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第2話:荒くれ爆弾魔の恐怖
しおりを挟む その後もヒーロー活動をしていた私はメディアからの引っ張りだことなっていた。
「秋津市にスーパーヒーローか・・・」
私はSNSで自分がレディブラストとして掲載されている記事を見て嬉しかった。
それもその筈、憧れの正義の味方になれたのだから、心の中の興奮が止まらなかった。
この時の私はニヤニヤしており、スマホから反射している自分の表情を見ると、これがいかに嬉しい事か改めて私に思い知らせた。
「ミカ、朝ごはん食べなさーい」
「はーい」
下の階に降りてきた私は、元気よく『いただきます』と言って朝食を食べ始める。その様子を見た両親は不気味がるようにコソコソと話し始めた。
「なぁ、ミカの奴こんな感じだっけ・・・」
「なんかいい事あったんじゃない?」
「もしかして"レディブラスト"とかいう奴のか?」
「それかも」
集中するように感覚を研ぎ澄ませてみると、両親の噂話は丸聞こえだ。私はその噂話を聞きながら私はニコニコ笑った。
能力に目覚めて1ヶ月が過ぎ───私は能力の使い方にも慣れ、目覚めたばかりのした時よりも気分を悪くしなくなった。
今日は休みの日───いつもなら部屋で引き篭もっているが、今は違う。私は正義の味方として、自分の住む秋津市を守るのだ。
家から出た私は、あまり目立たないような地味な服を着て歩いていた。流石に家からレディブラストの格好をすればバレるからだ。
こうやって地元を監視しているが1つ問題があり、ここは日本だから犯罪はあまり起きにくいし、東北地方にある秋津市なんて、あまり犯罪が起きない。
そもそも狙うものなんてない───普通ならそんな感じだが、今日はなぜか違った。
ベンチに座った私がスマホで秋津市のニュースを漁っていると、1分前に投稿された記事が目に入った。
その記事をタップして開くと、そこには『鞠尾山にて、未知の鉱石発見』と言う見出しが大きく映し出されていた。
「秋津市郊外にある鞠尾山から発見された未知の鉱石を"テクノマイト"と命名、か・・・」
私は思わず落胆する・・・事件だと思ったからもあるが、鉱石なんてあまり興味が無かった。
「〔何か事件があるのかな、と思ったらこれだよ。まぁでも、平和が一番だよね・・・〕」
活躍しようと躍起になっているのが駄目なのかもしれない───私は自分の頭を少し叩きながら頭を冷やした。
しかし、そんな私にチャンスが起こる。落胆していた私の耳に、何らかのサイレン音が微かに聴こえた。
私は耳を澄ませるように集中しながら聴くと、それはやはりサイレンの音だった。
私は急いでそのサイレンの方向へと向かうと、何台かのパトカーが国道を走っていた。
これは、只事では無い───そう思った私は走ってパトカーの一団を追いかけた。
昔の私は体力が無くすぐに息切れを起こしていたが、今は違う。
身体中に力が漲るほどまだまだ余裕だし、アクロバティックな動きもできるのだ。
私がパトカーの一団を追跡中、パトカーは自動車道の方に入り、何かを追い始めた。
警察が追いかけるその方向には、ちょっとゴツいトラックが走っている。
しかし、どうも様子がおかしい。蛇行気味に他の車にぶつかりながら走っているのだ。
「〔酔っ払い?〕」
心の中でそう思ったが、それにしては止まる気配がない。あのトラックには何かがある───とにかく、警察が追いかけるような何かがあると私は睨んだ。
私は両膝を屈折させて踏ん張った後、そのまま飛び跳ねる。せめて、トラックの上にさえ飛び乗れれば良いと思っていた。
飛び跳ねた結果、私はトラックの上に飛び移る事には成功したものの、前から吹く風でバランスを崩して転がってしまい、車両の後ろから落ちてしまいそうになった。
それでも私はトラックの荷台にある角ばった場所を掴んだ。
「〔怖い怖い怖い!!〕」
心の中で焦りながらもトラックの上によじ登ろうとするが中々登れない。
「そこの君、トラックから手を離さないように!!」
パトカーに乗っていた警察官が窓からメガホンで私に叫ぶ。そんな事分かっているのに言われるとストレスが溜まるのは世代のせいじゃなくて私の性分です。
私は左車線から来た軽トラを見て、あることを思いついた。
それを実行に移した私は、身体を右に寄せてトラックの荷台に飛び移るよう左に身体を振って手を離した。
軽トラの荷台に飛び移る事に成功した私だったが、軽トラがもう少しで止まりそうになった。
「危ねぇじゃねぇか!!」
運転手の怒鳴り声にビクッと驚きながらも私は彼に謝った。
「すみません、でもあのトラック止めないといけないので!!」
「あのトラック───?」
軽トラの運転手が言いかけると、軽トラに暴走トラックの荷台が擦り、私と運転手のおじさんは驚いた。
「野郎・・・!」
大事な軽トラだったのか、傷つけられた運転手のおじさんはそう言って急にスピードを出して暴走トラックと並ぶ。不幸か幸運か、私からすればトラックを止めるチャンスだ。
私は暴走トラックと軽トラが並んだと同時にまた飛び移る。今度は運転席の方だ。
飛び移ることに成功し、私は助手席側の窓をトントンと叩き、その中の人に手を振った。
トラックに乗って運転していた人物はガスマスクのようなものを被っていて、誰なのかは分からないが、その人物はこちらを二度見した後、拳銃を取り出して撃ってきた。
私が飛び移った方にある助手席の窓に弾丸が当たって割れる。
普通、日本のこんな田舎でアクション映画さながらの事をやってるのは、私達ぐらいだろう。
「ちょっと!! 暴走運転に銃刀法違反、これは許されないよ!!」
言葉がたじたじになりながらも私はそう言って警告したが、相手は無視して銃の発砲を続けた。
私は素早く助手席側のドアを割れた窓から手を入れてロックを解除すると、そのドアを開いて助手席に座った。
「・・・ねぇ、ここで終わりにしない?」
少し息遣いを乱しながらも私は降伏を促すが、その人物はマスク越しから低い声を出した。
「黙りやがれ・・・このクソガキ!!」
その人物がハンドルを左に切り、私は落ちそうになる。こんな時にシートベルトの必要性を改めて認識してしまった。
トラックは左の車線へ強引に入って自動車道から出て行った。
私は再び助手席に登った後、ハンドルを掴んでトラックが蛇行するのを抑えようとした。
「てめぇ・・・」
「早く観念した方がいい───」
しかし、私も相手もお互いに気を取られていたせいか、トラックはそのまま建物にぶつかった。
頭が痛いし耳鳴りもする・・・揺れる視界が治まり運転席の方に目を移すと、そこにあの人物はいなかった。
衝突したトラックから降りると、ガスマスクの人物は、何処かに向かって歩いて行こうとしていた。
「ま、待って・・・」
私はおぼつかない足取りで追いかけて言うと、相手は私に気付いてこちらを振り向いた。
その人物は大柄で、顔全体を覆うようなマスクを被っており、硬そうなベストを付けていた。
ヴィラン───その言葉が似合ってそうなその人物は、絵に描いたようなヴィランそのものだった。
「俺の"任務"を邪魔しやがって・・・」
任務? まるでこの男は依頼でも受けているのだろうか・・・どっちにせよ、その"任務"が犯罪をする事に変わりはなかった。
私はその敵に向かって不慣れな格闘戦に持ち込む。しかし、敵は私のパンチを左手で防ぐと、何かを私の体に投げつけてそのまま下がった。
私の身体に投げられた物がくっつき、"それ"を見るが、その時にはもう手遅れだった。
"それ"は爆発し、私を吹き飛ばす。
その正体はセムテックスというプラスチック爆弾で、火薬はどうであれ常人にやったらひとたまりも無いだろう。
「痛った・・・」
自分の身体が強化された事もあるが、火薬の量が少なかったのか、私は大事に至らず、腰を地面にぶつけた痛みで済んだ。
「てめぇ・・・超人か?」
男は睨むようにそう言うが、私も睨み返して質問で返した。
「・・・あなた何者?」
「俺は"ザ・ボマー"・・・お前を爆破してやる」
そう言って"ザ・ボマー"と言う男が私に近づいて爆破させようとした時、後ろから銃を構えた警察官が現れた。
「動くな、両手を上げろ!!」
警察も間に合い、これで降伏するだろうと思っていたその時だった。
一発の乾いた破裂音が辺りに鳴り響き、その警察官は倒れる。ボマーは別に隠し持っていた拳銃で彼を撃ったのだ。
状況が理解できないのではなく、その状況を理解したくなかった私は、そのまま唖然としてしまった。
敵がこちらに銃を構えてから、やっと我に返った私は、咄嗟に両腕を目の前にいるヴィランに向け、サウンドブラストを放つが───それは間違いだった。
サウンドブラストが相手に当たった瞬間、その反動で彼の身体は爆風を起こし、私はコンクリートの地面に押し付けられた。
彼も自身から発せられた爆風で吹き飛ばされるものの、彼自体にはあまり影響がないのか、すぐ立ち上がって逃げて行った。
私は数分ぐらい経ってから意識を取り戻し、朦朧とする視界でヴィランの姿を捉えようとするが、どこにもいない・・・撃たれた警察官の周りには人が集まっており、救急車も到着していた。
正体がバレる事や犠牲者を出してしまったことに対する焦りや恐怖から、私はその場からすぐに立ち去った。
奔走するように逃げる私は、所定の位置で正体を隠して家に戻った後、すぐにコスチュームを洗濯機に入れて風呂に入った。
風呂から上がり、私は何事もなかったかのような顔をして居間に顔を出して『ただいま』と言った。
そんな私を見て、親は何故か驚いているが、私はとぼけた表情をして何事も無かったかのように装った。
しかし、それでも犠牲者が出てしまった事に変わりはない・・・私が出来ることと言えば撃たれた警察官が一命を取り留めている事を祈るぐらいだったが───それは叶わなかった。
『緊急ニュースです、秋津市にてカーチェイスが発生し、現場に駆け付けた"木下浩二"巡査が殉職しました』
テレビで流れたニュースを見て、私は両膝を崩した。
「ミカ、どうしたの?」
それは目の前にいた人間を守れず、そのまま立ち去ってしまった罪悪感から来るものなのか、それとも『こんなはずじゃない』と甘く見ていたからなのか───この出来事は私に大きな傷を遺した。
心配する親に対して、私は黙って背を向けて居間から出て行き、自分の部屋に向かうと、部屋の扉の鍵を閉めてベッドの毛布を身体に覆った。
私のせいだ、私のせいでこうなったんだ───だが、自分を責めたところでその警察官の命が戻ってくることはない、そんな事は分かっていた。
次第に視界が歪み、涙が溢れてくる───もう一方では『私のせいじゃない』と責任を取りたくない自分がいた。
「〔───こんなはずじゃない〕」
私は心の中でその言葉を呟いて怯え続けた。
もし正体がバレたら、責任は私に来る。『ヒーロー失格だ』などとバッシングされ、家族や知り合いを危険に晒すかもしれない・・・それに対して私は怯えていた。
ヒーローになった責任が強く、そして重くのし掛かる───この時の私は完全に正義の味方を甘く、軽く見ていた。
このまま泣き叫びたかったが、これ以上大事にするのは嫌だった私は、その声を押し殺して泣き続けた。
どれぐらい経ったのだろうか───気付いた時には床に横たわっていた。
泣き疲れて知らないうちに眠っていたのだろうか───外はもう暗くなっていた。
私はフラフラな足取りで部屋の鍵を開けて廊下に出ると、扉の横にはおぼんがあり、その上にはご飯やレタスやエビフライが盛り付けられた皿、味噌汁がサランラップを被せられてのっていた。
母親からなのだろうか───そう思うとまた涙が目に浮かぶ。わざわざ私の部屋の前に準備しておくとは思ってもいないからだ。
そんな事を思いながらも料理を部屋の机の上に置いた。
「いただきます」
両手を合わせて一言。この言葉を言ったのは何年振りだろうか・・・今だったら何気無くそのまま食べていたところだ。
エビフライを一口。齧った時に海老の汁が口の中に広がり、衣のサクサクした食感が冷めていることを忘れさせる。いつもは何気無く思っていた母の手料理がより一層美味しく感じていた。
