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 視界いっぱいに広がる絵画からは、とても奇妙な印象を受けた。
 モチーフはニンゲンの顔、なのかな。だけど、顔の中に顔がある。その顔の中にもまた、顔。
 俺は、ニンゲンに比べれば随分と長く生きているつもりだけれど、残念ながらこんなニンゲンにお目にかかったことは一度としてないなあ。
 奇妙な絵画を前にして反応に困る俺に、つい先程までいた友人は「とある有名な画家が描いたもので、かなりの値が張った逸品なのだよ」と自慢してくれたけれど、それでも何が良いのかちっとも分からなかった。

「マッキーの趣味が悪いのか、それともニンゲンの趣味が悪いのか────ねえ、聖騎士様はどう思う?」

 俺の友人は、既にコレクションルームを後にしている。入れ替わるように、一人の男が入ってきていた。
 用があるのだろうに、いつまで経っても話しかけて来ない。仕方がないので、俺の方から話しかけることにした。俺って優しーい。
 振り返った先、背後に立っていた男────我らの敵、聖騎士様の顔に動揺の色はない。俺は、妙にそわそわして落ち着かないって言うのに。
 正しくあれ、清くあれ、人々を守る盾であれ、世界の敵を討ち滅ぼす剣であれ。
 そう掲げる神殿に所属し、神の教えを何よりも尊び、鍛え上げてきた聖騎士様。
 彼の実力は目を瞠るものがある。俺が出会ってきたニンゲンの中でも、五指に入る実力であることは間違いない。そして、彼の在り方は神殿の教えそのものだ。
 故に、俺は聖騎士様の心の戒めを一枚一枚丁寧に剥いでやりたかった。
 聖騎士様が今日まで見てきた世界を、神殿の教えを、何もかも引き剥がして、剥き身になった心に深い傷を付けてやりたいと目論んでいて。
 ……だから、こんなかたちで、聖騎士ではない聖騎士様を見ることになって、戸惑っている、というか。
 だって、今夜の聖騎士様はずるい! 筆舌に尽くしがたい魅力を放ってるんだけど!
 普段、一切の隙がない白亜の鎧を纏っている聖騎士様が、今夜は漆黒の礼服を着用している。ドレスコードなので、致し方ないというか、着て当然なのだと分かっているのに、ついつい目で追ってしまう。
 パーティー会場で見掛けたとき、うっかり話しかけてしまいそうになって、慌てて抜け出したくらいだもん。まあ、マッキーの新しいコレクションを見る約束もあったけど。
 だというのに、この人はしっかり気付いて、あまつさえ追いかけてきた。
 奇妙な胸の高鳴りには気付かないふりをし、普段のように愉しげに、軽薄に、笑む。

「うわ、聖騎士様ったら怖い顔ぉ。せっかくドレスコードしてるんだし、ちょっとは愛想良くすれば良いのに。ニンゲンの可愛い雌にも人気出ると思うよ?」
「余計な世話と言うものだ。俺は、お前たち魔族とは違う」

 取り付く島もない。魔族とは世間話もしたくないってことかなぁ。まあ、聖騎士様の反応は、至って当然なんだけどね。神殿にとって魔族は忌むべき存在で世界の敵だから。
 何故なら、魔族は人を取るに足らない下等な存在と見下し、その脆弱な生命を徒に弄んでいる。人の子が、虫を捕らえて無邪気に羽根を引きちぎるような心地で。
 俺にとっても、聖騎士様は取るに足らない存在でしかない。確かに、少しばかり強くて、清廉潔白な精神を踏み荒らしてみたいとは思っているけれど、それだけだ。
 もう少し揶揄っても良かったけれど、引き下がったのはマッキーの顔を立てる為。
 ああ、でも。聖騎士様の深い青の中に、敵意以外の感情を見たような気がしたから、もう少しだけ話してみるのも悪くないと、思ったことは否定できないけれど。

「それで、わざわざ俺を追いかけてきた理由は?」
「知れたこと。お前たちのような魔族に好き勝手させない為に、俺は剣を取ったのだ」
「本当にそれだけ? 今夜は聖剣を携えていないのに、我が身の危険を顧みず、魔族を追いかけてきたんだ?」

 泣かせる高潔さだねぇ、とけらけら笑う。聖騎士様は、何やら不満そうに綺麗な柳眉をきゅっと寄せた。
 どんな事情であれ、夜会に参加する以上、たとえ聖騎士様であろうとも、主催が決めたルールに従わなければならない。そして、それは俺にも言えることだ。
 というか、俺は聖騎士様ほど見境なしでもないので、楽しんでいる空気に水を差すといった、趣味の悪いことをするつもりは端からないんだけどなぁ。他の魔族と違って、俺は穏健派なので。

