グンナイベイビー

壺の蓋政五郎

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グンナイベイビー5

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「俺は全部知ってる、良太のこと全部知った上での親友だ。お前良太じゃないな?」
 お互いをさらけ出して交際している里見だから言い切れる。
「信用してくれるかな?」
「言ってみろよ、お前が男好きと訊いた時から何も恐いもんはない。でも俺は嫌だよ」
 愛子は笑った。でも迷った。良太に確認してからの方がいい。
「明日言う。里見君に全部言うから。それまで待って」
 愛子は空手道場に向かった。

 「♪きっと い~つうかは 君の パパもふぉ分かってくれえるってか」
 大好きなグンナイベイビーを歌いながら店を開けた。有線放送に電話する。
「グンナイベイビー、大船の鉄板焼き一心」
 前掛けを探すがない、そう言えば桜が持ち帰った。
「善ちゃん昨日は御免」
 茉奈がしょんぼりと立っていた。善三は茉奈の肩を抱いた。
「どうした茉奈、何があったんだ。ピンキャバで何かあったんだな、そうだな?」
 善三は心配した。茉奈は首を振って否定した。
「それじゃどうしたんだ、おかしいぞ茉奈、いつもの茉奈じゃないぞ。もういい、ピンキャバは辞めろ、俺が挨拶して来る」
 その時桜が入って来た。

♪きっと い~つかは 君のパパもふぉ

「あれ邪魔だった。これ前掛け」
 桜はレジ袋に入れた前掛けを椅子の上に置いて出て行った。

♪分かって くれえる
 だ~か~ら~ グンナ~イ グンナ~イ ベイビ~ 
 涙こらえて~
     (グンナーイ ベイビイ)

 道場から七里ガ浜の海が見える。子供等の威勢のいい気合が聞こえる。
「どう愛子?」
 愛子の姿になった良太が訊いた。
「良太こそ?」
 良太の姿になった愛子が訊き返した。
「不思議としか言えない。でもすごく楽しい」
「あたしも同じ、でも不安もある」
「不安て?」
「うんう、今はいいの。それより君達学力低いね、里見君に勉強法と予定表作って渡しといたから。かなり頑張らないと志望校無理だよ」
「ありがとう愛子、里見何か言ってた?」
「凄く良太のこと心配してた。おかしいと言われた。何でも話せとも言われた。里見君は良太のこと全部知ってるんだね」
「ああ、あいつには何でも話せる。あいつもプロレスファンなんだ、俺とはファンの意味が違うけど。あいつんちに泊った晩に里見の大事している一冊に垂らしちゃったんだ。あいつが怒ると思ったらさ。『お前そう言う身体なんだな』って妙に納得してくれた。それからも付き合いが変わらない」
「いい友達だね、明日話そうと思ってる。嘘吐きたくない里見君には」
 愛子はおかしな感情が芽生えていることが不思議だった。
「実は俺も愛子の友達に悪いことした」
「明菜に?あの子はあたしの親友だから仲良くしてって言ったじゃん」
「ごめん、部活休んで藤沢駅でマッチョな高校生捜してた」
「駄目よ、勝手にあたしのアソコを使わないでよ。絶対駄目だからね。良太との一回は数に入れてないから」
「うん、でもやりたくなったらどうするの?」
 女の欲の始末が分からない。
「整理が終わるまで我慢して、ベッドサイドの引き出しの下着の下にバイブがあるからそれをやさしくあそこに当てるの。絶対に深く挿し込んじゃ駄目よ」
 良太は頷いた。
「でも愛子んちはお金持ちだと聞いてはいたけど、想像よりずっとすごかった。いつでも何でも染さんが全部やってくれる。それにいつもあんなご馳走ばかり食べられて幸せだね」
「でも父も母もほとんどいない」
「うちなんかずっといないよ」
 二人は見合わせて笑った。
「お前等稽古しろ」
 合田師範代が話しに夢中になっている二人に気合を入れた。
「お前等型が変わったのか?」
 二人の稽古を見て合田師範代が首を傾げた。
「子供等送るからな。鍵頼むぞ」
 稽古終了後の瞑想も終わり合田師範代が子供等を車で送る。一人一人家まで送り届ける。大学の帰りに寄って子供等を教えている。
「合田さん偉いね、なかなか出来る事じゃない」
 愛子が感心している。
「俺に出来るかな、合田さんのように」
 良太が言った。
「ところで愛子の両親はいつ戻るの?」
「大阪万博にパビリオン出しているからしばらく戻らない。妹も明日から修学旅行で万博行くから、三日間は良太一人になる」
「えっそれほんと。俺と染さんと佐田さんだけ?」
 良太は不安になった。明日は土曜、高校も午前中。
「部活に出てよ、良太野球出来るの?」
「ぜんぜんやったことない、サッカーならあるけど。子供の頃グローブ買ってもらえなかったから遊びに行けなかった。だから野球は嫌いになった」
 口にすれば翌日には最高級品が枕元に置いてある。生まれてからずっとそんな暮らしをして来た愛子には考えらない話だった。でもそれをひけらかすことは絶対にしない愛子だった。アパッチの生徒には貧困層の子もたくさんいる。良太もその子達と同じような生活をしている。
「良太、妹の幸子から言われた」
「何を?」
「昨夜ね、夜中にお姉さんが帰宅して幸子が二階に上がって来たの。なんかお姉さん辛そうだった。幸子から聞いたわ、マンション買うために夜の仕事してるでしょ。あたし達がここで我慢すればお姉さんが苦しまなくて済むから、あたしに言えって」
 良太には手に取るように分かる、姉の辛さも妹の苦しさも目に浮かぶ。
「それで愛子どうするの?」
「あたし、お姉さんに言ってもいい?良太の代わりにここで我慢するから今の仕事辞めてって?」
 そんな役を愛子にやらせていいのだろうか、良太は自分事で他人事を悩んだ。
「姉ちゃん何て言うかな、愛子は説得力があるから姉ちゃん驚くと思う」
「良太の振りして話してみる」
 二人はそれぞれ自転車で帰宅した。