母親の手料理を食べ終え、スマホで時間を見るともう午前の5時30分だった。
私は静かに食器を片付けて、洗濯が終わったであろうコスチュームを取り出して状態を確認した。
コスチュームに少し焦げた跡はあるものの、切れた跡は無い為、幸いにも修繕の必要は無さそうだった。
私は制服に袖を通して学校へ行く準備を済ませる。今日は服を脱ぐ授業が無いからコスチュームを中に着た。
準備が終わり、スマホで時間を確認すると6時30分 ───母が起こしに来る時間だ。集中して聴くと下から階段を登る足音がよく聴こえる。そして彼女が部屋の扉をノックして扉を開いた。
「ミカ、起きなさ───」
「おはよう、お母さん」
彼女は目を丸めながら静かに驚いてる。確かに、いつもの私ならまだベッドの中だが今は違った。
「ミカ、あなた大丈夫?」
「うん、昨日はごめんね」
私は素直に謝り、私は持ち物が入ったリュックを背負って家から出た。
学校に着いた私は、教室に入って自分の机に座る。しかし、誰かいないような気がする・・・そんな違和感があった。
そして、朝礼の時間が始まる5分前になって私はやっと気付く。そう、教室に橙子の姿が無かった。
私は隣に座るクラスメイトに彼女の所在を訊くが、隣にいる彼も知らずそのまま朝礼が始まった。
担任の先生が出席を取っていくうちに、彼も彼女がいない事に気付いた。
「橙子のやつ、今日休みか・・・?」
先生のつぶやきに対し、私は『橙子らしい』と笑いかけるが同時に寒気もした。
確かに、彼女は学校をサボることがあるし不真面目な所があるものの、それでも学校には連絡を入れている・・・だから彼女が連絡を入れていないのは、何かと不思議なところがあるのだ。
そんな事を考えていると、クラスに他の先生がやって来て、担任の先生が呼び出されると、教室中が騒がしくなった。
昨日ぐらいにザ・ボマーと呼ばれる謎のヴィランが事件を起こしたばかりで、正直休みにしてもいいとは思うが・・・まぁそんな事すると授業遅れるか。
それから数刻おいて、担任の先生が教室に戻ってきて私達に言った。
担任から告げられた言葉に、クラス中は再び騒がしくなる。どうやら、先程の臨時会議で生徒の下校が決まった。
案の定、理由は『凶悪な犯罪者が近くで暴れている』とのことで、相手は爆破物を持っている為、学校にも被害が及ぶ可能性があった。
ある人は学校に来た意味を嘆き、またある人は早く帰れることを喜んでいたが───私は橙子のことが心配過ぎて焦っていた。
生徒達が帰っていく中、私は下校したフリをして路地裏に入ると、スマホで秋津市のニュースを見る。
案の定、そこには記事が更新されており、秋津市の街中で"奴"は暴れたようだ。
私とは関係のない人であっても、ヒーローになったからには責任を持って守らないといけない───私は堅く誓いながら左手に拳を握って上に広がる青い空を見上げた。
私はリュックからウィッグや自作のマスクやマフラー、手袋とブーツを取り出して身につけ、制服の下に着ていたコスチュームを表した。
レディブラストになった私は、被害に遭った場所に向かう。持ち物は自分にとって分かりやすい場所に隠したから、誰かに盗まれる事は多分無いだろう。
現場に着いてまず見た物は、爆発した跡にひび割れたガラス、それに衝突した車など───まるで嵐が過ぎた後のようだ。
そんな中、1人の警察官が無線で何かをを伝えており、それは私が知りたいことであった。
「容疑者は人質を取り、車を盗んで逃亡した模様。向かった先は解体工事中のビルだと思われる。繰り返す───」
私はそれを聴いて現場へと向かう。恐らくそのビルは・・・学校の窓から見えた解体中の5階建のビルだ。
私がその場所に着くと、既に野次馬が集まっており、警察官が盾を持って厳重に包囲している。
解体中のビルには幸いにも作業員はいなかったが、相手は凶悪な荒くれ爆弾魔・・・恐らく奴は遠慮なく爆弾を仕掛けるだろう。
私は野次馬をかき分けて、そのまま『keep out』と記されたバリケードケーブルの下を潜った。
「おい君!」
「ごめんなさい、通して!!」
私は止めようとする警察官を避けてそのまま2階にジャンプした。
他の人から注目を浴びていると思うが、今は気そんな事にしてられない。人の命が掛かっているとはいえ、私が危険に晒してるかもしれないけど───そんな事を気にしていたらヒーローなんてやってられない。
私は爆弾魔のいる5階に行き、物陰に隠れる。そこにはやっぱりというべきか、あの爆弾魔と鉄柱に縛り付けられた見覚えのある人物がいた。
そう、その人質となっているのは橙子で、彼女はもしかしたらサボっている最中に捕らえられたのだろう・・・後で違うことが判明したが。
一方で、ザ・ボマーの方はスマホで誰かと話している。私は耳を澄ませてよく聴いてみた。
「すいません"教授"、でもよ・・・」
自分と戦っている時と口調が違って弱々しい。そんなに畏敬の念を抱くほどの相手なのか───どっちにしろ、ここで倒す。
スマホでの連絡を終えると、爆弾魔は橙子と何かを話し始めた。
「あなたって学校にでも通っているの? そうには見えないけど・・・」
橙子はボマーを煽る。拘束されているのにもかかわらず、大した物だ。
そんな煽りに爆弾魔は再び口調を戻して言った。
「黙りやがれ・・・ここでテメェを爆発しても良いんだぞ?」
「やりなよ、レディブラストとやらが来るわよ?」
「どっちにしろ、あの"クソガキ"も花火にしてやるよ」
爆弾魔にクソガキ扱いされてイラッと来た私は、彼の後ろに回り込んで驚かせた。
「・・・誰が"クソガキ"だって?」
爆弾魔が後ろを振り向いている。彼は身につけているマスクのゴーグル越しからでも分かるぐらい青筋を立てていた。
「テメェ・・・やっぱり来やがったか」
「ここでお前を倒す・・・これ以上、犠牲者を増やしたくない」
自分らしく無い言葉を使って、私はそう言う。レディブラストのキャラ付けって今でも分かっていない。
「自己満足に言いやがる!」
爆弾魔はそう言って私に殴りかかるが、飛び跳ねて再び後ろに回り込む。そして殴ろうと思ったが、最初に戦った経験を思い出して攻撃を躊躇した。
