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声の希求

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智樹ともき、このあと予定あんの?」

「ごめん、帰ってやることあるんだ」と、ウソと本当が混ざった言葉でしたくもない絡みを避け、駆け足で片手をあげて別れを告げる。そんなふうにいつも、学校での友人や部活動での友人からの誘いを断っていた。中学校の校門を出てまっすぐ家に帰り、すぐに宿題ややることを済ませて、との約束の時間までに、必死になって電話の話題をネットや1日の出来事から探す。それが日常となったのは、おそらく中学2年の春と夏のあいだ頃だった。

 あの子との約束の、午前1時――。部屋の電気を消して勉強机に備えつけられているスタンドライトのふんわりとした明かりの中、僕は目覚まし時計からすぐに目を離して、急いでスマホのキーパッドに決まった電話番号を打ち込んで、耳に押し当てる。1つ、2つ……すると電話が繋がり、つながった嬉しさと少しの興奮をもって、ゆっくりと僕らの合言葉を言う。

「もしもしお時間いいですか?」

 そう言うと電話の向こうにいる彼女がくすっと笑い、電話に声をのせる。

「はい、いいですよ。……やっぱり何回やっても、ちょっとおもしろい」

「そうかな」と返事しつつ、彼女の口から発せられる声と言葉に、思わず頬が緩んで笑みをこぼす。それだけ彼女の声には不思議な甘さと優しい香りがあったのだ。もちろん電話越しなので、実際には味も香りもしないのだが。そんなことを考えていた自分に恥ずかしさをおぼえて首を振り、いま電話越しで会話をせんとする彼女に改めて向きなおる。

「今日、こっちは良い天気だったよ。もうそこまで秋が来てるって感じ。そっちはどうだった?」

「う~ん……ちょっと肌寒いかも。なんだか不思議だよね、同じ日本に住んでるのに」

 同じ日本――当たり前なのだが、彼女も僕も日本に住んでいる。そして学年は同じ中学2年で、僕らはそれぞれ中間テストを控えている。そこにちょっとした不安を抱いていたが、その予感めいたものはやはり当たっていた。

 電話越しの彼女が大きなあくびをする。きっと僕に聴かれないよう音を殺して、スピーカーからも離れてあくびをしたらしいが、聴き漏らすつもりがない僕にとっては筒抜け同然である。「なに話そっか」と何ごとも無かったかのように戻ってきた彼女に、先ほどのあくびのことを言ってみる。すると彼女は少し恥ずかしそうに、加えて残念そうにため息をつきながら言う。

「最近テスト勉強が多くて……部活もあったから、ずっと眠くてね。……あっでも!まだ電話はできるよ。ううん、するよ。」

 そう言ってくれる彼女に嬉しさと、電話越しではどうもしてあげられない無力さに、顔を歪める。しかしそうした悲観的な感情は少しの笑いと彼女に対する理解によってスーッと消え、自然と明るく電話越しの彼女に言葉をかける。

「今日はだいぶ早いけど終わろっか。僕も中間テストが近くて眠かったからさ、お互いちゃんと寝よう。……明日も電話するからさ」

 そう言うと「うん……」という、先ほどよりも小さな声で、彼女は返事をして、また一際小さな声で「じゃあ、また明日ね」と言って、僕もそれに返事をして電話を切る。電話を切った後に残る切なさと、また明日につながる喜びが同時に押し寄せ、たまらなくなった僕はスタンドライトの明かりを消して、真っ暗やみに淡く浮かぶ半月の光を頼りにベットに飛び込む。寝転びながらスマホのデジタル時計を見て、通話時間の短さに寂しさを感じ、思わず毛布にくるまる。

 フーッとため息をついてスマホに残る通話履歴をつらつらと見れば、この数ヶ月は彼女との通話で、その下には本当に何者か、どこに住んでいるのかもわからない他人の番号が連なっている。それもそのはず、彼女との1いぜんにも、電話はしていたのだから。



          ***



 中学1年の秋――部活動は野球をしており、成績も中の上、ルックスや体格も、大きく恵まれはしなかったが、そこまで悪いものではなかった。そして初対面の人でも物怖じせず話すことができる僕は、友達には困らなかった。両親に対しても――もっとも中学生といえば疾風怒濤の時期であり、反抗心がもっと内部から溢れるものだと思っていたのだけれど――そこまで反抗的になることなく、良好な関係を築けていた。これらを総合してだったように思う。

でもある日、友達の1人が隣のクラスの女の子を好いているという噂を聞いた。それがなにか僕にとって不都合があったとか、衝撃を与えたというわけではなかったが、1つ疑問に思った。

 誰かを好きになるということは、その人とつながり続けることになるのか。

 自分でもなぜそんな疑問を持ったのかは定かではないが、ここで僕は、ある一抹の不安を覚えた。今まで友達だと、唯一の家族だと思っていた人々から孤立して、孤独になって、消えていくのではないか?という不安を。

 今にして思えばあまりにも荒唐無稽で考えすぎな不安だった。しかし思春期を通っている青年ならではの考えでもあると思う。好きと愛しているの違いもわからなかった子供なのだから。

 それから僕は、そんな不安を埋めるよう誰かとの繋がりを持つために、深夜に電話をするようになった。見知らぬ誰かへと……。
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