秘められた願い~もしも10年後にまた会えたなら~

宮里澄玲

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番外編

4. 『古時計』マスター編

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 土曜日の午後1時頃、カランコロン…と鳴るドアベルと共に、店の常連さんが元気よく入ってきた。
 「こんにちは~!」
 「いらっしゃい、美沙絵ちゃん」
 その可愛らしい明るい笑顔にこの場が一気に華やぐ。
 
 結城、じゃない、結婚したから今は海堂美沙絵ちゃんは、この店の常連客で特に気心の知れたお客さんの1人だ。
 彼女が初めて店に来たのは2年近く前で、たまたま偶然ここを見つけたそうで、ありがたいことに気に入ってもらえて、多い時で週2、3回仕事帰りや休日によく来てくれてご愛顧いただいている。いつも1人でフラッと入ってきてカウンター席で俺やホールスタッフの子と他愛ないおしゃべりをしたり、静かに本を読んで過ごしている。今時の若い女性だが、彼女が本を読んでいる姿はこの店のレトロな雰囲気に馴染んでいてとても絵になる。結婚してからはさすがに来てくれる回数は減ってしまったが、それでも大事な常連さんには変わりない。
 カフェオレを注文し、一息ついた美沙絵ちゃんがにっこり笑って俺に話しかけた。
 「マスター、先日はお祝いを頂きましてありがとうございました。あのテーブルウエアのセット、とっても素敵でどんな料理にも合うからすごく使いやすくて重宝してるの。駿さんもお気に入りで、さすがマスターはセンスいいねって感心してた」
 「いやぁ、センスあるかどうかは自分では分からないけど、気に入ってくれたならよかった。喜んでもらえて嬉しいよ」
 美沙絵ちゃんと駿君が12月24日に結婚したと、この前2人そろって店に来て報告してくれた後、細やかながら結婚祝いを贈ったのだ。社交辞令やお世辞なんかではなく、本心から喜んでくれているのが分かる表情だ。
 「あ、それでね、これ、ほんのお気持ちなんだけど…」
 と言って、紙袋から高級そうな立派な箱を出して俺に差し出した。
 「え、お返しはいらないってあれほど言っておいたのに…。わざわざこんな…」
 「でもね、やっぱり貰いっぱなしはよくないし、駿さんも何かお返しした方がいいって言うから。あ、それね、カステラなんだけど、すっごく美味しいの! 生地が滑らかでしっとりしていて濃厚で…でもしつこくない上品な甘さで、私の両親の大好物なの。もちろん、私も大好き! ぜひ、マスターに食べてもらいたくて」
 「へぇ…このカステラは知らないな。じゃあ、せっかくだから頂きます。お気遣いいただきましてありがとうございます」 
 俺が恭しく両手で箱を受け取って頭を下げると、美沙絵ちゃんが笑った。
 「もう~マスターってば、大げさなんだから~」
 
 「ところで、駿君は元気? 相変わらず忙しいの?」
 「はい、元気ですよ。マスターの言う通り、毎日忙しくしています。本当は今日一緒にお店に行きたかったんですけど、残念ながらやることがたくさんあって今も家でお仕事中。マスターによろしくって。直接結婚祝いのお礼を言えなくて残念がっていました」
 「そうか…。学校の先生って大変だよな、授業以外にも色々やることあるからな」
 「そうなんです。それに、今って教師も人手不足で成り手がどんどん減っているからますます現役教師の負担が増えてしまっていて…。自分が生徒の頃は先生の仕事について深く考えたことなかったけど、あの当時も最初は駿さん色々苦労しただろうなって…。しかも新卒で6年生の担任だったし」
 「でも、駿君が担任になったおかげで美沙絵ちゃんは彼と出会えたんだから、そこは神様に感謝しないとね。お礼は美沙絵ちゃんから十分頂いたので気にしないで、落ち着いたらぜひ店に来てって伝えといてくれる?」 
 「はい! 分かりました」
 
