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回想電車『逸らし駅』
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登校しなかった。一番右の列で前から三番目の女の子。渾名は里美からサトちゃん小学五年生。どうしても正面から向き合えない。いつも目を逸らしていた。サトちゃんはいつも目で訴えていた。『虐められています。先生助けてください』そのSOSから逸らし続けていたこの女教師は長谷川明子29歳。助けてあげたくても声を上げられない。虐めっ子は三人組、三人共裕福な家庭である。明子の前ではいい生徒である。サトちゃんの父親は日雇いでほとんど生活費も入れてくれない。生活保護で暮らしている。母親は浮気がばれて追い出されていた。そんな噂を聞き出して一度家庭訪問をしたことがある。廊下に面した台所で洗い物をしていた。
「あっ、先生」
サトちゃんが気付いて飛び出して来た。
「こんにちはサトちゃん、洗い物?えらいわね」
「先生入りますか?」
「うんう、今日は自宅確認、ほら災害があった時に連絡が途絶えたら困るでしょ。だからみんなの自宅がどこか確認してるの。それじゃ、頑張ってね」
「先生」
「バイバ~イ」
逃げてしまった。サトちゃんがドアを開けた時に中から押し出されて来た例えようのない圧力に入る気が失せてしまったのだ。話しを聞いたら最後もう逃げきれない威圧から逸らしてしまった。それ以来ずっと逸らし続けていたが耐えられずに今日は休んでしまった。自宅の逗子から東京駅まで来て駅中のベンチでぼーっとしていたらいつの間にか横須賀線終電を見逃してしまった。京浜東北線で磯子まで行こうかと考えたが足は自然と横須賀線ホーム行きの長いエスカレーターに乗っていた。
「もうこのホームからの電車はありませんよ」
擦れ違う駅員に注意される。
「気持ち悪いのでトイレだけ借りたらすぐに出て行きます」
嘘を吐いたら本当に気持ち悪くなった。便器を抱えてもどした。黄色い液体が便器を伝って水溜りにゆっくりと滑り落ちる。出る物はない、そもそも朝から何も食べていない。それでも吐き気が治まらず黄色い液体と臭い息だけを吐き続けた。そして横須賀線のホームを歩いた。新橋寄りホームの先端、しゃがみ込んで膝を抱えて泣いた。列車が入って来た。新橋寄りぎりぎりのとこで停車した。明子は立ち上がりホームから去ろうとした。
「乗らないんですか?」
後ろから声を掛けられた。車掌の野辺地である。
「乗れるんですか?えっだって回送電車じゃ、あれっ?」
回想と書かれているので焦った。
「ええご利用になれますが」
「何行きですか?」
「三途行きです、折り返して東京に戻ります」
「何時頃戻るんですか?」
「始発前です」
それならと乗り込んだ。
「出発進行」
夢地運転士の細い声が線路の上を新橋方向に流れた。ドアが閉まりすぐに走り出した。明子は運転士の後ろに立った。客は明子一人、中摺り広告も無い殺風景な車内。吊り革が不規則に揺れている。ガタンとレールが切り替わった。擁壁が開いて列車はその中に入る。溜まった地下水が容赦なく列車を叩き付ける。嵐より激しく前方は視界ゼロ、それでも慣れた様子の運転士はじっと前を見ている。やがて地下水は消えてススキの原っぱが両側に拡がる。前方に大きな月が出ている。明子は後方に移動した。今度は後ろの窓を見た。
「あれっ」
後ろにも大きな満月が出ている。また前に走った。後ろに走る。南北水平線上に満月がある。
「嘘ッ」
どちらかがガラスに反射しているんだろうと笑って席に着いた。
「迷い、迷い~」
野辺地車掌がアナウンスする。上りホームには誰もいない。下りホームには客が散らばっている。その中の一人が列車に向かって走って来た。閉まりかけたドアに頭だけを突っ込んだ。
「この人に連絡して欲しい」
名詞を投げ入れた。力づくで頭を抜いたので両耳から血が吹き出してガラス戸にべたと血糊がくっ付いた。明子は震えて目を反らした。
「疑い、疑い~」
疑い駅のベンチに老人が倒れている。売店の売り子が老人を揺すっている。野辺地車掌が降りて売り子と話している。夢地運転士もベンチに向かう。二人で老人を抱えて座席に座らせた。高級だが擦り切れてボロボロの衣服をまとっている。革靴も先に穴が開いている。
「そこのあなた、煙草はやりますか?もしお持ちなら一本分けていただきたい。もうずっと切らして吸っていないんです」
老人が話し掛けたが知らん振りしていた。
「警戒するのはごもっとも、ですが怪しい者ではありません。疑いを吐き出せずに齢を取ってしまいました。人生に失敗した憐れな老人と思い、お恵みを」
