体を揺らしながら、線路の上をのんびり進んでいく。青森駅周辺はビルや民家の明かりが窓の外から確認できたが、一駅過ぎた時点で窓に映るのは闇と風と、空に乗って流れる雪のみ。赤いランプを点滅させる踏み切りの音がドップラー効果で不安感を煽るように耳に届き、その度に心がキュッとしまる。
……トラブルこそあれど僕はまだ平然としていた。否、平然を装っていた。そうしていた方が闇に呑まれずに済むし、小さく儚い光に向かって進んでいる僕はいま、きちんと現実にいるような気がして……大丈夫、そのはずだった。しかし電車がゆっくりと左堰駅に停車し、乗ってくるはずもない乗車口が開いて、閉じて。その後の、駅員が機械的にアナウンスをするとき、もっていた大丈夫が理想であったことを思い知らされる。
『この電車は雪のため、一時運転を見合わせます。お急ぎの中――』
ヒュッと音が出そうなほど喉が締まり、視界がボヤける。――下を向けない――そう思い、窓に張り付く闇を見る。窓ガラスに反射して映る僕の顔はぐらぐらと揺れ、まるで闇がみっともない現実に引き摺り込んでいくような気がして……外を見るのをやめた。それでも外からは風と雪があざ笑うかのようにビュービューと吹き荒れ、思わず目をギュッと閉じて、両手で耳を塞ぐ。
手のひらからなのか、心臓からなのか、ドクンドクンと脈打つ音に乗せて、心の音が脳に届く。――ただ、会いたいだけなんだ。どうして邪魔をするんだ。やめてくれ、やめてくれ。笑わないでくれ、馬鹿にしないでくれ、どうか――
ハルと、笑わせてくれ――。
***
降車口が開き、料金を払って電車を降りる頃にはもう23時半を過ぎていた。外の風はゆっくりと僕の肌を撫で、雪はほとんど真っ直ぐふわりと宙を漂っている。固いアスファルトには白雪が数センチ程度積もっており、踏み出すたびにサクリギュムリと音を鳴らす。薄らぼんやりと明るく見えるのはきっと、雪と潤んだ瞳のせいだ。
瀬辺地駅周辺は静かに、大地が広がって横たわっていた。海が近いのか、潮の匂いが鼻腔を刺激する。その中にポツリと佇む駅舎の中――
1人の少女が座っていた。
毛布をぐるりと巻いて、スマホをギュッと膝の上で、両手でキツく握っている。ふんわりとしたセミロングの黒髪が街灯に照らされてきらりと光っている。力なくガラガラと駅舎の扉を開くと、座っていた彼女はゆっくりこちらに顔を上げ、そして目を見開く。やがてその目はぐにゃりと歪んで、何かを言おうと口をふにゃりとさせ、持っていたスマホを落とす。
僕もずっと、心臓からの音が鳴り止まない。この時僕はどんな顔をしていただろう。何を言おうとしていたのだろう。ゆっくりと、落としたスマホを放置して立ち上がる彼女を目にした時――何か大切なものは、ここにあったんだ――そうして、抱きしめた。嗚咽混じりに震える身体を必死に抑えながら抱いた。すると背中に温かい、小さな手の温もりを感じる。彼女の頭が僕の胸にコトリと落ち、その震える小さな身体で僕を、抱き返してくれた。2人の吐息と脈と震えが混ざって、闇に小さな花を咲かせる。それはきっとコンクリートに咲く小さなちいさな花に過ぎないけれど。
震えがおさまっても、涙は溢れた。せき止めていたものが外れた。それが温度だったのか物だったのか、溶け出したのか外れたのか。どこから来たのかも分からずただ、溢れ出る水は2人の間に小さな湖畔となって、僕らをしんみりと映し返していた。――温かい。迫る冬寒さだとか夜の冷たさなんて、どうでも良くなるぐらい。これまで感じていた全ての不安や恐怖が、浄化されていくぐらい――。
閉め忘れた引き戸から夜が寄り添い、街灯が包み、時間が味方をしてくれた……。そうして抱き合い、泣き合い、望んでいたことが果たされた時。この世界は僕らのものだと、まだまだ短い人生の中で感じた。地球いや、この宇宙が巡り合わせた僕らの心。そしてそれがどんな形をしていて、どこにあるかを、僕はこの時知った。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
全力でおせっかいさせていただきます。―私はツンで美形な先輩の食事係―
入海月子
青春
佐伯優は高校1年生。カメラが趣味。ある日、高校の屋上で出会った超美形の先輩、久住遥斗にモデルになってもらうかわりに、彼の昼食を用意する約束をした。
遥斗はなぜか学校に住みついていて、衣食は女生徒からもらったものでまかなっていた。その報酬とは遥斗に抱いてもらえるというもの。
本当なの?遥斗が気になって仕方ない優は――。
優が薄幸の遥斗を笑顔にしようと頑張る話です。
最終死発電車
真霜ナオ
ホラー
バイト帰りの大学生・清瀬蒼真は、いつものように終電へと乗り込む。
直後、車体に大きな衝撃が走り、車内の様子は一変していた。
外に出ようとした乗客の一人は身体が溶け出し、おぞましい化け物まで現れる。
生き残るためには、先頭車両を目指すしかないと知る。
「第6回ホラー・ミステリー小説大賞」奨励賞をいただきました!
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
隣人の女性がDVされてたから助けてみたら、なぜかその人(年下の女子大生)と同棲することになった(なんで?)
チドリ正明@不労所得発売中!!
青春
マンションの隣の部屋から女性の悲鳴と男性の怒鳴り声が聞こえた。
主人公 時田宗利(ときたむねとし)の判断は早かった。迷わず訪問し時間を稼ぎ、確証が取れた段階で警察に通報。DV男を現行犯でとっちめることに成功した。
ちっぽけな勇気と小心者が持つ単なる親切心でやった宗利は日常に戻る。
しかし、しばらくして宗時は見覚えのある女性が部屋の前にしゃがみ込んでいる姿を発見した。
その女性はDVを受けていたあの時の隣人だった。
「頼れる人がいないんです……私と一緒に暮らしてくれませんか?」
これはDVから女性を守ったことで始まる新たな恋物語。
💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活
XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる