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回想電車『妨げ駅』
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横須賀線東京駅下りホームの新橋寄り。終電に取り残された女が立っている。駅員からすぐに退場するよう注意を受けている。女は返事をしてエスカレーターに乗った。しかし踊り場でUターンしてまたホームに戻った。柱の陰にへばりついた。警備員が歩くに合わせ死角に回り込んだ。そしてホームには誰もいなくなった。この女、橘小百合41歳、独身である。普通の女子Mサイズの体型をしている。会社では黒縁の眼鏡を掛けているがそれ以外はコンタクトを嵌めている。化粧下手でいつもすっぴんに近い。2:30分、列車が滑り込んで来た。一輌で新橋寄りの一番端に停車した。柱の陰から覗き見をしていると車掌がこっちに向かって来る。
「すいません、すぐに出て行きます」
小百合は咄嗟に口走った。
「お乗りにならないのですか?」
「乗れるんですか?」
「ええ、お客様次第ですが」
「どこまで行くんですか?あたし家が衣笠なんですが」
「それなら始発をお待ちください」
車掌が列車に戻る。小百合は追い掛けて飛び乗った。どこに行くか分からないがどうせ始発まで帰れない。列車の中の方が温かいだろう。それに家で誰かが待っているわけではない、時間はある。乗り継ぎの駅で乗り換えてもいいし、終着駅から折り返してもいい。気に入ったらその町で一泊してもいい。古い車輛で向かい合わせの席。乗客は小百合一人だけである。
「出発進行」
運転士の細い声が客車に届いた。小百合は客車に行先案内を探したが見当たらない。広告らしきものは何一つない。横須賀線の本線を下ると急に左側の擁壁が開いた、列車はガタンとレールを切り替えてその中を走り出した。擁壁の中で地下水が滝のように列車に当たる。地下水に冷やされて車内も冷蔵庫のように寒い。これならホームで待っていた方が良かったと小百合は後悔した。
「迷い、迷い~」
車掌がアナウンスする。小百合は車掌室の前まで移動した。ドアが開いた。車掌がホームに下りる。小百合もドアから身を乗り出した。薄暗いホームのあちこちに人がいる。目を凝らすとみな寂しい目をしている。女子高生が小百合に気が付いて吸い殻を投げ付けた。男が近付いて来る。
「俺、どうしたらいい?」
小百合の前で言った。
「あたし、分からない」
小百合が一歩下がった。
「どうします?下車しますか?」
小百合は首を横に振った。
「俺は斎藤浩二、お願いだ、この人と連絡を取ってくれ」
ドアが閉まる寸前に名刺を投げ入れた。小百合が手に抱えたハンドバッグに引っ掛かった。斎藤はドアガラスで唇を挟んだ。ガラスに血が伝わる。小百合は気持ち悪くて名刺を振り払った。足元までひらひらと舞うように落ちていく。それを爪先で蹴飛ばした。車掌の胸には名札があり野辺地灯(のへぢあかり)とある。
「あのう」
小百合は心細くなり野辺地車掌に声を掛けてみた。
「どこかで乗り換えることは出来ますか?」
「いえ、この列車は三途から折り返しになります」
「それじゃやっぱり東京に戻らなければ駄目ね?」
「三途と東京は裏表ですから近いと言えばすぐ近く。ですが道がありません。残念ですが上りにお乗りください」
「分かりました」
小百合が頷いた。
「疑い、疑い~」
疑い駅に到着した。ホームには誰もいない。改札の向こうは薄暗く不気味である。野辺地車掌が小百合に目配せした。
「降りません」
断った。
「出発進行」
小百合は運転席の後ろに立った。進行方向に線路が見えない。暗いし、雑草が伸び放題だから線路が見えないのだと納得した。フロントガラスには大きな満月が今にもぶつかりそうである。運転士の横顏を見ると青白い。帽子の顎ヒモを掛けている。小百合の視線に気付いてちらと振り返る。小百合が会釈すると照れ笑いをした。夢地虚(ゆめぢうつろ)と名札が差し込んである。小百合が運転席との間仕切りガラスを叩いた。夢地運転士は無視した。小百合は仕方なく列車中央の長椅子に座った。車窓は夕闇のように薄暗い。時折大きな鳥が列車すれすれに飛んで行く。
「妨げ、妨げ~」