 鉄板焼き一心の前で入店を躊躇っているチンピラが四人いる。
「大将、店の前に不良がいる」
 外を覗き見た茉奈が言った。善三は観音様で知り合ったチンピラグループだと気付いた。端のテーブルに『予約席』と札を立ててある。善三は厨房から出てがらりと戸を開けた。不意を突かれたチンピラ四人組は「チワ」と小首を下げた。
「さあどうぞ、用意してあるから遠慮せずに入りな」
「あのう、こないだの条件でいいんですか?」
 リーダーの中野将司が小声で訊いた。
「ああ、いいさ全部百円、飲物から焼き物、刺身もいいさ。五千円で五十点、飲み食い自由だ」
 善三が観音様で約束した条件を繰り返した。四人は安心して暖簾を潜った。
「あそこに席用意してる」
 『予約席』の札を見て四人は喜んでいる。人生初予約席。
「ひとつだけ確認しておくよ。君達は成人だな?二十歳過ぎてるな?」
 実は中野と畑崎だけが二十歳で今井と西尾はまだ十九だった。
「はい、この二人は来月と再来月の誕生日で二十歳です。まずいっすか?」
「まあいいさ、酔っぱらって悪さしなきゃいい」
 茉奈が聞きながら笑っている。
「それじゃビールお願いします。それと端から焼き物四つずついいすか?」
「ああいいさ。うちの常連さんになってくれるお客さんだ」
「俺等みたいのでいいいんですか?」
「何が?」
「常連客になって」
「当り前さ。こっちからお願いしたい。飲んで食って楽しんでもらえばいいさ」
 善三は厨房に戻り調理を始めた。仕事帰りの客が入り始めた。茉奈が対応する。善三の薦めでピンキャバを辞めた。この店で働くことを約束した。開店してすぐに席が埋まった。カウンターも満席である。茉奈を引き留めて正解だった。ここまで客が入るとは正直考えていなかった。昨日はオープン初日で特別だと思っていたが、それを凌ぐ客入りである。それに昨日来た客も多くいる。それなりに評価された証である。
「茉奈、お前がいて良かった。助けてもらったのは俺の方だな、ありがとう」
 茉奈は嬉しかった。もう離れないつもりでいた。明日、中古マンションの契約に行く、出来れば即入居したい。そこには良太と幸子、善三は茉奈の借家に移る。二人なら十分な広さである。いずれ良太や幸子が独立すれば出て行く。そこに二人で移り住む計画を立てた。
「それより誰か職人入れた方がいいよ大将。あたしは注文と配膳会計でいっぱいだし」
 善三も同意見である。しかしベテランの職人を雇う気はなかった。ベテランには意地があり、味を変えてしまうこともままある。新人を教育したい。
「すいません、数えてたんですけど一品多かった。これで勘弁してください」
 飲んで食って腹が膨れた中野グループは会計した。ホタテのバター焼きばかり一人が五点ずつ食べた。
「今日はサービスですって大将が。明日からは通常料金でお願いします」
 満席だが料理の注文は落ち着いた。客は腹がくちいくなると酒が優先になる。箸休め程度のアテでいい。一心も素材はいい物を使用している。ほとんど利益にならないが酒が挽回してくれる。出て行く四人を追った。
「君達、ちょっと話があるんだ。君達の中で料理人になりたいと思う人はいないかな。俺は伊勢佐木町の大店で十五の時から十五年間修業した。それなりに技術はある。そりゃ最初は給料も安い。でも飯と酒は付く。部屋がなきゃ世話する。考えといてくれないかな」
 四人に伝えて店に戻った。茉奈がスピーカーを指差して微笑んだ。有線からリクエストが流れた。
「♪きいっと い~つうかふぁ 君のパパもふぉ わかってくれえる」
 善三が歌いながら厨房に入った。