「吹き飛びやがれ!」
彼は粘着爆弾を投げて私にくっつけようとするが、私はそれを避ける。外した事を馬鹿にする様に笑うが、この時自分のいる場所を考えると、笑える立場ではなかった。
「馬鹿が・・・」
彼がそう呟いて私が足元を見ると、そこには手榴弾が転がっていた。
「レディブラスト!!」
「しまっ───」
それに反応が追い付かず、私は足元を爆発させられてそのまま場外へと飛ばされた。
建物から出されてしまった私は悪あがきとして手を差し伸べるが届かず、そのまま落下していく。落ちたら痛いのは勘弁───だから空を、空を飛びたかった。
そんな事を願いながら私は目を閉じるが───途中で下からの圧力が消える。
何があったのか、私が目を開けると、自分が今どうなっているのかやっと解った。
なんと、私は仰向けに宙を浮いていたのだ。どうにかしてこの状態を維持しようと手や脚を宙でジタバタさせてどうにか先程の場所に戻ろうとした。
いや・・・この場合、無闇に動くんじゃなくて空を飛ぶ事を意識するんじゃないだろうか───私はそう思い、自分が飛べるようにイメージする。
そして、現状に身を任せて意識を飛ぶように集中すると、私の身体は徐々に上がっていった。
空を飛んでいる───厳密にいうと空では無いんだけど・・・取り敢えず飛ぶことは出来た。
宙を飛べる様になった私は、再びヴィランの所へ辿り着く。橙子は私を見て嬉しそうに笑い、それに気づいた爆弾魔が私の方を振り向くと、彼は驚いている様な雰囲気を醸し出した。
私はニヤッと不敵に笑った後、爆弾魔に急接近して、奴の首の襟元を掴んでそのまま場外へと再び出た。
「放しやがれ!!」
「そんなに暴れると落ちるって・・・!」
私は自分よりも一回り大柄な男性を掴んで空を飛んでいる。このまま警察に引き渡したいけど、爆弾魔が着ているこのアーマーをなんとかしないといけない・・・また爆発なんてされたらたまったもんじゃない。
「このアーマーを無効化する方法は?」
「教えると思ってんのかこの間抜け!」
「じゃあ落ちる?」
そう言って脅してみるが、意外な返答が返ってきて私は戸惑った。
「さっさと落としやがれ、何なら此処で爆発させても良いんだぞ?」
何を言っているのか、何となくだが理解できる。
彼はあの解体中のビルに爆弾を仕掛けているようで、嘘とは思えなかった。
私はその言葉に対して彼の至る所を見る。起爆スイッチは彼が持っているはずだ。
「起爆スイッチは!?」
「教えると思うか?」
その時、あることを思いついた私はそれを実行した。
「だったら───」
私はわざと両手にエネルギーを溜め込み、それを爆弾魔の身体に放つと、光線を撃った反動でアーマーが空中で爆発した。
爆発した衝撃で私は手を離してしまい、爆弾魔と共に落ちていく。私はすぐに彼を掴んで、そのまま地上へと落下した。
地上へ降り立ち、彼に私は投げ飛ばされるが、受け身を取ってすぐに体勢を戻す。爆弾魔のマスクは先程の爆発で破損し、彼はマスクを外した。
爆弾魔の素顔はモヒカンのゴツいチンピラの様な風貌で、私が苦手とする顔つきだった。
「テメェ・・・」
爆弾魔は鼻息を荒くしながら腰のポケットから起爆スイッチを取り出し、ボタンを押す。
しかし、何故か反応せず彼は何度もスイッチを押した。
私は安堵した後、その光景を笑う。あの時、わざと宙でサウンドブラストを撃ったのは、これを狙っていたからだ。
スイッチが壊れる事を祈っていたが、本当に壊れたおかげで何とか私の目論見は叶った。
手段を阻止された爆弾魔は怒っているのか、こちらに走って悪あがきをしようと試みる。しかし、私は今までのお返しをするかのように、両腕にエネルギーを溜め込み、向かってくる敵に対してサウンドブラストを放った。
私の光線は見事にヴィランに命中する。アーマーが壊れているのか、彼は吹き飛んだ。
「よし、確保!!」
警察が倒れた彼を包囲して手錠をかけるのを見届けた私は、人質となった橙子を助けに再び空を飛んだ。
彼女は縛られながらも退屈そうにしているが、私をみるや否や目を輝かせていた。
「助けに来てくれたの?」
「それは勿論」
私は笑顔でそう言い、拘束していた縄を解いた。
「立てる?」
「大丈夫だよ」
そう聞いて、私は彼女を連れて下まで歩こうとするが、彼女は何か言いたげな顔をしていた。
「どうしたの?」
「わがまま言って悪いんだけど・・・私も宙を飛びたいなぁ、って」
彼女からのお願いに、私は考える。正直なところ、あの時は空を飛べたが、あれはただの偶然かもしれないから信用ならなかった。
でも、こうやっておねだりされてるのに無下にするのもなぁ・・・そんな事を考えて私はやむを得ず答えた。
「いいよ・・・命の保証はないけど」
「大丈夫、私の責任でもいいから」
そういう問題じゃないんだけど・・・意思の弱い私はあまり言えなかった。
彼女をお姫様抱っこして、外へ踏み出そうとした。
「じゃあ行くよ、もし嫌だったらごめんね」
「ううん、むしろ楽しそう!」
どれだけ楽観的なんだこの娘は・・・でもこの明るさが彼女の良いところなんだけどね。
そして外に踏みだして、私は再び浮かぶ事を意識すると、そのまま落ちずに宙に立った。
そして、そのままゆっくりと地面に着地した私は、彼女を腕から下ろした。
「ありがとう、レディブラスト!!」
「いえいえ」
「後でお返しするね!!」
そう言って彼女は楽しそうに私の元から去って行く。お返しするとは言われても、正体は私なんだから、正直私の方が何かを返したい。
私が現場から帰ろうとすると、野次馬からの歓声が聴こえ、テレビ局の取材班や記者がこちらに近づいてきた。
「レディブラストさん、今のお気持ちについて一言!」
「あなたは一体何者なんですか?」
色々質問されるが、一刻も早く家に帰りたい私は断った。
「すみません、インタビューはまた今度!!」
私は両膝を曲げた後、大きく空へと飛び跳ねて浮遊する。さっきの戦いで目覚めたおかげかすぐ飛行能力を使いこなせた。
空を飛び、隠した荷物の所へ戻った私は、コスチュームを制服の下に隠してすぐ家に帰った。