明子は軽く一礼した。そこまでへりくだられると無視するのが失礼に感じた。それにもし乱暴されたら車掌室に飛び込もうと作戦も考えた。喋るのがやっとの老人なら逃げるのも容易だと思った。
「残念ですが煙草はやりませんので。チョコレートならありますけど」
老人が笑った。髭の間から黄色い歯が零れ落ちそうである。明子は疲れた時に折って齧る板チョコを半分にして差し出した。
「ありがとうございます」
老人はひび割れした指先で銀紙を掴もうとするが上手く捲れない。諦めてそのまま口に運ぼうとした。
「待って」
明子は板チョコを取り上げ銀紙を剥いた。そして一枚ずつ折った。座席にティッシュペーパーを広げて板チョコを載せた。
「ありがとう」
老人の目から涙が一粒零れた。
「素敵なマフラーですね」
衣服は擦り切れているが赤いマフラーだけが新しい。
「これですか?これは二年前になりますがあなたのようにやさしい女性が私の首に巻いてくれました。私が寒そうにしているのを見て、列車から飛び降りて来てくれたんです」
その女と比べられているような気がした。出遭いに無視したことがずっとレベルを下げて見られているように思えた。
「躓き、躓き~」
野辺地車掌の案内で車窓を見た。達磨のような人間が手を繋いで改札の外から列車を見ている。老人がその達磨に気が付いた。そして大きく手を振る。マフラーを外してぐるぐる回した。明子は達磨人間に驚いて目を丸くした。
「出発進行」
夢地運転士の合図でドアが閉まった。走り出すと達磨人間が老人に気付いた。線路わきの小道を達磨が走る。
「危ない、転ぶよ」
老人が心配したと同時に達磨が転んだ。転んでなお手を振った。
「ありがとう、ありがとう」
老人は泣きながら手を振り返す。
「失礼ですがあの方と言うか、あの達磨さんはお知り合いですか?」
「このマフラーを私の首に巻いてくれた女性です。躓き駅で降りたんですね、知りませんでした。躓きを捨てきれずに石になる覚悟をなさった。それはそれでご立派。あの天使のようなやさしさを持つ女性にこれをお返ししたかった。私にはもう必要がない」
老人は声を上げて泣いている。明子はいい話だとは思うがあの達磨人間が信じられない。もしかしたらドッキリじゃないだろうか。そもそも終電の後に電車が走るわけがない。そうだお正月の特番か何か、一般人に仕掛けるドッキリだと閃いた。そう思うと前に座る老人は大物役者かもしれない。明子は髭面の中の眼を見つめた。疑われるとそれなりに反応するものである。じっと見つめると時代劇によく出てくる役者にそっくりだ。とすると車掌がぼちぼちドッキリの看板を掲げて出てくる頃だろう。明子は立ち上がって笑い掛けながら老人の前にしゃがんだ。そして口髭を引っ張った。取れない。少し力を入れた。
「痛い痛い」
驚いて手を放した。
「本物ですか?」
「もう32年間剃っていません」
「すいません」
倒れるように後ろ足で座席に尻を落とした。
「それじゃさっきの達磨さんは?」
「躓き駅で五年掛けて石になる過程です。まだ手があり足があるがそのうち砂利道の石になることを選択なさった」
「選択って、どうしてですか?」
「それは私には分かりません。人生の躓きが全て不幸とは限らないと言うことでしょう」
明子には老人の言っている意味がよく理解出来ない。
「余計なお世話ですけど、どちらまで行かれるのですか?」
明子に問われた老人は笑った。
「三途です。ぼちぼち寿命がきたようです」
「三途?いいとこですか?」
老人が笑った。
「いいとこか悪いとこか、川を渡らなければ分かりません」
「川を渡ると分かるんですか?」
「ええ、そうらしい、門番が居てね、岐れ道をお前はこっちだそっちだと指先で案内するらしいです」
「進む道は自分で決められないのですか?」
「生き様で既に決まっています」
明子は信じ難い。
「私も一緒に行こうかな」
「止めなさい」
老人の声が緩んだ空気を斬り裂いた。明子は驚いて立ち上がり車掌室の前まで走った。
「すまない、大きな声を出して。でもあなたは遊びでも三途に行っちゃ駄目だ。川を渡らずに畔で彷徨う者達が大勢いるらしい。彼等はもはやけだもの以下で人の肉を喰らうと聞きました。私が32年間過ごした疑い駅の売店の売り子さんから聞いた。彼女は駅を行き来して沿線の様子をよくご存じだ。あなたが三途に降りたならとたんに喰われてしまう、止めなさい。三途駅は寿命を悟った者だけが下車する終点駅です」
明子は席に戻った。とんでもない列車に乗り込んだと反省した。
「私は往復して東京に戻るつもりでこの列車に乗りました。車掌さんもそんなことは一言も案内してくれませんでした。こんな恐ろしい列車なら乗らなかったのに」
明子が溢した。