「まあ、美男美女と熱くて濃密な夜を過ごしたいな、とは思ってたけど」
「お前、もう少し慎みを持ったらどうだ」

 俺を誰だと思ってんの? 何よりも快楽を優先する魔族、アスモデウス様ですけどぉ?
 それにしても、聖騎士様の中の俺って、ずいぶんとふしだらな生き物になっている気がする。
 キモチイイこと大好きな、ふしだらな生き物であることは否定できないんだけど、今夜に関してはその認識を改めていただきたいね。

「今夜の俺は、普段よりもずっと慎ましいよ。何せ、パンツを履いているからね」
「…………待て、まさか、普段は履いていないのか!?」
「ふふん、ご想像にお任せしま~す」

 黒の皮手袋に包まれた指で、下半身をすすっと撫でる。そう、パンツのラインをなぞるかのように。
 ぎょっとする聖騎士様の顔は、見ていてとても面白い。深海色の瞳が、俺の股間の辺りをちらちらうかがっているような気もする。さては聖騎士様、むっつりさんかな?
 因みに、今日のパンツは黒の総レースだと言ったら、聖騎士様はどんな反応をしてくれるだろう。
 むくむくと悪戯心がわいたけれど、あんまりからかうとぶん殴られそうなので、致し方なく諦めることにした。
 聖剣を置いてきている聖騎士様なんて怖くも何ともないけれど、こうして話せる時間がなくなってしまうのは惜しいように思ったから。

「心配しなくても、友達のパーティーを台無しにするような無粋はしないよ」
「……友達とは、まさかマクシミリアン卿のことか」
「そうだよぉ。ドミニク・マクシミリアンは、魔族と友好関係を築いている数少ない人間だからね。因みに、俺はマッキーって呼んでる」

 魔族は世界の敵だと信じて生きてきた聖騎士様にしてみたら、マッキーのしていることは信じがたいことかもしれない。
 同時に、人間と友好関係を築く魔族の存在も、信じられずにいるのだろう。でも、そんなにおかしなことかな?

「俺たち魔族が長命なことは、聖騎士様も知っているでしょう? 長く生きるうちに、娯楽を求めて人間と関わる魔族は少なくないんだよ」

 ただ、関わり方はそれぞれなんだけど。
 ニンゲンに対して友好的な立場の魔族もいれば、ニンゲンを見下している魔族もいる。
 例えば、ダンタリオン公は我が君への忠心が深い分、ニンゲンには情け容赦がない。
 俺はと言うと、美酒と快楽を求めて、ニンゲンの貴族が開く夜会に潜り込むこともしばしばある。

「マッキーと出会ったのも、どこぞの貴族が開いた夜会だったかなぁ」
「マクシミリアン卿は、お前の正体を知っても何もしなかったのか?」
「曰く、『私は美の探求者なれば、アスモデウス卿の美しさを前にして、跪かずにはいられない』んだって。気持ち悪いよねぇ」

 ドミニク・マクシミリアンという男は、世間の常識よりも自分の感性を重視している。
 つまり、たとえ世界の敵であろうとも、自分が好ましいと思ったもの、美しいと思ったものを優先するのだと言って憚らない。
 実際、俺の正体を見破っても、神殿に通報する訳でもなく、それどころかこうして度々夜会に招くくらいだし。彼の価値基準がずれていることに、疑いの余地はない。
 ……ただ、マッキーが美の探求者かどうかについては、ちょっと怪しいところなんだけど。何せ、コレクションルームに飾られた美術品の数々は、奇妙というか、ちょっと気味が悪いものも多い。マッキーの趣味に口を出すつもりはないんだけど、審美眼に不安が残るマッキーに見た目を褒められても、素直に喜べなかったりする。

「……訊きたいことがある」
「なぁに」
「何故、あそこに……闇競売場に現れた?」
「あぁ、そのこと?」

 ものすごく真剣な顔をするから、愛の告白でもされるのかと思っちゃった、と茶化せる雰囲気ではないねぇ。
 聖騎士様が、今に至るまで剣を抜かないでいたのは、これを尋ねるためなのだろうし。