家に帰って玄関に着いた私は、街の平和を守った達成感による興奮からか、元気よく『ただいま』と言った。
「秋津市にスーパーヒーローか・・・」
私はSNSで自分がレディブラストとして掲載されている記事を見て嬉しかった。
それもその筈、憧れの正義の味方になれたのだから、心の中の興奮が止まらなかった。
この時の私はニヤニヤしており、スマホから反射している自分の表情を見ると、これがいかに嬉しい事か改めて私に思い知らせた。
「ミカ、朝ごはん食べなさーい」
「はーい」
下の階に降りてきた私は、元気よく『いただきます』と言って朝食を食べ始める。その様子を見た両親は不気味がるようにコソコソと話し始めた。
「なぁ、ミカの奴こんな感じだっけ・・・」
「なんかいい事あったんじゃない?」
「もしかして"レディブラスト"とかいう奴のか?」
「それかも」
集中するように感覚を研ぎ澄ませてみると、両親の噂話は丸聞こえだ。私はその噂話を聞きながら私はニコニコ笑った。
能力に目覚めて1ヶ月が過ぎ───私は能力の使い方にも慣れ、目覚めたばかりのした時よりも気分を悪くしなくなった。
今日は休みの日───いつもなら部屋で引き篭もっているが、今は違う。私は正義の味方として、自分の住む秋津市を守るのだ。
家から出た私は、あまり目立たないような地味な服を着て歩いていた。流石に家からレディブラストの格好をすればバレるからだ。
こうやって地元を監視しているが1つ問題があり、ここは日本だから犯罪はあまり起きにくいし、東北地方にある秋津市なんて、あまり犯罪が起きない。
そもそも狙うものなんてない───普通ならそんな感じだが、今日はなぜか違った。
ベンチに座った私がスマホで秋津市のニュースを漁っていると、1分前に投稿された記事が目に入った。
その記事をタップして開くと、そこには『鞠尾山にて、未知の鉱石発見』と言う見出しが大きく映し出されていた。
「秋津市郊外にある鞠尾山から発見された未知の鉱石を"テクノマイト"と命名、か・・・」
私は思わず落胆する・・・事件だと思ったからもあるが、鉱石なんてあまり興味が無かった。
「〔何か事件があるのかな、と思ったらこれだよ。まぁでも、平和が一番だよね・・・〕」
活躍しようと躍起になっているのが駄目なのかもしれない───私は自分の頭を少し叩きながら頭を冷やした。
しかし、そんな私にチャンスが起こる。落胆していた私の耳に、何らかのサイレン音が微かに聴こえた。
私は耳を澄ませるように集中しながら聴くと、それはやはりサイレンの音だった。
私は急いでそのサイレンの方向へと向かうと、何台かのパトカーが国道を走っていた。
これは、只事では無い───そう思った私は走ってパトカーの一団を追いかけた。
昔の私は体力が無くすぐに息切れを起こしていたが、今は違う。
身体中に力が漲るほどまだまだ余裕だし、アクロバティックな動きもできるのだ。
私がパトカーの一団を追跡中、パトカーは自動車道の方に入り、何かを追い始めた。
警察が追いかけるその方向には、ちょっとゴツいトラックが走っている。
しかし、どうも様子がおかしい。蛇行気味に他の車にぶつかりながら走っているのだ。
「〔酔っ払い?〕」
心の中でそう思ったが、それにしては止まる気配がない。あのトラックには何かがある───とにかく、警察が追いかけるような何かがあると私は睨んだ。
私は両膝を屈折させて踏ん張った後、そのまま飛び跳ねる。せめて、トラックの上にさえ飛び乗れれば良いと思っていた。
飛び跳ねた結果、私はトラックの上に飛び移る事には成功したものの、前から吹く風でバランスを崩して転がってしまい、車両の後ろから落ちてしまいそうになった。
それでも私はトラックの荷台にある角ばった場所を掴んだ。
「〔怖い怖い怖い!!〕」
心の中で焦りながらもトラックの上によじ登ろうとするが中々登れない。
「そこの君、トラックから手を離さないように!!」
パトカーに乗っていた警察官が窓からメガホンで私に叫ぶ。そんな事分かっているのに言われるとストレスが溜まるのは世代のせいじゃなくて私の性分です。
私は左車線から来た軽トラを見て、あることを思いついた。
それを実行に移した私は、身体を右に寄せてトラックの荷台に飛び移るよう左に身体を振って手を離した。
軽トラの荷台に飛び移る事に成功した私だったが、軽トラがもう少しで止まりそうになった。
「危ねぇじゃねぇか!!」
運転手の怒鳴り声にビクッと驚きながらも私は彼に謝った。
「すみません、でもあのトラック止めないといけないので!!」
「あのトラック───?」
軽トラの運転手が言いかけると、軽トラに暴走トラックの荷台が擦り、私と運転手のおじさんは驚いた。
「野郎・・・!」
大事な軽トラだったのか、傷つけられた運転手のおじさんはそう言って急にスピードを出して暴走トラックと並ぶ。不幸か幸運か、私からすればトラックを止めるチャンスだ。
私は暴走トラックと軽トラが並んだと同時にまた飛び移る。今度は運転席の方だ。
飛び移ることに成功し、私は助手席側の窓をトントンと叩き、その中の人に手を振った。
トラックに乗って運転していた人物はガスマスクのようなものを被っていて、誰なのかは分からないが、その人物はこちらを二度見した後、拳銃を取り出して撃ってきた。
私が飛び移った方にある助手席の窓に弾丸が当たって割れる。
普通、日本のこんな田舎でアクション映画さながらの事をやってるのは、私達ぐらいだろう。
「ちょっと!! 暴走運転に銃刀法違反、これは許されないよ!!」
言葉がたじたじになりながらも私はそう言って警告したが、相手は無視して銃の発砲を続けた。
私は素早く助手席側のドアを割れた窓から手を入れてロックを解除すると、そのドアを開いて助手席に座った。
「・・・ねぇ、ここで終わりにしない?」
少し息遣いを乱しながらも私は降伏を促すが、その人物はマスク越しから低い声を出した。
「黙りやがれ・・・このクソガキ!!」
その人物がハンドルを左に切り、私は落ちそうになる。こんな時にシートベルトの必要性を改めて認識してしまった。
トラックは左の車線へ強引に入って自動車道から出て行った。