「あなたの心のどこかに何処かへ行ってしまいたい思いがありませんでしたか?そんな思いが微塵もなければそもそも回想電車なんて乗らないでしょう。終電に乗り遅れればタクシーで帰るとか、カプセルホテルで過ごすとか、金がなければ駅前の雨風を防げるとこで始発を待つでしょう。それをしなかったあなたは、この列車に乗ればもしかしたら辛い思いから逃げられる、いや解決の糸口が見つかる、そんな念を抱いたはずです。だから飛び乗った、違いますか?」
老人に言われてみれば確かにその通りです。サトちゃんから逃げ続ける自分、目を逸らし、訴えを逸らしていた。もしかしたらそれから逃げるためにこの列車に乗った。
「逸らし、逸らし~」
野辺地車掌の案内が聞こえた。
「ここは?」
「逸らし駅です。何か思い当ることがあれば降りなさい。きっと答えが見つかるはずです」
明子は頷いて立ち上がった。残りの板チョコを老人に上げた。
「ありがとう、東京に戻れることを祈っております」
老人が板チョコを挟んで合掌した。
「出発進行」
夢地運転士の声と共にドアが閉まった。薄暗くて分からなかったがホームのあちこちに人がたくさん居た。みな一人でいる。話し声は聞こえない。
「あのう、すいませんが」
明子が高校生に声を掛けた。その高校生は明子を避けるように走り去った。
「あのう」
買い物籠を提げた中年の主婦も同様である。数人に声を掛けたが誰も相手にしてくれない。明子は悲しくなりホームの端で佇んだ。そうだ上り電車を待とう。明子は線路を渡り上りホームに上がろうとした。
「どこに行く?」
階段からホームを見上げると軍服の男が立っている。
「東京に戻るんです」
「切符は?」
「スイカで入ったんで」
「切符は無いのか?」
「ありません」
「じゃ戻れ、一歩でもこのホームに上がったら次は三年間の禁固刑だ」
ホームから蹴飛ばされた。明子は線路の上に転がった。下りホームを見上げた。くすくすとあちこちから笑い声が聞こえる。明子は悔しくて改札を出た。
「あなた達最低ね」
改札の前からホームに向けて叫んだ。困りごとを相談しても無視する。その上人の醜態を笑って見過ごす。そんな連中が悔しくてならない。改札を出て北の水平線上に浮かぶ満月方向に歩き出した。砂利道の両側はススキの原っぱである。どこまで歩いても同じ光景が広がる。後ろを見たら30分も歩いたのに駅からの距離は変わらない。
「あなたにこの先は行けませんよ」
ススキの原っぱから声がした。
「誰かいるの?」
気が動転しているので空耳かと思った。
「駅に戻りなさい」
「誰?」
誰かが声を掛けている。
「ここから出ることは出来ない、あなたが驚いてしまうから」
「もう驚くことはありません、躓き駅で達磨人間を見ました」
「そう、なら出て行くわ」
ガサガサとススキを掻き分ける音がする。躓き駅で見た達磨人間よりはるかに人間に近い女が出て来た。首は肩に喰い込み太腿は尻に喰い込んでいる。腹が膨らんで臍が出ていた。驚かないと大見えを切ったが後退りしてしまった。
「ふつう驚くよね」
女が言った。
「ごめんなさい、許してください、この通りです」
もしかしたら障害者かもしれない。容姿だけで目を逸らしてしまった自分が恥ずかしくなった。
「いいのよ、誰だって驚くわよあたしの姿を見れば。残念だけどあたしは障害者じゃないの。逸らした罪を捨て切れずにこの町から出るに出れなくなった馬鹿な女。後三年で達磨になり、ほら、あなたの足元にある砂利道から飛び出した大きな石になるのよ。その石は意識はあるらしいわ、動けないし口もきけないただの石だけど脳だけはこの町に来たときのままらしいわ」
明子は飛び出した大きな石をまじまじと見つめた。その石がゴロンと転がった。
「ああ~あ、見られていたから恥ずかしくて転んじゃったのよ。よっこらしょっと」
女が転んだ石を起こした。
「あたしは好美、元キャバ嬢、これでも売れっ子だったのよ」
好美は腰に手を当てポーズを取った。明美は好美のジョークに笑って言いものかどうか考えて微笑む程度にした。
「明美です」
女が名前だけ名乗ったので自分も名だけを言った。
「明美ちゃん、そうだなあ、二流企業のOL、違う?それも派遣で虐められていた?」
「私、小学校の教師をしています」
自慢したつもりではないが好美の言い方が蔑んでいるので上から目線で答えてしまった。
「そう、先生なんだ、大変だよね最近のガキは生意気だから。それでどうしてここに来たの?」
明子は真実を話すのを躊躇った。
「そうよねえ、あたしみたいな達磨の成り掛けに話してもしょうがないわよね。ただこれだけは忠告しとくよ。この町から出るにはあなたが逸らし続けた思いの念を吐き出さなきゃならないの。いつまでも考えているとある時肩がすっと上がって首が凹むの。そうなったら終わり、あたしみたいにな途中経過を得て足元の石になるの。早い方がいいわよ。じゃあね明美ちゃん」