「……言わなくても、聖騎士様なら分かるんじゃないの? それとも、俺に止めを刺して欲しい?」

 固く閉じた蕾を抉じ開けて、柔い花弁を握り潰すように。未だ癒えない傷に爪を立てて、さらに深く傷付けるように。
 聖騎士様の問いは、つまるところそういう類いのもの。自罰的とでも言うのか、自傷と言うのか、自ら進んで傷付こうとする聖騎士様の気持ちは、俺には理解できそうにもない。
 ただまあ、真実を突き付けられた聖騎士様が、どんな風に傷付くのか見てみたいとは思った。

「醜く肥え太ったお貴族様が、希少な商品を競り落とす競売で、競り落とされていたのはなんだった?」

 聖騎士様が、苦々しげに顔を歪める。
 どんな理由かは知らないけれど、聖騎士様たちは醜い欲望が蠢く闇競売の会場にいた。
 あそこで売られていたのは、表の市場には流せないワケアリの商品。盗品は当然のこと、見目麗しいニンゲンの女子供。そして────。

「売りに出された商品の中には、ニンゲンに浚われた魔族の子供たちもいたのは分かってるでしょ」

 ニンゲンにとって、魔族は憎むべき敵だ。そんな彼等が、大枚をはたいてまで、魔族の幼子を買う意味とは。幼子を相手に復讐する為か。それとも、薄汚い欲望をぶつける為か。どちらにせよ、碌な目には合わないだろう。
 だから、彼等はアシュタロス卿に助けを求め、アシュタロス卿は俺に助力を求めた。自分たちの力だけでは、ニンゲンから幼子を取り返せないから。そして、俺は彼等の願いに応えた。それが、あそこに現れた理由。
 だけど、聖騎士様は納得できない様子で、眉間に皺を寄せたまま。

「なぁに、その顔」
「……魔族は弱肉強食じゃないのか」
「ニンゲンに捕らえられるような、弱い同族は見捨てると思った?」
「お前たちはそういう生き物だろう」

 まあ、聖騎士様の認識は間違っていない。俺たち魔族は、ニンゲンに比べれば本能に忠実な生き物だ。
 弱いモノは強いモノに喰われるのが自然の摂理である以上、ニンゲンに浚われるような弱い同族など知ったことではない。そんなことの為に時間と労力を割くよりは、ニンゲンを一匹でも多く殺した方が合理的だと考え、他の同胞なら見捨てただろう。
 だから、彼等は俺に助けを求めた。俺なら手を差し伸べてくれるかもしれない、と考えて。

「前にも言ったけど、俺はキモチイイことが好きなの。子供が売り飛ばされるなんて、気分良くないでしょ?」

 黒い皮手袋に覆われた人差し指で、弧を描く唇をなぞる。
 身も蓋もない言い方をすれば、幼子が浚われたのは彼等の自業自得だろう。戦う力がないことは、他でもない自分達がよく理解してるだろうに、碌に対策も講じてこなかった結果が先の一件だ。
 だが、幼子たちに咎はない。知ってしまった以上、助けないのも寝覚めが悪いから、助けに行っただけ。

「ならば、魔族の子供だけ救えば良かった筈だ。何故、人間の女子供まで助けた? 助ける必要など、お前にはないだろう」

 確かに、捕らえられていた魔族の子供を助けるついでに、ニンゲンの女子供も助けてやった。アシュタロス卿にも、命じておいた。
 聖騎士様の言うように、ニンゲンの女子供を助ける理由なんて、俺たちにはない。あくまでもついでであって、ニンゲンの女子供を助けるつもりはなかったし、今でも助けた覚えはない。
 だって、俺はあくまでも檻から出しただけで、ニンゲンたちにそれ以上のことはしていないのだから。

「都合の良い解釈をするのは勝手だけどさぁ、俺がしたことは、貧しさ故に売り飛ばされたあの子供たちを、檻から出しただけだよ。無責任に放り出した行為を、本当に助けたと言える?」
「……俺たちに釘を差しただろう。おかげで、あの子供たちは売られることなく保護された」
「そんなのたまたまでしょ」
「それに、あの檻にかけられていた術は、俺では解呪してやれたかどうか分からない。よしんば出来たとしても、救えたのは人だけだ。罪のない魔族の子供を救うことはできなかった」

 そう言って、聖騎士様は俺の手を掴んだ。青い瞳が俺の手を、正確には手袋の端から覗く白い包帯を捉えて離さない。
 痛ましいと言わんばかりに、顔を歪ませる聖騎士様。この人、なんで魔族にそんな顔を見せるんだろう。

「たとえ無責任だろうとも、これだけの傷を負ってまで、人も魔族もどちらも救ったお前を誰が責められる?」
「この傷は、俺に力がないから負っただけ。いわゆる、自己責任ってやつだよ」