「大将、桜は?」
 板前の室伏が言った。
「善三んとこで手伝ってんじゃねえか。忙しくて抜けれねえとかなんとか言い訳して、閉店まで手伝うつもりだろ」
 高田は桜が前掛けを置いて一心を出たのをまだ知らない。
「おい、一心に電話してみろ、遅くてもいいから気を付けろって」
 高田は妻の瑞恵に声を掛けた。
「もしもし、高田寿司ですけど」
「はい、大将ですか、お待ちください」
「あたしだよ桜」
 瑞恵は若い女の声を娘の桜と勘違いした。
「桜?ちょっと待ってください、大将に代わります」
 桜ではなかった。店の電話に出たからてっきり桜と思った。
「はい、一心です。ああ女将さん、昨日はどうもありがとうございます。招待したのがお手伝いさせちまって面目ない。落ち着いたらゆっくり遊びにきてください」
「善さん、うちの桜来てない?」
「ああ口明けに前掛けもって来てくれました。助かりました。お急ぎのようで寄らずにお帰りになりましたよ」
 女の勘が働いた。桜は電話口の女に気遣い帰ったのだ。
「あっそう、うんういいのよ。繁盛してそうだね、電話口からお客様の声が洩れてるよ」
「ありがとうございます」
 受話器を置いてはっとした。もしかしてそうなのか。茉奈を見た。何も言わずに切なく頷いた。昨夜茉奈が来た時桜が店にいた。今日は桜が来た時茉奈がいた。何も言わずに帰った。そんなことも気付かずにいた自分が情けなくなった。これと言った女と付き合ったことはない。三十になり茉奈が初めての恋人、そして明日にでも籍を入れる。経験不足が結果女を悲しませてしまった。

♪やっと 見~つけた この幸せは
 だれにも あげない
      (二人の ものさ)

 茉奈をじっと見付けた。
「電話してあげて、胸がはち切れそうなのよきっと」
「茉奈もそうだっのか?」
 頷いた。
「ウーロン杯三つ」
 奥のテーブルから声が掛かった。

 瑞恵が電話を切って外に出たのを見て高田はおかしいと感じた。
「ちょっと頼む」
 高田は室伏に任せて瑞恵を追った。店の前には居ない。どっちに行こうか迷ったが散歩コースの福富町西公園の方向へ走る。砂場の縁に二人がしゃがんでいた。うちの女房と娘に違いない。娘の肩が揺れている。泣いているとすぐに分かる。高田は近付くのを躊躇った。間に飛び込んでことを大きくしてもいけない。母子でまとまることもある。高田は二人の背に手を合わせ、お月さんに手を合わせて店に戻った。
「どうしました?」 
 勘のいい室伏が包丁を引きながら心配した。
「ああ、気にしねえでくれ、おめえも触れねえでやって欲しい」
 高田は手を洗いながら小声で言った。
「へいよ」
 誰にともなく室伏が答えた。

「お姉ちゃん、明日から修学旅行、留守番宜しく」
 愛子の妹メイ子がドア越しに言った。良太はすぐにドアを開けた。
「いつ帰るの?」
「何回も言ったじゃん、二泊三日だけど翌日土曜日だからパパとママと合流して日曜日の夜に帰る」
「パパさんとママさんは帰らないの?」
「何その呼び方?でも面白い。二人の帰りは再来週よ。ていうかパビリオンにいる方が楽しいのよ。夜は毎晩ホテルでパーティーらしいし」
 良太は不思議に感じた。大金持ちで何不自由ない。だけど家族が揃って顔を合わせる機会がない。それを親側も子供側もそれほど気にしていない。
「寂しくないのメイ子は?」
「何が?」
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