好美はススキの原っぱに入って行った。
「待ってください」
思わず声が出てしまった。好きなタイプじゃないがこのままここに残りたくない。
「待ってください」
好美は出てこない。明美は諦めて駅に戻ろうとした。
「呼んだ?」
一回目で返事をしなかったのは好美の意地悪である。
「すいません。お話しします」
「うん、少しは気が楽になるよ。それに運が良ければ東京に帰れるかもしれない」
明子は頷いた。
「私、ある生徒の訴えをずっと逸らし続けていたんです。見ることも聞くことからも逃げていました。でも気になっていたんです。毎日毎日、一番右列の前から三番目に座る女の子が、じっと私を見つめているんです。『先生、助けてください』私は無視しました。その子は虐められていました。虐めている子達は私の前ではとてもいい子です。その大勢の子達に虐めをしちゃ駄目と言えない。一人の子を見限って、多数の中にいることを優先したんです。でも心の片隅に、その子がいつもいて、『先生』って耳鳴りみたいに聞こえるんです。それで昨日は学校を休んでしまいました」
「それで回想電車に乗ったんだ」
「はい、でもまさかこんなことになるなんて思ってもいませんでした」
「そのまさかなんだよねここは、あたいも初めはびっくりしたけどね」
「好美さんはどうして回想電車に乗ったんですか?」
聞かれた好美は笑った。
「あたい?あたいはさあ、善人な男を騙し続けたんだよ。あたしなんかに真剣にプロポーズする男がいるんだからたまげたもんだよ。あたしさ、結婚してんだよ、子供も二人いる。亭主はぐうたら、稼ぎはあたし、もちろん子供の学費もあたしの身体で稼いだもん。あたしはさ、その客の誘いをずっと逸らし続けて金を巻き上げていたんだ。金持ちじゃないよその男は、真面目な職工さんだよ、僅かな給料で店に通って、あたしが困っているって言えばサラ金から金借りてくれるんだよ。二年付き合って騙していた。あたしが誘いを逸らし続けていたらさ、あいつうちに来たんだよこっそりと」
「どうなったんですか?」
「子供がさ、お母ちゃん行って来ますって手を振っていたとこを見られた。でもそいつ、笑ってんだよ。普通怒るだろ、二年も騙されてさ。それでその晩から来なくなった。あたし謝ろうと思って電話したんだけど出ないんだ。そしたらさ、店が退ける頃、呼び込みが封筒を持って来たんだ」
想い出した好美は涙が溢れた。それでも明美はその内容が知りたい。
「何て書いてあったんですか?」
好美が手の甲で涙を拭った。指も達磨に向けて短くなっている。
「好美さん、僕に幸せを与えてくれてありがとうだって。身体に気を付けて頑張ってくださいだって。明美さんに似て可愛い娘さんですねだって。何かあったらメールください、お金ならなんとかしますだって」
明美はもらい泣きをしてしまった。
「それでさ、飲んだくれて東京駅の横須賀線ホームでゲロ吐いてたら電車来たんだ」
「それが回想電車ですか?」
好美が頷いた。首が肩にのめり込んでいるから頷きも上半身を使う。
「好美さんの住まいは横須賀線沿線ですか?」
「ああ、厨子だよ」
明美と同じである。
「娘さんのお名前は?」
「上が里子、下が麻奈美、下の子は亭主が可愛がっていたから面倒看てんだろう。心配なのは里美だ。しっかりもんでなんでも自分でやっちゃう子だよ。あたしが出た時は小学三年だったから今五年生だよ。どうしているかねえ。まあいくら心配しても手遅れだけどね」
好美が自分のでっ腹を擦って言った。
「ああっ」
こんなことがあるだろうか。明美は驚きで声が発せない。その時明美の口から絞り出されるように小石がポトンと落ちた。
「ほらあんた、逸らしの念が抜け出たね。切符が買えるよ。ほらシャッターが開いた、早くしないと上りに間に合わないよ」
驚きで気が抜けてしまった明子を急かして切符売り場まで案内する。
「この人に東京一枚」
「270円」
明子はぽかんとしている。
「ほら、お金出して、世話が焼けるよ」
好美が明子の財布から千円札を差し出した。
「釣りは出ません」
駅員が切符を差し出した。
「ほら何やってんだい、改札潜って」
明子は礼を言いたいが声が出ない。
「ほら線路渡って。ほら躓いた、階段を上がるんだよ、電車が来ちゃうよ」
明子は好美の声に押されてやっと階段を上がった。下りホームに居残る人達が明美に手を振っている。降りた時は無視されたがこの変化はどういうことだろう。そうだ、自分の心が反射していたんだ。明美は合点がいった。ホームの人達に一礼した。上り列車が入って来た。