妨げ駅に到着した。小百合は駅名にはっとした。自分は妨げられてきた。学校でも職場でも、誰からも邪魔者扱いされて来た。直接言われたわけではないが対面すれば感じる。会社で事務を執っていて目を休めるために周囲を見回すと数人の同僚がこっちを向いて笑っている。目が合うとさっと躱して散り散りに席に着く。更衣室では後ろから笑い声が聞こえる。下着が破れていないか気になる。そんなことが前に進む妨げになって生きて来た。恋人はいない、付き合ったこともない。ドアが開いた。小百合はホームに降り立った。
「次の上りは何時ですか?」
「3時15分発です」
「えっ3時って明日の朝3時ですか?」
「いえ、今日の午前朝3時15分です。どうしますか?」
小百合は町に出てぶらついて時間潰しをしようと思った。いい町なら宿でも探して一泊してもいい。小さな町でも素泊まりの宿ぐらいはあるだろう。妨げられて生きて来たお陰で金だけは残った。バッグにはいつも100万円の札束を入れてある。それに老後も安泰な預貯金がある。
「降ります」
野辺地車掌が頷いた。
「切符を購入しないと上り列車はご利用できませんのでご注意を」
「切符はどこで?」
「あなたが感じた時に窓口が見つかります」
小百合は意味が分からない。それでも現金があればなんとかなるだろうと思った。
「出発進行」
夢地運転士の声がホームにまで聞こえた。ドアが閉まる。ゆっくりと走り出した。ホームには数人いた。暗くて人相まで分からないが、男女の区別と服装ぐらいはそれとなく判別出来た。
「あのう」
学生服を着た男に声を掛けた。学生服だから高校生だろうと近寄ると白髪頭の中年である。
「なんでしょうか?」
「はい、切符はどこで買えばいいのでしょうか?」
「さあ」
学生服の中年男は首を傾げた。
「ありがとうございます」
小百合はこれ以上聞いても埒が明かないと判断した。改札を出る。駅前はロータリーになっている。純喫茶『妨げ』と看板がある。こんな時間にやっていないだろうと近寄ると営業中の札が掛かっている。恐る恐る開けてみた。チリリリリーンと客を知らせるベルが鳴る。客は一組、テーブル席に女4人組。窓際の席についた。チェック柄の前掛けをした男が出て来た。
「モーニングを」
「モーニングはありません」
「それじゃコーヒーを」
カウンターに戻った。小百合が女4人組の方を見ると笑っている。恐らくこの店にはモーニングがないのを知らない田舎者だと思われたと想像した。小百合は見知らぬ町に来てまで笑い者にされるのかと辟易とした。外は薄暗くてよく見えない。灯がポツンポツンと見えるが何を示すものか分からない。また女4人組を見た。また笑っていた。今度は視線を外さずに笑っている。小百合は鳥肌が立った。どうして?自分のどこがいけないの?焦れば焦るほど未知との妨げが生じていた。気になるともうじっとしていられない。この場から逃げるのが唯一の防御と決めていた。
「お勘定お願いします」
笑い声が上がった。お勘定とおかしな表現が笑われた。ここはチェックだった。店の男も釣られて笑っている。
「いくらですか?」
「サービスですよ」
男が笑いながら答えた。小百合はこの場から早く逃げたい。財布から100万円の束を出した。
「これで間に合いますか?」
開き直った。笑い声はさらに高まった。
「あのう」
後ろから声を掛けられた。
「すいません、もしよろしければ一緒に東京に戻りませんか?あたし達もさっき知り合ったばかりですが妨げの念が取れて気が楽になっていたんです。あなたにも出来ることがあれば教えてあげたいと話していたんです。マスターもそりゃいいねと賛成してくれたんですよ。どうですか、一緒に戻りませんか。戻ったら友達になって飲み会開きませんか。彼女のご両親がピザ専門店のお店をやっていて、明日の午後7時に第一回妨げ駅親睦会を開くことに決めました。それにあなたを誘おうと話し合っていたんです」
4人組の中で一番年上と思われる女が小百合に話し掛けた。小百合はよく理解出来なかった。妨げの念が防御姿勢となり、俄かに発する明るい話題を脳が処理することを拒んでいる。
「あたしにどうしろって言うんですか?」
口癖になっている嫌な言葉。自分でもよく分かっている。こんな風に答えられたら気分を害するのは当たり前。
「友達になろう」
女が言って微笑んだ。