私は再び助手席に登った後、ハンドルを掴んでトラックが蛇行するのを抑えようとした。
「てめぇ・・・」
「早く観念した方がいい───」
しかし、私も相手もお互いに気を取られていたせいか、トラックはそのまま建物にぶつかった。
頭が痛いし耳鳴りもする・・・揺れる視界が治まり運転席の方に目を移すと、そこにあの人物はいなかった。
衝突したトラックから降りると、ガスマスクの人物は、何処かに向かって歩いて行こうとしていた。
「ま、待って・・・」
私はおぼつかない足取りで追いかけて言うと、相手は私に気付いてこちらを振り向いた。
その人物は大柄で、顔全体を覆うようなマスクを被っており、硬そうなベストを付けていた。
ヴィラン───その言葉が似合ってそうなその人物は、絵に描いたようなヴィランそのものだった。
「俺の"任務"を邪魔しやがって・・・」
任務? まるでこの男は依頼でも受けているのだろうか・・・どっちにせよ、その"任務"が犯罪をする事に変わりはなかった。
私はその敵に向かって不慣れな格闘戦に持ち込む。しかし、敵は私のパンチを左手で防ぐと、何かを私の体に投げつけてそのまま下がった。
私の身体に投げられた物がくっつき、"それ"を見るが、その時にはもう手遅れだった。
"それ"は爆発し、私を吹き飛ばす。
その正体はセムテックスというプラスチック爆弾で、火薬はどうであれ常人にやったらひとたまりも無いだろう。
「痛った・・・」
自分の身体が強化された事もあるが、火薬の量が少なかったのか、私は大事に至らず、腰を地面にぶつけた痛みで済んだ。
「てめぇ・・・超人か?」
男は睨むようにそう言うが、私も睨み返して質問で返した。
「・・・あなた何者?」
「俺は"ザ・ボマー"・・・お前を爆破してやる」
そう言って"ザ・ボマー"と言う男が私に近づいて爆破させようとした時、後ろから銃を構えた警察官が現れた。
「動くな、両手を上げろ!!」
警察も間に合い、これで降伏するだろうと思っていたその時だった。
一発の乾いた破裂音が辺りに鳴り響き、その警察官は倒れる。ボマーは別に隠し持っていた拳銃で彼を撃ったのだ。
状況が理解できないのではなく、その状況を理解したくなかった私は、そのまま唖然としてしまった。
敵がこちらに銃を構えてから、やっと我に返った私は、咄嗟に両腕を目の前にいるヴィランに向け、サウンドブラストを放つが───それは間違いだった。
サウンドブラストが相手に当たった瞬間、その反動で彼の身体は爆風を起こし、私はコンクリートの地面に押し付けられた。
彼も自身から発せられた爆風で吹き飛ばされるものの、彼自体にはあまり影響がないのか、すぐ立ち上がって逃げて行った。
私は数分ぐらい経ってから意識を取り戻し、朦朧とする視界でヴィランの姿を捉えようとするが、どこにもいない・・・撃たれた警察官の周りには人が集まっており、救急車も到着していた。
正体がバレる事や犠牲者を出してしまったことに対する焦りや恐怖から、私はその場からすぐに立ち去った。
奔走するように逃げる私は、所定の位置で正体を隠して家に戻った後、すぐにコスチュームを洗濯機に入れて風呂に入った。
風呂から上がり、私は何事もなかったかのような顔をして居間に顔を出して『ただいま』と言った。
そんな私を見て、親は何故か驚いているが、私はとぼけた表情をして何事も無かったかのように装った。
しかし、それでも犠牲者が出てしまった事に変わりはない・・・私が出来ることと言えば撃たれた警察官が一命を取り留めている事を祈るぐらいだったが───それは叶わなかった。
『緊急ニュースです、秋津市にてカーチェイスが発生し、現場に駆け付けた"木下浩二"巡査が殉職しました』
テレビで流れたニュースを見て、私は両膝を崩した。
「ミカ、どうしたの?」
それは目の前にいた人間を守れず、そのまま立ち去ってしまった罪悪感から来るものなのか、それとも『こんなはずじゃない』と甘く見ていたからなのか───この出来事は私に大きな傷を遺した。
心配する親に対して、私は黙って背を向けて居間から出て行き、自分の部屋に向かうと、部屋の扉の鍵を閉めてベッドの毛布を身体に覆った。
私のせいだ、私のせいでこうなったんだ───だが、自分を責めたところでその警察官の命が戻ってくることはない、そんな事は分かっていた。
次第に視界が歪み、涙が溢れてくる───もう一方では『私のせいじゃない』と責任を取りたくない自分がいた。
「〔───こんなはずじゃない〕」
私は心の中でその言葉を呟いて怯え続けた。
もし正体がバレたら、責任は私に来る。『ヒーロー失格だ』などとバッシングされ、家族や知り合いを危険に晒すかもしれない・・・それに対して私は怯えていた。
ヒーローになった責任が強く、そして重くのし掛かる───この時の私は完全に正義の味方を甘く、軽く見ていた。
このまま泣き叫びたかったが、これ以上大事にするのは嫌だった私は、その声を押し殺して泣き続けた。
どれぐらい経ったのだろうか───気付いた時には床に横たわっていた。
泣き疲れて知らないうちに眠っていたのだろうか───外はもう暗くなっていた。
私はフラフラな足取りで部屋の鍵を開けて廊下に出ると、扉の横にはおぼんがあり、その上にはご飯やレタスやエビフライが盛り付けられた皿、味噌汁がサランラップを被せられてのっていた。
母親からなのだろうか───そう思うとまた涙が目に浮かぶ。わざわざ私の部屋の前に準備しておくとは思ってもいないからだ。
そんな事を思いながらも料理を部屋の机の上に置いた。
「いただきます」
両手を合わせて一言。この言葉を言ったのは何年振りだろうか・・・今だったら何気無くそのまま食べていたところだ。
エビフライを一口。齧った時に海老の汁が口の中に広がり、衣のサクサクした食感が冷めていることを忘れさせる。いつもは何気無く思っていた母の手料理がより一層美味しく感じていた。
母親の手料理を食べ終え、スマホで時間を見るともう午前の5時30分だった。
私は静かに食器を片付けて、洗濯が終わったであろうコスチュームを取り出して状態を確認した。