「切符を拝見します」
明美は我に返った。列車に乗り込み好美が見送る改札側の窓を叩いた。
「サトちゃんは私が育てます」
声は届かない。
「何?聞こえないよ、あんた悪い男に引っ掛かるんじゃないよ。じゃあね」
明美は窓を叩いて叫んだが好美は笑って頷くだけだった。
「出発進行」
夢地運転士の透き通る声が指差し呼称の人差し指を超えて水平線の満月に向かった。
了
「あっ、先生」
サトちゃんが気付いて飛び出して来た。
「こんにちはサトちゃん、洗い物?えらいわね」
「先生入りますか?」
「うんう、今日は自宅確認、ほら災害があった時に連絡が途絶えたら困るでしょ。だからみんなの自宅がどこか確認してるの。それじゃ、頑張ってね」
「先生」
「バイバ~イ」
逃げてしまった。サトちゃんがドアを開けた時に中から押し出されて来た例えようのない圧力に入る気が失せてしまったのだ。話しを聞いたら最後もう逃げきれない威圧から逸らしてしまった。それ以来ずっと逸らし続けていたが耐えられずに今日は休んでしまった。自宅の逗子から東京駅まで来て駅中のベンチでぼーっとしていたらいつの間にか横須賀線終電を見逃してしまった。京浜東北線で磯子まで行こうかと考えたが足は自然と横須賀線ホーム行きの長いエスカレーターに乗っていた。
「もうこのホームからの電車はありませんよ」
擦れ違う駅員に注意される。
「気持ち悪いのでトイレだけ借りたらすぐに出て行きます」
嘘を吐いたら本当に気持ち悪くなった。便器を抱えてもどした。黄色い液体が便器を伝って水溜りにゆっくりと滑り落ちる。出る物はない、そもそも朝から何も食べていない。それでも吐き気が治まらず黄色い液体と臭い息だけを吐き続けた。そして横須賀線のホームを歩いた。新橋寄りホームの先端、しゃがみ込んで膝を抱えて泣いた。列車が入って来た。新橋寄りぎりぎりのとこで停車した。明子は立ち上がりホームから去ろうとした。
「乗らないんですか?」
後ろから声を掛けられた。車掌の野辺地である。
「乗れるんですか?えっだって回送電車じゃ、あれっ?」
回想と書かれているので焦った。
「ええご利用になれますが」
「何行きですか?」
「三途行きです、折り返して東京に戻ります」
「何時頃戻るんですか?」
「始発前です」
それならと乗り込んだ。
「出発進行」
夢地運転士の細い声が線路の上を新橋方向に流れた。ドアが閉まりすぐに走り出した。明子は運転士の後ろに立った。客は明子一人、中摺り広告も無い殺風景な車内。吊り革が不規則に揺れている。ガタンとレールが切り替わった。擁壁が開いて列車はその中に入る。溜まった地下水が容赦なく列車を叩き付ける。嵐より激しく前方は視界ゼロ、それでも慣れた様子の運転士はじっと前を見ている。やがて地下水は消えてススキの原っぱが両側に拡がる。前方に大きな月が出ている。明子は後方に移動した。今度は後ろの窓を見た。
「あれっ」
後ろにも大きな満月が出ている。また前に走った。後ろに走る。南北水平線上に満月がある。
「嘘ッ」
どちらかがガラスに反射しているんだろうと笑って席に着いた。
「迷い、迷い~」
野辺地車掌がアナウンスする。上りホームには誰もいない。下りホームには客が散らばっている。その中の一人が列車に向かって走って来た。閉まりかけたドアに頭だけを突っ込んだ。
「この人に連絡して欲しい」
名詞を投げ入れた。力づくで頭を抜いたので両耳から血が吹き出してガラス戸にべたと血糊がくっ付いた。明子は震えて目を反らした。
「疑い、疑い~」
疑い駅のベンチに老人が倒れている。売店の売り子が老人を揺すっている。野辺地車掌が降りて売り子と話している。夢地運転士もベンチに向かう。二人で老人を抱えて座席に座らせた。高級だが擦り切れてボロボロの衣服をまとっている。革靴も先に穴が開いている。
「そこのあなた、煙草はやりますか?もしお持ちなら一本分けていただきたい。もうずっと切らして吸っていないんです」
老人が話し掛けたが知らん振りしていた。
「警戒するのはごもっとも、ですが怪しい者ではありません。疑いを吐き出せずに齢を取ってしまいました。人生に失敗した憐れな老人と思い、お恵みを」
明子は軽く一礼した。そこまでへりくだられると無視するのが失礼に感じた。それにもし乱暴されたら車掌室に飛び込もうと作戦も考えた。喋るのがやっとの老人なら逃げるのも容易だと思った。
「残念ですが煙草はやりませんので。チョコレートならありますけど」
老人が笑った。髭の間から黄色い歯が零れ落ちそうである。明子は疲れた時に折って齧る板チョコを半分にして差し出した。
「ありがとうございます」
老人はひび割れした指先で銀紙を掴もうとするが上手く捲れない。諦めてそのまま口に運ぼうとした。
