未来を信じる君と。

よこぜん(横瀬中雪)

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俺はその日3年ぶりに乗る郊外行の電車を乗り継ぎ、揺られ、国境の長い長いトンネルを超えた先にある駅に着く。もうすでに線路の砂利バラストだったりホームの端なんかには雪が積み重なっていて、結構北上してきたことが実感出来る。朝一番だからだろうか。その駅で降りる人は一人も居なかった。
俺が3年前ここに来たときも同じように天と地が白く染まった日であった。

「もう3回目…か…」

俺が1回目ここに来たときはローレンリニアの結果発表をする沓掛の帰郷の手伝いのためであった。その時は夏で、登山客が多かった。俺は初めて見る生の田舎の景色に感動をしていた。
「…おお…緑だ…」
揺れる古い電車はいくつものトンネルを超えてここまでやってきた。
生い茂る緑の中を電車が出ていくと、もうそこは2人だけの場所だ。遠くへと消えゆく電車のジョイント音と、微かに吹く風で揺れる木の葉の音。俺は体験したことが無いような環境に胸を踊らせていた。
「ほら!そんなボーッと突っ立ってないで行くよ!」
「はいはい。分かりましたからちょっと待って」
「早くしないとバス行っちゃうよ!これ逃したら次は15時代まで無いよ!」
「大丈夫だから待ってくださいよぉ…」

駅前に出てみた所意外と…と言っては悪いが町はあった。ただ店も少なく、人通りもまばらな所だった。
俺は昼前に発車する路線バスに乗ってその緑の駅を発った。
はじめの方は俺ら含め6人くらいは乗っていたが、結局その町の外れあたりで1人と、少し行った登山口辺で3人降りて、残るは俺と沓掛だけになってしまった。
「…寂しくなっちゃったね」
「こんな光景初めて見たなぁ…」
2人はバスの一番後ろの座席に座りながら言う。

バスはひたすら走り続け、峠を幾つか超えたバス停へと止まる。
「ほら!降りるよ!」
沓掛が立ち上がり進む。
「あっ…ちょっと待って…あっ」
「よっと!…非力なんだから…もう…」
沓掛は俺のスーツケース入の大きな資料を持って降りる。今考えたら荷物を持たせるなんて男としてあり得ないことしたと後悔している。

バスを降りた俺達は今まで来た国道とはそれた脇道を登る。俺にはきつい1キロの道のり。ただそこまで登り坂でなかったのが救いだった。
「…はぁ……はぁ………あとどれ位です…?」
「なにへばってるのさ!あと10分くらいだから頑張れ!」
「は…はひぃ…」
俺は結構必死になって歩いたつもりだったが、どんどんと沓掛と俺との間が空いてきて、自分の体力の不甲斐なさを覚えた。

「たっだいまぁ!帰ってきたわよ!」
「ひ…失礼しまぁす。」
俺は沓掛の実家へと足を踏み入れる
「あらあらお帰り。久し振りでお母さん嬉しいよ。それで…この方は…例の研究の人?」
沓掛の母さんが俺の方を向いて軽く会釈をする。俺も軽く会釈を返して挨拶をする。
「…ははぃ。千歳研究所、第一研究室の野…」
「ほらほら!挨拶なんてどこでも出来るんだから!さぁ!入ってどうぞ!」
挨拶をちょん切られた俺は沓掛に連れてゆかれ客間に入る。

お茶やお菓子が並ぶこのテーブルの片隅に俺たちが開発したローレンリニアの模型が並ぶ。
「…と言う事なんですよ。」
「すごいでしょ?お母さん!」
「…私には中の仕組みとかは分からないけど…これが国家プロジェクトの…真髄ってことでしょ?…凄いわねぇ…」
俺らはなんだかんだ事業に関わっていない人には話して来なかったので普通に認めてもらえた事が嬉しかった。

その日の夕方。帰ろうと支度をしていた俺を、沓掛と沓掛の母の好意で家に泊めてもらえることになり、(どうやら姉が旅行に行っているらしく、部屋が空いているからだが…)沓掛の勧めで近所(田舎基準)にある銭湯へ行くことになった。
銭湯は意外にも誰もいなかった。俺は異様に高い位置に座っているおばちゃんに入浴料を払い、左端のロッカーへと念の為として持ってきていた着替えを入れ、少し冷えたタイルを踏む。
「これが…銭湯ってやつか…」
俺は誰も居ない空間をよく見回し、小さく呟いた…つもりだった。
「でしょ~?ここ毎日来てたこともあったんだよ?」
「うわぁぁ!?どこから!」
響く沓掛の声を聞き、驚き大きな声を出す。
「ほら!壁の向こう!上に隙間開いてるでしょ?」
「え?…ホントだ!だから聞こえたのか…」
それを聞いて納得した。だが何故今まで気が付かなかったのかとも思った。
「ここ誰も居ないし話せるよ!…ってそっちに誰もいないよ…ね?」
「いないけど…」
「やったぁ!私達で貸し切りぃ!」
壁の向こうからシャワーの音と鼻歌が聞こえてくる。
俺はさっさとシャワーを浴びて、備え付けのよく分からないシャンプーを使って流し、湯船に入る。背面に描かれた雪を被った富士山も、人が居ないとなにか物寂しい気がした。


「ねぇ…ちょっといい?」
風呂の奥からエコーが掛かった声が飛んでくる。
「いいけど。どうしたの?」
「実はね…私怖かったの。この研究が…」
俺は少しだけ言葉が詰まった。
「…どうしてさ。俺たちは成功したんだ。何も心配することなんて無いよ。」
「でも…私…研究にあんまり…携わってない気がするの。ほら。ローレンリニアなんて君が思いついた物だし…それに性能の試験とか…この間のプレゼンも…全部君が主導で…。私なんてただの役立たずの付属品なんじゃないかって。そんな事を考えてさ…本当にこれでいいのかって…」
俺はすべて聞いてられず、沓掛の話を切ってでも喋った。
「そんな訳無いでしょ。だってちゃんと僕を手伝ってくれたんじゃないか?サポートしてくれてたんじゃないか?僕はそう思うけどね…」
数秒の沈黙があった。
「…いいの?」
「…えっ…」
「そんな私でもいいの?」
「…いいさ。俺だってミスとかするから…その時はまた支えてくれ。」

「…うん…」

小さくて…でも強いようなそんな返事を返してくれた。ただ。そのあとに呟く独り言のような話は聞けなかった。
壁の向こう側で何が起こっていたかは今でも分からないが、沓掛が「何か」を伝えたかった。と言う事は当時の俺でも分かった。
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