 確かに、この手袋の下にはまだ癒えきらない傷がある。俺の知識を総動員しても、あの術式を短時間で解除することは不可能だった。だから、強引に術式を破壊した。
 後で分かったことだけど、正規の手順を踏まずに解術した場合、その術師に傷を負わせる罠が仕込まれていたらしい。そこまで気が回らなかった俺の自業自得だ。俺に力があったなら、こんな傷は負わなかった。
 だから、聖騎士様が痛ましいという顔をする理由も、自分を責める理由も、ないというのに。

「痛むか」
「別に~?」
「俺に、何か出来ることはないか」
「……なーにを企んでるの? 魔族に優しくして、恩でも売りたいの?」
「そうじゃない。あのオークション会場で、人間も救ってくれただろう。礼をしたいと思うのはおかしいことか?」

 ……この人間、自分が何を言っているのかちゃんと理解してるのかなぁ。
 俺は魔族で、この人は魔族を世界の敵と定めた神殿の、最高位の騎士様だ。魔族を悪と教えられて、魔族を倒す為だけに生きてきただろう聖騎士様が、俺の為に何かをしたいって?
 なんというか、聖騎士様って損な性分だよねぇ。魔族が手傷を負ってるんだから、情け容赦なく襲いかかるくらいしても良さそうなのに。
 まあ、そんな聖騎士様の良心に付け込もうとしているんだから、俺には何にも言えないんだけど。

「────じゃあ、精液飲ませて?」
「せ」
「精液。ザーメン。平和的に生命力を得られるのが精液だから。まあ、嫌なら無理にとは言わないけど」
「…………わかった」
「マジで!?」

 せ、聖騎士様、頭でも打ったんじゃないの?
 いや、言ったのは俺だけど、了承されるなんて夢にも思わなかったというか。
 だって、魔族を世界の敵と定める神殿の聖騎士様が、傷を負っている魔族に手を差し伸べるだけじゃなく、魔族と交わろうって正気の沙汰とは思えない。
 ぎょっとしていると、聖騎士様が「断ったら、他の人間を襲いかねんだろう」と視線をそらした。

「……俺のことなんだと思ってんの~?」
「快楽主義の魔族だろう」
「あは、正解」

 聖騎士様の深い海の底のような瞳が、揺れる。迷いにも似た感情がうかがえた。
 おそらく、俺という魔族に会ったことで、聖騎士様の価値観が揺らいでいるのだろう。
 魔族は、世界の敵。それが大多数のニンゲンたちの共通認識だ。だが、世界の敵である筈の魔族は、深傷を負ってまで人の子を救ってみせた。
 対して、ニンゲンはどうだ。同じ種族であるニンゲンを、力を持たない魔族を欲望の捌け口にしようとしていたではないか。
 ────ああ、堪らない。魔族が悪で、ニンゲンこそが正義と思い込んでいる価値観がぐちゃぐちゃになる様は、何度見ても面白い。
 まあ、聖騎士様がここまで俺に譲歩してしまえるようになったのは、ちょっと予想外だったけど、もらえるのならもらっておけば良いね。

「じゃ、そこに座って」

 聖騎士様の手を引いて、壁際のカウチソファへと向かった。やっぱりムードは必要だよね、と左の革手袋を唇で柔く食んでゆっくり脱いでいく。唇って性的だと思うんだよねぇ。俺だけ?
 腰掛けた聖騎士様の足の間に跪いて、わくわくどきどきしながら、聖騎士様の下半身に指を這わした。

「んふふ、聖騎士様の、勃起してなくてもおっきいねぇ」

 まだ開ききっていない蕾を握り潰すような背徳感に、下半身がずんっと重くなったような気がする。俺は抱くのも抱かれるのも好きだけど、これだけ立派なペニスを見たら、後ろが疼いて仕方がない。

「……聖騎士様は目でも瞑ってさ、可愛い女の子でも思い浮かべてなよ」

 鈴口に口付けて、えげつない雁首を舌いっぱい使って包み込む。加えて、添えた手のひらでゆっくり扱いてあげたら、元々が大きいそれは更にむくむくと固く張り詰めていった。

「ん、ふ……ちゅ、」

 たっぷり溜めた唾液と滲み出した先走りが絡んで、ジュルジュルという卑猥な音が響き渡る。
 頭上で熱を孕んだ吐息がひとひら落ちた。そういえば、聖騎士様どんな顔をしてるのかな。誰の姿を思い浮かべているんだろう。伏せていた目を持ち上げると、蒼い目とばっちりぶつかった。