「待って」
明子は板チョコを取り上げ銀紙を剥いた。そして一枚ずつ折った。座席にティッシュペーパーを広げて板チョコを載せた。
「ありがとう」
老人の目から涙が一粒零れた。
「素敵なマフラーですね」
衣服は擦り切れているが赤いマフラーだけが新しい。
「これですか?これは二年前になりますがあなたのようにやさしい女性が私の首に巻いてくれました。私が寒そうにしているのを見て、列車から飛び降りて来てくれたんです」
その女と比べられているような気がした。出遭いに無視したことがずっとレベルを下げて見られているように思えた。
「躓き、躓き~」
野辺地車掌の案内で車窓を見た。達磨のような人間が手を繋いで改札の外から列車を見ている。老人がその達磨に気が付いた。そして大きく手を振る。マフラーを外してぐるぐる回した。明子は達磨人間に驚いて目を丸くした。
「出発進行」
夢地運転士の合図でドアが閉まった。走り出すと達磨人間が老人に気付いた。線路わきの小道を達磨が走る。
「危ない、転ぶよ」
老人が心配したと同時に達磨が転んだ。転んでなお手を振った。
「ありがとう、ありがとう」
老人は泣きながら手を振り返す。
「失礼ですがあの方と言うか、あの達磨さんはお知り合いですか?」
「このマフラーを私の首に巻いてくれた女性です。躓き駅で降りたんですね、知りませんでした。躓きを捨てきれずに石になる覚悟をなさった。それはそれでご立派。あの天使のようなやさしさを持つ女性にこれをお返ししたかった。私にはもう必要がない」
老人は声を上げて泣いている。明子はいい話だとは思うがあの達磨人間が信じられない。もしかしたらドッキリじゃないだろうか。そもそも終電の後に電車が走るわけがない。そうだお正月の特番か何か、一般人に仕掛けるドッキリだと閃いた。そう思うと前に座る老人は大物役者かもしれない。明子は髭面の中の眼を見つめた。疑われるとそれなりに反応するものである。じっと見つめると時代劇によく出てくる役者にそっくりだ。とすると車掌がぼちぼちドッキリの看板を掲げて出てくる頃だろう。明子は立ち上がって笑い掛けながら老人の前にしゃがんだ。そして口髭を引っ張った。取れない。少し力を入れた。
「痛い痛い」
驚いて手を放した。
「本物ですか?」
「もう32年間剃っていません」
「すいません」
倒れるように後ろ足で座席に尻を落とした。
「それじゃさっきの達磨さんは?」
「躓き駅で五年掛けて石になる過程です。まだ手があり足があるがそのうち砂利道の石になることを選択なさった」
「選択って、どうしてですか?」
「それは私には分かりません。人生の躓きが全て不幸とは限らないと言うことでしょう」
明子には老人の言っている意味がよく理解出来ない。
「余計なお世話ですけど、どちらまで行かれるのですか?」
明子に問われた老人は笑った。
「三途です。ぼちぼち寿命がきたようです」
「三途?いいとこですか?」
老人が笑った。
「いいとこか悪いとこか、川を渡らなければ分かりません」
「川を渡ると分かるんですか?」
「ええ、そうらしい、門番が居てね、岐れ道をお前はこっちだそっちだと指先で案内するらしいです」
「進む道は自分で決められないのですか?」
「生き様で既に決まっています」
明子は信じ難い。
「私も一緒に行こうかな」
「止めなさい」
老人の声が緩んだ空気を斬り裂いた。明子は驚いて立ち上がり車掌室の前まで走った。
「すまない、大きな声を出して。でもあなたは遊びでも三途に行っちゃ駄目だ。川を渡らずに畔で彷徨う者達が大勢いるらしい。彼等はもはやけだもの以下で人の肉を喰らうと聞きました。私が32年間過ごした疑い駅の売店の売り子さんから聞いた。彼女は駅を行き来して沿線の様子をよくご存じだ。あなたが三途に降りたならとたんに喰われてしまう、止めなさい。三途駅は寿命を悟った者だけが下車する終点駅です」
明子は席に戻った。とんでもない列車に乗り込んだと反省した。
「私は往復して東京に戻るつもりでこの列車に乗りました。車掌さんもそんなことは一言も案内してくれませんでした。こんな恐ろしい列車なら乗らなかったのに」
明子が溢した。
「あなたの心のどこかに何処かへ行ってしまいたい思いがありませんでしたか?そんな思いが微塵もなければそもそも回想電車なんて乗らないでしょう。終電に乗り遅れればタクシーで帰るとか、カプセルホテルで過ごすとか、金がなければ駅前の雨風を防げるとこで始発を待つでしょう。それをしなかったあなたは、この列車に乗ればもしかしたら辛い思いから逃げられる、いや解決の糸口が見つかる、そんな念を抱いたはずです。だから飛び乗った、違いますか?」