コスチュームに少し焦げた跡はあるものの、切れた跡は無い為、幸いにも修繕の必要は無さそうだった。
私は制服に袖を通して学校へ行く準備を済ませる。今日は服を脱ぐ授業が無いからコスチュームを中に着た。
準備が終わり、スマホで時間を確認すると6時30分 ───母が起こしに来る時間だ。集中して聴くと下から階段を登る足音がよく聴こえる。そして彼女が部屋の扉をノックして扉を開いた。
「ミカ、起きなさ───」
「おはよう、お母さん」
彼女は目を丸めながら静かに驚いてる。確かに、いつもの私ならまだベッドの中だが今は違った。
「ミカ、あなた大丈夫?」
「うん、昨日はごめんね」
私は素直に謝り、私は持ち物が入ったリュックを背負って家から出た。
学校に着いた私は、教室に入って自分の机に座る。しかし、誰かいないような気がする・・・そんな違和感があった。
そして、朝礼の時間が始まる5分前になって私はやっと気付く。そう、教室に橙子の姿が無かった。
私は隣に座るクラスメイトに彼女の所在を訊くが、隣にいる彼も知らずそのまま朝礼が始まった。
担任の先生が出席を取っていくうちに、彼も彼女がいない事に気付いた。
「橙子のやつ、今日休みか・・・?」
先生のつぶやきに対し、私は『橙子らしい』と笑いかけるが同時に寒気もした。
確かに、彼女は学校をサボることがあるし不真面目な所があるものの、それでも学校には連絡を入れている・・・だから彼女が連絡を入れていないのは、何かと不思議なところがあるのだ。
そんな事を考えていると、クラスに他の先生がやって来て、担任の先生が呼び出されると、教室中が騒がしくなった。
昨日ぐらいにザ・ボマーと呼ばれる謎のヴィランが事件を起こしたばかりで、正直休みにしてもいいとは思うが・・・まぁそんな事すると授業遅れるか。
それから数刻おいて、担任の先生が教室に戻ってきて私達に言った。
担任から告げられた言葉に、クラス中は再び騒がしくなる。どうやら、先程の臨時会議で生徒の下校が決まった。
案の定、理由は『凶悪な犯罪者が近くで暴れている』とのことで、相手は爆破物を持っている為、学校にも被害が及ぶ可能性があった。
ある人は学校に来た意味を嘆き、またある人は早く帰れることを喜んでいたが───私は橙子のことが心配過ぎて焦っていた。
生徒達が帰っていく中、私は下校したフリをして路地裏に入ると、スマホで秋津市のニュースを見る。
案の定、そこには記事が更新されており、秋津市の街中で"奴"は暴れたようだ。
私とは関係のない人であっても、ヒーローになったからには責任を持って守らないといけない───私は堅く誓いながら左手に拳を握って上に広がる青い空を見上げた。
私はリュックからウィッグや自作のマスクやマフラー、手袋とブーツを取り出して身につけ、制服の下に着ていたコスチュームを表した。
レディブラストになった私は、被害に遭った場所に向かう。持ち物は自分にとって分かりやすい場所に隠したから、誰かに盗まれる事は多分無いだろう。
現場に着いてまず見た物は、爆発した跡にひび割れたガラス、それに衝突した車など───まるで嵐が過ぎた後のようだ。
そんな中、1人の警察官が無線で何かをを伝えており、それは私が知りたいことであった。
「容疑者は人質を取り、車を盗んで逃亡した模様。向かった先は解体工事中のビルだと思われる。繰り返す───」
私はそれを聴いて現場へと向かう。恐らくそのビルは・・・学校の窓から見えた解体中の5階建のビルだ。
私がその場所に着くと、既に野次馬が集まっており、警察官が盾を持って厳重に包囲している。
解体中のビルには幸いにも作業員はいなかったが、相手は凶悪な荒くれ爆弾魔・・・恐らく奴は遠慮なく爆弾を仕掛けるだろう。
私は野次馬をかき分けて、そのまま『keep out』と記されたバリケードケーブルの下を潜った。
「おい君!」
「ごめんなさい、通して!!」
私は止めようとする警察官を避けてそのまま2階にジャンプした。
他の人から注目を浴びていると思うが、今は気そんな事にしてられない。人の命が掛かっているとはいえ、私が危険に晒してるかもしれないけど───そんな事を気にしていたらヒーローなんてやってられない。
私は爆弾魔のいる5階に行き、物陰に隠れる。そこにはやっぱりというべきか、あの爆弾魔と鉄柱に縛り付けられた見覚えのある人物がいた。
そう、その人質となっているのは橙子で、彼女はもしかしたらサボっている最中に捕らえられたのだろう・・・後で違うことが判明したが。
一方で、ザ・ボマーの方はスマホで誰かと話している。私は耳を澄ませてよく聴いてみた。
「すいません"教授"、でもよ・・・」
自分と戦っている時と口調が違って弱々しい。そんなに畏敬の念を抱くほどの相手なのか───どっちにしろ、ここで倒す。
スマホでの連絡を終えると、爆弾魔は橙子と何かを話し始めた。
「あなたって学校にでも通っているの? そうには見えないけど・・・」
橙子はボマーを煽る。拘束されているのにもかかわらず、大した物だ。
そんな煽りに爆弾魔は再び口調を戻して言った。
「黙りやがれ・・・ここでテメェを爆発しても良いんだぞ?」
「やりなよ、レディブラストとやらが来るわよ?」
「どっちにしろ、あの"クソガキ"も花火にしてやるよ」
爆弾魔にクソガキ扱いされてイラッと来た私は、彼の後ろに回り込んで驚かせた。
「・・・誰が"クソガキ"だって?」
爆弾魔が後ろを振り向いている。彼は身につけているマスクのゴーグル越しからでも分かるぐらい青筋を立てていた。
「テメェ・・・やっぱり来やがったか」
「ここでお前を倒す・・・これ以上、犠牲者を増やしたくない」
自分らしく無い言葉を使って、私はそう言う。レディブラストのキャラ付けって今でも分かっていない。
「自己満足に言いやがる!」
爆弾魔はそう言って私に殴りかかるが、飛び跳ねて再び後ろに回り込む。そして殴ろうと思ったが、最初に戦った経験を思い出して攻撃を躊躇した。
「吹き飛びやがれ!」
彼は粘着爆弾を投げて私にくっつけようとするが、私はそれを避ける。外した事を馬鹿にする様に笑うが、この時自分のいる場所を考えると、笑える立場ではなかった。