「でもあたし」
小百合の顔は紅潮し唇がピクピクと引き攣っている。
「いいから、友達になろう」
女が繰り返した。
「友達になろうよ」
他の三人が『せいのう』の掛け声で言った。小百合は恥ずかしかった。そんなこと言われたことがない。店の男が出て来た。
「コーヒー。一番最近の妨げを想い出してみて。きっと勘違いがあるよ。このコーヒーは身体に染みるから」
小百合は席に戻りコーヒーを啜った。私を見て笑っていた同僚が頭に浮かんだ。その声まで聞こえる。
『橘さんてきれいね』
『課長が言うにはすっぴんだって』
『そう、すっぴんであれなんだ。飯誘ってみようかな俺』
『止めときなさい、断られるのがオチだよ』
『チャレンジあるのみ』
その時目が合った。
『きつい、声掛ける前にフラれた』
『だから言ったじゃん、読まれてんだよ』
同僚が大笑いしている。もしかしたら妨げは自分自身が発していたのか。小百合の記憶はロッカールームに移動した。着替えている時に後ろで笑っている。『気持ち悪い』と聞こえた。
『橘さんの背中きれい』
『羨ましいわ、あたしの背中見てよこれ、斑点だらけ、彼が気持ち悪いって。もう何とかなんないかしら』
いつも悪い言葉だけがピックアップされて脳にインプットされる。だが小百合の悪口は一語も入ってなかった。
「ああっ」
疑いの念がスッと抜けていく。小百合は自分自身の妨げが寄せ付けることを拒否していたんだと悟った。店の男が近付いて来た。
「切符窓口が開きましたよ」
指差す方向のシャッターが開いた。
「買ってきていいですか?」
店の男が頷いた。
「東京行を一枚ください」
不愛想な駅員が切符を差し出した。
「いくらですか?」
「120円」
「細かいのは無いんですが」
「釣りは出ないよ」
小百合は一万円を窓口に差し込んだ。小百合が切符をバッグにしまっているとガラガラと窓口のシャッターが閉まった。喫茶店に戻る。
「友達になってくれますか?」
四人が顔を見合わせて笑った。飲み会の待ち合わせをした。
「そろそろ行かないと列車に遅れるよ」
店の男が言った。
「ありがとうございます。また来てもいいですか?」
小百合は嬉しくて聞いてみた。
「同じ駅に二度降りると戻れなくなるよ。私のように」
小百合と四人は改札を入る。線路を渡ると列車が滑り込んで来た。
「切符を拝見します」
野辺地車掌が順番に入鋏する。四人が並んで座った。小百合は対面に座る。小百合を見て四人が笑った。
「ありがとう」
もう妨げは無い。
「出発進行」
夢地運転士の細い声が暗闇の進行方向に向かった。
了
「すいません、すぐに出て行きます」
小百合は咄嗟に口走った。
「お乗りにならないのですか?」
「乗れるんですか?」
「ええ、お客様次第ですが」
「どこまで行くんですか?あたし家が衣笠なんですが」
「それなら始発をお待ちください」
車掌が列車に戻る。小百合は追い掛けて飛び乗った。どこに行くか分からないがどうせ始発まで帰れない。列車の中の方が温かいだろう。それに家で誰かが待っているわけではない、時間はある。乗り継ぎの駅で乗り換えてもいいし、終着駅から折り返してもいい。気に入ったらその町で一泊してもいい。古い車輛で向かい合わせの席。乗客は小百合一人だけである。
「出発進行」
運転士の細い声が客車に届いた。小百合は客車に行先案内を探したが見当たらない。広告らしきものは何一つない。横須賀線の本線を下ると急に左側の擁壁が開いた、列車はガタンとレールを切り替えてその中を走り出した。擁壁の中で地下水が滝のように列車に当たる。地下水に冷やされて車内も冷蔵庫のように寒い。これならホームで待っていた方が良かったと小百合は後悔した。
「迷い、迷い~」
車掌がアナウンスする。小百合は車掌室の前まで移動した。ドアが開いた。車掌がホームに下りる。小百合もドアから身を乗り出した。薄暗いホームのあちこちに人がいる。目を凝らすとみな寂しい目をしている。女子高生が小百合に気が付いて吸い殻を投げ付けた。男が近付いて来る。
「俺、どうしたらいい?」
小百合の前で言った。
「あたし、分からない」
小百合が一歩下がった。
「どうします?下車しますか?」
小百合は首を横に振った。
「俺は斎藤浩二、お願いだ、この人と連絡を取ってくれ」