「……ちょっと、ねぇ。なんで見てんの?」
「い、いや……その」
「…………ねえ、なんでおっきくしてんのぉ?」

 聖騎士様、いつから見てた訳ぇ? もしかして、俺を見ながら昂らせてたの?
 ああ、なんだか、それは。そわそわとくすぐったくて落ち着かない気分を悟られたくないよう、先端をちうっと軽く吸い付いた。

「もう、聖騎士様のえっちぃ」
「……お前は、どうしてそういう言い方しか出来ないんだ」
「いやらしい言葉って聞くのも言うのも気持ちヨくない?」
「…………早く済ませてくれ」

 ぐうっと低い唸り声混じりの声に、俺はふふっと肩を揺らす。
 喉の奥まで咥え込んでも、聖騎士様のペニスすべてを収めることはできなかった。
 性的な経験は疎そうだから、喉奥に締め付けられるヨさなんて当然初めての筈だ。俺も、息苦しいのはあんまり好きじゃないけれど、今回は特別にご奉仕してあげる。深く浅く頭を動かしながら、手を使うことも忘れない。びくびくと脈打つ頃を見計らって強く吸い付けば、口内にどろりと苦味が広がった。粘着く精液を何度かに分けて飲み干して、萎えたペニスから口を離す。

「ん、ごちそうさま。おいしかったよ」
「……傷はどうなんだ」
「さすがに、そんなにすぐには効果出ないよ」

 苦く笑いながら、身だしなみを整えている聖騎士様の隣に腰掛ける。飲んで一口で効果の出る薬なんてある? と問えば、聖騎士様は「なるほど」と神妙な顔で頷いた。

「そういえば、なんで悪趣味……じゃなくて、多趣味なマッキーのお屋敷にいる訳?」
「子供たちを預けた修道院に顔を見せに行ったら、マクシミリアン卿に会った。事の仔細を話したら是非にとパーティーに招かれたんだ」
「ははぁん」

 マッキーも元々はアルス・マグナに居を構えていた貴族の一人だ。あの街の連中とは美意識が合わないとかなんとかで、少し離れたこの村の土地を買い占めて悠々自適な日々を送っているみたい。
 村人たちとの仲は良好なようで、友人や村人を招いたパーティーを開くこともしょっちゅうだ。勇者様の話を聞いて、子供を救った魔族の正体が俺だということもすぐに気付いたのだろう。だからって、俺が来ると分かっていながら、勇者様ご一行をパーティーに招く神経が理解できないんだけど。

「で、あの可愛い可愛い勇者様はどうしてんの?」
「殿下と一緒にいる筈だ。心配する必要はない」
「もしかして、フラれちゃった?」
「お前の頭は万年花畑なのか?」

 ゴミを見るような目で見られてるぅ。だって、小鳥のように愛らしい見た目の勇者様と、魔族の俺でも見惚れるような聖騎士様がいて、しかも王子様や貴族様までいらっしゃるのに、ラブロマンスの一つもないの? つまんなくない?

「ほんとのほんとに、勇者様のこと何とも思ってないの? 不能じゃないのにぃ?」
「おまえと一緒にするな。世界の為、《魔の王》を封じる為、守らなければならない相手ではあるが、それ以上でもなければそれ以下でもない」
「なぁんだ、つまんない。じゃあ、気になる相手もいないの?」

 そんだけ格好良かったら、彼女の一人や二人いたって不思議じゃないだろうに。いや、魔族を倒す為に生きているらしい聖騎士様はそんなことする余裕もなかったのかなぁ。なにそれ、勿体なすぎない!?

「……お前は、どうなんだ」
「俺かぁ……」

 俺達魔族は恋をするからセックスをする訳じゃなくて、子孫を増やす為にセックスをする生き物だから、ニンゲンのようなラブロマンスはあまり起こらない。ないわけではないらしいけど、俺の周りでは余り聞かないかなぁ。

「今はいないけど、いつか現れたら良いなあとは思うよ。誰かを想うってことは苦しいけど、幸せなことだって教えてくれた友達がいるから」
「友達? それも人間か?」
「そうそう。俺たちにとって、一番大事な友達」

 彼が、聖騎士様たちニンゲン共に拷問にかけられた勇者様だと言ったなら、聖騎士様はどんな顔をするのだろう。真実を知ったこの人は、きっと傷付いた顔を見せてくれるに違いない。
────それを望んでいた筈なのに、何故か言葉が音になることはなかった。
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