老人に言われてみれば確かにその通りです。サトちゃんから逃げ続ける自分、目を逸らし、訴えを逸らしていた。もしかしたらそれから逃げるためにこの列車に乗った。
「逸らし、逸らし~」
野辺地車掌の案内が聞こえた。
「ここは?」
「逸らし駅です。何か思い当ることがあれば降りなさい。きっと答えが見つかるはずです」
明子は頷いて立ち上がった。残りの板チョコを老人に上げた。
「ありがとう、東京に戻れることを祈っております」
老人が板チョコを挟んで合掌した。
「出発進行」
夢地運転士の声と共にドアが閉まった。薄暗くて分からなかったがホームのあちこちに人がたくさん居た。みな一人でいる。話し声は聞こえない。
「あのう、すいませんが」
明子が高校生に声を掛けた。その高校生は明子を避けるように走り去った。
「あのう」
買い物籠を提げた中年の主婦も同様である。数人に声を掛けたが誰も相手にしてくれない。明子は悲しくなりホームの端で佇んだ。そうだ上り電車を待とう。明子は線路を渡り上りホームに上がろうとした。
「どこに行く?」
階段からホームを見上げると軍服の男が立っている。
「東京に戻るんです」
「切符は?」
「スイカで入ったんで」
「切符は無いのか?」
「ありません」
「じゃ戻れ、一歩でもこのホームに上がったら次は三年間の禁固刑だ」
ホームから蹴飛ばされた。明子は線路の上に転がった。下りホームを見上げた。くすくすとあちこちから笑い声が聞こえる。明子は悔しくて改札を出た。
「あなた達最低ね」
改札の前からホームに向けて叫んだ。困りごとを相談しても無視する。その上人の醜態を笑って見過ごす。そんな連中が悔しくてならない。改札を出て北の水平線上に浮かぶ満月方向に歩き出した。砂利道の両側はススキの原っぱである。どこまで歩いても同じ光景が広がる。後ろを見たら30分も歩いたのに駅からの距離は変わらない。
「あなたにこの先は行けませんよ」
ススキの原っぱから声がした。
「誰かいるの?」
気が動転しているので空耳かと思った。
「駅に戻りなさい」
「誰?」
誰かが声を掛けている。
「ここから出ることは出来ない、あなたが驚いてしまうから」
「もう驚くことはありません、躓き駅で達磨人間を見ました」
「そう、なら出て行くわ」
ガサガサとススキを掻き分ける音がする。躓き駅で見た達磨人間よりはるかに人間に近い女が出て来た。首は肩に喰い込み太腿は尻に喰い込んでいる。腹が膨らんで臍が出ていた。驚かないと大見えを切ったが後退りしてしまった。
「ふつう驚くよね」
女が言った。
「ごめんなさい、許してください、この通りです」
もしかしたら障害者かもしれない。容姿だけで目を逸らしてしまった自分が恥ずかしくなった。
「いいのよ、誰だって驚くわよあたしの姿を見れば。残念だけどあたしは障害者じゃないの。逸らした罪を捨て切れずにこの町から出るに出れなくなった馬鹿な女。後三年で達磨になり、ほら、あなたの足元にある砂利道から飛び出した大きな石になるのよ。その石は意識はあるらしいわ、動けないし口もきけないただの石だけど脳だけはこの町に来たときのままらしいわ」
明子は飛び出した大きな石をまじまじと見つめた。その石がゴロンと転がった。
「ああ~あ、見られていたから恥ずかしくて転んじゃったのよ。よっこらしょっと」
女が転んだ石を起こした。
「あたしは好美、元キャバ嬢、これでも売れっ子だったのよ」
好美は腰に手を当てポーズを取った。明美は好美のジョークに笑って言いものかどうか考えて微笑む程度にした。
「明美です」
女が名前だけ名乗ったので自分も名だけを言った。
「明美ちゃん、そうだなあ、二流企業のOL、違う?それも派遣で虐められていた?」
「私、小学校の教師をしています」
自慢したつもりではないが好美の言い方が蔑んでいるので上から目線で答えてしまった。
「そう、先生なんだ、大変だよね最近のガキは生意気だから。それでどうしてここに来たの?」
明子は真実を話すのを躊躇った。
「そうよねえ、あたしみたいな達磨の成り掛けに話してもしょうがないわよね。ただこれだけは忠告しとくよ。この町から出るにはあなたが逸らし続けた思いの念を吐き出さなきゃならないの。いつまでも考えているとある時肩がすっと上がって首が凹むの。そうなったら終わり、あたしみたいにな途中経過を得て足元の石になるの。早い方がいいわよ。じゃあね明美ちゃん」
好美はススキの原っぱに入って行った。
「待ってください」
思わず声が出てしまった。好きなタイプじゃないがこのままここに残りたくない。
「待ってください」
好美は出てこない。明美は諦めて駅に戻ろうとした。
「呼んだ?」
一回目で返事をしなかったのは好美の意地悪である。
「すいません。お話しします」