「馬鹿が・・・」
彼がそう呟いて私が足元を見ると、そこには手榴弾が転がっていた。
「レディブラスト!!」
「しまっ───」
それに反応が追い付かず、私は足元を爆発させられてそのまま場外へと飛ばされた。
建物から出されてしまった私は悪あがきとして手を差し伸べるが届かず、そのまま落下していく。落ちたら痛いのは勘弁───だから空を、空を飛びたかった。
そんな事を願いながら私は目を閉じるが───途中で下からの圧力が消える。
何があったのか、私が目を開けると、自分が今どうなっているのかやっと解った。
なんと、私は仰向けに宙を浮いていたのだ。どうにかしてこの状態を維持しようと手や脚を宙でジタバタさせてどうにか先程の場所に戻ろうとした。
いや・・・この場合、無闇に動くんじゃなくて空を飛ぶ事を意識するんじゃないだろうか───私はそう思い、自分が飛べるようにイメージする。
そして、現状に身を任せて意識を飛ぶように集中すると、私の身体は徐々に上がっていった。
空を飛んでいる───厳密にいうと空では無いんだけど・・・取り敢えず飛ぶことは出来た。
宙を飛べる様になった私は、再びヴィランの所へ辿り着く。橙子は私を見て嬉しそうに笑い、それに気づいた爆弾魔が私の方を振り向くと、彼は驚いている様な雰囲気を醸し出した。
私はニヤッと不敵に笑った後、爆弾魔に急接近して、奴の首の襟元を掴んでそのまま場外へと再び出た。
「放しやがれ!!」
「そんなに暴れると落ちるって・・・!」
私は自分よりも一回り大柄な男性を掴んで空を飛んでいる。このまま警察に引き渡したいけど、爆弾魔が着ているこのアーマーをなんとかしないといけない・・・また爆発なんてされたらたまったもんじゃない。
「このアーマーを無効化する方法は?」
「教えると思ってんのかこの間抜け!」
「じゃあ落ちる?」
そう言って脅してみるが、意外な返答が返ってきて私は戸惑った。
「さっさと落としやがれ、何なら此処で爆発させても良いんだぞ?」
何を言っているのか、何となくだが理解できる。
彼はあの解体中のビルに爆弾を仕掛けているようで、嘘とは思えなかった。
私はその言葉に対して彼の至る所を見る。起爆スイッチは彼が持っているはずだ。
「起爆スイッチは!?」
「教えると思うか?」
その時、あることを思いついた私はそれを実行した。
「だったら───」
私はわざと両手にエネルギーを溜め込み、それを爆弾魔の身体に放つと、光線を撃った反動でアーマーが空中で爆発した。
爆発した衝撃で私は手を離してしまい、爆弾魔と共に落ちていく。私はすぐに彼を掴んで、そのまま地上へと落下した。
地上へ降り立ち、彼に私は投げ飛ばされるが、受け身を取ってすぐに体勢を戻す。爆弾魔のマスクは先程の爆発で破損し、彼はマスクを外した。
爆弾魔の素顔はモヒカンのゴツいチンピラの様な風貌で、私が苦手とする顔つきだった。
「テメェ・・・」
爆弾魔は鼻息を荒くしながら腰のポケットから起爆スイッチを取り出し、ボタンを押す。
しかし、何故か反応せず彼は何度もスイッチを押した。
私は安堵した後、その光景を笑う。あの時、わざと宙でサウンドブラストを撃ったのは、これを狙っていたからだ。
スイッチが壊れる事を祈っていたが、本当に壊れたおかげで何とか私の目論見は叶った。
手段を阻止された爆弾魔は怒っているのか、こちらに走って悪あがきをしようと試みる。しかし、私は今までのお返しをするかのように、両腕にエネルギーを溜め込み、向かってくる敵に対してサウンドブラストを放った。
私の光線は見事にヴィランに命中する。アーマーが壊れているのか、彼は吹き飛んだ。
「よし、確保!!」
警察が倒れた彼を包囲して手錠をかけるのを見届けた私は、人質となった橙子を助けに再び空を飛んだ。
彼女は縛られながらも退屈そうにしているが、私をみるや否や目を輝かせていた。
「助けに来てくれたの?」
「それは勿論」
私は笑顔でそう言い、拘束していた縄を解いた。
「立てる?」
「大丈夫だよ」
そう聞いて、私は彼女を連れて下まで歩こうとするが、彼女は何か言いたげな顔をしていた。
「どうしたの?」
「わがまま言って悪いんだけど・・・私も宙を飛びたいなぁ、って」
彼女からのお願いに、私は考える。正直なところ、あの時は空を飛べたが、あれはただの偶然かもしれないから信用ならなかった。
でも、こうやっておねだりされてるのに無下にするのもなぁ・・・そんな事を考えて私はやむを得ず答えた。
「いいよ・・・命の保証はないけど」
「大丈夫、私の責任でもいいから」
そういう問題じゃないんだけど・・・意思の弱い私はあまり言えなかった。
彼女をお姫様抱っこして、外へ踏み出そうとした。
「じゃあ行くよ、もし嫌だったらごめんね」
「ううん、むしろ楽しそう!」
どれだけ楽観的なんだこの娘は・・・でもこの明るさが彼女の良いところなんだけどね。
そして外に踏みだして、私は再び浮かぶ事を意識すると、そのまま落ちずに宙に立った。
そして、そのままゆっくりと地面に着地した私は、彼女を腕から下ろした。
「ありがとう、レディブラスト!!」
「いえいえ」
「後でお返しするね!!」
そう言って彼女は楽しそうに私の元から去って行く。お返しするとは言われても、正体は私なんだから、正直私の方が何かを返したい。
私が現場から帰ろうとすると、野次馬からの歓声が聴こえ、テレビ局の取材班や記者がこちらに近づいてきた。
「レディブラストさん、今のお気持ちについて一言!」
「あなたは一体何者なんですか?」
色々質問されるが、一刻も早く家に帰りたい私は断った。
「すみません、インタビューはまた今度!!」
私は両膝を曲げた後、大きく空へと飛び跳ねて浮遊する。さっきの戦いで目覚めたおかげかすぐ飛行能力を使いこなせた。
空を飛び、隠した荷物の所へ戻った私は、コスチュームを制服の下に隠してすぐ家に帰った。
家に帰って玄関に着いた私は、街の平和を守った達成感による興奮からか、元気よく『ただいま』と言った。
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