 カフェオレをゆっくり味わいながら飲んでいる美沙絵ちゃんを見ながら、初めて彼女が駿君を連れて店に来た時のことを思い出していた。 
 あの時、いつも1人で来る美沙絵ちゃんが珍しく男性と、しかも長身のものすごいイケメンと一緒に中に入ってきたので少しびっくりしてしまった。それにいつも以上にオシャレで綺麗な格好をしていて…。君は緊張していたようで気づいていなかったと思うけど、駿君を目にした他の女性客たちは目を輝かせて小さく歓声を上げていたんだよ。だから俺は君たちが落ち着いて過ごせるように一番奥の席に案内したんだ。チラッとテーブルを見ると、メニューを見ながら話し合っている。とても楽しそうに見えたが、2人とも少し硬いというか、まだ恋人同士という感じではないなと思った。でもほんのり頬を赤く染めて駿君を見つめる美沙絵ちゃんは間違いなく彼を想っているのが分かる。あまりジロジロ見てはいけないと思って自分の仕事に集中するものの、気になって仕方がなかった。何というか、子どもを見守る親のような心境だった。料理を食べている間は和やかそうな雰囲気だったが、突然、駿君が身を乗り出して美沙絵ちゃんに何か言って彼女が驚いた表情をしていたことをよく覚えている。
 食後のデザートが終わり、美沙絵ちゃんが席を外すと、駿君が立ち上がりレジに向かって来たので、たまたま手が空いていた俺が対応した。実はその時に少しだけ駿君と話をしたのだ。彼が「ここはとても雰囲気があっていいお店ですね」と言ったので「ありがとうございます。彼女がウチの常連さんでして、ご愛顧いただいています。またぜひお2人でいらしてください」と言うと、駿君が「…そうですね、また一緒に来られればいいのですが。それは彼女次第です」と少し不安げな表情をしたのだ。その時に思った、彼も美沙絵ちゃんが好きなのだがまだ彼女の気持ちを確かめてないんだ、彼女が自分をどう思っているか不安に思っているのだ、と。そして俺は心の中で彼に声援を送った。「自信を持って大丈夫! 美沙絵ちゃんはあなたのこと好きですよ、頑張って!」 
 美沙絵ちゃんがレジでスタッフとやり取りしている時、俺はカウンターにいたのだが声が聞こえたので見ると、すでに支払いが済んでいることを知って驚いていた。どうやら自分が全部支払おうと思っていたみたいだ。血相を変えて出て行こうとするので俺は「ありがとうございました」と言ってから美沙絵ちゃんにも同じように心の中で「大丈夫だから頑張れ!」と応援した。  
 
 そして、結婚したとの報告の際にあの日にお互いの気持ちが通じ合ったことを聞いて俺は心の底から嬉しく思った。その時に2人のなりそめを知って正直驚いたが(もちろん顔には出さなかったが)、別に大人になった今なら全く問題ないし、そんな運命的な偶然なんてそうそうないことだ。本当に幸運な出会いだと思う。それに2人は誰が見てもお似合いで幸せそうで、うらやましい限りだ。
 
 うらやましい、か…。もうそんな感情を持てるようになったのか…。
 まだ遠い過去とは呼べないかつての日々が甦り、鼻の奥がツンッとなった。
 
 「…マスター、マスター? どうかしました?」
 俺を呼ぶ美沙絵ちゃんの声で、我に返る。いけない、もう少しで…。
 「いや、何でもないよ」
 急いで笑顔を作って対応する。美沙絵ちゃんはちょっと不審げな顔をしていたが。
 幸せな君に水を差すような話はしないし、今は話したくない。

 いつの日か、もしかしたら一生こないかもしれないが、俺にも再び幸せが訪れたら、単なる思い出としてあの日々を振り返れるようになったら、話してみてもいいかもしれない。

 
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感想 3

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みんなの感想(3件)

桃華れい
2023.07.15 桃華れい

最後まで読ませて頂きました!素敵な純愛でした!
私も小学生の頃に憧れていた先生がいたので、思い出しながらキュンキュンしてました。
残念ながらその先生は私の担任だった期間中に結婚してしまったので、美沙絵ちゃんがとっても羨ましいです(笑)

2023.07.15 宮里澄玲

最後まで読んで頂きましてありがとうございます!
キュンキュンして頂けてよかったです。
実は私も学生時代に好きだった先生がいまして…。
なのでこの作品には私の色々な妄想がこれでもかと詰め込まれております(笑)

解除
桃華れい
2023.06.28 桃華れい

いつも感想ありがとうございます。
ゆっくりですが読ませて頂いてます。
怖い大学生が出てきたなーと思ったらまさかの繋がりがあって驚いてます。
しかもお名前が私にとって親しみのある「マサキ」くんで勝手ににやにやしてます。(笑)

2023.06.28 宮里澄玲

こちらこそ感想をありがとうございます。
ゆっくりでいいですよ~長いので💦
実は、私もそちらで初めて「マサキ」くんをお見掛けした時にデジャヴを覚え、親近感を持っておりました(笑)

解除
むらさ樹
2022.08.02 むらさ樹

あっという間に読了しました。
お互いを思いやる純愛に、終始キュンキュンしてしまいました(> <)
文章も丁寧できれいで、ふたりの幸せな描写には涙してしまったくらいです!

素敵すぎる純愛物語をありがとうございます!
幸せをごちそうさまでしたよ(*^^*)

2022.08.02 宮里澄玲

むらさ樹様

読んでいただきましてありがとうございます!

初めて書いた作品で、未熟な点がたくさんあってお恥ずかしい限りなのですが、涙していただけたなんてこちらこそ感激です!

もっと喜んでいただけるような作品を出せるよう,頑張ります!

解除

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