「うん、少しは気が楽になるよ。それに運が良ければ東京に帰れるかもしれない」
明子は頷いた。
「私、ある生徒の訴えをずっと逸らし続けていたんです。見ることも聞くことからも逃げていました。でも気になっていたんです。毎日毎日、一番右列の前から三番目に座る女の子が、じっと私を見つめているんです。『先生、助けてください』私は無視しました。その子は虐められていました。虐めている子達は私の前ではとてもいい子です。その大勢の子達に虐めをしちゃ駄目と言えない。一人の子を見限って、多数の中にいることを優先したんです。でも心の片隅に、その子がいつもいて、『先生』って耳鳴りみたいに聞こえるんです。それで昨日は学校を休んでしまいました」
「それで回想電車に乗ったんだ」
「はい、でもまさかこんなことになるなんて思ってもいませんでした」
「そのまさかなんだよねここは、あたいも初めはびっくりしたけどね」
「好美さんはどうして回想電車に乗ったんですか?」
聞かれた好美は笑った。
「あたい?あたいはさあ、善人な男を騙し続けたんだよ。あたしなんかに真剣にプロポーズする男がいるんだからたまげたもんだよ。あたしさ、結婚してんだよ、子供も二人いる。亭主はぐうたら、稼ぎはあたし、もちろん子供の学費もあたしの身体で稼いだもん。あたしはさ、その客の誘いをずっと逸らし続けて金を巻き上げていたんだ。金持ちじゃないよその男は、真面目な職工さんだよ、僅かな給料で店に通って、あたしが困っているって言えばサラ金から金借りてくれるんだよ。二年付き合って騙していた。あたしが誘いを逸らし続けていたらさ、あいつうちに来たんだよこっそりと」
「どうなったんですか?」
「子供がさ、お母ちゃん行って来ますって手を振っていたとこを見られた。でもそいつ、笑ってんだよ。普通怒るだろ、二年も騙されてさ。それでその晩から来なくなった。あたし謝ろうと思って電話したんだけど出ないんだ。そしたらさ、店が退ける頃、呼び込みが封筒を持って来たんだ」
想い出した好美は涙が溢れた。それでも明美はその内容が知りたい。
「何て書いてあったんですか?」
好美が手の甲で涙を拭った。指も達磨に向けて短くなっている。
「好美さん、僕に幸せを与えてくれてありがとうだって。身体に気を付けて頑張ってくださいだって。明美さんに似て可愛い娘さんですねだって。何かあったらメールください、お金ならなんとかしますだって」
明美はもらい泣きをしてしまった。
「それでさ、飲んだくれて東京駅の横須賀線ホームでゲロ吐いてたら電車来たんだ」
「それが回想電車ですか?」
好美が頷いた。首が肩にのめり込んでいるから頷きも上半身を使う。
「好美さんの住まいは横須賀線沿線ですか?」
「ああ、厨子だよ」
明美と同じである。
「娘さんのお名前は?」
「上が里子、下が麻奈美、下の子は亭主が可愛がっていたから面倒看てんだろう。心配なのは里美だ。しっかりもんでなんでも自分でやっちゃう子だよ。あたしが出た時は小学三年だったから今五年生だよ。どうしているかねえ。まあいくら心配しても手遅れだけどね」
好美が自分のでっ腹を擦って言った。
「ああっ」
こんなことがあるだろうか。明美は驚きで声が発せない。その時明美の口から絞り出されるように小石がポトンと落ちた。
「ほらあんた、逸らしの念が抜け出たね。切符が買えるよ。ほらシャッターが開いた、早くしないと上りに間に合わないよ」
驚きで気が抜けてしまった明子を急かして切符売り場まで案内する。
「この人に東京一枚」
「270円」
明子はぽかんとしている。
「ほら、お金出して、世話が焼けるよ」
好美が明子の財布から千円札を差し出した。
「釣りは出ません」
駅員が切符を差し出した。
「ほら何やってんだい、改札潜って」
明子は礼を言いたいが声が出ない。
「ほら線路渡って。ほら躓いた、階段を上がるんだよ、電車が来ちゃうよ」
明子は好美の声に押されてやっと階段を上がった。下りホームに居残る人達が明美に手を振っている。降りた時は無視されたがこの変化はどういうことだろう。そうだ、自分の心が反射していたんだ。明美は合点がいった。ホームの人達に一礼した。上り列車が入って来た。
「切符を拝見します」
明美は我に返った。列車に乗り込み好美が見送る改札側の窓を叩いた。
「サトちゃんは私が育てます」
声は届かない。
「何?聞こえないよ、あんた悪い男に引っ掛かるんじゃないよ。じゃあね」
明美は窓を叩いて叫んだが好美は笑って頷くだけだった。
「出発進行」
夢地運転士の透き通る声が指差し呼称の人差し指を超えて水平線の満月に向かった。
了
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