ドアが閉まる寸前に名刺を投げ入れた。小百合が手に抱えたハンドバッグに引っ掛かった。斎藤はドアガラスで唇を挟んだ。ガラスに血が伝わる。小百合は気持ち悪くて名刺を振り払った。足元までひらひらと舞うように落ちていく。それを爪先で蹴飛ばした。車掌の胸には名札があり野辺地灯(のへぢあかり)とある。
「あのう」
小百合は心細くなり野辺地車掌に声を掛けてみた。
「どこかで乗り換えることは出来ますか?」
「いえ、この列車は三途から折り返しになります」
「それじゃやっぱり東京に戻らなければ駄目ね?」
「三途と東京は裏表ですから近いと言えばすぐ近く。ですが道がありません。残念ですが上りにお乗りください」
「分かりました」
小百合が頷いた。
「疑い、疑い~」
疑い駅に到着した。ホームには誰もいない。改札の向こうは薄暗く不気味である。野辺地車掌が小百合に目配せした。
「降りません」
断った。
「出発進行」
小百合は運転席の後ろに立った。進行方向に線路が見えない。暗いし、雑草が伸び放題だから線路が見えないのだと納得した。フロントガラスには大きな満月が今にもぶつかりそうである。運転士の横顏を見ると青白い。帽子の顎ヒモを掛けている。小百合の視線に気付いてちらと振り返る。小百合が会釈すると照れ笑いをした。夢地虚(ゆめぢうつろ)と名札が差し込んである。小百合が運転席との間仕切りガラスを叩いた。夢地運転士は無視した。小百合は仕方なく列車中央の長椅子に座った。車窓は夕闇のように薄暗い。時折大きな鳥が列車すれすれに飛んで行く。
「妨げ、妨げ~」
妨げ駅に到着した。小百合は駅名にはっとした。自分は妨げられてきた。学校でも職場でも、誰からも邪魔者扱いされて来た。直接言われたわけではないが対面すれば感じる。会社で事務を執っていて目を休めるために周囲を見回すと数人の同僚がこっちを向いて笑っている。目が合うとさっと躱して散り散りに席に着く。更衣室では後ろから笑い声が聞こえる。下着が破れていないか気になる。そんなことが前に進む妨げになって生きて来た。恋人はいない、付き合ったこともない。ドアが開いた。小百合はホームに降り立った。
「次の上りは何時ですか?」
「3時15分発です」
「えっ3時って明日の朝3時ですか?」
「いえ、今日の午前朝3時15分です。どうしますか?」
小百合は町に出てぶらついて時間潰しをしようと思った。いい町なら宿でも探して一泊してもいい。小さな町でも素泊まりの宿ぐらいはあるだろう。妨げられて生きて来たお陰で金だけは残った。バッグにはいつも100万円の札束を入れてある。それに老後も安泰な預貯金がある。
「降ります」
野辺地車掌が頷いた。
「切符を購入しないと上り列車はご利用できませんのでご注意を」
「切符はどこで?」
「あなたが感じた時に窓口が見つかります」
小百合は意味が分からない。それでも現金があればなんとかなるだろうと思った。
「出発進行」
夢地運転士の声がホームにまで聞こえた。ドアが閉まる。ゆっくりと走り出した。ホームには数人いた。暗くて人相まで分からないが、男女の区別と服装ぐらいはそれとなく判別出来た。
「あのう」
学生服を着た男に声を掛けた。学生服だから高校生だろうと近寄ると白髪頭の中年である。
「なんでしょうか?」
「はい、切符はどこで買えばいいのでしょうか?」
「さあ」
学生服の中年男は首を傾げた。
「ありがとうございます」
小百合はこれ以上聞いても埒が明かないと判断した。改札を出る。駅前はロータリーになっている。純喫茶『妨げ』と看板がある。こんな時間にやっていないだろうと近寄ると営業中の札が掛かっている。恐る恐る開けてみた。チリリリリーンと客を知らせるベルが鳴る。客は一組、テーブル席に女4人組。窓際の席についた。チェック柄の前掛けをした男が出て来た。
「モーニングを」
「モーニングはありません」
「それじゃコーヒーを」
カウンターに戻った。小百合が女4人組の方を見ると笑っている。恐らくこの店にはモーニングがないのを知らない田舎者だと思われたと想像した。小百合は見知らぬ町に来てまで笑い者にされるのかと辟易とした。外は薄暗くてよく見えない。灯がポツンポツンと見えるが何を示すものか分からない。また女4人組を見た。また笑っていた。今度は視線を外さずに笑っている。小百合は鳥肌が立った。どうして?自分のどこがいけないの?焦れば焦るほど未知との妨げが生じていた。気になるともうじっとしていられない。この場から逃げるのが唯一の防御と決めていた。
「お勘定お願いします」
笑い声が上がった。お勘定とおかしな表現が笑われた。ここはチェックだった。店の男も釣られて笑っている。
「いくらですか?」
「サービスですよ」
男が笑いながら答えた。小百合はこの場から早く逃げたい。財布から100万円の束を出した。
「これで間に合いますか?」
開き直った。笑い声はさらに高まった。
「あのう」
後ろから声を掛けられた。
「すいません、もしよろしければ一緒に東京に戻りませんか?あたし達もさっき知り合ったばかりですが妨げの念が取れて気が楽になっていたんです。あなたにも出来ることがあれば教えてあげたいと話していたんです。マスターもそりゃいいねと賛成してくれたんですよ。どうですか、一緒に戻りませんか。戻ったら友達になって飲み会開きませんか。彼女のご両親がピザ専門店のお店をやっていて、明日の午後7時に第一回妨げ駅親睦会を開くことに決めました。それにあなたを誘おうと話し合っていたんです」
4人組の中で一番年上と思われる女が小百合に話し掛けた。小百合はよく理解出来なかった。妨げの念が防御姿勢となり、俄かに発する明るい話題を脳が処理することを拒んでいる。
「あたしにどうしろって言うんですか?」
口癖になっている嫌な言葉。自分でもよく分かっている。こんな風に答えられたら気分を害するのは当たり前。
「友達になろう」
女が言って微笑んだ。
「でもあたし」
小百合の顔は紅潮し唇がピクピクと引き攣っている。
「いいから、友達になろう」
女が繰り返した。
「友達になろうよ」
他の三人が『せいのう』の掛け声で言った。小百合は恥ずかしかった。そんなこと言われたことがない。店の男が出て来た。
「コーヒー。一番最近の妨げを想い出してみて。きっと勘違いがあるよ。このコーヒーは身体に染みるから」
小百合は席に戻りコーヒーを啜った。私を見て笑っていた同僚が頭に浮かんだ。その声まで聞こえる。
『橘さんてきれいね』
『課長が言うにはすっぴんだって』
『そう、すっぴんであれなんだ。飯誘ってみようかな俺』
『止めときなさい、断られるのがオチだよ』
『チャレンジあるのみ』
その時目が合った。
『きつい、声掛ける前にフラれた』
『だから言ったじゃん、読まれてんだよ』
同僚が大笑いしている。もしかしたら妨げは自分自身が発していたのか。小百合の記憶はロッカールームに移動した。着替えている時に後ろで笑っている。『気持ち悪い』と聞こえた。
『橘さんの背中きれい』
『羨ましいわ、あたしの背中見てよこれ、斑点だらけ、彼が気持ち悪いって。もう何とかなんないかしら』
いつも悪い言葉だけがピックアップされて脳にインプットされる。だが小百合の悪口は一語も入ってなかった。
「ああっ」
疑いの念がスッと抜けていく。小百合は自分自身の妨げが寄せ付けることを拒否していたんだと悟った。店の男が近付いて来た。
「切符窓口が開きましたよ」
指差す方向のシャッターが開いた。
「買ってきていいですか?」
店の男が頷いた。
「東京行を一枚ください」
不愛想な駅員が切符を差し出した。
「いくらですか?」
「120円」
「細かいのは無いんですが」
「釣りは出ないよ」
小百合は一万円を窓口に差し込んだ。小百合が切符をバッグにしまっているとガラガラと窓口のシャッターが閉まった。喫茶店に戻る。
「友達になってくれますか?」
四人が顔を見合わせて笑った。飲み会の待ち合わせをした。
「そろそろ行かないと列車に遅れるよ」
店の男が言った。
「ありがとうございます。また来てもいいですか?」
小百合は嬉しくて聞いてみた。
「同じ駅に二度降りると戻れなくなるよ。私のように」
小百合と四人は改札を入る。線路を渡ると列車が滑り込んで来た。
「切符を拝見します」
野辺地車掌が順番に入鋏する。四人が並んで座った。小百合は対面に座る。小百合を見て四人が笑った。
「ありがとう」
もう妨げは無い。
「出発進行」
夢地運転士の細い声が暗闇の進行方向に向かった。
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